126草
前回のあらすじ「フリーズスキャールヴの担当者は実際に(ピー)な事をされています」
―夕方「リゾート地ガルシア・メインストリート」―
「ねえ? そういえば皆に訊きたいんだけど……」
「何?」
「モカレート達が追いかけていた男……何か目ぼしい発見とかあったの?」
俺はさっきの執務室で聞いていない事を思い出して、ここにいる3人に訊いてみる。
「ああ……そういえばそうでしたね。ヘルバさんの容体が気になって、その件について話していませんでしたね」
「いや……皆、少し過保護過ぎないかな……私がウィードの時ってそこまでしなかったよね?」
「今のあなたは女の子……私達みたいにケガも病気もするのよ? それこそ、さっきみたいに精神攻撃で倒れて意識も失う……心配しない方が無理なのよ」
「ウィードの時にもその優しさが欲しかったな……」
「あら? 優しかったと思うけど……中身が髪の薄い冴えないオジサン相手には」
「ぐふぁ!?」
ココリスの思わぬ返しに口から悲鳴が漏れる。『前の姿に戻りたいか』と言われたら、男の体だがその気は全くない。今の体の方が動けるし美人だし、何よりふさふさである。しかも、自分の思い通りの髪形に調整できる……そんな事もあって、昔の体の事を思い出すと、さっき精神攻撃と同等のダメージを受けてしまう。
「だ、大丈夫……!? 泣いてるけど……」
「うん……大丈夫。さっきと同じくらいの精神攻撃に心が耐えられなかっただけだから……あの体に戻ってしまったと思ったら……何か辛過ぎて……」
泣きながら説明する俺。そのあまりにも恐ろしい精神攻撃に体も震えてしまう……あれ? でも、元々は俺の体だよね……? それなのに何で嫌悪感を……。
「何か、さらにぷるぷると体が振るえてますけど……」
「前の体に嫌悪感があるんだけど……自分の体だったのにおかしいなと思って……」
お世辞にも良い所が無い前世の体、だからといって、絶対に戻りたくないというような感情は抱いてなかったはず……精神攻撃ではなくアフロディーテ様による俺への精神操作が行われているんじゃないかと疑い始める。そうなると……今の俺の性格ってアフロディーテ様がいじった物であって、本当の俺はもっと別の性格をしていたのでは……? じゃあ、本当の俺ってドンナ『セイカク』ダッタノ……?
「ねえ? 考えてたら別の意味で怖くなってきたから、さっきの話の続きをしてくれない? 話していたら忘れられると思うから……」
自分が自分じゃなくなっていく恐怖、ジトっとした汗が自分の額から流れ、大きな胸の谷間に流れた汗が気持ち悪く感じる……汗をかいているはずなのに、夏真っ盛りの今、身も心も冷えきってしまった。とにかく、これ以上の詮索は止めといた方が心身のためにもいいだろう。
「それじゃあ……話を続けますね。私があの男の後を追っていくと、1つの空き家に着いたんです。その後、しばらく遠くから見張っていたんですが、ヘルバさんと同じように襲撃を受けたんです。でも、そこにドルチェさんと牙狼団の皆さんが来てくれまして……数の暴力で捕えました」
モカレートは3匹のマンドレイク達を連れて行ったはずなので、あの男は総勢9名と戦ったという事になる。確かに、これは数の暴力である。
「その後、牙狼団の方々に男の身柄を預けて、私達で中の調査を行うつもりだったんですが……」
「……何か起きたの?」
「入ろうとしたら『バーーーン!』って大爆発したの! 空き家はあっという間に倒壊しちゃって……危うく巻き込まれる所だったよ!」
ドルチェが両手を大きく広げ、その爆発の凄まじさを表そうとする。その表現の仕方に、モカレートと一緒にいたマンドレイク達も頷いている所からして、かなり大きな爆発だった事が伺える。
「その爆発の後、空き家に火が回ってしまい、急いで消化にあたったんですが……全て真っ黒に」
「証拠隠滅……逃げるつもりだったのかな」
「あいつらが泊まっていた宿の主人から話を訊いたら、明日にここを発つ予定だったわ。だから、その考えで間違い無いと思うわ。だから……」
「大した収穫は無さそうだね」
俺の言葉に3人が頷く。どうやら一足遅かったようだ。後は、あの2人からどれだけ情報を得られるかだろう。
「どうする? この足で焼けた空き家まで行って、私がスキャンを使って鑑定してみようか?」
「あなたのアビリティって跡形もなく燃え尽きた物でも鑑定できるの?」
「それは……どうなの?」
俺はフリーズスキャールヴに尋ねてみる。一応、発動したら丸1日は有効のはず……通信を切られたが、質問すれば答えてくれるはず……。
