158草
前回のあらすじ「精神耐性の落とし穴:『無効には出来ない』」
6/17追記:作者の都合のため次回の更新は7/1になります
―夜「王都ボーデン・王城 貴賓室」―
「まとめるとだが……皇子達の護衛だが、レッシュ帝国の軍人であるモールドが指示を出して交代と称して撤収させていた。後はメイドを排除して誘拐する予定だったが、そこにヘルバ達が偶然近くにおり、さらにごろつき共の一件で警戒が高くなってしまった事、ダーフリー商会に侵入し騒動を起こそうとした仲間が静かに処理され、ヘルバ達が予想以上の手練れだと知った事、その2つの事があり、また捜査の手が自分の方へと及び始めたから、最後にあのような手段を取る事になった……ってところかな」
そう言って、アレスター王が話をまとめる。アレスター王達から、今回の事件の主犯はモールド、そしてレッシュ帝国の軍人と元軍人の計6人となった。最後の作戦前には仲間の半分は捕まっていたのだ。そうなれば、慌ててしまうのは当然かもしれない。まあ、まだ仲間がいるかもしれないらしいが……。
「まあ……そんなところだよね。最後の作戦は私達がいなければきっと綺麗に決まっていただろうし。何せ皇子様達から信頼のある奴が迎えに来たとなれば、誰も疑わないもん」
「全くだ。我も信じられなかったからな……」
そう言って苦虫を噛むような表情をするシュマーレン皇帝。かなり信頼のおける人物だったのだろう。あの時の皇子様達からの反応を見ても、かなり皇族に近い位置で仕事をしているのだと伺える。
「そして誘拐後に王都から連れ出すために、王城でボヤ騒ぎを再度引き起こし、それによって兵士達を王城に集めさせ、その間に外へ逃げるつもりだったらしい」
「昨日のボヤ騒ぎもモールド達が引き起こしたって事?」
「そのようだ。あれでどう対処するのかを見ていたらしい」
「そして今日……今度はただボヤ騒ぎを起こすのではなく、我が国の軍服を着た兵がその近くで怪しい行動を取っていたという姿をわざと見せ、それによって我の護衛で来ていた連中の取り調べする兵も集めさせた……モールドはその場で兵達に指示を出して、完璧なアリバイを作っていたがな……」
なるほど……皇子様達の誘拐はレッシュ帝国の元軍人達に任せ、その間は自分が足止めする役目だったのか。かなり念入りな作戦だったようだ……いや、でも。
「ヘルバどうした?」
「あの……チョット変な事に気付いちゃって。ダーフリー商会で襲撃してきたレッシュ帝国の元軍人さん……あの人ってわざわざ襲う理由が無いなと思って。ほら、護衛のいなくなった後の皇子様達の護衛として近付けばそれで終わりな気がして。仮に皇子様達が今回一緒に来た護衛の顔を覚えていて、その女を疑ったとしても、皇族から信頼されているモールドが手紙とかをその人に渡せばいいし……そもそも、カンナさんをごろつき共に襲わせる理由が無い気がしちゃって……」
「つまり……お前は何が言いたい?」
「……ごろつき達はカンナさんの持っていたお金を狙ったただの野盗だったのかも。ただ、襲った相手が皇子様達だったっていう理由で、それを知った誰かが利用した……。ちなみに、ごろつきをやった人ってどんな人だったの?」
「ヘルバ達を襲った連中の一味で、昨日の発表会で王城内へと侵入し、ボヤ騒ぎを起こす目的でずっと隠れていたらしい。その後、ごろつき共の始末は仲間から受け、城内に留置されていたごろつき共の首を刎ねたらしい」
「仲間……それって誰か訊いている?」
「外にいる連中から……と言っていたらしいが、具体的な名前は言わなかったらしい。それだから仲間がまだいる可能性があるのだが……」
「……何かおかしいです。発表会後の王城は警備が厳重になっていていたはず。それなのに外から連絡を受けるなんて……何か連絡手段があったの?」
「うむ……あいつの持ち物から外と連絡の取れるような物は無かった。モールドも我の近くに控えていて、なかなか1人になる時間は無かったはずだから違うだろうしな」
「モールドが長時間いなくなったのって……皇子様達を誘拐に向かったくらい?」
「……そうだ。それで間違いない」
そう断言するシュマーレン皇帝。つまりモールドは指示を出せるような状態ではなかった……。いや、待てよ!?
