137草
前回のあらすじ「レクトに到着」
―翌朝「湖に隣接する町レクト・湖周辺」―
翌朝、町に隣接する湖へとやって来た俺達。ここには強力なモンスターはいないため、町の壁代わりとして堀の一部に組み込まれおり、堀の水はここと繋がっている。また、町の水路とも繋がっているため、水路からここまで小舟で移動も出来る。ただし、陸は町と湖の間には雑木林が生えており、弱いモンスターがこちらへと来ないように注意していた。
「あの白い鳥です。いつもは冒険者ギルドに常駐依頼しておりまして、冒険者達に捕獲してもらってるんです」
「なるほど」
雑木林から双眼鏡を使って遠くから例の鳥……アナティーが群れで移動しているのを確認する。その見た目はアヒルなのだが、水魔法が使えるためにモンスターに分類される。とは言っても、このモンスターはたいして強くはなく、水魔法で気を逸らしている間に逃げるという習性を持っているらしい。
「それで……アナティーが原因なのですか?」
「そこはこれから確かめる……」
俺は自身のアビリティで、アナティーの詳しい情報を確認する。その結果……予想通りでだった。
「黒……体内にウイルスを持ってた」
それを聞いたサルエンさんが頭を抱える。このアナティーの羽毛は大変上質な素材であり、高級羽毛として販売されている。その素材が『死の病』を引き起こすとなれば、商品の価値としてなくなってしまうだろうし、この町で作る他の商品にも悪影響を及ぼしかねないのだから仕方ないだろう。
「それで……こんな風に大勢の人が罹った事例ってないんだよね?」
「え、ええ……アナティーの捕獲は通年で行われますから、何かがあれば……」
「それは……そうだよね」
となると……今回が初めてだと仮定していいだろう。肝心なのは『このウイルスが元々ここに存在していたものであり、それが変異した』か『何かによってここまで運ばれて来た』のどっちだろうということだ。
(ウイルスの精密鑑定って出来る? それとも、ウイルスを視認しないとダメ?)
(いいえ。このまま鑑定を行います……もう一度スキャンを対象に使用してください)
俺は言われたまま、アナティーにもう一度『スキャン』を使用する。
(……鑑定結果。このウイルスは元々ここには存在しない模様……恐らく、どこからか来たウイルスです)
「ありがとう」
俺はそう言って、双眼鏡を下ろす。元からいたのではなく、どこからか来たウイルス……どういう経緯で来たのか知りたいが、そのどこかを知るにはそのウイルスを持っている物を精密鑑定しないといけないのだろう。
(頑張って探してください)
そう思っていたら、フリーズスキャールヴを担当している方が答えてくれた。もしかしたら『どこから来たのか』を知っているのかもしれないが、アビリティとしての関係上、答えられないのかもしれない。
「ヘルバさん……何か分かりましたか?」
すると、ミラ様が俺の顔を覗きながら、恐る恐る何かいい情報が得られたのかを訊いてくる。そのオドオドした表情……今日もいい1日を過ごせそうである。
「今回の病気の原因となっているウイルスなんだけど、どこからか持ち込まれた物だって」
「持ち込まれた!? だ、誰ですか! そんな事をした奴は!!」
声を荒げ、俺の襟首を持ち上げながら、この状況を作り出した奴が誰なのかを問いただそうとするサルエンさん。顔を見ると、鬼のような表情をしており、その誰かを今すぐ取っ捕まえにいきそうな気迫である。
「落ち着いて……! まずは私の服を掴まないで……!」
「ああ……! すいません……つい」
大人しく、手を離すサルエンさん。般若のような表情も、いつものお淑やかな表情に戻っていた。サルエンさんが落ち着いた所で鑑定結果を話そうするのだが、その前に言いたいことがある。
「ねえ……護衛してよ」
「そんな状況じゃないじゃないですか」
ビスコッティの発言に『フォービスケッツ』の他の3人も頷く。ビスコッティはそう言うが、先程のアレをされたら、少しくらいは動いて欲しい所である。
「それよりもヘルバ。この状況を作った奴は誰なのか話す」
「『それよりも』って……酷くないかなガレット……。とりあえず……このウイルスを持ち込んだ相手は不明だよ。人かもしれないし、どこからか来た他の生物かもしれない……」
「つまり、それを捜さないといけないんですね」