(……無理です。なお本日の業務は終了します)
「あ、ありがとうございます……」
答えてくれた……が、これ以上は訊くなと念を押されてしまった。機嫌が戻るまでは、そっとしておこう……怒らせた女性にむやみやたらに近づくのは危険という事は前世でも、今世でも経験済みなのだから。
「どうだった?」
「無理だって。詳細は訊かなかったけど、恐らく証拠となる物の状態が悪過ぎるのかも……あ、後しばらくの間はフリーズスキャールヴが使用できなくなったからよろしく」
「何かあったの?」
「……答えてくれる担当の方が、神様の性的な玩具にされている事を当てちゃった」
その言葉に3人がコントで見るようなズッコケぶりを披露する。ココリスに至っては俺を背負っているのに落とさないように気を付けてくれた。
「ココリス……凄い」
「こんなくだらない事で感心しないでくれないかしら!?」
その後、真っ直ぐコテージに帰って来た俺達。3人から休んでいるように言われてしまったので、そのまま自室のベットの上で寝転がり……そのまま、再度眠りに就いてしまうのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―夜「リゾート地ガルシア・ヘルバの部屋」―
「ヘルバ……」
「うん?」
誰かに呼ばれて目を覚ます。先ほどの室内は夕方特有の薄暗さと、むし暑さがあったのが、今は暗く窓から吹く夜風が心地よい。そして……その室内にはドルチェがいた。
「あ、ゴメン……起こしちゃった?」
申し訳なさそうな顔をするドルチェ。どうやらさっきの声は、俺を起こそうとするための物じゃなく、俺が起きてるかどうかを確認するための物だったようだ。
「ううん。大丈夫だから気にしないで……それにあまり寝すぎると、夜が眠れなくなるから……それで晩御飯が出来たから呼びに来たんでしょ?」
「うん……それもあるんだけど……」
ドルチェのその反応……いい匂いがしていたので、てっきり晩飯の準備が出来たからだと思ったのだが……どうやらそれだけじゃなさそうだ。まあ、何となくの予想は付く。
「あいつら……まさか逃げた?」
ドルチェは首を横に振る。あいつらの事じゃないのかと思ったと同時に、ドルチェが口を開く。
「死んだの……2人とも」
「え? 何があったの?」
「その件でギルドマスターも来てるから……夕食を取りつつ、話してもらおうと思うんだけど」
「分かった」
俺はベットから起き上がり、ドルチェと一緒にリビングまでやって来る。すると、既に皆が食事を始めており、深刻な状況のはずなのに、『もぐもぐ!』と擬音が聞こえそうな勢いでフェインと警備に当たっていた牙狼団とフォービスケッツの皆が食事をしていた。
「深刻な状況じゃ無いのかな?」
「お。来たな……先に始めてたぞ!」
「いやいや……そんな呑気な返答はいいから。それで何があったの?」
「説明する。とりあえず食事しながら……な」
そう言われて、とりあえず席に着いて、テーブルの上にある大皿から料理を取り分けて食事を取り始める。そこからフェインの説明が始まる。俺達が冒険者ギルドを後にした後、残った全員で冒険者ギルドに設けてある牢へと向かい、その場に勾留されていた2人組の男達から聴取を始めたそうだ。奴らが簡単に口を割るとは思っておらず、長期戦になると覚悟していたが……聴取を始めてしばらくすると、2人組の男達は突如として苦しみだして目と口から出血を起こしながら絶命したそうだ。
「モカレートから、そのような毒に心当たりが無いかを聞いていたのだが……ヘルバはどうだろうか?」
「無い。それより……手持ちに毒物を隠し持っていないか調べていなかったの?」
「俺達が調べた……が、それらしいのは見当たらかったぞ」
「牙狼団の皆さんが見落とすとは考えにくいと思って……それだから別の方法かと、それでヘルバさんは何か思いつきませんか?」
ビスコッティに言われて、今回の毒殺の方法を考える……が、そんな深く考える事もせず。ありきたりな方法を教える。
「2つ……1つは遅延性の毒。消化されにくい素材の中に毒を入れたり、元々効果の効き目が遅い毒を使った方法。後は、男達が口の中に毒物を仕込んでおり、それを使用しての自決……かな」
「なら……前者だ。口の中に脱走用の道具を仕込んでないか確認したからな。そうなると、あいつらは……」
「うん……使い捨てるつもりだったんだと思う」
ボルトロス神聖国の兵の中でも上級兵に当たる2人を躊躇なく始末する……今回のヴェントゥス・グリフォンの件は想像以上に闇が深いと、俺達は再認識するのであった。