118草
前回のあらすじ「タコゲット!」
―お昼頃「リゾート地ガルシア・街から少し離れた場所にある砂浜」―
「よし! 大漁大漁!!」
用意した箱の中に、たくさん蠢いているポイズンイール。あの後、デレク・オクトパスを捕まえた場所から移動して、海沿いを歩いていると、ポイズンイールの群れが砂浜から飛び出して襲ってきたので、麻痺毒で一網打尽にしたところである。
「いや~……仕掛けが必要かなと思ったけど、まさかわざわざ向こうから来てくれるなんて助かったよ……って、アマレッティはどうしてそんな遠い所にいるの?」
俺の姿を少し離れた場所から眺めているアマレッティ。こちらに一歩も近づこうとしない。
「ヌルヌルしたモンスターに触れたくないんだ……むしろ、ウィードの旦那は良く触れるねえ」
「海の生物で、これよりグロテスクな物もいたから……まだ優しい」
見た目ならホヤとか、カメノテにワラスボの方がインパクトが強いし、これらを最初に見て、食材だと思えないだろうな……アマレッティには言わないが。
「それに……これから作る料理を見たら、そうは見えないから安心して」
「料理……そういえば、ウィードの旦那って料理できるのかい?」
「意外かもしれないけど……出来るよ。男性の1人暮らし歴を舐めないでよね?」
「……奥さんっていう存在に料理を作ってもらえなかったんだな」
「ぐふああっー!」
仕方ないだろう……童貞としてその一生を終えてしまったのだ。カワイイ奥さんの手料理なんて……そんな存在があやふやな物を食べたことが無い……そう……無いのだ。
「そ、それを言わないでよ……とにかく、後は町に戻って必要な調味料とかを手に入れないと……」
「そちらの見当は?」
「大丈夫。そっちはそれっぽい物があったから、それで何とかしてみる。ある程度の高額品でも買えるし」
このリゾート地には王都に負けないぐらいに、豊富な食材と調味料があった。そこには前世の醤油や味噌、ソースやケチャップに似た品々が……地球で修業していた神様が管理している関係なのだろうか?
「後はかつお節に青のり……それらも買わないと」
「そうしたら……帰るのかい?」
「お昼を食べてからね……そこの木陰でいい?」
「いいけど……あれ? どこかで昼飯買ったっけ?」
「私が作ったよ。それを見れば、私が料理出来るって分かるんじゃないかな?」
俺とアマレッティは、近くの木陰にレジャーシートを引いて、その上にランチボックスと水筒、それに2つのコップを置いて、2人で海の方を眺めながら昼食を取り始める。
「これ……トルティーヤだよな?」
「そうだよ。エポメノのダンジョン街で売られていたファーストフード。って言っても、レシピを見て作った素人料理だし、素材が無いから代用品で賄ったりしてる部分があるから大目に見て欲しいかな」
『へえー……』と言いながら、俺の作ったトルティーヤを食べ始めるアマレッティ。食べた瞬間、猫耳と尻尾がピンっと逆立ち、そのまますぐに次の一口を口にしたので、どうやら気に入ってもらえたようだ。
どうして、日本人であるこの俺がメキシコ料理を作っているかというと、城壁都市バリスリーで知り合った花の宿プリムラの店主であるフランキーさんとの約束が理由である。前にフランキーさんにエポメノのダンジョン街で売られているトルティーヤの素材とレシピを買ってきて欲しいと頼まれていており、その時にレシピを覚え、そして昨日の夜にそれを思い出したので、早起きして作ってみたのだ。
「うーーん……限りなく、再現できたかな。何か……懐かしい」
社畜時代にお手軽に食べられるファーストフードとしてお世話になったトルティーヤ……。売っていた物と比べたら、劣るところがあるが、久しぶりに食べれて……何か嬉しい。
「ウィードの旦那……? だ、大丈夫か?」
「うん? 何か……?」
「……気が付いていないのかい? 泣いてるよ」
「あ……」
言われて初めて気づいたが……確かに目から涙が流れていた。俺は慌てて、腕で涙を拭う。
「ごめん。何か……懐かしすぎて……」
「そうか……うちもウィードの旦那のような体験をしたら、そうなるんかね?」
「神様にお願いしてみようか? アマレッティが草wwwになりたいって……」
「やめてくれ!? うちはそんな拷問する気が無いからね?」
「ふふ……寝ずに働けるよ?」
「いらないから!?」
「ふっ、あはは!!」
全力で否定するアマレッティの姿を見て、思わず俺は笑いだしてしまう。それを見たアマレッティは、からかわれた事に少し不機嫌になり、こちらから目線を逸らし、静かにトルティーヤを食べ進めていく。
「ごめんって……! 飲み物のお替りいる?」
「……いる」