「うん。それと……ここにいるアナティーをどうにかしないと……」
感染したアナティーをこのまま野放しすれば、いつまで経っても、この問題が解決することが無い。そして前世での対処法は……。
「全て討伐ですか?」
「うーーん……そうなちゃうね」
前世でのウイルスの対処法もそれだった。あれは家畜だったが、全て殺処分してから、地中深くに埋葬。その後、汚染された地域を徹底的に消毒する……。
「ストップ! ストップ! 全て狩り尽くしてしまうなんてダメです! それに、そんな大規模な事をするとしたら、色々と手続きを踏まないと……」
「まあ……そうなりますよね……」
うん。分かっていた。『そんなのが認められるか!』と言われるだろうと思っていた。じゃあ、どうするかなのだが……。
「あの~……私はダメでしょうか?」
ミラ様が手を上げ、自分が替わりを務められないか尋ねてくる。その提案に対して、一度冷静に考えてみる。彼女の『祝福』というアビリティだが、人に害する存在を浄化するという物であり、詳しく書くと『滅する、取り除く、修復する』の3つを同時に行うというアビリティである。ただし、その浄化する物や規模によって、時間が掛かり過ぎたり、浄化不可というのもある。
「私が、広域に『祝福』による浄化を使用すれば……アナティーを始末せずに済むかと……」
「なるほど……それは名案」
「ガレットの言う通り、それが出来れば一番かしら?」
「私……いえ、私どもとしても、そうしていただけると助かります!」
その案に、ここにいる皆が賛成する。もちろん、俺としても否定する理由は無い。ただし……。
「効果があるかどうかなんだよね……だから、ミラ様にあのアナティーに『祝福』を使ってもらいたいんだけど……」
「分かりました……」
ミラ様はそう言って、祈りの体勢を取ると、ほのかにその体が発光する。それを確認した俺は再度、アナティーの状態をスキャンで確認していく。すると一覧の中に『ウイルス除去71、72……』と表示されていた。
「おお……効果ありみたい。そのままお願い」
「はい……」
数値がどんどん上がっていき『100%……お疲れ様でした』と表示される。
「終わったけど……そっちはどう?」
「あ、はい。こちらも同じです」
祈るのを止めて一息吐くミラ様。特に疲れたような表情はをしていなかったのには少し安心した。
「これをモンスターだけじゃなく、周囲の土壌も浄化しないといけないんだけど……イケる?」
「大丈夫ですけど……範囲が問題ですかね。どれだけの範囲になるか調べないと。必要なら、教会に他の聖女様を呼ばないといけないかもしれません」
「範囲は……私が何とかするよ。消毒液とか用意すれば……」
どれだけの範囲になるか分からない以上、ここは人海戦術で周囲に消毒液を撒いてもらうとしよう。無事な冒険者達に頼めばいいだろうし。
「それと噴霧器が必要かな……商業ギルドで何とか出来る? これから作る消毒液を撒く作業に使うんだけど」
「噴霧器ですね……分かりました。数個ならすぐにでも、大量となると2、3日中は掛かりますが」
「調査もあるので、それで問題無いよ。それと冒険者に消毒液を撒いてもらう作業をしてもらいたいんだけど……」
「手配しておきます。そうしたら、私は一度ギルドに戻って、手配をしようと思うのですが……」
「私達はこのまま他の場所も調査するけど……入っちゃダメな場所とかある?」
「この付近ならどこでも大丈夫ですよ」
『それでは!』と言って、サルエンさんは手配などの作業をするために商業ギルドへと戻っていった。
「さてと……もう少しだけ調査のお手伝いお願いね」
「分かりました……ところで」
「ん? どうかしたの……?」
「ヘルバさん……何か生き生きしてませんか?」
ビスコッティの発言に皆が頷く。それに対してどうかと言われたら……。
「もちろんだよ! 最近は、訳わからない状態異常ばっかり……おかげで私が前世は変態じゃないかと疑われたり、頭がこれでもかという位に悩まされたり……それと比べたら今回のは……」
俺は涙を流しながら力説する。獣化はまだいいとして『皮化』や『老化』に『若返り』、『過水による膨体化』という変な状態異常がこうも続いたのだ。前世暮らしの俺からしたら『やっと知っている物』が来たという感じである。
「……色々、堪ってたのね」
クロッカのその言葉に、私は静かにうなずくのであった。




