164草
前回のあらすじ「主人公……やっとまともな武器を手にする」
―王都を出発して10日後「レッシュ帝国・ガンドラ山近くの町」―
「とうちゃーーく!! いや……長かったね!」
「これでも短いと思うわよ? 国境を越える時の検閲があっという間に終わらなかったら、もっと掛かってただろうし」
「そうですね……」
ドルチェとココリス、それとモカレートの3人がガンドラ山近くの町であり、山の名前の由来となったガンドラの城門前でそんな会話を始める。
「お疲れ様でしたミラ様」
「気遣っていただきありがとうございます」
そう言ってこちらを見ながら微笑むミラ様。その行為に心臓が『ドキッ!』と強く打つ。俺が男なら襲われても文句は言えない程の破壊力……何て恐ろしい子だろう。そもそも、こんな少女にスリットの入った修道服を着せるなんて……。
「ヘルバさん? どうかしましたか?」
「何でもない……とにかく皆の所に行きましょう」
「はい」
「それと……皆もね?」
俺がそう言うと、ミラ様の後ろにいたマンドレイク達が頷く。俺とミラ様はマンドレイク達を連れて3人のところに向かう。そして、俺達が合流したところでガンドラの冒険者ギルドへと向かうことにした。
当初、レッシュ帝国の帝都に行く予定だったのだが、それだと大回りになってしまうということで直接現地に赴くことになった。ということで、移動はいつものストラティオに乗り、ホルツ王国の王都ボーデンを出発して10日でここに到着したのである。
「少し……独特な匂いがしますね」
「これは硫黄だね。流石、温泉街……」
久しぶりに嗅いだ硫黄の匂いで、これから久しぶりに温泉に入れるという期待に心が弾む。
「湯治に来たわけじゃないのよ?」
「少しくらいいいじゃん。それに……この雰囲気、少し気にならない?」
俺達の周囲の様子だが、湯治客がそれなりに町中を歩いており、中には楽しそうに会話をしながら町中を散策しているグループもいる。インフルエンザやらゾンビやら、さらに石化というトリプルアクシデントに見舞われているはずなのだから、のほほんとした雰囲気は今のこの町にはあっていない気がする。
「それもそうだね。普通ならもっと緊迫感のある雰囲気というかがあってもいいよね」
「城門前の兵士さん達もそんな感じでしたね」
「「ゆっくりしてね!」って言われましたね」
「……確かにおかしいわね」
3人の話を聞いたココリスがそう呟く。危険に襲われる可能性があるこの町にそのような発言は似つかわしいはずである。
「とりあえず冒険者ギルドに行ってみましょう。ここに来るまでの間にもしかしたら問題が解決したのかもしれないし」
スマホもインターネットも、テレビもラジオも無いこの世界ではどうしても情報のやりとりにズレが起きる。冒険者ギルドや商業ギルド、後は王宮などには通信用の魔道具があるので、そこでなら情報の共有が出来るのだが……道中の冒険者ギルドや商業ギルドからそのような報告は無かった。
「ココリス。もし、今回のような依頼の時って、私達に連絡とかしてくれるよね?」
「ええ。道中のギルドや教会から……皇家の恩人であるヘルバなら特に失礼が無いようにと、使いとかを出してもおかしくないと思うわよ」
「ヘルバさんが暗殺者を捕らえた時の話ですよね。確かにそれほどの貢献を果たしたのなら、それぐらいの対応はあってもおかしくないですね」
「仕事だから当然なんだけどね……」
「その歳でそれだけの功績を残したあなたが欲しいっていうのが一番だろうけどね……」
「両国の王家から寵愛を受けているなんて……流石ヘルバさんですね。それで……すでに心は決まってるんですか?」
「決まってないから!? 私、結婚する気無いからね!?」
「「「「え……?」」」」
俺がそう言うと、4人共驚いたような表情をする。そんなに驚くような事だろうか?