俺はお詫びの意味を込めて、空になっていたコップに飲み物を注ぎ、それをアマレッティに手渡すのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―それから数時間後「リゾート地ガルシア・街中」―
「うーーん……後は」
「まだ必要なのかい?」
「うん。チョットした調味料とかが欲しいかな……」
必要なメイン食材を手に入れた俺とアマレッティは一度コテージに戻り、ポイズンイールが入った籠を置いてから、今度は街の様々なお店を巡って必要な食材を集めている。
「おっ! こんな所で出会うとはな」
市場にあった出店で最後の材料を探していると、ふと後ろから声を掛けられる。俺達が声を掛けられた後ろを振り向くと、そこにはフェインが立っていた。服装が私服ではなく、ギルド職員の服装からして、まだお仕事中なのだろう。
「こんにちは。市場調査中……?」
「まあ、それもあるんだが……」
そう言って、フェインが俺達の方を静かに見つめる。
「私達に用事?」
「そうだ。正確に言うと、牙狼団とフォービスケッツ、そして……君達のパーティーの3組だな。ああ、ちなみに……そろそろパーティー名を決めてくれないか? 君達に名指ししての依頼を掛けるのに不便だしな」
「2人に相談しておく……それより、ご用件は何?」
「それは、君達が寝泊まりしているコテージで話そうと思うんだが……どうだろうか?」
「なら……今の時間はダメかな。寝ているガレット以外は外に出てるよ」
「そうか……それなら夕方にでもお邪魔するとしよう。それでもいいか?」
「私はいいけど……アマレッティはどう思う?」
「夕方になれば、皆、帰って来てるはずだよ……うちらの中に夜遊びが趣味な奴がいないからね」
「それじゃあ、夕方頃にそちらに出向かせてもらうから、よろしくな」
「あ、ちなみに依頼者は誰?」
「王家と教会などなどの連名でだ。じゃあな」
フェインはそう言って、この場を去ってしまった。こちらとしたら、その依頼者達に驚いているのだが……。
「……やれやれ。ヴェントゥス・グリフォンの討伐が終わった後の長期休暇は一体どこに行ったのかな」
「それよりも……一体、何事かね? これほどの連名で依頼って聞いたことがないよ。それに……」
「フェインに焦っている様子が無い……それも少し奇妙だね」
「ウィードの言う通りだ。かなり大事であるのに、そうではない雰囲気……変な感じがするよ」
「……そうだね。あ、おじさん! これ1つ下さい!」
俺は最後のお目当ての品を見つけたので、銀貨で支払いを済ませて買った品を店主から受け取る。女性店主のため、気軽に受け取ることが出来て助かる。
必要な物が揃ったところで、俺達はコテージに戻る。アマレッティは部屋で休むということで、俺は台所で1人調理を開始する。このコテージに炊飯器に似た魔道具、それと本来は別の料理に使われるという、見た目はたこ焼きを焼くためにしか見えない鉄板を、棚から取り出して準備を進める。
「……そういえば、たこ焼きに鰻重ってアリなのかな?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―その日の夜「リゾート地ガルシア・高級リゾート地 コテージ」―
「美味しい! このタレが何とも言えない味をして……」
「うん。こんな料理食べた事が無いね!」
「……何でアレからこんな料理になるんだい?」
「うん? ウィードの腕がいいから?」
結局、タコ焼きも鰻重も作った俺。フォービスケッツの4人が俺の作った料理に舌鼓を打っている。ここにいるドルチェとココリスも一緒に美味しそうに食べている。これで疲労回復に繋がればいいのだが……。
「ところで、フェインはともかく……何で牙狼団のメンバーも来たの?」
「ギルマスに呼ばれたからな……なあ、これって売らないのか? このたこ焼きと鰻重……絶対に売れるぞ」
「しかも、疲労回復に打って付けときたしな……ギルドマスターとしてもぜひ販売して欲しい。冒険者は体が資本だからな……」
「作ってくれる料理人がいれば教えるけど……しっかりとした下拵えとかが必要だよ。特にポイズンイールはしっかりと締めないと味が落ちるし、しっかりと熱を加えないと食中毒になるから……」
俺はそう言って、鰻重を頬張る。久しぶりのあの味が口の中に広がる。泥抜きの事を忘れていたので、失敗したと思ったが……杞憂に終わってよかった。泥抜きが必要ないとは……これも、あの神様の仕業だろうか。
「っと、すっかりお前さんの料理の虜になっていたな……皆、食べながらでいい。ここにいる全員にとある依頼を受けてもらいたい。これはアレスター王、リアンセル教、商業ギルド……そして、俺達冒険者ギルドに有力貴族達からの指名依頼だ」
依頼の話を始めようとするフェイン……せめて、その口周りに付いたご飯粒を取ってから始めて欲しいと、俺は思うのであった。




