155草
前回のあらすじ「猫は全てを解決する!」
―「ダーフリー商会・2階 日用品・おもちゃ売り場」―
「……って所だよ」
「レッシュ帝国の元軍人……か。あの男達の素性はまだ調査中だけど、ただのごろつきなんじゃないかな? ホルツ王国の貴族が仕向けたとしたら、ヘルバのアビリティ対策に自身の名前が知られないように何かしらの対策を取ってるだろうし……」
「そうかもね……」
もし、あのごろつきが誰かに頼まれたとしたら、恐らく何重にも人を介してる可能性がある。それこそ、大本の依頼人には繋がらないぐらいに……。
「それで……お城に戻った方がいい?」
「レッシュ帝国側と共同で不審な人や物が無いか調べてる最中だから、もう少しだけ待って欲しいかな……恐らくは大丈夫だと思うんだけど……」
「分かった。それで……あの女性軍人はどうするの?」
「連れて行ってもらうよ。外にいる護衛の人に声掛けて来るから、その間、王子様達の事よろしくね」
ドルチェがそう言って、一度この場から離れる。ドルチェがいない間と言っていたが……そんな離れていないのですぐに戻って来るだろう。
「(本当ならお城の方が安全なんだと思うんだけど……そうじゃないって異常だよね)」
小声で自分の考えを口にする俺。本来なら、警備が整っており、人も大勢いるお城の方が安全なはずである。それなのに『もう少し待て』というのは、どう考えても異常事態である。まあ……それを察して、すぐに城に戻らなかった俺の考えは正しかったともいえるのだが……。それと、レッシュ帝国側の護衛が来ないのも、気になる所である。
「この後、どうするか……」
女性兵士を捕らえているクロッカ以外の皆が集まっていたので、そちらと合流して今後の予定の確認を始める。しばらくすると、女性兵士を引き渡し終わったクロッカとドルチェも合流。ドルチェは同じ王族としてレッシュ帝国の皇子様達に挨拶をし、ここから同行する旨を伝える。
「それじゃあ、ヘルバお姉さんとは同じパーティーなの?」
「そうそう。私達以外にもう1人いて、その子が前衛で私達2人は後衛なんだよ!」
「王族なのに冒険者か……面白い制度だな。父上が先祖返りしたエルフだったら、俺に引き継がせずにそのまま玉座に居座っていそうだが……」
「1人の王が長く玉座に居座り続けるというのは、あまりいい事では無いですからね」
レッシュ帝国の皇子様達と話が盛り上がるドルチェ。同じ王族として、色々通じるところがあるのかもしれない。
「お兄様……それで次はどうされるのですか?」
「ああ……どこか、オススメな場所はあるか?」
「オススメですか……」
レッシュ帝国の皇子様達に訊かれて考えるドルチェ。ここに留まるというのも手なのだが……こうも他者への迷惑を何とも思わない連中がいるとなると、商会長のニトリルにも迷惑が掛かってしまう。
「なら……ここは出店を巡ってみますか! やっぱり建国祭と言えば、国中からやって来た商人達が手に入れた推しの商品が並んでますから! 買い食いも出来ますし」
「え、ドルチェ?」
俺は思わずドルチェの名前を呼んでしまう。どこに潜んでいるか分からない連中がいるのに、外を出歩くなんて危険過ぎる気が……。
「こちらの護衛が付きますし、私が索敵型のアビリティを持ってます。盗賊のアビリティを持つアマレッテイ、上位鑑定のアビリティを持つヘルバもいますから、かなり安全に移動できますよ」
そう言って、笑顔を見せるドルチェ。ドルチェの言う事も分かるが……。本当に大丈夫なのか少し不安である。そう思ってる間にも話は進んで、結局出店巡りが決まった。俺達はニトリルにお礼を言って外へと出る。
時間は前世で言う14時ぐらいであり、祭りの中で一番活気のある時間帯である。そのため、ダーフリー商会の建物前の大通りは人で賑わっていた。
「じゃあ……ヘルバお姉ちゃんと手を繋ぎましょうね♪」
「え?」
ドルチェのその言葉に対して何か返そうと思ったら、その前に2人のお姫様に両手を塞がれてしまう。自分も護衛なので、この役は別の方にでも……と思ったのだが……。
「「……♪」」
