150草
前回のあらすじ「建国祭1日目終了」
―建国祭2日目の朝「王都ボーデン・王城 パウダルーム」―
「おはようございます! って事で……さっそく今日の支度をさせてもらいますね!」
「……はい」
シュマーレン皇帝やアラルド子爵達と歓談をして終わった昨日。今日は発表会である。今日は夜まで催しが続くので、城下町で祭りを楽しむのは無理だろう。
「出来れば湯浴みも私達でお世話したいところなのですが……」
「そこは勘弁して下さい……」
メイドにお願いされるが、それはしっかりと断っておく。貴族の女性はメイドにお世話になるのが普通なのだが、俺は貴族でないのでそれは勘弁して欲しい。もしかしたら、メイドさんも衣服を脱いでお世話してくれる可能性があるが……欲望より自制心の方が勝ってしまった。特に今、自分の髪を梳かしてくれているこのメイドさん。青髪美女であり、衣服からの上でも分かるくらいにスタイルもいい。そんな女性の裸を拝めるチャンスなのだが……。
「あら? 私に何か御用ですか?」
「ううん。単に髪の手入れのお勉強しているだけ。見て覚えられないかなって」
「あらあら! そうしたら簡単なお手入れ方法を教えて差し上げますわね。冒険者とはいえ綺麗にするのは女の子として大切ですから!」
「お願いします」
嬉しそうにしながら、再度髪の手入れに戻る青髪のメイドさん。本当はどす黒い感情であなたの体を眺めていましたとは言えない……。
「失礼するわ」
扉をノックしながら誰かが部屋に入って来る。誰が来たのかと思って、自分の前にある鏡でその姿を確認する。その鏡に映ったのはライトブラウンの髪とスリットが入った修道服を着た美女だった。
「アスラ様? えーと……おはようございます」
「おはようヘルバ。調子はどうかしら」
「緊張してる。大勢の人の前に出るなんて慣れてないし……しかも、私と懇意にしたい人だけじゃないっていうのが余計に辛い」
「あらあら……いい歳した男性なんでしょ?」
「こういう時に、それを使うのは止めてよ」
「え? 男の子なの!?」
俺とアスラ様の話を聞いたメイドさんが困惑しているので、今は女の子だということを事情を踏まえてしっかり説明する。それを聞いたメイドさんが『余計にそそるじゃない……』と何かヤバい発言をしていたのは聞かなかった事にしておこう。
「で、アスラ様がどうしてここに?」
「付き添いよ。ヘルバとモカレートの2人と一緒に私が会場に入る事で、下手な事をさせないように牽制しておくの。だから、いざとなったら私の所まで逃げてくるように。いいわね?」
「ありがとうございますアスラ様」
アスラ様にお礼を言う。当初の予定には無かったはずだが……きっと、アレスター王が用意してくれた助け舟なのだろう。リアンセル教の聖女という立場上忙しい身なのに、このために来てくれた事に申し訳なさを感じる。
「いいのよ。若返ったこの姿を自慢したいんだから」
「いやいや。聖職者としてそれはどうなの?」
俺の言葉に『ふふ……!』と笑うアスラ様。どうやらからかわれたようだ。
「……よし。お待たせしました」
そんな談笑していたら、メイドさんが俺の支度が終わったのを教えてくれた。俺は姿見に自分を映して、その姿を確認する。派手な装飾が無いペールブルーのドレス、顔は軽くお化粧をし、髪はリボンを使ってドレスに似合うようにまとめられていた。派手な装飾品は今日の発表会には似つかわしくないので、この位の素朴な格好が丁度いいだろう。
「かわいらしいですね」
そこにモカレートがマンドレイク達を連れて部屋に入って来た。服装は……いつもの魔女っぽい衣服だった。
「その格好でいくの? 何か……いつも通り?」
「この催しには、貴族以外の方も大勢参加しますからね。衣装は普段着でも問題無いんですよ。まあ……いつもよりかは、しっかりと身なりを整えてきましたが」
そう言って、自分の髪に触れるモカレート。そう言われると、その髪はいつもより艶があり、またモカレートから微かな香水の香りが漂って来る。顔もバッチリメイクが施されていた。
「なら……私もドレスじゃなくて……」
「ヘルバさんは王家からの招待を受けているんです。そんな人がオシャレに着飾っていなかったら『王家はヘルバさんを蔑ろにした』って言われちゃいますよ」
「ああ……確かにそうだね」
今回の発表会での俺の立場は王家からの推薦者。それなのに、王家が何もしないっていうのは威厳に関わってしまう。王都では城暮らしで至れり尽くせりされているので充分歓迎を受けているのたが、外部の人間にはそれを知る由が無いので、こんな些細な事でも目立つ何かをしないといけないのは当然なのだろう。
「って……そろそろ行きましょう。既に発表会は始まっているでしょうから」
「はーい」
俺は2人と6匹と一緒に発表会が行われている魔法研究所の施設の1つである実験場へと向かう。どうして豪華な装飾がされているダンスホールがある王城内部でやらないのかと疑問があったのだが、展示品の中にはそこそこ幅を取る物があるらしく、搬入が物理的に難しいのもあるそうだ。また、展示中には実践してみせる場合もあるらしく、ダンスホールだと安全を確認できないという理由があるらしい。最後に、一般市民の方々も来場するので、その中に不審者が紛れ込んだ際に王様の住むエリアへと侵入されてしまう可能性がある。以上の3つの理由で、王城の隣にある魔法研究所が管理する実験場で行われているらしい。
「でも……途中からでいいの? こういうのって開会式からいた方がいい気がするんだけど……」
