120草
前回のあらすじ「インスーラ侯爵との因縁再び」
―2日後「リゾート地ガルシア・高級リゾート地 コテージ」―
「お久しぶりです皆さん! ヴェントゥス・グリフォンの討伐おめでとうございます!」
フェインの予想通りに、今日の午後にやって来たモカレート。手に持っていた大きい荷物を下ろし、出迎えたココリスの両手を握りながら、ヴェントゥス・グリフォン討伐を祝ってくれるモカレート。その後ろではマンドレイク達も万歳して祝ってくれている。
「ありがとうモカレート。とりあえず……この子の紹介した方がいいかしら?」
そう言って、ココリスが俺をモカレートの前に出す。すると、モカレートとその足元にいたマンドレイク達が俺をじっくりと確認し始める。
「……ウィードさんですよね? 声が女の子っぽいと思っていましたが、まさか進化して本当に女の子になるなんて」
「進化……って、私みたいに姿が変わる生き物がいるの?」
「あまり知られていないですけど……何種かはいますね。まあ……その全てがモンスターですが」
「私ってモンスター扱い?」
「どうでしょう? ウィードさんっていう種族と考えた方が妥当ですかね」
モカレートの考えに、ココリスが頷いて同意する。
「一応、ドリアードという種族だから……それはそれであってるのかな?」
「ドリアードですか……初めて聞く種族ですね。他の種族とは違う特徴とかありますか?」
俺は違う特徴を見せるために、モカレートの前で自身の髪を操作する。長髪だったのをボブぐらいの長さにしたり、髪を編み込んだりしてみせる。
「光合成とかは?」
「してるみたい。ただ栄養じゃなくて、魔力に変換されているみたい。だから、日光がある場所なら、魔力を回復させながら、魔法を放つってことも出来るようになったよ」
「ほう……そうなんですね。ぜひとも、その体を調べてみたいですね……」
『じゅる!』と音を立たせながら、俺を見るモカレート。
「言っておくけど……掻っ捌いたら、普通にあるからね? 植物の体じゃないからね?」
「はい……分かってます。流石にそんな真似はしません。でも、他に何か特徴は……?」
「とりあえず、分かってるのはその位かな」
「そうですか……」
そう言って、何かを考えだすモカレート。しばらく考えた所である事を訊いていくる。
「それで……ウィードさんって、名前を変えないんですか? ウィードって……女性らしくないですよね。何か気になっちゃって……」
「そこ!? いや……私は特に……」
「せっかくだし……変えましょう。私達も、あなたをその名前で呼ぶのは気が引けてたのよね……」
「うんうん……だって、ウィードって名前、この国だと男性に使われる名前だしね」
ココリスとドルチェに意見に、ここにいる皆が頷いている。
「こんな可愛い見た目なんだから、名前もしっかりそれっぽい名前にしましょうよ」
「でも……これでも、この名前に愛着があるんだけど……」
俺がそう言うと、皆から名前を変えて欲しいという懇願される。そこまでされるとは……予想外である。特にクロッカは俺の両手を握って、説法を唱えるかのように名前を変える事を勧めてくる。そんなやりとりを数十分したところで、ついに俺は根負けして名前を変える事にした。
他にも理由があり、ステータス画面を見るとウィード(仮)なんてついている。恐らく、アフロディーテ様も『変えなさい!』っと言いたいのだろう。このまま放っておくと、何かとんでもない名前を付けられるか、もっと女の子らしくなるアビリティを強制的に付与されるか……その可能性が多いにあり得るので、そうなる前に手を打つという意味もある。
「うーーん……一応、ドリアードだから、草木に関係する名前……」
ローズマリーにリリー……ダリアやアイビーなどの名前が頭に浮かぶ。女性なのだから花の名前を付けるのもいい……が、雑草という意味から付けたウィードと関係する名前にしたいところ……。
「……ヘルバ。ラテン語で雑草の意味があるし、ハーブの語源でもあるからちょうどいいかも」
ハーブには薬草や香草という意味もある。今の自分の役割に似合っている名前だと思う……ラテン語名なのは、単にハーブという安直な名前にしたくなかったという理由である。
「ヘルバ……うーーん……いいんじゃないかしら。ちょっと特殊だけど、ウィード……ヘルバにとっては意味のある名前だしね」
「じゃあ……私の新しい名前はヘルバね」
