136草
前回のあらすじ「ミラ様と一緒に旅に出発」
―翌日の夕方「湖に隣接する町レクト・北口前」―
「ああ……触れ合う事も無いまま着いちゃたな……」
「快適だった……アマレッティに頼んで正解だったよ」
ストラティオにまだ1人で乗る事が出来ない俺は、アマレッティに頼んで乗せてもらった。一緒に来たミラ様はビスコッティと、そして、経費削減と速さを考慮して、クロッカが操るストラティオにガレットが相乗りする形になった。
ちなみに、この組み合わせのもう1つの理由はクロッカが護衛対象である俺とミラ様を襲わないようにするためである。ミラ様はクロッカの好みの範囲から外れてはいるらしいく、また俺のように弄ぶとガチで嫌われると分かっているので、そんなことはしないと分かりつつも、念には念を入れてのクロッカから離している。
「で、ここがレクトなんだよね……何かあっという間だったね」
「ここは馬車でも朝早く出発すれば、その日の夕方には着きますからね。ストラティオの速度ならあっという間ですよ」
という事で、ドルチェから依頼を聞いた翌日、俺は『フォービスケッツ』とミラ様の5人と一緒にレクトまでやって来た。今までの町が城壁で守られていたのに対して、ここは水の張った深い堀で周囲が囲まれており、堀に掛けられた橋が2ヶ所あるので、そこから町の中に入る事が出来るのだが……。
「あそこまでしか行けないようですね」
ミラ様が見つめる先、橋の前に立つ兵士と商業ギルドの職員のような格好をした人達が数名立っており、そこで荷物を下ろしたり、逆に荷物を空いた馬車に載せたりしている。
「町の中には入らないように封鎖してるみたいだね……これってヘルバの旦那の指示かい?」
「私はアドバイスまで。指示を出したのは王家か教会のどっちかじゃないかな」
原因が分かった段階で、必要な対策案を伝えておいたのだが……どうやら上手く利用できているようだ。そんな話をしながら、さらに門へと近付くとこちらに気付いた兵士に呼び止められる。
「そこで止まれ! 今、この町に入る事は出来ないぞ!」
「これ……『冒険者ギルドか商業ギルドの方に見せて』って言われたんだけど」
俺は事前にドルチェから貰っていた通行許可証を兵士に渡す。それに兵士が目を通した瞬間、目をこれでもかという位に開けて『少々、お待ちを!!』と言ってすぐさま誰かを呼びに行った。しばらくすると、中年の女性がこちらに小走りでやってくる。
「お待ちしておりました。この町の商業ギルドのマスターをしておりますサルエンと申します。どうぞ、お見知りおきを」
そう言って、深々とお辞儀をするサルエンさん。身成と佇まいからして、清楚感たっぷりの女性であり、前世の日本だったら、着物を着て旅館の女将とかやっていても違和感が無い位である。
「それと……聖女様が来られたのに、大したおもてなしも出来ず申し訳ありません」
「いえいえ。それに、今回の私は補佐役でして、この件の担当はヘルバさんになっているんです」
ミラ様はそう言って、俺の方に話題を振るのでサルエンさんの方を向いて挨拶をする。
「薬師のヘルバです。各関係機関からの依頼で参りました」
「ヘルバ様ですね。王都のグランドマスターから話を聞いております。数多のレア素材をお売りいただきありがとうございます。このレクトでも『ヴェントゥス・グリフォンの羽毛』が競売に掛かると聞いて楽しみにしておりまして……出来れば直接買い付けしたいのですが!」
「商売話しに来た訳じゃないからね!? そもそも、アレは複数のパーティーが関わってるから、私の独断で売り飛ばせないよ!」
「そうすれば、たちまちの内に病気が治るかもしれませんよ?」
「それなら……って、治る訳無いから!」
『それは残念……』とクスクスと笑いながら引き下がるサルエンさん。どうやら、彼女なりのジョークのようだ。その証拠に、すぐさま今の町の状況の説明を始めてくれた。
「今、レクトの町は正常に機能していません。冒険者ギルドはギルマス、サブギルマスの御二方が病に倒れ、商店や工房もほぼ閉鎖中になっております」
「ほぼ、使える店が無いって事……まあ、ヘルバがいるから今回は関係ない」
ガレットの意見に一緒に来た皆が頷く。事前にここの状況を聞いているので、5人で3食おやつ付きで旅をしても2週間程度は無給で行動が出来る分は用意してある。ただ1人、サルエンさんが首を傾けているので、俺は『収納』からご挨拶替わりのクッキーの詰め合わせを、何も持っていなかった自分の手の上に出す。
「ヘルバさん収納系のアビリティをお持ちなんですね……じゃあ」
「ヴェントゥス・グリフォンは王都の冒険者ギルドに全部渡したけど?」
「それは……残念ですね。まあ、正直そんな状況ではありませんが……」
