135草
前回のあらすじ「インフルエンザ流行中……」
―パンデミック発生から翌日「王都ボーデン・モカレートの家」―
「何か大事になったわねヘルバ」
「うん。まさか、こんな形でパンデミックに出くわすなんて思っていなかったよ……しばらく、こっちにいるけどいいよね?」
「もちろんよ。こんな大事が起きている以上、速やかに行動しないといけないけど、建国祭のせいで人が出払ってるから君達にお願いしたいだって……これ、アレスター王からの書状ね」
ココリスからそれを受取り、中を確認する。そこには今回のパンデミックに協力して欲しいという旨と、アレスター王のサインが書かれていた。
「正式な依頼ってことになるんだね」
「それで早速なんだけど、これを見分ける方法とか分かるかしら」
「前世だとこれを見分ける検出キットっていうのがあったんだけど……その仕組みとかは全然知らないんだよね」
抗体検出キットという物があれば、鼻の粘膜から体組織を取って10分程度で調べる事が出来るのだが、それを作る方法とかは全く持って知らない。この世界に都合よくあっちのインターネットを検索するアビリティとかあれば何とかなるのかもしれないが……流石にそれは無いだろうな。
「となると……症状で見分けるしか無いのかしら」
「そうだね……後は詳しく身体の症状を調べられるアビリティがあればいいんだけど……医者にそんなアビリティって無いのかな」
「うーーん……あったらここまでの事になっていないと思うけど……どうかしらね。そこはモカレートの方が詳しいんじゃないかしら」
「それもそっか」
王都に薬を卸していたモカレート。その関係で医者の方々とも親しいかもしれない。
「さて……と。私は戻るわ。何か必要な物があったらすぐに教えてちょうだい」
ココリスはそう言って、王城に帰っていった。明日にはドルチェと一緒にこのパンデミックに対して何かしらの行動をするのだろう。そういえば『フォービスケッツ』の4人はどうするのだろうか……。
「あ、ココリスさんもう帰られてしまいましたか?」
ふと、そこにモカレートがやって来る。今日の薬の製作は終えて、先ほどまでお風呂に入っていたのだが、ココリスが来たという事に気付いて、髪を乾かさないままこちらに来たようだ。
「ついさっき帰ったよ……何か伝える事があった?」
「ヘルバさんをしばらくの間、こちらでお預かりする旨を……」
「私が伝えたから安心して。それで……気分とかはどう?」
「いつも通りですけど……」
「気分が悪くなったら言ってね。この病気の恐ろしい所はその感染力の高さで、私のアビリティでも防ぎきれていない可能性があるからさ」
「本当に問題無いから安心して下さい。それよりもヘルバさんもお風呂に入って下さい。何だかんだでお疲れでしょうから」
「うん」
俺はモカレートと入れ替わりでお風呂場へと向かう。先ほどまでモカレートが使用していたので、お風呂場はまだ温かいままであった。俺は衣服を脱ぎ、掛け湯してからお風呂に浸かる。なお、ミラ様は既に入浴は終わっており、俺が最後になるのだが……。
「美女の残り湯……それに興奮する変態じゃ無いからね……」
俺はお湯に浸かる事で疲れが取れる感覚と、大きな胸によって起きる肩こりから解放された心地よさを感じながら、そんな独り言を呟くのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―それから数日後―
「おつかれさまーー!!」
「うん、お疲れ様。王城でインフルエンザの流行の兆しはありそう?」
「大丈夫そうだよ。ヘルバのアドバイスが上手くいったみたい」
「そう……」
それを聞いてホッとする俺。ミラ様から教会でも感染者が出ていないという話を聞いている。王都の重要な拠点であるこの2ヶ所が無事であれば、このパンデミックによる混乱が起きてもある程度は沈静化させる事が出来るだろう。
「それと……発生源の場所。恐らくここ」
ドルチェがそう言って、持って来た地図を手渡してくる。俺はそれを受け取って中を確認すると、ある町に赤丸が付いていた。そこは王都から比較的近くの町であり、2つのそこそこの大きさの山と湖畔を擁していた。
「場所はレクト。衣服や寝具などの生産が有名な場所だよ。感染した人達から話を聞いてみると、多くの人がこの場所の名前を口にしてて、急いでここを調べてみたら……大分、酷い状況みたい」
