142草
前回のあらすじ「今後、より強力なアビリティが続々と出てくる予定」
―「湖に隣接する町レクト・湖底」―
「あ! あれじゃないかな?」
フリーズスキャールヴの案内で湖底を移動すること数十分。この間に、特に何かと遭遇することも無くそれが湖底に横たわっていた。俺はそれを何度も『スキャン』を使って調べていく。
「鳥……かな?」
(そうですね……大分、腐敗が進み大半は白骨化……その骨も崩れてますね)
フリーズスキャールヴとそんな話をしながら、作業を進める俺。それを一周したところで、今度は周囲の確認をする。
「ここに住む生物……死骸を食べないのかな」
(生物が住むのには少々厳しい状況なので、ここの魚は基本的に死骸も食べる雑食です。けれど……これにはその反応は無いですね)
ここに住む魚は何かを感じ取ったのか、これを食べようとはしなかった……元々、ここまで腐敗が進んでいたのか。それとも形のあった状態から食べなかったのか……。
「『収納』で仕舞えるかな? そうすれば、陸地で燃やし尽くす事が出来るんだけど……」
(対象に『フリーズスキャールヴ』を使用して、再度『スキャン』を使用して下さい。そうすれば、『収納』の範囲をこちらで設定しますので、準備が完了したら仕舞ってください)
「分かった」
俺は指示通りにアビリティを使用し、それの回収を行う。『収納』の一覧を確認するとそこには『バーサーク・デッド・ファルコンの死骸(重度の腐敗)』と表示されている。
「えーと……狂化したゾンビ鷹?」
(そんな所です。死んだ鷹が『何かしらの要因』で凶暴なゾンビになり、最終的にここへ落下したのかと)
「ゾンビ……なるほど」
これが保菌者で間違いないだろう。このゾンビ鷹の腐肉やらが湖畔周辺の地面に落ちて、そこからアナティーへとウイルスが感染したのだろう。
前世で、『もしゾンビが実際にいたら』という内容でゾンビの危険性を話題にした動画があったが、その中で、ゾンビの凶暴性ではなく、その後に残った本当の死骸が問題になるという話があった。腐食した体が臭いが凄く、また不衛生のためウイルスを周囲に巻き散らす大変な危険な物であり、倒した後の処理こそ重要だという考察である。
(フリーズスキャールヴ……ここに変なウイルスが残っていないか調べられる?)
(再度『スキャン』を様々な場所に向けて使用して下さい。ここだけではなくこの辺り一帯を念入りに……)
(そうだね……ここをあんな風にしないようにも気を付けないと……)
今のインフルエンザより、危険なウイルスがこの場に漂っていないか……ゲームのような某ウイルスが無いかを確認しないといけない。ここを『何とかシティ』のような惨劇を生み出さないためにも……。
(それは無いのでご安心を……このゾンビは強い魔力の影響を受けて生まれたみたいですから……)
(……その『強い魔力』って何?)
(そこは……ボロボロのため不明です)
俺が何のウイルスの心配をしているかを察しつつ、ゾンビ鷹の出生の話をしてくれたフリーズスキャールヴ。しかし、最終的には謎に包まれた状態になってしまった。自然に生まれた存在ならいいのだが……『どこぞの国家が人為的に作った』とかじゃないかと疑ってしまう。そして、そいつらが何かの目的でここへと……。
「……仕事しなきゃ」
この考えを肯定する証拠が見つからない以上、これ以上の詮索を無駄だと悟った俺は、被害を抑えるために、この湖の調査を再開するのであった。
それから……およそ1時間ほど調査をしたが、特殊なウイルスや細菌は発見されなかったので、俺は湖上へと浮上する。
「ふう……やっと、地上に戻って来れた」
『ホタル草』の微かな光を使っての調査は想像通り……いや、それ以上に疲れた。やっぱり精神的に参る。よくよく考えたら『暗い』、『閉所』、『浮遊』の3つにプラスして『感染』の恐れのある湖底にいたのだ。ここまで疲れるのは当然だろう。
「ヘルバ! こっちよ! 聞こえてる!?」
ふと、こちらを呼ぶ声が聞こえたので、そちらへと振り向くと、ボートの上で浄化作業中の皆がいた。あっちこっち移動していたのでボートから大分離れてしまったと思ったが、意外にもボート上の皆の顔が確認できるほど近くまで戻っていたようだ。
「こっちに来れる!?」
「うん!」
俺はすぐさまボートへと向かい、アマレッテイの手も借りてボートへと引き上げてもらった。
「良かった……心配しましたよ」
「心配かけてごめん。でも、原因の物は回収できたよ」
俺は目を擦り、眠気を我慢しながら答える。
「もしかして……眠い?」
「……うん。チョット疲れちゃった。フリーズスキャールヴに訊いたら、ミラ様の浄化は上手くいっているみたいだから、このまま続けてだって……」
