第三席
過ぎ去る黒い細長い何かを避けながら
レリファンは、足場の悪い山道を縦横無尽に走り続けていた
「んと、よらよっ、と」
レリファンの短い呼吸のリズム、それに遅れ、通りすぎる黒い触手、
その黒い触手は、通りすぎた箇所を抉り、異形の人体に収縮するように戻り、再度、放たれる
「さっきから飛ばしては縮め、飛ばしては縮め、芸がねぇなァ……まぁ、それはそれとして、アー、速度はまぁまぁ、攻撃能力はァ、まぁ素体の弱さを入れれば強えほうかァ。」
放たれた触手を身体を少し反らすだけで避けると、レリファンはそう言い、立ち止まり後ろを振り向く
そこには、膨張した筋肉を鎧のように纏い、背筋からは黒いうねる触手を五本伸ばす異形の存在
それを見てレリファンは呟くように小さく
「はぁ、ウゼ。《刃》ッ」
そう短く斬るような言葉と共に気術発し、無詠唱で放たれた紫色の刃は、異形の人体を容易く両断した
そして斜めに崩れ落ちる異形の人体を薄目で見るレリファンはタメ息を溢す
「再生能力は高レベル、はァ、一番捕獲がヤりにキィんだよなァ」
そうタメ息を再度吐くあいだに、もう立ち上がり迫る異形の人体を見ながら、レリファンは三度目のタメ息を溢す
いっそ消し飛ばせればはえーのに、と。
「《縛》……はぁダメか、なんだかなー、なんか異様にコイツ、魔力とか気に対する耐性だけは高い気がすんだが、気のせいかァ?」
破壊される鎖を、眺めそうレリファンは言うと、次の手を考える
「(縛るのも、囲うのもダメ、殴っても固くなるから疲労するまで追い込むもダメ、てか疲労なんてすんのか? んで手足も落としてもすぐに再生するからダメ、ダメ続きかよクソが。あー、殺すだけなら楽なんだがなァ)」
そう考え、頭を振る
「(いや、もしあのピカピカ女が捕獲成功させてて煽られたら多分俺はキレて暴れる。そしてあの鬼メイド長に殴り殺される)」
それに、と異形の人体を破壊しながら、思考を続ける
「(アレの捕獲だけで給料アップだろ?諦めるはネェよなァ)ん、アァ、別に魔法や気術でヤんなくてもいいだよなァ」
そう何かを思い付いたように、レリファンは呟き、手を異形の人体に翳す。
「《暗搥》」
レリファンは紫色の大槌を異形の人体の真上に創ると、そのまま手を振り下ろす
その行動と互応するように、紫色の大槌は異形の人体に振り下ろされ、異形の人体を大地に埋める
「どうだ、テメーの殴られると固くなる性質を利用してみた。この土地の土だ動けねぇだろ?少し特殊らしいからなァ。」
式理家、と言うか白夜の所有する土地、その土地は少し、どころか結構特殊な環境になっている。
その土は特別、固い、訳ではない。
だから、異形の人体は現に動きは鈍いが、確かに周囲の土を盛り上げている、這い出るのにそう時間は掛からないだろう。
それを本能、または知性が残っているのか、嘲笑うように金切り声を独特なリズムで鳴らし嗤う
「■■■■■■■■!!」
それを軽薄な笑みを浮かべ、レリファンは眺める
その仕草に異形の人体は違和感を覚えたのか、さらに力を入れようと、”魔力を込める”
次の瞬間、異形の人体は身体の力と言う力を、なにかに吸いとられたように崩れ落ちた。
「ハッ、バカがよ。人の話しは最後まで聞けよ、
その土は魔力や気や力、エネルギーだな、言ってしめェえば、それらを吸収する土だ。 なんでも足を埋めて素振りすれば中々の修行に丁度いいんだとよ。」
イカれてる話だよなァ?と異形の人体に語りかけるレリファン、だがレリファンはその優位に立った状態だろうとも、油断は一欠片もしていなかった。
この異形、これを成したヤツがこの、式理の土地の特性を知ってる可能性、そして、素体、実験体の監視の可能性、そしてそれを回収出来る距離に潜んでいる可能性。
それら全てを視野にいれ、油断を装い、レリファンは独り言のように語る。
それを嘲りと感じたのか、異形の人体は力の入らぬ身体で暴れる
痛みを、力の抜けようを、感覚を無視、否感じぬかのように。
