138草
前回のあらすじ「湖周辺視察」
―ヘルバ達が湖の調査をした次の日「王都ボーデン・王城 とある一室」ドルチェ視点―
「ヘルバ……上手くいってるかな?」
「まあ、大丈夫でしょ? 護衛も付いているし、何より本人が戦えるしね」
ココリスはそう言って、ヘルバにちょっかいを出していた人物達が載ったリストをテーブルの上に置き、目頭を押さえながら休憩を始めた。朝から作業を始めて、すでに今はお昼時……そろそろ疲れも出るし、お腹も空いた頃である。
「それにしても……結構な人数になったね」
「有能な人材だもの。王政反対派じゃなくても、喉から手が出るほど欲しいでしょうね」
インフルエンザという病の元で大勢の患者が出ている王都。それを一早く察知して、具体的な対策案を提示したヘルバに対して、派閥関係なく欲しがる者が現れた。
「未知の病気に関する知識を持つヘルバを独り占めして、自身の安全を確実にする……全く呆れたわ」
「それ以外にも、この混乱に乗じてヘルバを罠に嵌めようとしていたり、金儲けに利用しようとしたり……大人気だね」
「本人は嬉しくないでしょうけどね……でも、巨乳の幼い女の子なら言う事を聞いたのかしら?」
「無理じゃないかな……ヘルバってそこはしっかりしてるし。ハニートラップを仕掛けるなら、これとは別の……周りに迷惑の掛からないような事案じゃないと」
「そうね……」
状態異常が効かず戦闘も出来るヘルバに手を出すとしたら、それが一番効果のある方法なのだが、ヘルバだったら『人命』とか『大勢に多大なる迷惑を掛ける』となれば、それも効かないだろうし。そうなると、如何にヘルバを騙すか、もしくは魅力的な報酬で抱き込むとかしないといけないだろう。
「本当に……ヘルバが信用できる人物で良かったわ」
「うん!」
ココリスのその意見に、私は強く同意する。これが他の人だったらこうはいかなかっただろう。
「とりあえず……一度、アレスターちゃんと相談しに行こうか」
「それと……昼食もね」
建国祭の対応で追われているアレスターちゃんと話し合うため、私はココリスと一緒に部屋を後にするのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―同時刻「湖に隣接する町レクト・商業ギルド 作業室(仮)」―
「くしゅん!」
「風邪? それとも……インフル?」
「ただのくしゃみだよ……誰か私の噂でもしているんじゃないかな」
「ふーーん」
ガレットはそう言って、この部屋に1つしかないベットで寝転がったまま、読書の続きをする。現在、俺は商業ギルドの1室を借りて、足りない薬の調合と大量の消毒液の作製を行っている。今回は大量にそれらが必要なので、道具ではなく、『収納』と『調合』のアビリティを併用した方法で作製をしている。
『草www』の時には念じるだけでそれらの作業をしていたが、『ドリアード』となった今、自分の手を何もない宙で動かして、ゲームのようなお手軽調合で作業をしている。念じるだけでも問題無く出来るのだが……この方が何か上手く出来そうな感じがするので、この方法を取っている。
「よし……」
足りない薬の作製が終わったので、今度は大量の消毒液の作製を始めようとする……が、チョット疲れたので、ガレットが寝転がっているベットに寝転んで休憩を取る。俺は天井を見上げながら、隣で本を読みながら寝転んでいるガレットに声を掛ける。
「……ガレット」
「何……?」
「私ここで調合しているから、かまってあげられないけど?」
「大丈夫……それにこれも仕事だから」
「そ、そうなの……?」
俺はガレットのその姿を再度確認するのだが、どうも寝転がってくつろいでいるようにしか見えない。
「ヘルバとミラ様の護衛……だから、必ず1人はいないとダメ」
「それはそうだけど……」
「それと……ヘルバが思っている以上に必要。すでに1人捕まえてる」
「え!? いつの間に!?」
「ヘルバが寝てる時。アマレッティが取り押さえて、すでに引き渡した」
「引き渡した……ってどこに? ここって冒険者ギルドも閉鎖中じゃ……」
「王都から巡回に来ている兵士に引き渡したって。犯行理由は後で知らせてくれる予定」
「……伝えてもらっても良かったんだけど?」
俺が寝てる時……つまり、夜に襲撃があった事になる。そういえば、今日の朝食の時間にアマレッティが遅れてやって来ていた。あの時に、引き渡していたのかもしれない。
「ヘルバがそれを聞いて、薬品の生産が遅れるのは困る。それに犯行に及んだ奴がどんな目的を持っているのかは、詳しくは分からない。だから、私達に任せて」
「頼るけど……襲ってきた奴の目的は報告してよね」
俺はそう言って、ベッドから起き上がり消毒液の大量生産を始めるのであった。
その後、特にこれといった出来事は起こらず、サルエンさんが夕食の準備が出来たと知らせに来たのて、俺は本で顔を隠し、すやすやと熟睡していたガレットを起こして1階へと下りる。そこには、外で仕事をしていた他の皆も帰って来ていた。
「おかえり。それで、どうだった?」
「少しずつですが進んでますよ。冒険者だけじゃなく、工房の方々も協力してくれる事が決まりました」
椅子に座りながら、湖周辺の消毒活動の準備状況を確認する。多くの人達に協力を仰ぐため、ミラ様に出てもらったが……笑顔の4人を見ると、首尾は上々のようだ。
「そう……なら、後は私の方も頑張らないと」
「ヘルバ。あまり休まずに、ずっと仕事していた」
「なら、今日はここまでにして下さいね」
ガレットの報告を聞いて、ビスコッティから今日の作業にストップが掛かる。作業とはいうが、ひたすらステータス画面とにらめっこしながら、アビリティによる調合をひたすら行っているだけなので、そこまでの疲労感は無い。
「『無理するだろうから、気絶させてもいいから休ませるように』と……」
「ドルチェかココリスから言われたってところでしょ?」
「いいえ。そのような神託がありました」
ビスコッティの話にミラ様からの補足が入る。まさか、アフロディーテ様から心配されるとは……というより、他の場所の確認で忙しいのでは無いだろうか? そのような事を言うとは、結構な頻度で俺の事を観ていないといけない気がするのだが……まさか、ずっと観ていたのだろうか?
