103草
前回のあらすじ「前哨戦終了」
―翌日「イポメニの古代神殿・29層」―
「あっという間だったな……まさか、戦闘せずにここまで来れるとは」
「それは大勢の冒険者がグリフォン討伐に参加してますからね。その道中のモンスターなんて狩りつくされてますよ」
翌朝、転移魔法陣を使って20層目に戻った俺達はすぐさまグリフォン討伐のために下へと下ったのだが……そこにはモンスターはおらず、俺達と同じグリフォン討伐のための冒険者達がいて、そのグループと一緒に29層目まで来てしまった。現在、29層目の入り口で休憩する冒険者達に混じって、俺達も休憩している。
「どいてどいて!」
すると、通路の奥から丸い何かがゴロゴロと転がって、こちらへと向かってくる。
「過水の状態異常で、真ん丸の球体になった冒険者か」
それが近くまで来ると、それが何かがハッキリと分かる。手足が体に埋もれてしまい。顔も埋もれて、顔のパーツが球体の模様のようになってしまった女性の姿だった。
「みふぁいでーー!!」
体に飲まれたせいで上手く喋ることが出来ない女性。『見ないでーー!!』と叫んでいるようだ。女性は押していた男性冒険者と一緒に、ギルド職員が設営したテントへと行ってしまった。
「気を付けないと、ああなってしまうんですね」
「そのようね」
女性冒険者の哀れな姿を見て、皆が驚いている。そもそも、今回のグリフォン討伐に参加している冒険者全員、ここからすぐに脱出できる魔道具を持っているはずなのだ。それだから、彼女が引き際を見誤ったために、あんな姿になってしまった可能性がある。
「うちが何があったのかを訊いてくるよ。ウィードの旦那。減水薬を1つくれ。情報料が無いと渋るかもしれないからね」
そう言って、減水薬を1つ手にしたアマレッティも、女性冒険者がいるテント内に入っていった。情報を得るために報酬を渋らないという彼女の考え方は悪くないと思っている。
とりあえず、アマレッティが何か情報を得られることを信じ、残った俺達は一先ず休憩に入る。
「しかし……最前線なのにボス部屋の前じゃなくて、29層目の入り口なんだな」
「グリフォンはここの正規ボスじゃないからね。いつボス部屋を飛び出して襲ってくるのか分からないんだって」
「ああ……そういえばそうか。グリフォンはただボス部屋を自分の縄張りにして、そこをねぐらにしているだけだもんな」
「そういうこと……で、ウィードは今回の討伐どう思う?」
「……かなり難易度が高い。そもそも、今日の戦闘で倒せるのかも心配だ。あんな姿の冒険者を見た後ではな」
加水の状態異常を与えるヴェントゥス・グリフォン。そもそも、風の意味を持つ称号を名前に持つ強力なモンスターなのに、そこに状態異常を与えられるように進化しているのだ。厄介極まりない相手だろう。
「俺が戦った称号持ちであるイグニス、ラーナ、アクアの3体も、一筋縄ではいかない相手だったしな」
「おーーい! 聞いて来たぜ!」
そこにアマレッティが戻って来る。俺達はとりあえずボス部屋に移動しながら、聞き出せた情報を教えてもらう。
「ギルドマスターから聞いた情報と同じだった。ボス部屋に入った瞬間に体がゆっくり膨らみ始めて、グリフォンから繰り出される風魔法が直撃したら、一気にあそこまで膨らんだらしい」
「その攻撃ってどんな物なんだ? 流石にウィンド・カッターでケガした瞬間とかだと強すぎなんだが?」
「風魔法のトルネードみたいな魔法だったらしい。自分の周囲を風が覆ってそのままぐるぐる回されながら膨らんだってことだったよ」
「そうか……それでも、厄介だな」
先ほどの女性冒険者のようになるには、そのトルネードに直撃しなければ問題ないということだろう。それ以外だったら魔道具ですぐに逃げる事が出来るのだから。しかし……それが分かった所で、戦いやすくなったという訳ではない。
「ウィードの言う通り厄介だね。状態異常を引き起こす部屋での戦闘って事だもんね。しかも、珍しくウィードにも効果ありだし」
「ああ」
「毒、麻痺、混乱に獣化、肥満化、痩身化などなど……それが効かないなんて羨ましいですね。それがあったら……皮化せずに済んだのにな……」
そう言って、遠くを見るビスコッティ。なっていた間の記憶は無いのだが、素っ裸で街中を強制的に歩かされたと考えると、トラウマになっていてもしょうがないだろう。