その自分の話を一切理解してない、異形の人体を嗤うようにレリファンは鼻を鳴らす
「……はっ、単調なモノしか理解が出来ねェのか、……マァいいや。おれも頭があまりよくねェ、取りあえずゴシュジンサマに連絡でも入れるか。」
この土に入れたはいいけど、運び方までは考えて無かったしなァ。とは口にはださず、レリファンはスマホを触る
それをにこやかに眺め、後ろから警戒を怠らないレリファンに容易く近づき、ちょいちょい、と指差す者
「………ッ!!??」
「ヤッホー☆お疲れさん、レリさん。」
驚愕からレリファンは思わず腕を振り、そして、
力を抜き、下ろす
その声の主、白夜の姿を見て。
「ッァ…!ビックリしたァ!!ゴシュジンサマ!背後から気配を殺して呼び掛けんで下さいませよ!!」
丁寧語を無理に入れようとして可笑しな喋り方になっているレリファンのその姿に笑いをこらえ、白夜はゴメンゴメンと手を合わせ謝る
「しかし、なんかあれだね。」
白夜は顔を赤くさせ、いまだ少し怒り気味のレリファンを落ち着かせ、白夜は、大地に埋まり力無く踠く異形の人体に目を向ける
「バイオ……」
「いや、分かりヤスがね……そう言いたくなる気持ちは……。」
「それで…?コレどうやって運ぶの…?」
「…………」
そう白夜は言い、意地の悪い笑みを浮かべ、まっイイケドネと笑みを浮かべ笑う
その姿に自分がからかわれたと気が付いたレリファンは頬を膨らませる。
「(め、目がつり上がり過ぎて、逆に面白い……!!)」
そう笑いをこらえ、白夜は、気配の系統をガラリと変貌した異形の人体に目を向ける。
その変貌した気配に気が付いたレリファンも臨戦体勢を取る、───だが、白夜は少し片手を上げるとその臨戦体勢を解かせる、その事に疑問を抱きながらもレリファンは忠実に発動寸前のモノを解除し、警戒へと即座に移行した。
その行動を待っていたかのように、異形の人体はゆっくりと口を開けだし、喋りだす
「『ヤァ、”天魔” 662日18時間11分23秒ぶりだねぇ。』」
野太い男性の声と、それの奥から聞こえる中性的な声が重なり、二重の声となり、森に静かに響いた。
ついでにその、……少し…個性的な挨拶も。
そしてレリファンは”あ、またゴシュジンサマの変人知り合いか”と悟った。
そしてその横で白夜は露骨にめんどくさそうな表情を全面にだした。
「めぇんどくせぇ……。」
いや、我慢が出来なかったのか、本心だとハッキリと分かる音量で思わず白夜は吐き出した。
「『気持ちがイイナァ、その罵倒、』」
「気持ちがわるぃ……」
「『イイッ、その軽蔑と侮蔑の視線……!!キミの淫欲の魔眼は凄まじいナァ!!』」
「発動してねぇよ。あと罵倒されて気持ちがいいのはアナタがドの付くMだからだよ。」
「『M・マゾと呼んでおくれ。』」
互いに動じず、罵り、そして喜ぶ、とゆう新手のSMプレイを眺め、レリファンはスススと白夜の横に移動し、小声で疑問を聞く、「もしかして、お知り合いでございましょうか……?」と。
その質問に白夜は嫌そうな顔を隠す努力を投げ捨て、答える、わりとマジな戦闘時でも聞けないようなトーンで
「─────もしかしたら、知り合い……?んぅ……かもしれない他人だ。」
「スッゲェ溜めましたね。」
「知り合いと思われるのが、凄く、凄く………嫌だ。」
その白夜の声は、本気と書いて、マジであった。
「『ンオ、キミは~、新たな肉奴隷か。ヨロシク、気軽に”博士”とでも呼んでおくれ』」
「やめい、うちのメイドさんに近寄んな、このマッドサイエンティスト、あと肉奴隷じゃねぇ、メイド見習いだ。」
「『そんな……!!褒めても、ん?あ、マッゾサイエンティストって、名乗ろうかな?』」
「人の話を聞かんお人だ……、しらん、勝手にしろ。」
「ゴシュジンサマ」
結局、この……人?ってなんなんだ?と視線で訴えるレリファンに白夜は飄々と答える
「魔術教会、第三席【生命冒涜】通称、ドマゾだ。」
「『そんな通称はキミしか使わんがネ』」




