きちゃない
──此処はある超高層ビルの最上階。
普段ならそろそろ綺麗な夕焼けが眺められる、そんな時間帯だが、今見れる光景は
正体不明な無数の目玉、いつも綺麗に掃除されている室内は、無数の骨や腕、内臓といった正気を削るような光景が支配する、──地獄と化していた。
「ぐッッヅァ!?、ッ……此は、っ…何のつもりだい!?…っ『獣獄』殿……!?」
"異形の獣の手"そうとしか、言い表せない手に捕まれた、屈強な体の男が痛みに喘ぎながらも、なんとかそう言葉を発した。
『塵ごときが私の"忌名"をよぶなゃ』
異形の獣の手が人を握る
「グギッ!!?カッハッッ!!」
屈強な体をものともしない、人外の握力によって内臓を圧迫され血を吐き出す男、今回の騒動の黒幕。
成田信三、外海警備特殊交魔官の会長、主な役割は多大あるがその中でも重要な役割を"外交"、外の"異能"をもつ者または
───組織との"友好"取引"を一身に担っている。
「すっギィ!?す、まなィ!だがッ!私はっ、このような事をっ、されるおッッぼえがなぃ!!」
『ホゥ?おぼえがない…となぁ?』
「そうだッッ!!」
そうだ今回した事と言えば外国の取引を手助けしたお礼に分けて貰った気無の術を、
末墮家に支援して貰ったさいにお礼に"ほんの少し"渡しただけだ、
"賊に狙われていると言う"末墮家に護衛を百と少し配属しただけだ。
それを利用された被害者は自分達だ!
事実表向きはそうなっている"そこにどんな思考が害意が絡もうとも"それが今の事実。
男は意を得たとばかりに、不自然に緩まった手の中で意気揚々と喋り出す。
それが獣の気分を急落下させているとも気が付かずに。
「確かに今回の襲撃には!少なからず迷惑かけてしまった!それはすまない!!だが!!」
それに自分は外交を取り仕切れるこの国になくてはいけない人材!
だからこれも…警告だろう
だが間違えたな!式理!私の後ろには国が四つもついている!
いっかいの式神の、この蛮行を交渉に……
『間違いだょ?』『間違いダネェ?』『間違ぃ?』
『お前、』『貴様、』『塵屑』
室内に開く無数の口が喋りだす
「なに…がっ?ェ」
『私はぁ、私はぁ、妾はぁ』
──別にあの家の式じゃない
先程までいくらか保っていた余裕が軋みはじめる
式じゃ…式じゃ……ない……
じゃあ何故ここに………?
「まっッッッベェ!??」
首から上を握られた。
獣の手から生えたまた別種の手に…今度は"鬼"……?
いやその辺の鬼じゃない、全く別次元の気圧を放ってる!!
『妾は別にどうでもいいんじゃょ?あの家がドウナロウトモ。だが
白坊に害意を向けたのはいただけない。
ァァダメだぁ、まったくダメダネェ、ダメダヨォ』
不規則に変わる喋り方が、男の不安を煽る。
白…坊……?
いや、待て、そもそもどうやって嗅ぎ付けた?害意……?まさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかッッッッ!?
まて確かに"式理の化物"は邪魔だと思い手を貸しただが!今日じゃない!この襲撃が成功し次だッッ!!
次がある。そう疑わない男の中に、ある疑問が浮かぶ。
まて害意…?まさかそれだけでこの………わたしを殺そうと………?
「ふぐぅぅ!!ふぐぅぅぅ!??ぐっぐっぐッッ!?ま、までっ"」
それだけ!!それだけのために!??分かっているのかッッ!?わたしが死ねばこの国にとってどれだけの不利益を被るのか!?
肺に骨が突き刺さる、喋りたくとも言葉が出ない。
飛ぶのは喋ろうと口を開き、言葉にならない空気と、血が混じった唾だけ。
『うわっ唾とんだっっ汚ぃ!』
「──ェ?」
──ぷっちっ
外から見れば大騒動な事件を起こした黒幕の最後は、なんともそんな呆気ないものだった。




