160草
前回のあらすじ「建国祭最終日突入」
7/8:書きかけの物を間違ってアップしていたので修正しました。
―建国祭最終日の夜「王都ボーデン・王城 パウダルーム」―
「まあ……お綺麗ですよ!!」
「ありがとう。何か照れ臭いかな……」
いつも通りに青髪メイドさんによってメイクアップされた俺。出来上がった和服の要素を取り入れたドレスにそれに合わせた髪形。さらにお願いされて出したホタル草が髪に結われていた。仄かに青白く光る花なのだが、明るい場面ではそこまで目立たないだろう。
「フォービスケッツの方々からお話を聞いていた時から、すでに構想が出来上がてましたからね! これなら誰にも負けないですよ!」
ニコニコした笑顔で話すメイドさん。あなたもパーティーの事を戦場だと思っているんですね……。
「ヘルバ……準備できた?」
扉越しからドルチェが中の様子を伺ってくる。「出来たよ」と返事をすると、ドルチェがココリスと一緒に室内に入って来た。
「おお……一度、試着時に見たけど、髪形を整えてメイクをすると更に美人が際立つね」
「そうね。いつもはカワイイって印象だけど、今は綺麗っていう表現が正しいわね」
2人が俺のドレス姿を見て褒めてくれるが、今の2人もいつもと違って美しいという表現が似合っており、今の俺には無い大人の色気というのがある。ほぼ毎日顔を合わせている仲だが……改めて美人だと思った。
「じゃあ行こうか」
「うん……あれ? こういうパーティーってさ案内役とかいるんじゃないの?」
「ああ……それ一昔前の話だよ」
ドルチェがそう言って手を出してくる。俺はその手を取り、手を繋いだ状態で部屋を後にしようとする。
「あ……いってきます。それと、ありがとう」
「いえいえ……パーティー楽しんでくださいね~♪」
俺の支度をしてくれたメイドさんにお礼を言って、改めて室内を後にする。3人で廊下を歩いていくと、時折メイドさんや執事さんとすれ違うのだが、すれ違う全員がこちらを見て惚れ惚れしているのが見られた。試しにこちらを見ていたメイドさんに手を振ると、顔を赤くし、その顔を手で隠しながらその場から離れて行ってしまった。
「それで、さっきの話の続きだけど、パートナーと同伴で色々面倒事があってね……前にどこぞの貴族の坊ちゃんが婚約者がいるのに恋人と一緒に来て、そこで代役を立てて来ていた婚約者に……」
「「お前との婚約を破棄する!!」って言って、彼女の素性の悪い所を大勢の前で言ったとか?」
「そうなの! その子はそれが原因で家を出て行っちゃってね……」
「それは可哀そうに……」
「その後、冒険者として名を上げ、たまたまその貴族の坊ちゃんがしていた悪事を暴いて、逆切れして襲ってきたその男の両腕とアソコを切断してやって、そのまま恋人共々、冷たい牢屋にぶち込んでやったっていうのがあったから止めたんだよね……」
「待って待って!? 訳わからないから!? 何がどうすればそんな事になったのかの過程を完全にすっ飛ばしてるよね!?」
話を聞いている限りだと、その男のやってきた悪いことが巡り巡って、自分に返って来ただけであり、因果応報というだけである。まあ、元男として大事なあそこまでぶった切られるのは少しばかりやり過ぎ……でも無い気がするのは気のせいだろうか。むしろ、「その両足も切ってやれ!」って思ってしまうのはどうしてだろう……。というより、悪役令嬢系の物語が実際にあった話として、こう伝わっているのは実に面白い。
「説明すると、それが原因で国が大分荒れたから、その風習が無くなったのよ……その貴族の坊ちゃんがそんなことをして許されたのは当時の王家と結びつきが強くて見逃してもらってた暗い理由もあって、当時の貴族達が大騒ぎ……王家も当時の王を弾圧しようとしたり……」
「うわ……まさか、婚約者が貴族の坊ちゃんを牢屋にぶち込んだ事件も……」
「あ、それは本当に偶然だったらしいよ。「街中で見かけた孤児院の子供が困っていたから助けたら、いつの間にかこうなっていたのよね……」って言ってたし」
「言ってたって……え? 本人から聞いてるの?」
「そうだよ。その後、その貴族の坊ちゃんの父の悪事を追っていたアレスターちゃんと一緒に関わっていた人達を一網打尽にして、そのままプロポーズされて……」
「王女様の話なの!? え、ガチで一昔の話だったの……エルフだから数十年前とか思ってたんだけど……」
「それなら一昔なんて言わないよ。でも……懐かしいね。私達も手伝ったし」
「いい稼ぎだったわね」
「うんうん。そういえば恋人の女を捕まえたのココリスじゃなかったっけ? ほら、逃げようとしたからって話してたよね……」
「あれは思い出したくない失敗談よ。魔道具を使って逃げようとしたから気絶させようとして、槍の柄で体に一撃を喰わせようとしたら、間違って顔に当てちゃって、見るも無残な顔にしちゃったし……女としてはアレは無かったわ」
「当事者だったんだね……しかも、女の方にもしっかりと天罰が下ってるし……ああ、そういう訳だったのか……」
このホルツ王国の王政派と反王政派が対立しているのは知っていたが、今の反王政派が生まれたはこの事件が原因だったのかもしれない。
「じゃあ、その貴族と繋がっていた前の王様って断罪されて投獄?」
「ええ。その後、王家継承権を有していた当時のアレスター王が即位したの。それで、こんな事が起きないようにパーティーのしきたりが大分緩くなったの。エスコートもその一環って訳」
「……もしかして、今の反王政派って前王と親しかった奴等?」
「そうだよ。その一件で王権や貴族の権利がかなり縮小されたの。とは言っても……そこまで困る物じゃない権利ばっかりだけどね。貴族として真っ当にやっていれば……ね」