「そもそも……ここに来る道中で襲えばいいはず。モールドならその機会が何度もあったはず……」
コンコン!
そこに扉をノックする音が室内に響く。すぐさま入室許可を尋ねてきたので、その扉を叩いた人物がランデル侯爵だと分かる。アレスター王はすぐさま許可を出し、ランデル侯爵が室内へと入って来る。
「お話し中失礼します。モールドが目を覚ましました……が、様子が少々おかしいかったのでご報告に上がりました」
「様子が変?」
「はい。皇子達が危険だと……襲ってきた奴が何を言ってるのか分からなかったのですが、その気迫と言いますか……」
「ランデル! レッシュ帝国の人達が滞在している場所に案内して!!」
「ど、どうしたヘルバ?」
「いいから早く! 皇子様達が危ないの!」
俺の言葉を聞いたランデル侯爵はすぐさま「来い!」と言って走り出す。俺は何も言わずにランデル侯爵の後を追って貴賓室を後にする。貴賓室がある部屋とは別の階に移動し、レッシュ帝国の方々が休んでいる部屋へと進む。すると、そのフロアを警備しているのだろうレッシュ帝国の軍人が床に倒れていた。俺達がその男性の元に近付いて、その体を確認するが……首からの出血により、既に事が切れていた。
「……!!」
微かに聞こえる声。小さすぎて何を言ってるのか分からない……けれど、何か慌ててるような感じはあった。
「この先だ!」
そこに俺達の後を付いて来たシュマーレン皇帝がやって来て、そのままその声が聞こえる方へと一緒に向かう。そして辿り着いた部屋……そこから先ほどと変わらない音量で聞こえる声が聞こえた。
「ロンネ! マールン! シャオル! 返事をしろ!!」
シュマーレン皇帝がそう呼びかけるが、部屋からの声は相変わらず小さく何と言っているのかが分からない。すると、シュマーレン皇帝は右手を振り上げ、そのまま振り下ろす。すると、扉は5本の爪跡が付いて、後はシュマーレン皇帝が蹴る事で扉が壊れる。
「父上!」
「チッ!?」
部屋に入ると、そこには剣を持ったマールン皇子と、その後ろにいるシャオル姫。そしてそのシャオル姫を抱き着くようにして守るカンナさんとロンネ王女。そして……そんな状態を作り出した原因である全身を黒一色の服にナイフを持った暗殺者を彷彿させるような謎の人物。
「貴様!!」
それを見たシュマーレン皇帝はすぐさま先ほどと同じ攻撃を仕掛ける。暗殺者はそれを避け、そのタイミングで床に何かを投げつけた。
「くっ!?」
部屋中に広がる煙。室内はロウソクの僅かな光で照らされていたのだが、その煙のせいで室内は真っ暗になってしまった。
(フリーズスキャールヴ! お願いします!)
(先ほどの男がカンナが守っていたシャオル姫を捕らえ、右の窓から今飛び降りようとしています!)
男が視線に入った段階で発動させた『フリーズスキャールヴ』の説明を聞いた俺はすぐさまそちらへと走り出す。そのタイミングで窓が割れる音が聞こえ、俺は『ヴァーラス・キャールヴ』と『風魔法』の組み合わせで、ヴェントゥス・グリフォンが使ったような風の結界を作り出し、壊れた窓から外へと飛び出す。
(男は自身のアビリティで無事に着地するつもりです。『ヴァーラス・キャールヴ』内の風を噴射して、男より先に下りた方が得策です! 着地時の衝撃を和らげるため、風の使い過ぎには注意して下さい!)