俺はそう言いながら、自分のステータス画面を見ると、名前の所がヘルバになっており(仮)も外れていた。どうやら、この名前で問題はなさそうだ。
「それじゃあ……ヘルバ。モカレートを部屋に案内してくれる?」
「うん。それじゃあ……こっちに来て」
俺はモカレートとマンドレイク達を連れて、コテージの余っている部屋へと案内する。中には備え付けのベットにチョットした調度品が置かれており、寝泊まりするには十分な環境になっている。すると、マンドレイク達は一斉に部屋の中に散開して、部屋の中を確認し始める。マンドレイク達は見た目は一緒だがこいつだけは分かる……んーちゃんよベットの上で寝転んで1秒で寝るなんて、どこぞの青ダヌキもビックリするぞ……。
「調合するなら、このコテージに隣接する小屋でやってね。私もそこでやってるから」
「うん? ウィード……じゃなくて、ヘルバさんは収納と調合のアビリティなどの組み合わせで、道具無くても調合できるんじゃないですか?」
「そうなんだけど……こうやって人型になったことだし、何か……こう自分の手でやりたいな……ってね。それと、他の人に作って貰うために、自分がその作り方をマスターしておかないと」
「なるほど……薬師としていい心がけですね。今回、あの『万能薬www』の発表するからその手伝いをして欲しいとお願いされているので、私、頑張りますね」
「ありがとう。それとゴメンね……私のせいで襲われたみたいだし……」
「気にしてませんよ。それより……道具は? 私は自前の物を持って来たのですが、ヘルバさんは道具を揃えられましたか?」
「一応……このガルシアで揃えたつもり。これから小屋に案内するから、アドバイス貰っていいかな?」
「いいですよ……それじゃあ、私はヘルバさんと一緒に小屋を見るので、皆さんはここでゆっくりして下さいね」
それを聞いたマンドレイク達は、その短い手を目一杯上に挙げ、その指示を了解する意思を告げる中、んーちゃんは鼻提灯を割って、了解の意思を告げる。
「……ねえ? んーちゃんの頭の草を少しカットしようか? サッパリすると思うんだけど……?」
「ははっ。あの態度に対して、特に気にしてませんよ。元々、マンドレイク達はモンスターですから……こうやって、私の指示に従うだけでも問題ないんです」
そう言って、部屋を離れようとするモカレート。本人がそう言うならと思い、ベットの上でガタガタと振るわせているんーちゃんをその場に放置して、モカレートと一緒に小屋へと向かうのであった。
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―それからしばらくして「リゾート地ガルシア・高級リゾート地 小屋」―
「うんうん……いい手際ですね。そうしたら、今度はこうやるとやりやすいですよ」
「ああ……なるほどね。それじゃあ……」
あれから、小屋へと移動してきた俺とモカレート。中の確認が終わり、後で一部足りないものを購入する事になった所で、モカレートと一緒に基本的なポーション作りを手作りでやってみる。
「筋がいいというか……何か、教えなくても作れてますね」
「草の磨り潰し具合や加熱時間とかはやっていたからね。後は、それを自分の手で再現できるかが課題かな」
「ふむふむ。でも、ここまでやれるなら……私の指導は必要ないかも?」
「いや、私のは独学……しかも、かなり日が浅いし……今以上の物を作ろうとすると、やっぱり指導や他の薬師との競合、時には協力しての薬の作成が必要だと思ってる」
「それは……前世の経験からですか?」
「うん……まあ、あまり面白くない話だけどね」
前世の俺は社畜……しかもブラック企業だ。指導してくれる先輩は『見て覚えろ』の一点張りで自分で何とか覚えなければならないし、競い合えば、嫌な上司に気に入られた同僚に成果を持っていかれるし……考えたら、ろくな人生を送っていないな俺は……。
「……話を変えましょうか。流石にそんな酷い顔になるような過去を掘り下げる気は無いですから」
「そんなに酷かった?」
「ええ。せっかくの第2の人生……今を楽しく生きましょう」
「振り返ってもしょうがないからね……そうする。この人生を目一杯、楽しむよ。って……植生の方がいいのかな?」
「そこは……ご本人が判断して下さい」
「……泣けるよ」
渾身のボケを、モカレートに真面目に返されてしまった事に、俺は静かに嘆く。その後、晩御飯が出来たと呼びに来たビスコッティが来るまで、モカレートの指導は続くのであった。




