151草
前回のあらすじ『発表会の様子:企業展示会のアレ』
―正午「魔法研究所・実験場内」―
「……なるほど。色々試されてはいるんですね」
「はい。出来れば、少し苦いくらいの薬に収まればいいかな……と。飲みやすい薬なんて毒でしか無いですから……」
「確かに。何でもかんでも薬で解決するのは好ましくないですからね……」
同じ薬師であるお兄さんが腕組しつつ考えに耽り始める。『万能薬www』の欠点である非常に不味いという問題をどう解決するべきか話し合っていたのだが、これといった解決案が出て来る事は無かった。
「ありがとう。おかげでいい勉強になったよ。それじゃあ!」
薬師のお兄さんはそう言って去って行った。ダーフリーと会った後、続々と薬師の方々が俺に会いに来ており、展示されている『万能薬www』についての相談だったり、その研究の際に出来た新しい薬についての権利に関してとか、面白い話としては『万能薬www』の低品位である『万能薬ww』と『万能薬w』の2つを研究することで、さらなる上位の万能薬を作れるのではないかという話もあった。その考えには俺も思い当たる節があるので、落ち着いた時にでも調べてみようと思っていたりする。
「お疲れ様ですヘルバさん」
すると、人が捌けたタイミングでアスラ様とモカレートがブースに帰って来た。その手にはバスケットを持っている。
「2人とも……どこに行ってたの? いつの間にか私とこの子達だけになってたし」
俺はそう言って、俺と一緒にいてくれたマンドレイク達を見る。んーちゃんはうつ伏せに眠っていたが、それ以外の皆はしっかりと見張りを続けてくれていたので変な輩に絡まれることは無かった。
「王都ではこの子達はよく知られている存在ですからね。そう襲ってくる輩はいないですよ」
「それよりも……はい。差し入れ。お腹空いたでしょ? もうお昼よ」
そう言ってアスラ様がバスケットを前に出す。俺は自分のアビリティである『ラボトリー』から現在の時間を確認すると、確かに昼食にはちょうどいい時間である。そこで俺達はブースから一度離れ、実験場内にある発表会参加者用に用意された大部屋へと移動する。部屋の前に設置されたプレートには『休憩所』としっかりとしたプレートに書かれていたので、通常時でも実験場で作業中の研究員が休憩所としてここを使っているのだろう。
中に入ると、俺達と同じように昼食を取っていたり、椅子に座って仮眠を取っていたりと、そこそこの人数が利用していた。ふと、ここにはにつかわしくないメイドさん達が壁際で待機している事に気付く。
「あのメイドさん達って、ここにいる人達のお世話をする係?」
「そうです。ほら、そこの机の上にメニューが置かれているでしょ? アレで軽食を頼む際に、彼女達が持って来てくれるんですよ」
「前世のメイドカフェみたい……しかも、本職が給仕してくれるなんて……」
すると、1人の男性のところにメイドさんが軽食を持ってやって来る。なかなかの美人さんであり、そんな女性が自分のために給仕してくれていることもあって、男は見事に骨抜きにされていた。
「そのメイドカフェってどんな物なのか……それを話題に昼食にしましょうか」
アスラ様がそう言って適当な席に座る。俺達も近くに座ってさっそく昼食を取り始める。バスケットに入っていたのは、外が硬いパンを横に切って中に具を詰め込んだサブマリンサンドイッチだった。付け合わせにポテトフライが付いており、どこぞのチェーン店のサンドイッチを彷彿させる。
「飲み物は……頼んじゃいましょうか」
モカレートがメニューに載っていた飲み物を人数分頼むと、メイドさんがすぐに持って来てくれて、笑顔で各々の前に飲み物を置いて離れていった。
「で、メイドカフェって?」
「今みたいに料理を給仕してくれて……その後『萌え萌えキュン!』って言って、紳士淑女を喜ばせてくれる……っていう店」
俺はそう言って、実際に演じてみせる。男の姿だったら『キモい!』って言われてしまうだろうが、今の俺は女の子……可愛く演じれたはずである。
「……娼館?」
「では無いからね!? そんな事を言ったら怒られるからね!?」
「前世の話ですから……怒られる心配は無いかと……」
「それでも……ダメな物はダメ。それより……2人はさっきまで何をしてたの? 私をほったらかしてさ」
「普通に展示を見て来ただけですよ。こんな大勢の人がいるのに、ヘルバさんを手に掛けようとするなんて普通はいませんから」
「いたらどうするの……」
「ヘルバさんなら、どうにか出来てしまいますから……むしろ、私達が気を付けないといけない相手は別ですね」
そう言って、モカレートがポテトフライを一口食べる。俺もそれを見て、用意されたサンドイッチを食べながら話を聞く。
「今回、この場所で物理的な危害を加える可能性は少ないです。そもそも一番可能性があったのは、ここまで来るのに通ったあの道でしたから」
「そこに私が近くにいるとなれば迂闊に手出し出来ない……そんな事をすれば、この国どころか、他国からも目を付けられて、リアンセル教の影響が及ばない遠くまで逃げないといけなくなるでしょうね」
