134草
前回のあらすじ「新たな問題発生の予感……」
*今年も週一で投稿していきますので、引き続きよろしくお願いいたします。
―「王都ボーデン・メインストリートから少し離れた診療所」―
「これは酷いね」
「ゴホゴホ……!!」
「ハクシュン!」
俺達は薬を持って、病人が溢れてしまった診療所にやって来た。中は予想以上に酷い状態だった。医師と助手の人達が手分けして患者の診察を進めていっているのだが、その待合室から溢れた病人が床に寝そべっていたりして、全くと言っていいほど間に合っていない。
「これは酷いですね……」
「すいません! 薬師の方ですよね! 薬をこっちに!!」
助手の1人が俺達に気付いて、こっちに来るように指示するので、俺達はそちらへと向かう。
「ありがとうございます! 患者が増えていく一方で……」
「そのようですね……」
モカレートも唖然としているので、こんな状態なのは本当に珍しいのだろう。俺は患者の1人に対してフリーズスキャールヴを使用して、今の状態を確認する。
(体温は39℃ほど、全身に筋肉痛が発生しています)
(単刀直入に聞くけど……インフルエンザ?)
(ご名答です)
フリーズスキャールヴからの回答に頭を抱える俺。これはかなりヤバいかもしれない。
「はあ~……思った通りだった」
「ヘルバさん。何か分かったんですか?」
「うん。前世でもあった病気だったよ……それで下手すると、この王都でこの病気が蔓延して、大勢の死者を出しかねないよ」
「え!!?」
「これ風邪とは違う病気なの……感染力が高くて、感染者を隔離しないとどんどん増えて行って……薬の供給も間に合わなくなるかも」
「この女の子は何を言ってるんですか? これが風邪と違うとか……」
「この子はドリアードのヘルバさんでして、特殊な解析アビリティをお持ちの方なんです。その力は教会の聖女達全員から認められているほどです」
「な!?」
そこで黙り込んでしまう助手の方。すると、待合室の奥の部屋へと入っていき、初老の男性を連れて来た。
「詳しく話を聞きたい」
神妙な面持ちで医者が訊いてきたので、すぐに説明を始めようとする。
「あれ、モカレートさんですか?」
モカレートの名前が出たので、とっさにそちらへと振り向くと、修道服を纏った1人の見覚えのある女の子がやって来た。
「ミラ様! どうしてここへ……?」
「この診療所が大変な事になっていると伺って、私が来たのですが……何か分かったんですか?」
「これ風邪じゃない。もっと質の悪い病気で、対応が遅れると王都の人間全員がこれに感染する恐れがある」
「え……それ本当ですか? というよりこちらの女の子は?」
「あ、そうか……私、ウィードだよ。こんな姿になったから今はヘルバって呼ばれてるけど……」
「ウィードさん!? え、本当に?」
原型を留めていない今の姿に、本当に本人なのか疑うミラ様。俺はモカレートと一緒にこうなった訳を話し、さらにこの病気について、俺のアビリティで調査した結果だという事も伝える。
「た、大変!? どうすれば……」
「この診療所一帯を隔離。さらに、患者と接触した人達に自宅で待機するように指示をお願いします。後は、このアルコール消毒液を持って行ってください」
俺は用意したアルコール消毒液の入った瓶を手渡し、さらに使い方も教える。
「ミラ様も念のため数日は他人との接触を極力減らしてください」
「分かりました。すぐにアスラ様にもお伝えしますね」
「お願いします」
話を終えると、ミラ様はすぐさま診療所を後にする。
「私達もいつ発症してもおかしくないって事ですね……」
「あ、モカレートと私は大丈夫。私達の周囲をヴァ―ラスキャールヴで湿度を高くして、かつ内部の圧力を少し高めにした無菌室状態の空間を作ってたから問題無いよ」
「……用意がいいですね」
「こうなると思ってたからね。ここに来る前にから発動させてたよ……とりあえず」
俺はそう言って、ここの診療所の医師と助手の方へと顔を向ける。
「お二人は、いつ発症してもおかしくない状況だと思われます。申し訳ないですが、ここで寝泊まりをお願いします」
俺がそう言うと2人は頷いて指示に従ってくれた。『そもそも患者をほったらかしに出来ないがな』と言ってくれたのは本当にありがたい。この状況なら、心が少しばかり折れていてもおかしくないだろうに……。
俺達は外に出た後、外で俺を見守っている人達に手を振って呼び寄せ、今の状況を王様に伝えてもらうようにお願いする。直接言った方がいいのだが、念のため俺達が王城に行ったことによる感染拡大を防止するためだ。