「まあ……全ての状態異常を無効とはいかなかったようだがな。それより、作戦はどうする? 俺としては今日討伐するのは難しいと思うんだが」
「とりあえず、ミョンダコと同じ陣形で戦いましょう。ダメそうだったらすぐに部屋から退避。いざという時は魔道具を使ってすぐに逃げること」
「情報収集に専念ってことですね」
「ええ……こうも高ランク冒険者グループとすれ違っていると、私も一回目で討伐出来る気がしないのよね……」
ボス部屋へと続く通路を移動中、俺達の横を通り過ぎる幾つものパーティー。俺の見た感じだが、俺達より強いんじゃないかというパーティーとも通り過ぎていたりする。
「あれだけの筋骨隆々で、歴戦の強者感のある男達が引き返してるもんな……」
「さっき通り過ぎたパーティーよね。かなり有名なパーティーよ。ただ……衣服に汚れとか無かったから、戦闘はせずに戻って来たのかもしれないわね」
「……なるほど。それも1つの手か」
「どういうこと?」
「ボス部屋で戦わないでこっちの通路で戦うんだ。この通路って天井はそこそこ高いけど、通路は狭いだろ? そうなれば必然的に攻撃も当てやすいし、面倒な状態異常を引き起こす部屋で戦わないで済むしな」
グリフォンは空腹を満たすために、29層に狩りに来る事があるとフェインが話してくれた。当然だが、今回の討伐に参加している全員がそれを知っているだろう。
「なるほど! それは名案ですね! でも……そうなると、どうやってグリフォンをおびき寄せるんですか?」
「恐らくだが、さっきのパーティーは奴が食事の為にあの部屋から出るタイミングを狙っていた。が、その気配が無いか、既に狩りの後だったから今日は引き下がった……てな感じだろうな」
ビスコッティの質問にそう返しておく。何せ先ほどのパーティーとは一言も話した事が無いのだ。あくまで俺の推測である。
「あ、階段」
クロッカのその声に、俺達の気がさらに引き締まる。すでに、グリフォンがいつ出てきてもおかしくない状況。全員、慎重にボス部屋へと続く階段を下りて行く。階段を下りきると、いつものようにボス部屋の扉とちょっとした空間が広がっており、そこには多くの冒険者が……転がっていた。
「うぅ~……誰か手を……」
「動けないよ!」
「上に行って減水薬を貰ってきて!」
加水によって体が球体になってしまった人達とそれを看病する人達で、この場は修羅場となっていた。中には動けないのをいい事に、女性の体を触っている男が……。
「テトラ・ポイズン・ショット」
とりあえず、お仕置きとしてそいつに毒液を浴びせておく。通常のポイズン・ショットではなく、毒・麻痺・混乱・暗闇の4つの効果を引き起こすポイズン・ショットの進化版である。
「~~!?」
声にならない叫びで地面をのたうち回る男。しばらくすれば効果が無くなる程度の状態異常なのだが……まあ、それが終わるまでは地獄だろう。すると、それに気づいた他の人達が取り押さえて、どこかへと連れて行った。
「ありがとうございます!」
そこにギルド職員が駆け寄って来る。どうやら先ほどの男が何をしていたのかを知っているようだ。
「気にしないで頂戴。そこにいる従魔が善意でやっただけだから」
「従魔? ああ……こちらの草が?」
「余計なお世話だったか?」
「お、おお!? これは失礼しました……つい先ほどグリフォンが狩りに出掛けましてね。その瞬間を狙った冒険者達を返り討ちにしまして……」
「なるほどな……それで、グリフォンは今どこに?」
「あの扉の向こうです。今は誰も討伐に向かっていないので、順番待ちしなくてもいいのですが……ハッキリ言ってオススメしません。あの部屋内だとすぐに体が膨らんでしまい、まともに戦えませんので……」
「こっちに来てくれ!」
「呼ばれたのでこれで失礼します……では」
ギルド職員は再度頭を下げた後、自分の事を呼んだ他の職員の元へと向かってしまった。
「……で、どうする? 止めとくか?」
「行きます。一度も剣を交えていない相手に怯んでいては何も分かりませんから……ねえ皆?」
ビスコッティがフォービスケッツのメンバーに訊くと、全員が頷き戦闘の意思を伝える。ドルチェとココリスの方も見ると、2人とも帰る気は無いようで口角が上げて笑みを浮かべている。そのまま俺達はボス部屋の扉の前に立つ。
「じゃあ……行ってみますか」
俺のその一言を合図に、ココリスがボス部屋の扉を開ける。そこで俺達はようやく今回の標的であるグリフォンの姿を見るのであった。