「失礼な事だと思うだけど……リアンセル教ってどこまで影響があるの? 隣国のレッシュ帝国も信仰しているみたいだけど……」
「この大陸全土よ。まあ……一ヶ所だけ例外あるけどね」
アスラ様が笑顔で答えてくれたが、つまりリアンセル教を敵に回した奴はボルトロス神聖国に逃げるか、この大陸を出て別の大陸の国に移り住むか、もしくは人知れずこっそりと暮らさないといけないという所だろうか。まあ、一番最初の案は俺的には一番の愚考だと思うが……。
「でも……そんなの関係ないボルトロス神聖国の連中が危害を加えるとか考えていなかったの?」
「だからモカレートさんがいるのよ。彼女が力尽くで襲って来る連中を対処して、代わりに、それでは対処できない面倒な相手を私が引き受ける……ってところよ」
「で、2人でその両方から私を守ってくれるとかじゃないの?」
「守るわよ? ただ、それ以外は自由時間ってだけ」
「自由過ぎない……?」
何か仕事中の俺を差し置いて、存分にお祭りを楽しんでいる気がしてならないのだが……。
「まあ、少しばかりはしゃぎ過ぎたかしら……やっぱり若いっていいわ……」
そう言って、腕組しながら頷くアスラ様。見た目こそ若返っているが、中は変わっていないはずである。そう……変わっていないのだ。つまり中身はご高齢のままであり……。
「あら……? 何か失礼な事を考えていないかしら?」
「いやいや……何か羨ましいなって。私もお祭りに行きたいのに、昨日はお偉いさんとの会談に、私を支援してくれる知り合いの貴族と顔合わせ。今日は発表会で1日が潰れて……」
「あら? それは大変ね……明日は大丈夫なのかしら? 4日目は王族主催のパーティーがあるから行けないでしょうし……」
「明日、一応自由時間……王子様と一緒だけど」
「……私、今日の担当で良かったです」
モカレートが俺の明日の予定を聞いて心底良かったと安堵している。明日の担当はクロッカとアマレッテイの2人で、一番自由に動ける日の護衛と喜んでいたのだが……果たしてそうなるかどうかは怪しい。そういえば……あの護衛決めジャンケンも3日目以外は何だかんだで話し合いで決めていたな……。
「この後は一緒にいてあげるから安心して。それに……ここからが本番なのだから……」
何か含みのある発言をするアスラ様。その言葉にモカレートも頷いておりこの後に何かが起きる事は確定のようだ……。その後、お昼を終えた俺達はブースへと戻るのだが、当然だが……メイドさんによる『いってらっしゃいませお嬢様!』が無かったのは実に残念である。
休憩から戻って来た俺達を迎えてくれたのは……体育座りをして『シクシク……』と泣いていたんーちゃん。うつ伏せだったがぐっすり眠っており、その様子を見た皆が『起こさなくていいか……』と思ってそのままにしてしまったのだが……。
泣いていたんーちゃんは、こちらに気付いて、その短い脚を使って、俺に向かって全力で駆け寄ってくる。そして両腕を開き、そのまま『おかえり~~!!』という感情を込めた抱き着きをしようとしたのだろうが……。
「……危ない」
俺はこのままだと勢いで倒れてしまうと判断。体を逸らしてその抱き着きを回避する。抱き着く俺がいなくなってしまったんーちゃんはそのまま床へとぶつかり、さらに『ビェーーン!!』と今度は号泣し始める。
「……ごめん。あの勢いだと倒れちゃうと思って」
「いいんですよヘルバさん。お気になさらずに……」
俺が少しだけ罪悪感を感じていたら、モカレートはそう言って気遣ってくれた。『こんな役回り担当ですから……』と言っていたことに、モカレートのんーちゃんの立ち位置が何となく理解してしまう。
そう思っているとブースにお客が来たので、んーちゃんのことはモカレートに任せ、そちらの対応に入る。そして、先程の言葉通りにアスラ様が一緒にいてくれて時折会話に入って来てくれた。お陰で午前中よりかは、かなり楽になった……が、もう1つ。アスラ様が言っていた事が現実となってしまった。
「ん~~……こんな薬が王家推薦とは……」
わざとらしく大きい声で話すオジサン。身なりからして貴族だろうか……。俺が近づこうとすると、アスラ様が『ここは任せて』と言って、そのオジサンと話を始める。アスラ様は笑顔で話をしているのだが、オジサンは相変わらずしかめっ面のままである。聖女様を前に失礼なはずだが……そんなのお構いなく2人の会話は続く。
「(ヘルバさんは混ざらなくていいですからね。あの人、貴族だからといって権力を縦にするから、冒険者の中でも要注意人物なんです)」
「(へえーー……)」
俺の耳元でモカレートがあのオジサンがどんな奴なのかを教えてくれる。モカレートだけじゃなく、マンドレイク達も眉をひそめている所からして相当厄介な相手なのだろう。そんな事を思ってると、2人の話は終わり、オジサンはどこかへと行ってしまった。
「ふう……頑固爺を相手にするのも大変ね。ヘルバ。ここからはアレに似た奴らが来るから注意してね?」
アスラ様の助言に俺は静かに頷く。そして……アスラ様の言った通りに、そのオジサンが来た後、それと似たような貴族達がやって来たのであった。




