130草
前回のあらすじ「リゾート地・ガルシア編もうすぐ終了のお知らせ」
―帰る前日「イポメニの古代神殿・第二階層」―
「そういう訳で……最後に楽しむぞー!」
『イェーイ!!』と皆から声が上がる。急遽、帰る事が決まった俺達は荷物をまとめたり、冒険者ギルドへの挨拶、コテージの掃除などを済ませ、明日の朝、王都へ帰る準備を整える。そして今日の残りの時間で、最後に海を満喫することにした。なお、モカレートが使役するマンドレイク達はコテージでお留守番……という名の休日を満喫している。
この前はコテージのプライベートビーチだったが、今回はすっかり平常運転になったイポメニの古代神殿で遊ぶことになった。今回は男性の目もあるという事で、皆、水着の上に薄手の服を着たり、パーカーのような物を羽織ったりして、露出を多少減らす工夫をしている。俺もちゃんとパーカーを羽織り、さらに前のファスナーもしっかり上げて露出を減らしている。
「旦那の胸の大きさは隠れていないな……」
そう言って、後ろから俺の胸を揉むアマレッティ。少しだけ小さな悲鳴を上げてしまい。それを聞いた男共の視線が俺に向けられる。露出は減らしているのに、大きな胸のせいでパーカーが前に押されて乳カーテン状態になってしまい、この胸の大きさが逆に主張してしまうという事態になっている。
「アマレッティ……他に揉むのにちょうどいい大きな胸があるよ。ほら、そこのドルチェとか」
「ヘルバ。こっちにその話を振らないでよ」
ドルチェはそう言って、両手を前に出して自分の胸を守る態勢を取る。それによって、胸の谷間が深くなりその胸の大きさが強調される。『これは……確かに』と言って、アマレッティの興味がドルチェの方へと向く。解放された俺は少しだけ下がって、モカレートの傍に移動する。
「生贄作戦大成功……」
「ふふ……解放されてよかったですね」
俺達のやり取りを見て小さく笑うモカレート。黒のワンピース水着を着ているためここにいる誰よりも露出が少なめなのだが、その綺麗な形の胸、その細さを主張するくびれ、そして、ほどよい弾力がありそうなお尻……さらに美人も相まって、そこら辺の水着女性よりも色っぽさがある。
「アマレッティってスキンシップが激しいんだよね……まあ、私の横にいるクロッカも私だけに関して激しいんだけど」
「そうですか? この位は普通ですよ?」
そう言ってクロッカが背中から俺に抱き着き、その大きな胸を俺の頭に当ててくる。その前世では味わえなかった程良い弾力……実にいい。ただし、この状態は俺の事を知っている他の仲間の目からしたら『女性という事を悪用している』と言われかねないので、名残惜しいが、俺はクロッカの腕をどかして、その拘束から外れる。振り返ってクロッカの顔を見ると怪訝そうな顔をしていた。
「この位いいじゃないですか。それとも、こういうスキンシップは苦手なのかしら?」
「うん。異性からこんな風にされた事は無いもん。気恥ずかしくなるよ」
「あらあら……だったら、今のうちにもっと慣れておいた方がいいんじゃないですか……お姉さんが優しく教えてあげますよ……」
そう言って、両手の指をワキワキと動かすクロッカ。完全に変態のアレである。
「じゃあ、ここで体験できるアトラクションがどんな物なのか教えて!」
俺は無邪気な笑顔で、ここでどんな遊びが出来るのかを尋ねる。こう返されては、変な返しは出来ないだろう。
「いいわ! ここはこの2階層から一気に海面まで上がる『ボイルアップ』っていう体験が出来るの。一気に上へと上がる爽快感はここでしか味わえないわよ! 安全のためにちゃんとした乗り物に乗るから息を止めるとかは無いから安心してね!」
そう言って、俺の両手を握るクロッカ。乗り物に乗る……ということは。
「ちなみにその乗り物の乗車人数は?」
「4人よ! だから……一緒にね」
鼻息を荒くしながら顔を近づかせるクロッカ。『フォービスケッツ』の4人で乗るんじゃなくて、己の欲望を満たす方を選んだか……。
「はいはい……ヘルバさんが純粋に楽しめないので、私達と一緒に乗りましょうね……」
ビスコッティが腕を掴んで、そのままクロッカを引きずっていく。クロッカは抵抗するが、前衛職であるビスコッティには通用せず、残念そうな悲鳴を上げながら連れていかれた。
