140草
前回のあらすじ「トラブル発生中!」
―「湖に隣接する町レクト・湖中央」―
「ヘルバの旦那……正体は分かったのかい?」
「まだ……」
ミラ様の浄化作業を見守りつつ、周囲の警戒をする俺達。出来れば、湖のど真ん中ではなく、近くの陸地に移動したいところである。
「ガレット、クロッカ。迎撃態勢は出来てる?」
「いつでもいける」
「こっちもよ。それより……ビスコッティとアマレッティは何か防衛手段があるかしら?」
「剣を振るには狭すぎるので、盾による防御ぐらいですね」
「うちは投げナイフがあるけど……投げたら回収は不可能だから、回数制限付きって所だね」
「そう……となると、頼りになるのはヘルバね」
クロッカがそう言うと、皆が俺の事を羨望の目で見つめているのをひしひしと感じる。そんな頼りにされても困るのだが……。それよりも、一体何が起きているのだろう。そもそも、フリーズスキャールヴが原因不明と回答するという事は、ボルトロス神聖国絡みの時ぐらいだったはず。そうなると、この件はボルトロス神聖国が絡んでいる事になるのだろうか?
(ねえ? ボルトロス神聖国が絡んでるの?)
(それですが……そこも不明でして……)
(……ん? どういうこと?)
(原因となっている物が曖昧というか……はっきりしないんです。この周囲にそれがあるのは分かるんですが、それが何なのか、どこにあるのかがぼんやりとしてまして……)
(アナティーに『フリーズスキャールヴ』を掛けたけど、そこから追っていけないって感じ?)
(そうですね……その通りかと)
(なるほど……)
今はアナティーにアビリティを使用している。そこから繋がる相手となれば保菌者自身か、それと接触した事のある動物かモンスターとなるのは間違いない。
「ウイルスの入った容器……とかもあるけど、そんな怪しい物があれば、誰かが気付くもんね……」
それにそのような物があれば、普通に追っていけそうである。しかし、現状は追跡不可能となっている。
(ちなみに……範囲は絞れてる?)
(この湖周辺は間違いないです)
「うーーん……」
「ヘルバさん大丈夫ですか?」
すると、浄化に集中しているミラ様以外の皆が心配そうな表情でこちらを向いていた。俺に視線が集まっていたのは気付いていたが、それが期待から不安に変わっていた事は気付かなかった。
「先ほどから難しい顔でブツブツと喋っていたので……何かあったのかと」
「え? 口に出てた?」
「出てましたよ。何か……『おえない』とか『不可能』って、つまり『手に負えない』案件ってことですか?」
「え?」
ビスコッティの発言に俺はどうしてそうなったのか一瞬理解できずにいた。しかし、冷静に今の話を振り返ると、俺の口から漏れていた言葉を繋ぎ合わせた結果、これは解決することが出来ない件だと判断したのかもしれない。
「違う違う! 手に負えないじゃなくて、追跡が出来ないって話をしてたの。アナティーが感染させた何かの正体が朧気みたいで、一体何なんだろうねって話をしていただけから」
「そうでしたか……それで一旦、引きますか?」
「ううん。今は大丈夫だと思う。だって、その何かが変な動きをすればフリーズスキャールヴが教えてくれると思うんだ」
そう……その何かが生き物であり、さらにウイルスをばら撒くような行動を取れば、フリーズスキャールヴが教えてくれる可能性が高い。アビリティの対象がアナティーだとはいえ、その位のサービスはしてくれるだろう。
(あ、はい。そこは対象内ですので……)
ということで、俺の考えを読んでくれたフリーズスキャールヴが教えてくれた。となると……その対象は現在、何もしていない事になる……。
「何も……していない」
何もしていない可能性がある……そこで、俺の中にある仮説が生まれる。
「ねえ。皆に訊きたいんだけど……湖周辺に怪しい物とかモンスターとかいなかったんだよね?」
「ええ。この数日、私達以外にもサルエンさんが招集した冒険者や地元の方々も協力して調べましたから。人災の可能性も考えて、地面を掘り起こした可能性が無いかも調べましたよ」
「うちも保証するよ。何せ周辺の木々の上を虱潰しに調査したからね」
「私とガレットも同じよ。町の人達から情報収取してたけど、それらしい話は無かったわ」
クロッカの言葉に、ガレットは頷いて同意する。この数日の間に徹底的に調査はされていた。彼女達の仕事っぷりは、この目で見てきたのである。つまり、湖周辺には怪しい何かは無かったというのは間違いないだろう。
「それなのに怪しい何かが今現在もあり、それは沈黙を保っている……そこまで来たら、可能性は1つしか無いかな」
「分かったんですか?」
「今までの話をまとめた結果だけど……その何かは既に死んでいて、この湖のどこかに沈んでるんじゃないかな……保菌者は死んでいても、その感染した肉体が残っている可能性があるかもしれないし……その体が腐り過ぎていれば、それが原因かといわれたらそうでもないというグレーゾーンになっていてもおかしくないだろうし……」
「つまり……うちらの周りにあるこの湖の水からも感染するって事……?」
「それは……どうだろう? 高温多湿では生きられないウイルスだから、そんな事は無いと思うんだけど……」
(鑑定しましたが……この湖の水から死んだウイルスは確認できました。が、生きているウイルスは確認できません)
(そう……ちなみに湖の底は調べられそう?)