2人の可愛らしい純粋無垢な笑顔を見たら、下手な事を言って悲しませる訳にはいかず、何も言えなくなってしまう。そのままドルチェが先頭に立って出発ので、その後ろを俺とお姫様達が歩き、さらに後ろには王子様達とカンナさん、そして一番後ろをアマレッテイとクロッカが歩く。俺はすぐに『スキャン』をモノクル型にして常時発動させる。キーワードを選び、それに引っ掛かる物だけ表示されるので視界が情報で塞がれてしまう事は無いだろう。
「ネコさんありがとう」
「どういたしまして」
「ヘルバお姉ちゃんは買わなかったけどいいの?」
「私はあそこの常連だから、いつでも買いにいけますし……今回はお姫様達を楽しませる案内人としての仕事もありますから」
ニコッと笑顔でお姫様達の質問を返す俺。その姿を皆が微笑ましく見ているのが何となく感じる。というよりかは……周囲の人達から微笑ましく見られている気がする。まあ……。
「でね……!」
「うんうん!」
猫を持った可愛いお姫様、そしてその真ん中に美少女化した俺が仲良く手を繋いで歩く姿は周囲から見たら仲良し美少女3人組に見えるのだろう。
(これは……)
そう……気付いてしまった。この今の状況は非常に目立つ。周りから視線がこちらへと集中している……。そんな中、2人は気にせずに会話を続けている。時折、俺にも話を振って来るので、なるべく自然に会話をするのだが……。
(これは……気にしない方が難しいかな……でも、これは逆に安全かも)
ここまで人の目が集まっており、そしてその人達の中には冒険者達もいるのだ。おいそれと襲う事は出来ないだろう。
「ドルチェ……これを狙ってたの?」
「ヘルバは1人でも目立つでしょ? そこに2人が加わればね。それと私の強化された『ナビゲーション』とアマレッティと護衛がいて、ケガしてもクロッカとヘルバが何とか出来るし……」
「最後のそれは無し。ケガさせないのが一番……それより『ナビゲーション』がパワーアップって?」
「ふふん! 知りたい? 知りたいよね? 実は昨日使ったらパワーアップしたんだよね! デメリットが無くなって他の魔法も使えるし、ヘルバみたいに常時発動させられるんだよ!」
「おお……! それは便利に……でも、今回の護衛には役立つの?」
『ナビゲーション』は周囲の地形と人物が把握できる能力である。しかし、個人を特定するようなアビリティでは無いので、個人を特定するのには……。
「ヘルバ……私が『音魔法』を習得しているの覚えている?」
「ラーナ・ボンゴの時だよね……あまり使ってなかったから、今の今まで忘れていたけど」
「私も忘れてたんだけど……それが『ナビゲーション』と統合したんだよね。条件は『音魔法』と『ナビゲーション』が一定のレベルまで上がっていて『鳥獣変身薬』を使用した事があるの3つ。それによって生み出された『アンドレアルフス』っていうアビリティで……」
「それ……悪魔の名前。しかも爵位持ちの偉い奴……」
「悪魔……上級モンスターだね。って、ヘルバのいう悪魔はただの悪魔じゃないよね?」
「人々に害を成すのは同じだけど……『アンドレアルフス』は異教の神も連なっているソロモン72柱の爵位持ちの悪魔。私の『オーディン』とまではいかないかもしれないけど、それに近い存在だと思う……もしかして未表示アビリティがあるの?」
「うん。ヘルバより少ないけど2つ。今は名前が分かっている『ロード・マップ』って名前のアビリティを使ってるよ」
『ロード・マップ』……道路地図とか工程表の意味ではなく、階級を表す『ロード』の意味だろう。『アンドレアルフス』の事も考慮して日本語にすると……。
「侯爵の地図ってところかな」
「侯爵の地図……私、元王族なんだけどね」
そう言って、前を向くドルチェ。まさか、悪魔の名を持つアビリティを覚えるなんて……これがアフロディーテ様の言うアップデートの恩恵なのだろう。何せ『『鳥獣変身薬』を使った事がある』なんていう変わった条件があるのだから。
「だから安心してね」
「分かった」
「……何のお話?」
「うん? ドルチェお姉ちゃんが強くなったっていうお話ですよ。ドルチェお姉ちゃんがいれば道に迷う事は無いんです」
「それはすごーい!」と声を揃えて称賛する2人。聞いたドルチェもいい笑顔を浮かべる。悪魔様と神様のアビリティによる周囲への警戒……ドルチェのそれがどれほどのものか分からないが、ただの周囲の地形や人の位置を知るアビリティでは無いだろう。