「モカレート……しばらく寝泊まりしていいよね?」
「もちろんです。大量の薬が必要になりそうですし、ヘルバ以外にこの病に詳しい方はいないんですから」
「ありがとう……あ、ちゃんと炊事洗濯してあげるね」
「……ありがとうございます」
弱弱しく答えるモカレート。見た目幼女にお世話になる大人の出来上がりである。これが発展して百合展開とかは……無いはずである。
「さて、さっさとやらないといけないね」
モカレートの家に戻った後、俺達はインフルエンザに有効そうな薬を中心に作っていく。本当は前世で利用されていた薬を作りたいところだが……生憎、そこまでの知識を俺は持っていない。
「ごめんくださーい!」
すると、先ほど聞いたことのある声が玄関から響く。モカレートが作業中だったため、俺が代わりに出迎える。
「お疲れ様ですミラ様。もしかして、アスラ様の指示で?」
「はい。教会でも王家と連絡を取り合って、対策を練り始めているんですが……ヘルバさんのお手伝いとして私が来ました。あ、それと神託を受けてまして『この子は大丈夫だから安心して』とのことです」
「感染していないのが分かってるのはありがたいです。どうぞ」
俺はミラ様を家にあげる。そして、そのままモカレートの所まで案内する。
「聖女様に手伝ってもらうなんて……!! とてつもなく恐れ多い事なのですが……?」
「お気になさらず……とりあえず、皆さんが動きやすいように掃除とか頑張りますね」
そう言って、部屋の片隅で山となってるゴミを片付け始めようとするミラ様。
「それなら、私はそろそろ夕食の準備しようかな……ミラ様は何か好き嫌いとかありますか?」
「ありません! 聖女として……苦手な物も克服しましたから」
『あはは……』と笑うミラ様。その表情はどこか強張っているので、何かとんでもない方法で克服したのだろうと判断し、これ以上は訊かないことにする。
「あの……私、何か手伝いましょうか?」
「モカレートさんはマンドレイク達と一緒にお薬の作成をお願いします!」
「そうそう……家事とかはかわいい女の子に任せちゃえばいいんだよ。ねえミラ様?」
「かわいいっていうのは照れますけど……とにかく私達にお任せ下さい!」
照れながらも天使のように眩しい笑顔を見せるミラ様。一方の俺は小悪魔的な笑みをモカレートに見せる。天使と悪魔のような女の子にお世話になる大人の女性の立場になったモカレート。これが男性だったら、ちょっとした薄い本が出来てしまう状態かもしれない。俺はそう思いつつ、収納に入っている魚介類を振舞ってあげようと思いながら、台所へと向かうのであった。
「……その前にここも掃除かな」
台所に来ると、汚れた調理器具が置かれっぱなしになっていた。流石に生ごみとかは片づけているらしく、台所に虫が湧いていないかったのは正直言って助かる。
「元独身男の家事能力……本領発揮するよ!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―数時間後―
「うわ……私、海の幸とか久しぶりに食べますよ」
「この前までガルシアで仕事してたからね。その時に、魚介類を大量に仕入れておいたんだよね」
台所付近の掃除が大分時間が掛かってしまったので、今日の料理は焼くだけで済む焼き魚と、キュウカンバの浅漬け、それにご飯とお味噌汁の焼き魚定食である。
「何かすいません……色々、お世話になってしまって」
そこに、マンドレイク達に特製の肥料が混ざった水をあげ終わったモカレートがやって来る。
「気にしない気にしない……ほら、冷めないうちに食べちゃって」
俺達は椅子に座って食事を取り始める。ミラ様が焼き魚を一口食べて、にっこりと笑みを浮かべており、どうやら口にあったようで一安心する。モカレートも普通に食べ進めており、今日の夕食の出来は良かったと判断する。
「この後、私も作成を手伝うから」
「じゃあ、食器の洗いは私に任せて下さいね」
「あ、はい……よろしくお願いします」
俺とミラ様の提案に、何も口出せいまま承諾するモカレート。このままだと、本当にダメな大人を作ってしまいそうな勢いだが……まあ、今はしょうがない。
「それと……王家と教会から何かしらの指示が無いか確認したいんだけど……ミラ様。誰か来ます?」
「はい。アスラ様から使者を送ると聞いてますので、今は薬を作って待っていていただければ」
それを聞いた俺は、この後の展開を待つ間、モカレートと一緒に薬の作成に集中しようと思うのであった。