108草
前回のあらすじ「事前準備完了……」
―翌日の朝「イポメニの古代神殿・ボス部屋」―
「よし……いよいよだな」
翌朝、俺達はフェインがあらかじめ他の冒険者達に頼んで、20層からボス部屋までに出るモンスターを討伐しておいてくれたことで、ヴェントゥス・グリフォンが居座っているボス部屋まで無駄な戦闘を避けてここまで来れた。
「おし! さっそくやるぞ! ポイズン・パフューム!」
俺はボス部屋に入る前からアビリティを使って、中和薬を周囲に散布する。これで、ボス部屋を開けた瞬間に室内から漏れ出す過水の状態異常を含んだ空気を無力化できるはずだ。
「ドルチェ。頼む」
「オッケー……」
「開けるぞ?」
牙狼団のメンバーがボス部屋の扉を少しだけ開ける。その扉の隙間からドルチェが、俺を手に持って扉の中へと入れて、すぐ部屋から引っ込める。
「よし……フリーズスキャールヴが無事に発動したぞ」
その一瞬で、俺は床の上で寝ていたヴェントゥス・グリフォンにフリーズスキャールヴを掛けることに成功する。部屋の四方が外の海と繋がる水の壁となっている部屋の中央で寝ていたヴェントゥス・グリフォン。部屋の扉が開いたことに気付き、すぐさま頭だけ起こして俺に鋭い視線を向けてきた。
草の体に無いはずの肝が冷えてしまったが……これで、ヴェントゥス・グリフォンの情報を得ることが出来るようになった。そして、今度は牙狼団のリーダーであるベルウルフとビスコッティの2人もフリーズスキャールヴを掛けて、味方の状態が分かるようにもしておく。
「よし……下準備は整ったぞ。もし、ベルウルフかビスコッティのどちらかに過水の状態異常になったら、すぐに伝えられるぞ」
「うむ。自分の情報を知られるのは少し嫌悪するが……致し方ないな」
「安心しろ。野郎の情報を知っても嬉しくないからな」
「……あれ? それって私の情報は嬉しいということじゃ」
「お前ら! 準備はいいか!!」
ビスコッティが何か言う前に、俺は掛け声を上げる。すると、ビスコッティ以外の全員が『おおー!!』と返事をして、ボス部屋の扉を大きく開けて中へと入っていく。
「あの!? ウィードさん答えてくれませんか!?」
「今は一刻も惜しいんだ! さっさと行くぞ!」
とりあえず、無理やりビスコッティの意見を潰し、ヴェントゥス・グリフォンとの戦闘に入る。先ほどから一歩も動いていなかったヴェントゥス・グリフォンが体を起こして、すぐさまその背中の翼を使ってボス部屋の上へと移動する。そして、こちらに向けて翼を強く羽ばたかせる。
「うう……凄い風」
「でも……過水の状態異常になっていないな」
ベルウルフの言葉通り、俺が全力でこのボス部屋の空間に中和薬を撒いているおかげで、ベルウルフとビスコッティの2人が過水の状態異常になったという知らせが来ていない。
「よし! 作戦通りいくぞ! お前ら!」
ベルウルフがそう言って、狼牙団のメンバーと一緒にグリフォンへと向かって走っていく。そして、前衛組であるビスコッティとアマレッティの2人もその後に続いていく……何かビスコッティが俺の方を睨んでいたのは……うん、気のせいだろう。
「ライトニング・ボルト!!」
「エアロ・キャノン!」
後衛組のクロッカとガレットの2人が飛んでいるヴェントゥス・グリフォンへと向けて攻撃を仕掛ける。しかし、それらは軽々と避けられてしまった。
「エアロ・カッター!」
ヴェントゥス・グリフォンが避けた瞬間に、すぐさまドルチェがスピードがある魔法で追撃をする。しかし、ヴェントゥス・グリフォンは続けて回避行動をすぐさま取り、この攻撃も避ける。
「貫け! スローイング・スピアー!」
さらに、ココリスがそこで手に持っていた槍を投げる。名前がそのままな気もするが……しかし、槍の先端がオレンジ色に光っている所からして、何かしらのアビリティ効果があるのだろう。そもそも投槍器を使用せずに、ヴェントゥス・グリフォンへと向かって、槍がまっすぐ高速で進んでいる時点で異常だが。
「グァアア!!」
ヴェントゥス・グリフォンが唸り声を上げると、ヴェントゥス・グリフォンの周囲に薄緑色のオーラのような物が発生する。そして、槍の先端がそのオーラにぶつかったと同時に、槍は強く弾かれてしまった。
(フリーズスキャールヴ? アレって風魔法?)