「薬の搬入は始めてるの?」
「うん。冒険者や商人に頼んでどんどん運んでもらってるよ」
「そう……」
「それで……本当に行くの?」
神妙な面持ちで尋ねるドルチェ。この世界の医療の水準はそこそこ良い。麻酔による外科手術も存在するし、見えない病原体という存在も知っているため、『呪い』とか『神の怒り』で片付けるような事はなく、おかげでこのパンデミックの原因と所在をすぐに調べてくれた。
ただし問題があるとしたら、これらは以前の転生者の知識をそのまま見たり聞いたりして知ったものであり、それを証明したり、調べる方法は誰も知らない事だ。そして、今のドルチェには、この病気が見た目はただの酷い風邪だが、実際には王都も滅ぼしかねない恐ろしい病であり、それを視認できない事に怖くなっていたりする。
「医者の人達が持ってるアビリティ『診察』が一定の条件を満たすことで、インフルエンザの診断が出来るようになったけど……何が原因なのかは調べられないでしょ? それが出来るのは……今のところ私だけみたいだし」
「それはそうだけど……」
「ってことで、行ってくるよ。ここで止めとかないと各方面で色々大変な事になりそうだしね。ドルチェは……王都でやることがあるよね」
「うん……これでも王家の人間だからね。こんな緊急事態に離れられないよ。ココリスにも手伝ってもらっている最中だし」
「モカレートはここで薬の作製をお願いしたいから、一緒に来るのは無理だね……ってことで、私だけかな」
「それはダメ! 1人旅はお姉ちゃんが許しません!」
俺だけで問題が起きている町へと向かうと言った途端、ドルチェが頬を膨らませながら、それを止めてくる。その後、1人旅がどれほど危険なのか説明していく。特に、男は基本的に狼であり、俺みたいな女の子はいい玩具にされてしまうと力説していく。
「……っていう事。分かった?」
「う、うん……」
あまりの早口と気迫に引きつつ、俺は返事をする。ロリコン変態共に気を付ける前に、俺はそいつらを自分に近づけない状態で、身も心も徹底的に痛めつけた後、跡形も無く焼却出来る危険な奴なのだが……と口に出そうになったが、その言葉は飲み込んでおく。口で女性に勝てるつもりは無いのだから。
「じゃあ……誰かと一緒に行動になるけど、いい人選がいるの?」
「『フォービスケッツ』の皆に頼めばいいんだよ。あの4人なら気兼ねなく旅が出来るでしょ?」
「……で、本人達にはすでに了承済み訳だね」
「もちろん……ってことで一緒に行ってね」
そう言って、ニコニコした笑顔をするドルチェ。王家の人間として、何かしらの支援をしたという体裁を整えておきたいのだろう。半ば強制だが、こちらとしても問題は無い。
「それと……ミラ様も一緒だからね」
「そうなの?」
「あ、はい! さっき今、私にもそのような指示が来ました!」
俺とドルチェが話をしていると、そこにミラ様が畳まれた洗濯物を持って現れた。
「え? ミラ様も来るの……危ないけど……」
ミラ様はリアンセル教の聖女……つまり、教会内では地位の高い方である。そんな方をパンデミックが起きている場所に行かせるというのは……。
「災害が起きた時には最低でも聖女は1人は必ず派遣されるんです。今回は災害とは違いますが、流行り病が流行しており、それがあっちこっちに広がっているのなら、我々もそれを見過ごすわけにはいきませんから」
微笑むミラ様。フォービスケッツの4人もそうだが、歳は20歳未満だというのに、そんな危険な地域にさも当然のように向かう度胸……同じ年の頃の俺は果たしてそんな決断が出来ただろうか。
「分かった……でも、危険な場所だから1人での行動は厳禁。後、感染対策をしっかりやってもらうので覚悟してください」
「はい! それじゃあ片付けが終わったら、荷造りに入りますね!」
そう言って、ミラ様が去っていく。
「……置いていっちゃダメ?」
「ダメ。これってアスラ様……もしくはアフロディーテ様の指示だと思うよ」
「そうか……じゃあ従うとしようか」
アフロディーテ様からの指示の可能性がある以上、ミラ様を置いていくのは止めといた方がいいだろう。もしかしたら……この問題を解決するのに一役買ってくれるかもしれないのだから。