「……分かった。そこまで言われたら止めとく」
「『見えないからこっそり調合する』っていうのはダメですからね」
すかさず、ビスコッティが、俺の考えを読んで追加の注意をする。少しだけやろうと思ったが……そうもいかないか。
「って……何か心配され過ぎな気がするんだけど、しかも神様まで……ねえ? 他に何か言ってなかった?」
「いえ。何もありませんでしたけど……」
不思議そうな顔をするセラ様。アフロディーテ様が純粋に俺の事を心配していると思ってるのだろう。しかし……実際に会話をしている俺からするとそんな玉じゃない。だから、何か意味があると思うのだが……もしかして、俺が気付かないだけで体には結構な負担が掛かってるのか?
「はい。しっかり食べて、体を休めて下さいね」
すると、そこにサルエンさんが料理を持って来たので、冷めないうちに皆で頂く。食べる間に、これ以外の様々な話をしたのだが、この件に関しては一度も頭から離れる事は無かった。
その後、充てられた自分の部屋に戻る。ちなみに1人部屋ではなく、ミラ様と一緒の部屋である。『フォービスケッツ』の4人は隣の部屋を利用しているのだが、毎晩、警護のため誰かが俺達の部屋に来る事になっている。昨日はビスコッティだった。そして、俺達が寝た後に1人で不審者をこっそり撃退したアマレッティは来ないだろう。そうなると……。
「入るわよ」
「あ、どうぞ」
俺が誰が来るかと予想していると、そこにクロッカが部屋に入って来た。
「今日はクロッカが護衛?」
「そうよ……って、怪訝そうな顔をしないでもらえないかしら?」
「……夜這いを仕掛けてこないよね?」
「しないわ。流石に今の状況を把握してるもの……どこもかしこも大変よ」
そう言って、ベットの上に座るクロッカ。その顔から疲労感を感じ取れる。そのおかげで大分深刻な状況だというのが伝わる。
「ガレットと違って、大分お疲れだね」
「あら? そうでもないわよ……ガレットって寝てるようで聞いてるから。それだから、いつものように肥満薬を飲んでなかったでしょ?」
「ああ……そういえばそうだね。でも、そこまで睡眠が浅いの?」
「ええ。体質みたいで、しっかりと眠れないらしいのよ。ヘルバから薬を貰うまでは、寝れる時は浅くても寝ていたりとか、魔法を魔力ギリギリまで使って気絶するように眠るとか、危険だったのは睡眠を誘発する薬を多量に摂取した時かしら……」
「それ……精神的に大分キツイんじゃないの?」
「そうね……時折、辛そうな表情をしたり、上の空だったりして、見ているこちらもヒヤヒヤしてた時もあったけど……今はぐっすり眠れてるから問題無いわ」
『困ったような』とか『元気の無いような』という表現が似合う笑顔をするクロッカ。俺が初めて会った時、そんな風に見えなかったのだが……知っているつもりでも、まだまだ皆の事を知らないのだと実感する。
「それなら……快眠できる睡眠薬とか作った方がいかな?」
「頼まれたら作ってあげて……それまでは、今のままでいいわ」
俺はその言葉に静かに頷く。その後、ミラ様も部屋に戻って来て、後は寝るだけの所でお喋りに華が咲く。『女が3人寄れば姦しい』と諺があるが……まさしくその通りであった。気がづけば、深夜と呼ばれる時間帯までお喋りをしていたので、切りのいい所で眠りに就くのであった。
(私は男……私は男……)
中身がオジサンなので『女が3人寄れば姦しい』は間違いだった……俺はそう心の中で訂正するのであった。