欠伸を堪え、寝落ちするのを我慢しながら話す。
「それでしたら、少し休んでいて下さい……ミラ様の警備は私達がしっかりとこなしますから」
「うん……お願い……」
俺はそれだけを言って、眠りに就くのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―「湖に隣接する町レクト・湖中央」ビスコッティ視点―
「……」
静かな寝息を立てて眠るヘルバさん。詳細は訊けなかったが、無事に浄化の妨げとなっていた何かを回収できたらしい。
「これで一安心って所かな」
「そうだね」
「しっかし……ヘルバの旦那。相当、疲れていたみたいだぜ」
「確かに」
浄化中のミラ様以外の皆がアマレッテイの意見に同意する。元男性の彼女なら、こうやって休み前にこれらを髪から外していただろう。
「お姫様の眠りを妨げないようにしないとね……」
彼女の今の姿……いくつもの青く淡い光を放つ花を、その緑色の髪に差している今のヘルバさんの姿は、どこぞのお姫様を連想させるのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―それから1週間後「湖に隣接する町レクト・商業ギルド 作業室(仮)」―
「それでは皆さん……とりあえず、お疲れ様でした!」
ビスコッティが乾杯の音頭を取ったところで、チョットしたお茶会が始まる。あの後、湖の浄化は無事に終わり、1週間ほど周辺の調査を続けたが、新しいインフルエンザのウイルスを持ったアナティーは発見されなかった。また、調査の間に新規感染者も減少していき、現在では30人ほどまで落ち着いたという事で、この町での仕事は終わり……明日か明後日で王都に帰還する運びとなった。
という訳で、ここでの仕事が無事に終わったという事で、俺達はお菓子と紅茶を持ち込み、寝泊まりしている部屋の内、俺が寝泊まりしている部屋に集まって、お茶会という小さな慰労会をすることにしたのだ。
ちなみに……この世界には前世のようにコンビニやスーパーで売られているような袋菓子というのは無い。だから、今回用意されたお菓子は全てお菓子屋さんで販売されているような、1つ1つが職人の手作りのお菓子である。しかも、シンプルな物ではなくかなり手の込んだ物ばかりである。
「こんな、凄いお菓子よく準備できたね? まだお店とかも満足にやれていないはずでしょ?」
「ミラ様とヘルバさんのお二人は、この町を救った有名人ですからね。私達が買い出しにいったら『これ食べて!』って感じで売ってくれたんですよ」
「ご用意して頂いた紅茶……これかなりいい物ですね。何か申し訳ないです」
「そんな事を言ったら……私達、警護していただけになってしまうんだけど……」
「いえいえ! そう言うつもりではなくてですね……!」
「分かってますって……」
ミラ様の慌てぷりに、クロッカは笑いながら答える。他の皆もそれぞれお菓子を手に取って食べ始めている。
「で、ヘルバさんもちゃんと食べて下さいね? さっきからお茶を淹れてばっかりじゃないですか……しかも、お上手ですし」
「私、一応薬師だからね? アビリティ補正のおかげで上手に紅茶を淹れられるんだよね」
俺は火魔法や風魔法を使って水を沸騰させ、それを事前に温めておいたポットに茶葉と沸騰したお湯を入れてしばらく蒸した後、これまた温めておいたカップに紅茶を淹れていく。その際に一度ポット内を少しかき回し、それぞれのカップの紅茶の濃さが均一になるようにいれるのがコツである。
ちなみに……これは『調合』のアビリティ補正ではなく、『淑女の嗜みwww』による補正である。つまり薬師とは関係は無いのだが、これを言うと何か元男として嫌な気になるので、こう言い訳した次第である。
「ヘルバ……太らないようにお菓子を自粛してるとか?」
そこにガレットが言葉の爆弾を投擲し、この場が静まり返ってしまった。夜のお菓子……脂質に炭水化物を大量に含まれたこれを食せば太ってしまうだろう。だが……。
「たった1日だけ……しかも、あっちこっちで忙しく働いている私達が太る訳ないじゃん」
そう。こんな風に毎日不規則な事をしないのである。たった1日程度ではその心配な無い……。俺はそう思って言ったら……皆の視線がある1人に向けられる。
「ふふ……太らないっていいわね……」
俺もそちらを見たら、この中でお腹辺りが一番ふくよかなクロッカが撃沈していた。肥満薬を飲んで眠ったりすることもあるから気にしていないと思っていたが……。
「気にしてるからね? 私もオシャレとかした年頃なんだからね?」
思わず口に出ていたようで、鋭い目つきで見られてしまった。俺はその場を誤魔化すかのように、置かれていたカップケーキを口にするのであった。