プロローグ
天を仰いでいる女がいた。
それを見下ろす男がいた。
「…どうして貴方がそのような顔をするのですか」
男は答えなかった。
そのかわり銀色の鋭く尖った切っ先が、喉元を捉えていた。
「私は結局、貴方に一度も勝てなかった」
聞いていようと聞くまいが、女は1人喋り続けた。
「貴方に勝てないのなんて、とっくの昔に分かっていたのに」
沈み込んでいく切っ先にすでに痛みは感じなかった。
「それでも貴方に勝たなければ、私が護らなければならない矜持を保てなかった」
結果としては、敗戦をきした。
「きっと」
最期の最期まで、手の届かない存在だった。
「貴方は良い王になられる」
生暖かい雨粒が頬に落ちてきた意味を考えながら、そこで女はこと切れた。
ディデ暦656年、レムリア帝国反乱軍は内戦にてレムリアの大将戦乙女を倒し、皇帝エドゥカルゴを討った。
反乱軍大将であった私生児エドガーが皇位につくことで、悪政の終わりを告げた。
エドゥカルゴを支持して甘い汁を吸い尽くしていた貴族は、爵位返上のち当主は斬首、その家族は平民に落とされた。
ディデ暦672年、皇帝エドガーはその見事な手腕で国を立て直すと、各国が一目おく賢君と呼ばれるようになる。
それがたった16年の歳月のことであった。
そして現在。
春の宮廷舞踏会、その実態は皇帝の花嫁探しとまことしやかに囁かれていた。
そのため各国の要人とともやってきた絢爛豪華な姫君たち、レムリア屈指の娘たちが、今まさに火花を飛ばしていたその横で、今日1番の大物であろうアルビオン皇国第一皇女ラシェリア・アルビオンは、盛大にそのさくらんぼ色の唇を引き攣らせて、高い壇上にある豪奢な椅子に腰掛ける皇帝を見上げていた。
ラシェリアは思い出してしまったのだ。
何をと聞くと、自分でも馬鹿らしいとは思うが、前世という記憶を。
過去目の前の男に殺される、戦乙女であったことを。