「一昔の王政に戻せる物なの?」
「一応、王位継承権のある貴族がいるけど……可能性は低いわね。それにリコット王子もいらっしゃるのだから、そう簡単にはいかないわよ」
「ふーーん……」
それを聞いて、昨日の暗殺者のある言葉を思い返す。あの暗殺者はレッシュ帝国の皇子達を誰かに引き渡す予定だった。もし、反王政派の誰かが依頼したとしたら、その狙いはこの建国祭の失敗による現王の責任追及だろう。そして、リコット王子を即位させ、幼い彼を自分達の都合のいい人形にする。そして、その後は殺さずに無事に返すことで帝国との軋轢を回避する……。シナリオとしてはそんなところだろうか……。
そうなるとあのごろつき共も計画の1つだったのかもしれない。上手く誘拐してくれたなら、誘拐犯としてスケープゴートとして罪を背負ってもらう。実際に犯したのは彼らだから自分達に調査の手が回る事は無い。まあ、今回はアマレッテイのおかげで裏でごろつき共をそそのかした誰かがいる事は判明しているので、そう簡単に逃げられないだろう。
「あの暗殺者の依頼人……ホルツ王国の貴族の可能性が高くなったかも」
「そうとも言えないわよ? レッシュ帝国でも今の帝政に不満を持つ奴らがいるようだし」
「うーーん……でも、ホルツ王国内で起きている以上、国内の貴族の線が濃厚な気がするんだけどね」
「その国内で我が子を襲う連中がいたのだが?」
声のした後ろを振り向くと、そこにはシュマーレン皇帝が家族と護衛2人を連れてこちらにやって来る。護衛の1人はモールドだったが、シャオル姫が怖がっている様子は無かったので、昨日のアレは無事に偽物で通せたようである。そんな事を思いつつ、俺達は皇帝一家に挨拶をして、それから一緒に会場へと向かう事になった。
そしてシュマーレン皇帝からホルツ王国に干渉してきた貴族達の話を聞くことになったのだが、どうやらホルツ王国貴族に手を貸すことで、代わりに莫大な富を得ようとしていた事が分かった。それは一時的な物ではなく密輸という形で長期的……そして最後には。
「国家転覆を狙っていたのか……」
「ああ。かなり念入りだったようでな……我が城の内部に大分深く入り込まれていた。そんな場所に妻子を残して置く訳にいかなくてな。まあこの際、後学のために連れて行くのもいいかと思って連れて来たのだ」
そう言って、シュマーレン皇帝は、俺達の後ろでドルチェ達と楽しそうに会話しているロンネ王女とシャオル姫を見る。自身が信用する配下達だけを連れての隣国への訪問となれば、確かに城より安全かもしれない……が、まさかそんな人達を精神操作できる奴が送り込まれるのは予想外だったのだろう。
「そうなると……国は大丈夫なんですか? 主のいない城なら狙い放題ですよね?」
「ふっ。按ずるな。それよりも我が配下の方が強いのでな……今頃、残りの奴等も牢獄にぶち込んでるだろうよ。だから、安心して我が国に来るといい……いや、来てもらいたい」
俺の顔を真剣な眼差しで見ながら、俺にレッシュ帝国に来て欲しいと願うシュマーレン皇帝。3日前の会談の時よりも強い決意のような物を感じる。
「石化に効く安価な薬の製作……それ以外にも何かご用事がおありですか?」
「人々を石化の状態異常にした何か……称号持ちのモンスターだと睨んでいる。そして、お前は既に4体と戦っていると聞いている。その期間1年も経っていない……で間違いないな」
「間違いないです。ちなみに、称号持ちのモンスターの中に石化を引き起こす奴がいるんですか?」
「こちらで確認した限りではいないはず……。しかし、この世界に散らばる称号持ちが、ここ最近、ホルツ王国に集中し過ぎている。その中には、アクアと同化したバケモノが現れ、かなり特殊な状態異常を引き起こしていたと冒険者ギルドや教会から報告を受けている。そうなると……今回の石化もその可能性があるのではないかと思わないか? そして、それらの問題が起き始めた頃に……ヘルバ。お前が現れた。全てが偶然とは思えないのだ」
「それは……」
シュマーレン皇帝のその主張はもっともであり、俺も結構前から思ってはいる。それこそアフロディーテ様が何かを企んでいるとも。しかし、俺自身は巻き込まれているだけであり、実際にはノータッチである。
「勘違いしてもらっては困るが……お前がそれらと直接関わっていないのは間違いないと思っている。しかし……お前は宿命ともいえる何かを持っている。お前自身も知らない何かをな……」
「……否定できないです。実は私、アフロディーテ様と直接お会いしているんです。その際に言われた言葉に引っ掛かる物があったりするので」
「なるほどな。それでどうする? アフロディーテに言われた通りに従うのか、それとも逆らうのか……」
「そんな事は言われていません。けど、今までの事を振り返って、改めてあの時の言葉を思い返すと「逃げてもいいからね?」と言われたような気がするんです。だから、この件もあくまで私の意思で行くんだと思います」
「そうか……なら、その時は我がしっかりとサポートしてやろう。息子達を助けてくれた礼も込めてな」
「その時はよろしくお願いします」
「ちなみに……何か欲しい物とかあるだろうか? あれば事前に準備をしたいところだし、それが今すぐ手に入るなら、昨日のお礼としてすぐにでも与えたいからな」
「そうしたら……」
俺は事前に調べておいた石化解除薬に使えそうな材料をメモした紙を手渡し、そこにある物を揃えられないか相談する。それほど長くない時間だったが、パーティー会場に入る前まで、シュマーレン皇帝とその話が続くのであった。




