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132草

前回のあらすじ「リゾート地ガルシア編終了!」

―リゾート地ガルシアから帰って来て数日後「王都ボーデン・ダンスルーム」―


「……完璧ザマス」


「え?」


 俺はその場で膠着する。王都に戻って来た俺は色々な用事をこなした後、今日で3回目になるダンスレッスンに精を出していたのだが……今日の指導が終わったと同時に、ダンスの講師からそう告げられてしまった。


「あの……まだ1週間も経っていないんですけど?」


「私のように指導する側ならまだまだザマス。が、パーティーで踊る位のレベルなら既に問題無くあなたはこなしてるザマス。というより……そのパーティーで初めて踊るとは思われることは無いぐらいのレベルザマスね」


「嘘……」


 確かに、前世の冴えないオッサン時代と比べても動ける体だったし、若いから記憶力もいいと思っていたけど……まさか、ここまでとは……あ!


「信じられないザマスか? まあ……私も少し不思議なところがあるザマスが、まあ困った事じゃないザマス。あまり深く考えずに、残りの期間でもっと洗練された踊りが出来るようにするザマス」


「はい」


 俺は平然とした顔で素直に返事をしておく。今、さっき気付いたが自分のアビリティに『淑女の嗜みwww』というのがあるのを思い出す。これ自身がどんな効果があるのかは他のアビリティのように自由に見れず、自身では効果を切る事が出来ない常時発動型のアビリティ……と言う名の女神の呪い。だんだん、男としての俺が消えていくようなそんな恐ろしいアビリティである。しかし……今回はそれに助けられた形になる。


「良かったねヘルバ」


 今回のダンスレッスンの相手として付き添ってくれたドルチェが、ダンスの問題があっさり解決したことを喜んでくれた。俺としては少々複雑な心境だが。


「うん。いきなりで色々、忙しいけど……一番の懸念が解決して良かったよ」


 ダンス練習が終わって、俺達は先生に挨拶をして部屋を後にする。自室へと向かう途中で、中庭を通る廊下のところで、こちら……いや、俺に対して視線が向けられる。俺達はそのまま表情を変えずにその横を通り過ぎたのだが、その視界の片隅で見えたのは、渋い顔をした貴族の男性共。俺に対して恨みを持っていたり、警戒していたりする連中なのだろう。


「アレは懸念しなくていいの?」


「毒薬を巻き散らせるから大丈夫。それに……どこかで私達の事を覗いている人達が何とかするでしょ?」


「うん。ここはアレスターちゃんの居城だよ? 生半可な警備はしてないよ」


 笑うドルチェ。どうやら、俺があの男達を警戒して、心身を擦り減らしていないか心配しているようだ。確かに、あの男達のような連中のせいで多少の疲れはある。しかし、あんなのは前世で俺の見た目について遠めから笑ったり、ギャハハとからかう女子高生達と比べたら……。


「やっぱり……辛いの?」


「違うから安心して……これより辛い前世を思い出して泣きたくなっただけ、アレと比較したら可愛く見えただけ」


「……ここまで来ると、ヘルバって前世でどんな生活を送ってたのか気になっちゃうけど」


「聞いたら……しばらくの間、鬱状態で暮らすことになるけどいい?」


「……やめとく」


「お、ちょうどいい所にいたな」


すると、ランデル侯爵を連れた王様と遭遇する。その後ろには大量の紙束を持ち、腰には巻き尺や様々な色のペンが入ったポシェットを装着した、つい数日前にも出会った女性がいた。


「あれ? 採寸は終わったんだよね?」


「あれから工房で、いくつかのデザイン案を描き上げましたので、後はヘルバさんの意向を尋ねようと思いまして」


「ってことで、私達が付き添いで、お前に会いに来たって訳さ」


「なるほど……」


 と、訊かれても正直困ってしまう。女性のドレス選び……しかも、それを自分が着るのだ。要望と言われても、すぐさま出てこない。


「お困りですね。やっぱり色々と案を練った甲斐がありましたよ」


 『クスクス』と笑うアヤメさん。日本人っぽい名前だが、れっきとしたこの世界の現地人である。時折だが、このように日本人っぽい名前はちらほらと聞くことがある。これまでの付き合いで、そのような人と巡り合う事が無かったが、今回初めて知り合う事になった。


「ヘルバさんについて話を伺っていたので、多種多様なドレス案をご用意しました。その中で気になった物を選んでもらえば大丈夫ですよ」


 柔らかい物腰で話を続けるアヤメさん。その姿から貴族の女性とは違う気品さがあり、また黒髪で日本人っぽい姿も相まって『大和撫子を体現したらこんな人なんだな……』と思ってしまった。