「ビスコッティ……後で労ってあげないと」
「そこまで気にしなくていいかと……」
「2人とも! 乗るわよ!」
すると、ビスコッティと一緒に先ほどまで係員と話をしていたココリスも戻ってきており、こっちに来るように促されるので、俺とモカレートはそちらの方へと向かう。
そのまま、係員の案内に従って、海の壁近くに用意されていた透明な球体状の乗り物の中に入る。中に設置されている席に座りベルトをすると、係員が乗り物の扉を外から閉めて、乗り物を海の壁の外へと押し出す。
「あれ? 海面に上がるんじゃないの?」
「この乗り物は特殊な魔道具でね。一度海中に沈むのよ。最初は景色を楽しんでから、今度は上昇するスリリングを楽しむ感じらしいわ」
「ふーーん……」
外の景色眺めると、海の中をゆったりと泳ぐ魚達が見える。大勢の群れで移動する小魚や、体が長い魚がユラユラと優雅に泳いだり、視点を変えると色とりどりのサンゴ礁があったりして、これを見るためだけにこれに乗る人も多いだろうなと思った。
「あっちにビスコッティ達がいるわね」
ココリスが指差す方向を見ると、同じ乗り物に入って海中鑑賞を楽しんでいる『フォービスケッツ』の4人がいた。先ほど、俺と一緒に乗れなかったクロッカも楽しんでいるようで何よりである。そう思っていると、ゆっくりと下降が止まっていく。
「皆、しっかり舌を噛まないように注意してね」
俺は席に座り直して、これから起きる事に対して備える。ここから起きる事……つまり絶叫マシンのアレとほぼ同じのはず。そう思っていると、急激に浮上するあの独特な感覚を全身で感じ始める。
「うわ!?」
一気に上にへと乗り物が移動し始める。皆が悲鳴を上がる中、最初に驚いただけの俺は悲鳴を一切上げずに周囲の景色を観察する。多少暗かった海の中がどんどん明るくなっていき、それに合わせて魚の種類も変わっていき、なかなか見てて面白い景色だった。そしてそのまま海面を突き破り空へと打ち上がる。そんな高くは無い最高地点に達すると、浮遊する感覚と空に燦燦と輝く太陽の光が中の温度を急激に上げていく感覚などによって、ここが海中じゃないと実感する……しかし、それも束の間であり、そのまま乗り物は自由落下して海に着水する。
「こ、怖かった……」
「あんな感覚普通は無いですからね……」
「そうね……でも、1人だけ違うみたいだけど」
3人が先ほどの体験を怖がっている中、俺が物珍しさで外を眺めていたのをココリスが気付いたようだ。
「前世でこんなアトラクションに何回か乗った事があるの。お城の高さまで急上昇してから、そこから下降と上昇を何度か繰り返して下りて行く乗り物だったり、高速で進みながら上下左右に揺さぶられる乗り物とか……」
前世で乗ったフリーフォールとジェットコースターを思い出しながら説明する。今回のアトラクションは1回沈んでから、ただ急浮上するだけなのと比べて、その2つはもっと複雑な動きをしていたのだ。この位のアトラクションなら、最初は驚くことがあっても悲鳴を上げ続けるような驚き方にはならなかったのだ。
「驚くと思っていたのに残念ね……せっかくアトラクションコースを選んだのに……」
「回遊コースみたいな物もあったの?」
「あるわよ。デートにでも使われるアトラクションだから、ゆっくりと海の中を眺めたい人達も大勢いるのよ。私達の場合はスリリングがあった方がいいから、そんなコースは選ばなかったけど」
「私はそっちの方が良かったかもしれませんね……薬師ですから……」
少々、顔を青ざめながら『ボイルアップ』の感想を話すモカレート。彼女にとっては少々刺激の強いアトラクションだったようだ。その後、係員が乗り物を砂浜まで引っ張り扉を開いたところでこのアトラクションは終了となった。
「いい経験だったな……海の中をあんな風に眺めるなんて無かったし」
「それは良かったね」
「ヘルバさん! モカレートさん!」
扉を開けて出てくると同時に、先にアトラクションを終えていたビスコッティが息を荒げながら俺達の前にやって来た。何かあったのだろうか?
「が、ガレットがあまりの恐怖で倒れちゃったんです! 診てくれませんか!」
それを聞いた俺達はすぐさま倒れているガレットの所までやって来て、持っていた気付け薬を口に突っ込むのであった。