そんな頼もしいドルチェの案内に任せていると、出店が連なる大広場へと到着する。出店は並んで建っており、それが4列もある。出店街は大広場の中央にあり、その周りでは道化師達がパフォーマンスして人々を楽しませていた。
「「「おおーー!!」」」
その光景を見た俺とお姫様達の声が重なる。お姫様達はその賑わっている風景にワクワクさせている一方、俺は『祭りと言えば連なる出店だよな!』と思いながらワクワクさせていたりする。周囲の人からさらに微笑ましく見られている気がするのだが……まあ、そんな事はどうでもいい。
「何か面白い物があるといいですね」
「うん!」
「ここから人が多くなるので、逸れないように気を付けてね!」
周囲を警戒しつつ大勢の人が行き交う出店街へと入っていく俺達。前世なら、お好み焼きやたこ焼きにりんご飴などの食べ物、金魚すくいにヨーヨー釣りなどの遊戯があったが、異世界だとそこに食品や手作りのアクセサリーなどフリーマーケットで売られるような品々も混ざっていた。そして異世界特有の魔法関連の商品も当然あったりする。
「たこ焼き……流石に無いか。ってアレ?」
ふと、出店を見ていると何とたこ焼き屋があった。店主が焼いている所を見ると、あのたこ焼き専用の鉄板を使って焼いており、その横にある水槽では蛸……ではなくモンスターのデレク・オクトパスが泳いでいた。
「デレク・オクトバス……何か怖いです」
「うねうねしてて確かに気持ち悪いな……」
「ははっ! 皆、最初はそう言うんだが……これを食べた途端、こいつを食材にしか見えなくなるほど、美味しい奴だよ!」
「そうなんですか?」
「ああ。俺も騙されたと思ったんだが……一口食べた途端、こいつの虜になっちまってな。こいつ海のモンスターのくせに、陸地でもしばらくは平気だし、海水じゃなくても水さえあれば生きていけるから、こうやって遠い王都に持ってこれるんだ。いい名産になりそうだから、この建国祭で名前を売りに来たって訳さ。どうだい食べていくかい?」
店主に訊かれて、王子様達が唸りながら考える。加工前のこいつさえいなければ、食べていたかもしれないが、生きているそれを見てしまったら……慣れていない陸地の人間からしたら、非常に口にしにくい食材かもしれない。その間に、店主に気になった事を訊いてみる。
「お兄さん……ガルシアの人?」
「ああ、そうだよ。って、もしかして嬢ちゃん……これを作った薬師のヘルバかい?」
「え? そうだけど……」
「やっぱりか! この料理を作った料理人が誰か聞いたら、かなり特徴的な少女と聞いてたからな……」
俺の姿を見た店主が出店から体を出して俺を……いや、俺の胸を見る。ここからガルシアまでかなりの距離なのに、この歳には似合わぬ2つの大きな果実と緑の髪というのは、どうやらかなり目立つことが分かってしまった。
「失礼じゃないかい?」
「あ、いや……すまんすまん! つい……な。お詫びとして1つタダにするよ! ぜひ、生みの親である嬢ちゃんの感想も聞きたいしな」
「1つかい?」
「ははっ!! 手厳しいな獣人の嬢ちゃんは……じゃあ、2つでどうだい?」
「うーーん……」
「アマレッテイ……集ら無いでよ。お兄さん、それでいいよ」
「あいよ! チョット待ってくれ……」
店主が平たい容器に焼き立てのたこ焼きを入れ、その上にソース、かつお節、青のりを振りかけていく。
「へい! お待ち! それと……これ」
そう言って、店主がたこ焼きが8個入った容器を2つと、カップに1個だけ入ったたこ焼きくれた。カップのは俺の意見を訊きたいという事だろう。「注意点は……って言わなくても分かるか!」と店主の言葉を聞きつつ、火傷しないようにたこ焼きを口にする。少々、味の物足りなさがあるのだが……たこ焼き自体は外はカリッ、中はトロッとしており焼き加減とかで注意する所は無い。
「うん。美味い……けど、やっぱりソースがもう少し塩気というか何と言うか……足りない感じなんだよね」
「ソースか……これでも結構、いい所のソースを使ってるんだがな……」
「まあ、値段がいいからってたこ焼きに合うかは別だけどね」
「確かにな!」
その後、俺は店主に少しだけアドバイスをして、皆と一緒にその場を離れるのであった。