 そのまま別の部屋に案内され、俺達はソファーに座って、目の前のテーブルに並べられたデザイン案を眺めていく。


「蝶々をイメージしたバタフライドレスに、コルセット着用が必要な古風な白のドレス……こちらは遠い国のドレスをアレンジしたドレスですね」


「へえ……」


 俺は1つ1つそれらをチェックしていく。遠い国のドレスをアレンジした物……見た目はチャイナ服だな。このドレスは……カラーが好きだな。蝶々をイメージした青と黒のバタフライドレス。緑の髪とも似合いそうだが……何故か俺の心がそれを強く拒むのは何故だろう。


「そちらの案ですが……そちらはヘルバさんには似合わないかと。ヘルバさんの胸だと皺が出来てしまって、周りの男性からそこに視線が向いてしまうので」


「それは嫌だね」


 なるほど……きっと『淑女の嗜みwww』が自然に働いて、俺の嫌な気持ちになるドレスに関しては、先程のように自動的に拒むように働いているのか。確かにこのドレスだと胸の小さい……まな板とまでは言わないが、そのようなスレンダーな方々に似合うだろう。


「となると……この3枚ってボツ案だったの?」


「そうです。だけど……ヘルバさんがこれらを着たいと思うかもしれないので、念のために案として持ってきました」


「この3つ……胸を大分強調しちゃうね」


「うーーん……」


 生涯のお相手を見つけるとかなら、これらはアリなのだろう。自分の持つ武器を大ぴらに見せて、野郎どもを誘惑する……まあ、そんな方法でいい伴侶が見つかるのかは疑問だが。


「私として、こちらのデザインをオススメしますね」


 そう言って、いくつかのデザイン案を俺の前に出す。胸元をしっかり隠さずにレース生地で覆うタイプや、腰の大きなリボンとか裾が波のように広がるフレアスカートなどで視線をそちらに向けるタイプの物だった。


「どうですか。何かお気に入りの物とかありますか?」


「これとかいいかも……でも、何か重く感じるかな?」


「そちらは露出を限りなく少なくした物ですね。生地で肌をしっかり隠しているからそう見えるのかと……ヘルバさん的に腕と足はどこまで見せるか考えたりしてます?」


「うーーん……腕とか見せていいかな。足は……これがいいかな」


 俺は別のデザイン案で使われているスカートに指差す。前は膝より少し下だが、後ろは足首まで隠すタイプのスカート……確かフィッシュテールスカートとか言われるスカートだっただろうか。


「なるほど……となると、足元はそこそこ見える方がいいんですね」


「足元をしっかり隠すタイプは……歩きづらそうなので出来れば見えた方が……」


「分かりました……そうしたら、下はこちらの案で……上は中にレース上着を着てもらって、ドレス本体は肩は出して、胸元は少し隠すように……」


 紙を取り出し、その場でいくつかのデザイン案を組み合わせた新たなドレスのデザイン案を描いていくアヤメさん。緻密な線も描いているのに、その描く速度は速く、傍目から見ても尋常ではない速さだと分かる。恐らく、これはアヤメさんの持つ服飾関係のアビリティが働いているのだろう。


「出来上がり。どうですか?」


 俺は出来上がったデザイン案が書かれた紙を受け取る。そこには先ほどの要望を満たした花柄のドレス。上部が着物のように襟が右前が出ており、また花の構図と腰の華やかな帯のせいでどこか和風チックな印象を受ける。


「どうでしょうか。少しアレンジさせてもらったんですが……」


「これ……好きかな。何か懐かしい」


 ふと、前世の事を思い出す。確か、小さい頃に亡くなった母さんが何かの祝い事に出席するために着物を着ていた。幼かった俺はそのいつもとは違う姿に、母さんに『綺麗だね』と言ったら優しく抱きしめてくれた事を何故か思い出してしまった。


「ヘルバ……はい。これ」


 ふと、俺の横に座っていたドルチェがハンカチを取り出し、俺に手渡してくる。そこで俺は始めて、自分が泣いていることに気付いた。


「ゴメン……母さんの事を思い出しちゃった。こんな風に涙脆く無かったんだけどな……」


「そうでしたか……そうしたらデザインを変更しますか? 何か気に障るようでしたら……」


「うんうん。デザインはこれでお願いします。それで……1つだけ要望があるんですけど……」


 俺はアヤメさんに頼んで、母さんが着ていた着物の柄で特に印象が強かった茜色の花を入れてもらう事にしたのだった。

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