サルエンさんは心底残念そうな表情を浮かべつつ、町の中へと案内を始める。俺達はストラティオを兵士に預けて、サルエンさんの後に付いて、町の中へと入る。道を歩く人がおらず、道沿いに並ぶお店は軒並み閉まっている。
「静か……ですね」
「レザハックに襲われた宿場町を思い出す」
「ぐっ!?」
「ガレット……ビスコッティが素っ裸で宿場町を徘徊した時の事を思い出してるけど?」
「ヘルバさん!! サルエンさんが勘違いするような事は言わないで下さい!!」
「でも……確かに素っ裸なんだよなアレ」
「そこまでにしておきなさい……ビスコッティが泣いてるわよ」
クロッカに言われて、ビスコッティの方へと振り向くと、プルプルと体を震わせ、怒った表情で目に涙を浮かべているビスコッティがいた。余計な事を言った俺とアマレッティは、すぐさまからかった事を謝罪する。
「賑やかですね」
「ええ」
それをセラ様とサルエンさんは仲良さそうにしながら見ている。この2人は雰囲気的にこのようなやり取りに対して、静かに傍観するタイプのようだ。
「それで……どこに向かっているんですか」
目の涙を手で拭いながらビスコッティがサルエンさんに尋ねる。そう言えば、どこへ行くのかを訊いていなかった。
「商業ギルドにご案内します。何かとご相談したいことがありますから……それと、宿泊機能もあるのでそちらに寝泊まりしてもらえば……という訳でここです」
サルエンさんの指差す方向を見ると、そこには4階建ての大きな建物があった。道に人が全くいなかったのだが、この近くでは人々が忙しなく行き交っていた。
「今、まともに動いているのはこの商業ギルドと診療所ぐらいです。その診療所も多くの患者で手一杯ですが……」
「……私達は罹らないように気を付けないといけないね」
一応、俺の周囲にいれば『ヴァ―ラスキャールヴ』の効果でその可能性はがくっと下がるのだが、四六時中、俺のそばにいるのは不可能だろう。
「とりあえず……この後、少し打ち合わせをしたんだけど、サルエンさん以外に呼ぶ人とかいますか?」
「診療所で働いている医師を誰か……使いの者を送りますので、少しすれば来れるかと」
サルエンさんは外で作業をしていた職員に指示して、口元を手拭いで覆ってから診療所へと向かわせる。その間に、俺達はギルドの建物内へと入り、今日寝泊まりする部屋へと案内されたので、そこで手荷物を下ろし、ギルドマスターの執務室でサルエンさんと話をしながら待つ。
「お待たせしました」
すると、そこに診療所の医者もやって来たのでさっそくインフルエンザの対策会議を始める。
「それで最初の感染者ですが……確認できた範囲ですが、入って来た素材を加工して他の工房へと出荷する工房で働く女性ですね」
「つまり工房の下請けってことですか?」
「そうなりますね。ここは衣服や寝具の生産が盛んな地域だというのはご存じだと思われますが、その素材の多くはこの周辺で採取したり、育てていたりするんです。そのため、それに関係する職業も多くあるんですよ」
「へえー……じゃあ、さっきの部屋に備えられていた寝具もここで?」
「はい。ここで作ってますよ」
さっきの寝具を思い出す。羊毛や綿花を使っていてかなり寝心地の良さそうな物だった。この体になって睡眠を取る必要が出てきた以上、自分専用の寝具を買っておいて『収納』の中に入れておくのもいいかもしれない。
「ヘルバさん……それで、この原因を調査しているとの事ですが、何が原因なのですか?」
俺がそんな事を考えていると、サルエンさんが原因を今回のインフルエンザの原因を尋ねてくる。それを聞いて医者もこちらを向いている。
「特定とまではいかないんだけど……ここって羽毛で寝具とか服を作っていないかな? で、その女性は羽毛の洗浄作業とかをしていなかったかな」
「羽毛を使った商品はあります。その女性が扱ったかどうかはすぐに調べてみますね」
インフルエンザのウイルスを保有しているのは水鳥であり、その水鳥の腸内にいたウイルスが付着した物を触れたりすることで感染する。この大本をどうにかしないといけないだろう。
「今回の病気の原因は水鳥が関係するの。その羽毛の材料になっている鳥さんを見せてもらえる?」
「もちろんですが……でも、この町が出来てから一度もこんな事は無かったはずなのですが……」
「それも込めての調査です。それに……このヘルバさんはアフロディーテ様に仕える者からお言葉を聞ける稀有なアビリティを所持しています。かなり信頼できる情報と解決策を得られる事は聖女である私が保証します」
そう言って、優しい笑みを浮かべるミラ様。これまで一度も無かった事件に不安を抱いていたサルエンさん達が少しだけ落ち着いた表情になる。今回の調査でミラ様が来た理由の一因をここで垣間見るのであった。