139草
前回のあらすじ「ガレットは不眠症です」
―数日後「湖に隣接する町レクト・湖周辺」―
「えーー……という訳で皆さん。よろしくお願い致しますね!」
ミラ様の掛け声に『オオーー!!』と力強い返事が返って来る。ここにいる人達はサルエンさんが集めて来てくれた方々であり、その背中には俺の作った消毒用のアルコールが入った噴霧器を背負っている。
「それでは! 先ほど話した通りに満遍なく吹きかけて下さい!」
サルエンさんの指示を受けて、さっそく湖周辺の消毒作業が始まる。それと同時にミラ様の『祝福』の効果が最大限に生かせる場所へと移動を始める。その場所は……湖の上であり、当然だが船を出さないといけないので、その要員であり護衛のための『フォービスケッツ』の皆と一緒にその場所へと向かう。ちなみに、俺は『護衛』兼『浄化具合の監視者』である。
「これで後は『祝福』で周囲を浄化すれば、この病気が終息するんですね」
「恐らくは……ね。この数日の間に、湖以外の場所も確認したけど原因となる物は新たに見つからなかったし……」
消毒薬の作成をこなしつつ『フリーズスキャールヴ』と『スキャン』の2つのアビリティを使って、周囲に保菌者がいないかを調べたのだが、今日に至るまでアナティー以外で見つかる事は無かった。
「ここに持ち込んだ存在……そいつが何だったのか知りたかったな……」
「そうですね……そいつがいつ王都にウイルスをばらまくのか分かったもんじゃないですしね」
「あ、いや……必ずしもとはいかないかな」
「あれ? でもヘルバさんがアビリティで、このウイルスは持ち込まれた物だって……そうなれば、そいつから広まるんじゃないですか?」
「ビスコッティのその疑問は当然なんだけど……その保菌者とアナティーのウイルスが全く同じ物なのかっていうのは分からないんだよね」
「同じ物……じゃなくても、似ているってことですよね……? ウイルスはウイルスですし変わらないのでは……」
「そうとも言い切れなくて、ウイルスがアナティーの体内で変化した事によって人から人へと感染するウイルスに変化した可能性もあって、保菌者の持っているウイルスが、そのようなタイプじゃない可能性もあるんだよね……体内で悪さ出来ないウイルスかもしれないしね」
「えーと……つまりどういうこと?」
「病気にさせる鍵があるからと言って、その鍵がはまるか分からないってこと」
『ふーーん……』とアマレッティが頷く。恐らく家の中にいる人を襲おうと擬人化したウイルスが、家の外でウロウロしている中に入れずに地団駄を踏んでいる風景を想像しているのだろうな……きっと。
そんな話をしていると、事前に用意されていたボートがある場所まで来たので、2隻あるボートに分かれてさっそく乗り込んで湖へと繰り出す。6人いるので、それぞれ3人ずつに分かれる。
「アマレッティ頑張れ~」
「がんばー」
「お前ら……手伝え」
俺とガレットは、オールでボートを漕いでくれているアマレッティを応援する。力仕事が担当じゃない俺とガレットにそんな事を言われても……。
「少なくともヘルバの旦那はイケるよな? 武器を選ぶ際に剣を振ってたの覚えてるぞ……?」
「私……胸は大きくても、腕は細腕だから……」
俺はそう言って、自分の細い腕を自分の胸の下でクロスさせて、胸を強調するようなポーズを取る。それによって、服の隙間から見える胸の谷間が少しだけ深くなる。
「だ・ん・な……?」
すると、鬼の形相でアマレッティが俺を睨み付ける。胸が大きいことに羨ましいのではなく、働かない俺に苛立っているのだろう。
「分かったよ」
俺はボートに取り付けらていたオールを外して、ボートに付いているU字型の金具に設置する。その後は、前にいるアマレッティに合わせてオールを動かしていく。しばらくすると、漕ぐリズムが合うようになっていき、アマレッティが1人で漕ぐより速くボートが進むようになった。
「お! イイ感じイイ感じ~♪ ヘルバの旦那ってボートを漕いだことがあるのかい?」
「あるけど……小さい頃に公園でお母さんに教えてもらっただけ。歳は今の体と同じくらいの子供の時でさ。あの時は上手く出来なかったのに……今はこうやって漕げるなんて変な感じだよ」
それだけではなく、夏が過ぎて秋になっていくこの時期ではなく、桜が舞う時期の頃の話であり、こんな広大な湖ではなく、公園の小さな湖だったのだが……。
「ヘルバの旦那……大丈夫か?」
「うん。大丈夫……多分」
俺はいつの間にか流れ出た涙を手で拭いとる。ここ最近、このような事が本当に多すぎる……『草www』での生活がそれほどまでにストレスになっていたのかと最初は思っていたが、果たしてそれが本当に正しいのか分からなくなる。
「そもそも……ヘルバは最近、自分の昔話をする。特に母親との話」
「そういえばそうだな……そういえば、親父さんはどんな人だったんだ?」
「え? それは……」
そういえば、一度も父親の話をしたことが無い気がする……あれ?
