141草
前回のあらすじ「ちなみに、ヘルバのホラー耐性は前世の頃より低下しています」
―「湖に隣接する町レクト・湖底」―
「底に到着……」
(水深400mほどです……前世の田沢湖ぐらいですね)
「へえ……そうなんだ」
俺はそこで上を見上げる。湖面からの光は見えるが、それによって湖底が照らされるかといえばそうではなく、周囲は真っ暗であり、この近くに生物がいるのかさえ確認できない。
「それで……反応はある?」
(……あります。正面右斜め方向に進んでください)
「右斜め……」
そちらの方向に体を向ける……が、何も見えない。前に障害物となる物があるのか判断しにくい。それよりも……。
(ばあ~っ!!)
「ひゃう!?」
(……怖がってますね)
「驚かさないでよ!! 驚いた拍子にヴァ―ラスキャールヴのアビリティを解除して、ヴェントゥス・グリフォンのように潰れちゃうかもしれないんだからね!?」
(大丈夫です。ヘルバさんは何だかんだでしっかり制御できてますから)
「……今、適当に言い訳を考えたでしょ?」
(さあ……何の事でしょうか?)
『クスクス……』と静かに笑うフリーズスキャールヴの担当者……。
「そういえば……名前を訊いたことが無かったけど、何て名前なの?」
(え?)
「そこ驚くの? ほら、こうやって訊くのに名前が無いのは話す時に少し不便なんだけど……」
(それでしたら、フリーズスキャールヴで問題ありませんよ? アフロディーテ様もそのようにお呼びしてますから)
「それでいいの? だって……」
フリーズスキャールヴは『オーディンが座る高座』であり、人の名前ではない。それだから、それを自身の名前として使うのは……。
(特に気にして無いのですが……それにヘルバさんの前世では、様々な物品が美少女化するなんて当たり前の事じゃないですか?)
「それは……」
確かにそうである。『歴史に名を遺した人物』や『伝説の品々』などなど、様々な物が男女問わず美人化されている。中にはその中性的な顔から、男女の双方から人気を得ているキャラもいた。
(ヘルバさんだって、美少女ドリアード化した中身はオッサンっていう前世ではよくあるキャラじゃないですか)
「そんなキャラ……見た覚えが無いけどな……」
(あ、それで思い出しましたが……ヘルバさん『木魔法』をあまり使ってませんよね?)
「え? ああ……イマイチ使い方が分からないアレね」
『木魔法』だが、実は今の今まで一度も使ったことが無い。いや、使おうとしたことはあるのだが、何も起こらなかったので放置していたのである。アビリティはステータス画面から選べば使える技名とか分かるのだが、この『木魔法』はそれが無い。開いても空欄なのである。
「各種状態異常を引き起こす『パフューム系』はそれが無くても元々使えてたし……髪を伸縮自在にできて、森の精霊人って名前からそんなアビリティかな……と思ってたんだけど?」
(え? えーと……少々お待ちを)
すると、フリーズスキャールヴの声が聞こえなくなり、真っ暗な空間にたった1人取り残される。何が潜んでいるのか分からないこんな不気味な空間……体が震えてしまう。ウィードの時、これよりも恐ろしい状況に陥った事があるのに、どうしてここまで恐怖を感じてしまうのだろう。
「火魔法……使いたいけど、空気が無くなるよね……」
周囲を照らす『ライト』とかいう魔法があればいいのだが……生憎、そんな魔法を覚えていない。そもそも火魔法で、何とか出来ていたので覚える必要が無かったのだ。だからこそ……こんな状況になるまでその弱点に気付かなかったのだった。
((あはは……))
突如、フリーズスキャールヴじゃない声に『ビクッ!』っと体を震わせる。が、よくよく聞いてみると……アフロディーテ様の声である。さらに集中して聞いてみると「忘れていた」とか「調整中だった!」というのが……聞こえる。
「……」
俺はステータス画面を開けて『木魔法』の一覧を見る。そこには今まで無かった項目が表示されていた。その中には『髪の操作(女性ドリアードのみ)』とかいう、明らかに今さっき用意しました感がたっぷりのアビリティ名がある。
(おまたせしました……しっかり反映されていますか?)