「見た目は美少女でも、中身は中年男性のそれだからね? いくら『淑女の嗜み』というアビリティがあったとしても男性としての好みが……」
「……まあ、数年後どうなってるのか楽しみにしてるわ」
「そうだね……ねえ、ミラ様?」
「はい!」
「……モカレート。どういうことか説明してもらっていい?」
「それは……ヘルバさん次第ってことですね」
俺次第……もしかして、俺が将来王子様達を選ぶとでも言いたいのだろうか。しかも数年の内に? 流石にそれは勘弁して欲しい……。
「はあ……そんな話より、さっさと冒険者ギルドへと行こうよ」
俺は先頭に立って冒険者ギルドへと進む。初めての町だが『スキャン』を使えば物の情報から位置の特定は出来る。
「あなたの能力って……本当に便利ね」
俺の姿を見たココリスがそう呟くのを聞き流し、俺はさっさと歩き出すのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―それからしばらく後「温泉街ガンドラ・冒険者ギルド」―
「なるほど……事態はすでに終息したと」
「え、ええ……。事件が起きたのは既に一月以上経過しましたからね……。疫病騒ぎも落ち着いて、何も起こらずに拍子抜けした冒険者達がここを離れて、あっちこっちの町で「何も起こらなくて暇だった」と話したりしているそうです」
「なるほど……」
ガンドラの冒険者ギルドのマスターが汗を拭きながら、俺達がここに来るまでの間に起きた事柄を説明をしてくれた。
シュマーレン皇帝が話していた通り、近くの村の住人が石化したり、ガンドラ山のダンジョンからゾンビが出て来たりという事件は起きていた。しかし、石化事件はそれ以来一切起こらず、ゾンビも姿を見掛けても、今週で数匹ということだ。
「それじゃあ……私達はここに来たのは無駄足だったかしら?」
「いえ。事件は落ち着きましたが、原因は分からずじまい……皆様には原因を追求して頂ければ」
「私達以外にこの依頼を受けている人は?」
「いらしゃったんですが……今はいません」
「聖女の方はどうですか? 確か派遣されているはずなのですが……」
「えーと……そちらも……」
そこで黙ってしまうギルドマスター。その後、いくつかの質問とダンジョン探索の許可証をもらって冒険者ギルドを後にした。
「あのギルドマスター……あまり手腕は良く無さそうね」
「そうだね」
しばらくして皆から先ほどのギルドマスターの不満を口々にする。本来なら、落ち着いてきたとはいえ、原因が分からない以上この町の警戒レベルは高い方がいいし、そもそも俺達以外の冒険者が原因を調べていないというのは異常である。
「聖女も帰られてしまうとは……同じ聖女としてはあまり好ましくないですね」
「そうだね……」
ミラ様は自身と同じここに派遣された聖女への不満を口にしており、俺はそれに相槌を打ちつつ、『スキャン』を使って帝国兵が派遣されていないのかを確認する。仮に冒険者と聖女がいないのなら、せめて帝都から派遣されていないのかと確認しているのだが、それらしい装備品を持っている人が見つからない。ここまで来ると、ギルドマスターではなくてここを管理する領主に問題があるかもしれない。
「ヘルバ。何か分かったならすぐに報告してちょうだい」
「帝国兵が見当たらない……以上」
それを聞いた皆が大きな溜息を吐く。何か面倒そうな依頼を押し付けられた感があって仕方がない……。
「……ん?」
ふと、視線の先にいるボロボロの布を頭から被った人が目に入る。着ている衣服もボロボロであり容姿からして女性だろう。
「あの子がどうかしたの?」
「いや……湯治場であるこんな町にも、ああいう人がいるんだな……って」
「どこにでもいるわよ。生まれながら貧困だったとか、何か失敗をして再起を図ろうにも別の町に移動する方法が無くてああいう風に町を彷徨う人……あの人もそのような立場なのでしょうね」
ココリスはそう話をまとめる。俺も特に話題にするつもりは無いので、この話を切り上げ別の話題にする。薄情者と思われるかもしれないが、この世界では自分の身を守るのは自分が原則である。それに俺達は冒険者としてここに来ているだけであって永住する予定も無い。彼女を助けるということはホルツ王国の王都まで連れて行くということでもあり、その間の旅費とかもこちらが負担しなければならないし、モンスターが出るこの世界では彼女を守らなければならないかもしれない。仮にそこまでして俺達に何か見返りが得られるのかも分からないのだ。
(けど……)
俺はもう一度だけ彼女の方を振り向く。『スキャン』を通して見ているのだが、特に変わった装備はしていない。だけど……何か気になってしまう。
「ヘルバ! 行くよ!」
「あ、うん!」
ドルチェに呼ばれたので、俺は皆の元へと合流する。そして、そのまま今日の宿を探し始める。初めて来た場所なので、どこに泊まるべきなのか悩むところである。
「ドルチェ、ココリス……冒険者としての経歴が長い2人に訊くんだけど、良い宿ってどう判断するの?」
「大通りで視界の開けた場所。後は価格ね」
「仕事柄、襲われることもあるからね……というより、ヘルバの『スキャン』で分からないの?」
「泉質で選んでいいのなら選んであげるけど?」
俺はそう言って近くにあった宿を見る。それを見たとしても、見えるのはその建物に使われている材料の詳細なのだが……。
「……あれ?」
宿の看板に目を向けると、その看板の材料とどれくらいの年月が経っているのかが分かるのだが……それの続きに『お勧めしません』と表記されていた。
「ええ……」
「どうかされましたか?」
「いや……宿の看板を見てたら、ここはオススメ出来ないって言われちゃった……」
「あら、丁度良かったわね。じゃあヘルバよろしく」
「う、うん……」
この情報はアフロディーテ様からなのか、それともフリーズスキャールヴさんからなのか……前者だったら、とんでもない場所を勧められそうだなと思いつつ、俺は宿を調べ始めるのであった。