(はい。先ほどまで見えてませんでしたが、ヴェントゥス・グリフォンは常に周囲に風による防御を張っています。その威力を上げると、あのように緑色のオーラとして見えるようになります)
(つまり……本気の防御って事か?)
(その通りです)
空間生成による不可視の風の防御膜から防御壁へと強度を自由自在に変えられるのか……本当に便利なアビリティである。
「よっと!」
ココリスの投げた槍が回転しながらこちらへと飛んできたので、俺の収納でそれを回収。再度、槍を収納から取り出す。中和薬を散布中だが……この位の事なら可能である。
「ありがとう」
「どういたしまして……さっきの投げ槍だが、もっと強く投げれるか? そうしないと、あいつの障壁を貫けないんだが」
「さっきので全力よ。ここからは近接を仕掛けるわ……後ろは頼んだわよ」
「私達に任せて!」
ドルチェのその言葉を聞いて、前に出るココリス。その間にも、先に前に出ていた奴らがすでに戦闘を始めている。武器による攻撃が届かない相手にどう戦うのか気になっていたが……。
「はあーー!!」
ベルウルフが大きな両手剣を振るうと、斬撃を発生させてそれでヴェントゥス・グリフォンに攻撃。他の奴らも同じような攻撃を仕掛けている。
「アマレッティって、斬撃を飛ばせるんだな……」
ナイフを振って斬撃を飛ばすアマレッティ。スピードを駆使した連撃や、一撃離脱のヒットアンドウェイの攻撃ばかりだったので、こうやって斬撃を飛ばすのは意外だった。
「武器を使う人達には必須のアビリティだからね。近接戦ばかりだと大怪我しやすいし……ああいう敵には無力だからね」
「なるほど……」
杖に風の玉を作り出しながら答えてくれるドルチェ。最初の牽制から今度は一気に相手を落とすための攻撃を繰り出す準備をしている最中で、後ろにいるクロッカとガレットも何やら詠唱を続けて力を貯めている。この世界の魔法には詠唱の必要なく、黙ったまま念じるだけでもいいのだが、その魔法に関係する内容を言いながら念じた方が集中しやすいという事もあって、状況によって言ったり言わなかったりをしているそうだ。
「退避!」
ビスコッティが声を上げると、前衛組が四方にばらける。すると、グリフォンが地面に突撃。グリフォンが着地した床は大きな窪みを作り、さらにヴェントゥス・グリフォンが身に纏っていた風の防護壁が破裂して強風を起こし、前衛組を吹き飛ばす。
「今だ!」
すると牙狼団のメンバーで片手剣を持つ男性が、すぐさま態勢を整えて地面に下りたヴェントゥス・グリフォンへと攻撃を仕掛ける。ヴェントゥス・グリフォンもそれに対抗するため、風魔法による反撃をするが、男性も反撃がくるのを想定済みだったらしく、軽々と避けて、片手剣による攻撃を喰らわそうと、その剣を振り落とす……。
「グア!」
その瞬間、ヴェントゥス・グリフォンはすぐさま上へと避難。男性の攻撃は空を切ってしまった。しかし、それに合わせてビスコッティが遠距離を仕掛ける。それに続いて周囲にいた奴らも同じような攻撃を仕掛ける。
「グオ!?」
飛び立ったと同時に攻撃を仕掛けられたヴェントゥス・グリフォンはそれらを避ける暇も無かったため、それらの攻撃が直撃する。しかし、その時には空間生成による風の防護壁が復活しており、それらの攻撃を無力化してしまった。
その後、ヴェントゥス・グリフォンは前衛組に顔を向けながらボス部屋の上を飛び続ける。前衛組も飛んでいるヴェントゥス・グリフォンを見上げながら武器を構えて、ちょっとした膠着状態になる。
「さっきの防護壁が外れた最中に放ちたかったかな……」
「そうですね」
上級魔法を撃つ準備が出来た3人。しかし、ヴェントゥス・グリフォンの風の防護壁が復活しており、さらにその近くに前衛組がいるのですぐには撃てない。
「タイミングを見計らって撃つしかないね……」
「なら、俺に任せろ……フリーズスキャールヴを使ってタイミングを計ってやる」
「お願いします!」
「任せる」
2人からの同意。ドルチェも頷いてこの方法に同意する。先頭に参加できない俺。その変わりにサポーターとして頑張らなければ……。
(タイミングを計る……出来るか?)
(了解……フリーズスキャールヴの影響下にあるベルウルフとビスコッティの2人の情報も合わせて最適なタイミングをお知らせします)
頼りになる天使様に感謝しつつ、俺達はその時が来るのを待つのであった。