「ヘルバの旦那……?」
「アマレッティ! あっちあっち! ビスコッティ達、大分進んじゃってる!」
俺は慌ててアマレッティに自分達のボートとビスコッティ達のボートの距離が離れていることを指摘する。この湖にボートを沈めるような凶悪なモンスターはいないとしても、護衛対象のミラ様と距離が離れるのは不味いだろう。
「本当だ!? ヘルバの旦那は私の漕ぐスピードに合わせてくれ! ガレットは少しだけ魔法で補助してくれ!!」
「……しょうがない」
ガレットはそう言って、移動に役立つ魔法を打つ準備を始める。俺とアマレッテイはガレットの準備が整うまで、先程よりは少し速い速度でオールを動かす。
「ウインド・バースト」
ガレットが風魔法をボート後方から放つ。『ウインド・バースト』は強力な風を生み出して相手を吹き飛ばす魔法であるが、その威力を調整してくれたことで、ボートを傷みつける事無く湖の上を進んでいく。
「ガレット……これもっとやってくんねえ?」
「嫌だ。いざという時に魔法が使えなくなる」
『ええー!!』と呻きながら、残念そうな顔をするアマレッテイ。この速度なら前にいるアマレッテイ達にすぐに追いつくだろう。そして、この地域を浄化する……今はそれだけを考えよう。前世の父親の思い出が全く無い理由は後で考えればいいのだから。
「あ、追いつきましたね」
そんな事を思っていると、あっという間にビスコッティ達のボートに追い着く。よく見ると、ビスコッティだけしかボートを漕いでいない……それなのに、私達より速いとは……。
「それでヘルバさん。浄化の予定位置ですが……この辺りですかね」
「えーと……ミラ様。軽く『祝福』で浄化をしてもらっていいですか? フリーズスキャールヴで浄化具合を確認しますので」
「分かりました……それじゃあいきますね」
ミラさんがその場で手を合わせて祈り始める。その体が光り始めた所で「フリーズスキャールヴ」を使用する。
(浄化範囲……湖周辺全土を覆っています。ここで長時間の浄化が必要です)
「ここで大丈夫だって。ただ……ミラ様が長時間祈らないといけないみたいだけど……」
「あ、平気ですよ。丸1日祈り続けたこともありますから」
「そ、それなら……」
ミラ様は祈りながら話しているので、あまり邪魔しないように話を切り上げる。本当は、長時間という曖昧な表現を使われているので、どれだけ掛かるのか分からないと伝えたいところなのだが……。
「ヘルバ。どうかしたの?」
「あ、いや……」
フリーズスキャールヴの適用範囲はかなり曖昧なところがあり、フリーズスキャールヴを担当している担当者の匙加減である。だから、この時は教えてくれなかったのに、今は知識があるから教えてくれるってこともある。後はレザハックのように、王家と繋がりがある状態で、すぐに王家に問い合わせれば後々身元がバレるから……という状況だったりすると色々ばらしてくれるみたいなのだが、ここである違和感を感じた。
(……ねえ。何で時間が曖昧なの? 私なら『何時間ぐらい』とかで伝えれるよね?)
この世界に時間という単位はまだ無い。しかし、前世の知識がある俺ならそう伝えられるはずである。
(……不確定要素の反応アリ。そのためです)
「それを早く言ってよ!?」
「ヘルバの旦那!? どうしたんだい。そんな大声で……?」
「浄化を妨げる不確定要素の反応ありだって! 皆、警戒をして!」
俺がそう言うと、皆が武器を手に取り周囲の警戒を最大限まで上げる。俺もフリーズスキャールヴからさらに情報を得ようと訊いてみるが、あちらもどうやらその不確定要素が何なのかが掴めていないようだ。
「クロッカ! 湖周辺で消毒作業をしているサルエンさんに連絡を!」
「ええ!」
クロッカが杖を上に掲げて、上空に光弾を発射。それは上空で音を立てながら弾ける。あらかじめ決められたこの合図は『周囲を警戒せよ!』の意味である。これで、湖周辺に何かあったらすぐに今のような合図が送られるはずである。
「ヘルバ。不確定要素って何なのか分かった?」
「まだ……もしかしたら、さっき話していた保菌者の可能性もあるから気を付けて……」
俺はそれだけ伝えて、フリーズスキャールヴからの情報収集に専念するのであった。