「うん。それと……さっきの話が少し聞こえてたんだけど?」
(これを渡そうとして用意していたそうです。が、当初があまりにもルールブレイカーな魔法だったらしく、再調整していたそうです。それを他の要件で忙しくて忘れていたそうです)
「どんな魔法だったのよ……」
(えーと……大規模な樹海を生み出したり、自分と同じ戦闘能力のある分身を作ったり、後は先の尖った木製の槍が刺さった後、そこから枝分かれが起きて、相手串刺しにするとか……)
「どこぞの忍法だよねそれ!? まあ……設定としては確かにそうしたい気持ちは分かるけど……」
(『著作権に引っ掛かるwww』とか笑ってましたね……まあ、そんな魔法が使えたらこの世界が大変な事になるので却下したそうですが……。ということで、現段階ではここまでだそうです)
著作権……別世界であるこの世界に関係があるのかとツッコミたいところだが、まあ、それはいい。とりあえず、『木魔法』のアビリティを確認するとしよう。
「『種子複製』と『植物操作』……『種子複製』は『木魔法』取得後に、自分が触れた事のある植物の種を作り出すアビリティで、『植物操作』は植物を一定の条件内で動かせるアビリティ……また『種子複製』で出した種なら一気に発芽から成長までを自由にできる……」
(調整の結果……『ここまでなら大丈夫かな』だそうです)
「ふーーん……で、これが最初の話とどうつながるの?」
(ヘルバさんは気付かれていないのですが、実は成長すると発光する植物の種に触れています。そのアビリティを使って、それを生み出してライトの替わりにお使い下さい……種の名前は『ホタル草』です)
俺はフリーズスキャールヴの指示に従って、両手を合わせて『種子複製』のアビリティで種を生み出す。そして、今度は種を手の上に乗せたまま、両手を前に出して『植物操作』を使用して、それを一気に成長させる。すると、それは睡蓮のような形をした青く光る花となった。
(発光自体は弱いですが、それをもう何輪か育てれば光源として役立つと思います)
「なるほど……」
俺は自分の納得のいく光量になるまで『ホタル草』を生み出して育てる。手に持ちきれなくなった『ホタル草』は自分の髪を操作して、髪飾りのように髪に取り付けていく。
「おおー! これで明るくなった!」
遠くまで……とはいかないが、自分の周囲が照らされた事で、俺は何か安心する。
(それではさっそく行きましょう……それとお似合いですよ)
「……ああ。なるほど」
俺は緑色の腰の辺りまで長くした髪を見る。本来ならこのように飾り付ける事が出来ないだろう青く光る花飾りを髪に付けている俺。その姿は……恐らく幻想的な装いになっているのだろう。それに納得した俺は、それ以上は深く考えずに湖底の調査に入る。
ヴァ―ラスキャールヴと風魔法の併用で水中内を移動していく……光源も身に着けた『ホタル草』が淡く照らしてくれるので、さっきよりかは心に余裕が出来る。
「うーーん……チート。他のアビリティと比べたら優遇されているよね……」
(そうでもないですよ。つい先日……そうですね。ヘルバさんに分かるように言えば『大型アップデート』があって、様々なアビリティが強化されてますから)
「え!? そんな事が起きてたの?」
(ヘルバさんがドルチェさん達と出会った直後に、複雑な姿をした魔法を放とうとしていたじゃないですか? あれが今は可能ですよ)
「じゃ……じゃあ、黒い炎の龍を出して『黒き漆黒の炎に焼かれて……』とか出来るの!?」
(出来ます。が、デメリットもあって……それが出来るアビリティを入手すると、別のアビリティが消えてしまいます。ヘルバさんなら『水魔法』と『木魔法』の2つが消失しますね)
「特化型になるのか、それとも器用貧乏になるか……そう言う事?」
(はい。それでバランスを取るそうです)
アフロディーテ様のその考えには……同意する。前世で、あるRPGのゲームをやり込んで全キャラを育て上げた所、全員が同じ魔法と技を習得、そしてステータスもほぼ同じ……違うのはキャラの見た目と固有の必殺技だけとなった事がある。やり込んだという理由もあるだろうが、この状態のキャラ達を使用しても面白くはなかった。何せほぼ同じなのだ……選択、戦術など関係無い。ただ見た目の違う同一キャラが戦うゲームとなってしまった。
「全員が均一……そうなったらつまらないもんね」
(アフロディーテ様も同じ事を仰っていましたよ……けど、不思議なんですよね。ここまでの大規模な作業をされるなんて……)
「そんなに珍しいの?」
(はい……あの時は忙しかったですよ。まあ、あの時とは言っても……つい数ヶ月前の話ですが)
「……ねえ。それって私がドルチェと出会った頃?」
(ああ……そうですね。確かその頃に急遽始めたんですよね……それでつい先日、アフロディーテ様の最終チェックが終わった所でしたかね……)
フリーズスキャールヴがそう言って話を締める。しかし、きっと彼女も気付いているだろう……恐らく、俺とドルチェが出会った事で何か事情が変わったのだと。
互いに何かを悟り、ウイルスの保菌者を探すことに専念する。その何かをここで議論はしない……今の状況より、さらに怖い何かを察してしまったのだから。