(うーーん……難しいですね。直接、このアビリティを原因となる物に掛けてもらえないと……)
(……湖の底を調べろと?)
(はい。ちなみにヘルバさんは『四元素魔法』と『ヴァ―ラスキャールヴ』を使用できるので、ヴェントゥス・グリフォンのように水中内を移動できるはずです)
(……)
フリーズスキャールヴにそう言われ、俺は湖の方へと視線を向ける。晴天のため青く澄んだ湖水であり、前世の田沢湖のような印象を受ける。波もなく静かな湖水を見ていると、何か引きずり込まれそうな感覚を覚える。
「ヘルバの旦那……もしかして、湖の底を調べるんかい?」
「そのまさかになりそう。不確定要素がある以上、調べないと不味いし……」
前世ならともかく、この世界はモンスターもいて魔法も使える世界である。その影響がウイルスにどのような影響を及ぼすのか……後々のためにも、調べないといけないだろう。
「……ってことで、行ってくるけどいいかな?」
「お一人でですか!?」
「誰かと一緒は難しいかな……私もそこまでこのアビリティに慣れていないからさ」
正直言って、誰かに付いてきてもらいたい。湖の底が暗く見えるので、きっと底を調べるとなると、真っ暗な空間を移動することもあるだろう。そして、先程も言ったがこの世界はモンスターがいるのである。お化けも怖いが、物理的に襲って来る凶暴なモンスターが暗闇からいきなり現れと考えたら……。
「ヘルバの旦那……顔が青いけど……」
「どこぞのホラーゲームの主人公の気分かも……少し怖いかな」
「無理そうなら、一度戻ってサルエンと相談しても大丈夫ですよ?」
「大丈夫! 私、元男だし!」
俺はそんな空元気を見せつつ、静かにボートから下りていく。すると、湖の表面が円形状の何かに押されたような不自然な形になっていく。そして、俺がボートから完全に下りると、少しでも揺らせば水が入ってきてしまのではないかと思うような、綺麗な大きな半円形上の水の無い空間が出来る。そして、その中央に俺は立っている。
「それじゃあ……行ってきます」
「お気を付けて」
皆に見送られながら、俺は湖へと潜水を始める。俺の周りが徐々に水に覆われていく。
(もう少し風の壁の密度を上げて下さい……いいですね。そうしたら、この状態を維持しつつ、引き続き水に潜るイメージをして下さい)
フリーズスキャールヴの指示の元、俺は潜っていく。そして、俺の周りが完全に水に覆われたところで、ふと下を見る。そこに見えたのは……先程と変わらない暗い世界。
「ヤバい……閉所恐怖症とかじゃないけど、『暗い』、『閉所』、『浮遊』っていう慣れない感覚三銃士のせいで余計に怖さが……」
俺はそんな独り言を呟きつつ、1人で不確定要素の調査のために暗い湖沼へと潜っていくのであった……そう1人で……。
(……ねえ。やっぱり1人だと怖いからお喋りしてもいい?)
(必要以上の会話は禁じられてますが……今回は目を瞑ります)
(ありがとうございます!)
心強い話し相手が出来た所で、俺は湖の底の調査を始めるのであった。