「気にしなくていいんですよ。パトロンが付いて欲しい方々や、商会のピーアールをしたい方々とかは開会式からいたりするんですが……それが必要のない人は比較的遅れてやって来ますね」
「……それ実体験談?」
「はい。他には職人気質の高い方とかが多いですね。何せ一仕事してから来られる方もいますから」
「一応、出席はするんだね……」
「人が少なくなったところで、他の人の発表を見てインスピレーションを高めるそうですよ」
俺達はそんな話をしつつ、実験場に続く道へとやって来る。道は両脇が綺麗に整えられた垣根があり、そこを貴族も平民も関係なく大勢の人が行き交っていた。
「ここを進むんだよね……」
「はい。ヘルバさんは通った事がありますよね?」
「うん。魔法研究所にも続く道だからね……それよりも、この視線が集まる中を進むのが何とも……」
俺達が道に出ると、聖女であるアスラ様の姿を見た人々が騒ぎ出す。その騒ぎを聞いて他の人も気付いて……というのを繰り返す事で、今は大勢の人が俺達を見ている。『胸デケェー……』って言う声も聞こえているが……それ俺だよな。後は『ロリ巨乳最高!』とか言ってるやつも……あ、他の女性から冷たい視線が……。さらに、そこに兵士が……。
「(これがリアル『おまわりさんこいつです』か……)」
俺が小声で呟いている間に、その男は兵士に抱えられてどこかへと連れて行かれた……紳士諸君よ。我々ロリコンは他の紳士達のためにも『YES!ロリータ NOタッチ!』以外にも、このような公共の場では紳士として恥ずかしくない行動をし、紳士諸君の妄想の自由を守れなければならないのだ。
「ヘルバさん……もう大丈夫ですよ。不審者は連れて行かれましたから」
「あ……うん。気にして無いから大丈夫」
同士に哀れみの眼差しを向けていたら、モカレートに『不審者がいて怖かった』と勘違いされてしまった。だからと言って、本当の事を告げるのは無理なので、笑顔でとりあえず誤魔化しておく。
「皆も大丈夫だからね?」
さっきの同士のような奴等から守ろうとして、俺の周囲を囲んで同士から守ろうとするマンドレイク達。そこまでして頂かなくて結構なんです……。
そんな悲しい出来事も起きたが、俺達は発表会が行われている実験場へと向かう。しばらく歩くと実験場の入り口付近に辿り着き、その周囲でやっている外の展示に目を向ける。そこでは展示品を眺めたり、実際に使ってみたりして発表会を楽しんでいる人々がいたり、何やら真剣な話し合いをしていたりと、大勢の人で賑わっていた。
「あんな風に話し合うんだ……こうやって、支援者が付くんだね」
「ええ。それによってさらに技術が向上して、国内の経済も潤うっていう仕組みなんですよ」
「なるほどね」
「ヘルバさんの展示はこっちね」
アスラ様を先頭に、実験場内へと足を踏み入れる。中は各ブースに分かれており、そこで展示が行われている。例えるなら……前世の企業の展示会風景にかなり酷似している。
「何か……懐かしいかも」
「懐かしい……前世の事かしら?」
「うん。前世でもこんな催しがあったんだ。あの時も発表する立場で……」
ブラック企業である事を隠しつつ、作り笑いで自社の説明をしていたな……。しかも、女性から侮蔑な目で見られるから、気分も最悪だったし……。
「何か……トラウマ踏みました?」
「あ、うん……キニシナイデ。とりあえず『万能薬www』が展示されている場所に行こうか」
俺は何とか気を取り直して、俺の作った薬が展示されている場所を探す。少し彷徨ったが無事にブースに到着し、一度小さなブース内を見回す。ブース中央にガラスケースに入った『万能薬www』が置かれており、その周りにはパネルのような物が設置されていて説明書きとレシピが数枚貼られているという非常にシンプルなものであった。
「おお……見やすい。この説明書きとか、私が案として出した物より分かりやすい……」
「分かりやすいって……あれ? 打ち合わせして無いの?」
「あまり出来なかったんだ……疫病予防に薬を作ったり、予防法を教えにあっちこっち見回ったり、それに加えてダンスやマナーの練習もあって……後は……」
「もういいわよ……そういえば、ここに来た時にも、会場をまるで初めて見たような感想だったわね……」
「うん。これだけ近くにいたのに見ていないの……それだけ忙しかったと思ってくれれば……」
全く時間を取れなかった……とはいかないが、それでもこっちに立ち寄るほどの気力は無かったとは言える。前世のように自分の時間を割くつもりは全く無いのだから……。
「おや……一番乗りだったかな」
ふと、その声のする方へと振り返るとダーフリーがこちらへと来ていた。アスラ様に先に挨拶をして、その後に俺達へと挨拶を交わしていく。この場での主役は俺だが立場で考えればこの順番が正しい方法である。ちなみに王様がここにいた場合は王様が先である。
「私達が着いたと同時に来るなんて……そこら辺で暇つぶししていたでしょ?」
「あはは! バレましたね。我がダーフリー商会と契約して頂いている今注目度一番の薬師であるヘルバさん。そんな素敵なレディーに一番で挨拶するのは当然ですよ。そして……実に美しいお姿で……」
ダーフリーはそう言って、俺の手にキスをする。女の子ではなく一人の女性として、自分と同等の立場だと示したいのだろう。
「僅かな時間でしょうが、少しお話を伺ってもよろしいですか?」
「どうぞ」
俺は『万能薬www』についてダーフリーに説明を始める。それは次の誰かが来るまで続くのであった。