俺は『フリーズスキャールヴ』の指示に従って『ヴァ―ラス・キャールヴ』内の風を操作して上に噴射。一瞬、何かとすれ違いながらそれより先にお城の庭へと着地する。『ヴァーラス・キャールヴ』の影響で1度バウンドしたが、何とか転ばずに着地が出来た。
「皆、お願い!」
周囲は真っ暗なため『種子複製』と『植物操作』で一面にホタル草を生やし、周囲を仄かに照らす程度だが光源を確保しておく。そして、後から下りてきた暗殺者へと視線を向ける。
「チッ……まさか俺より先に下りるとは。ただのガキじゃないらしいな」
「お姉さん!!」
暗殺者はシャオル姫を脇に抱えながら、こちらを警戒する。シャオル姫を抱える腕とは反対の手にはナイフが握られており、そのナイフには毒が塗られている事が確認できた。
「お兄さん……その子を放してくれないかな? そうしたら見逃してもいいけど?」
「素直に放すと思ってるのか?」
「ぜーんぜん!」
口ではそう言うが、少しだけ期待をしていた。放してくれれば、シャオル姫の安全第一なので見逃していた……が。そうもいかないようだ。
「そうか……じゃあ、この意味も分かるよな?」
暗殺者はシャオル姫の首元にナイフを当てる。
「……」
「はっ! その表情……ちゃんと理解しているようだな」
俺の強張った顔を見て、嗤う暗殺者。ここで手を出せば、シャオル姫の命が危ない……しかし、シャオル姫をこのまま攫われてしまっても、その後の命の保証はどこにも無い。
「……お兄さんが黒幕だったの?」
「ああ、そうだ」
「どうして、こんなことをしたの?」
「どうして……ね。残念だが……お前が知ることは無い」
「それ……どういう」
「こういう事だ」
すると、暗殺者は氷の槍を空中に作り出す。
「これで終わりだ」
「わざわざ喰らうと思ってるの?」
「……ああ。『お前は無防備でこの氷の槍で心臓が串刺しにならなければならない』」
そう言って、ゆっくりと撃ち出される氷の槍。皆の魔法攻撃を見ているので分かるが、この氷の槍は目でその動きが追えるほどで、あまりにも遅過ぎる。これなら避けるなり、防御魔法で防いだりと簡単に出来そうだ。だが……その氷の槍は『ヴァーラス・キャールヴ』の風の結界を通り抜け、俺は避ける動作をするどころか、その氷の槍が心臓らへんに当たるように体をずらし……そして串刺しになる。
「……お姉さん?」
ゆっくりとその場に倒れる俺。その姿を見たシャオル姫は悲鳴を上げられず、泣き顔で倒れた俺を見続ける。
「ここまでヤバい奴とは……皇子も攫わないといけなかったが、さっさとこのガキを引き渡して逃げるに限るな……」
「捕えろ!」
暗殺者が逃げようと踵を返したタイミングで蔦で男を一気に絡め、手を拘束、さらに首に蔦を巻き付かせて首を絞める。絞め殺すというのは出来ないが、呼吸がしにくくはなるだろう。俺は暗殺者の拘束から解放され、地面に倒れているシャオル姫へと駆け寄る。
「シャオル姫! 大丈夫!?」
「う、うん……? あ、あの……」
「くそ……!?」
何か俺に訊こうとしたシャオル姫だったが、暗殺者が大声を出したため、体をビクッと震わせ、顔をそちらへと向ける。
「こ……この……」
「こっち!」
俺は暗殺者を見て震えるシャオル姫の体を抱え、風魔法の力も借りて暗殺者から距離を取る。
「お前……どうして生きている!? いや……あそこに倒れて……!?」
暗殺者は俺が先ほどまで倒れていた場所を見るが、当然だがそこには俺はいない。
「お兄さん……ちゃんと寝てるの? そこに誰もいないよ……?」
「クスクス」と笑う俺。形勢逆転……こうも綺麗に決まると嬉しい物である。
「残念でした……『マインド・コントロール』をするなら、しっかりと条件を満たしておかないとダメだよ?」
「な、何で俺のアビリティを……!?」
「何でって……」
俺は満面の笑みを浮かべつつ、男の顔をしっかりと見ながら答える。
「異世界の神の名を持つアビリティを持つ私に、ただの人間ごときが勝てる訳無いじゃん」
暗殺者はそれを聞いて「運が無い……」とぼやく。その後、アレスター王がドルチェ達や兵士達を連れて、暗殺者を確保するのであった。




