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八話 歌は世界の垣根を越える(後編)

少し遅れましたが、連続投稿八話目。お宅訪問パートその2。


予定外のことで書き留めができなかったので連続投稿は一旦ここまで。

「……おっ、《サニーサイドアッパーズ》アルバム出すのかよ。初回版は昨冬のツアー映像のDVD付きか。ツアーはよかったみたいだし、収録内容によっては買いだな」


 部屋に入ってからしばらく経って、青葉がまだ帰ってこない間に、俺は雑誌をめくりながらすっかりリラックスモードに入っていた。

 ほぼ他人といって差し支えない後輩の少女の部屋でなぜこれほどまでに寛げるのかというと、その理由が俺にははっきり分かっていた。


 親父のオーディオルームに似てるんだよなー、この部屋。


 ありとあらゆるものが音楽第一で配置されたこの部屋は、親父のオーディオルームに通じるところがあるのだ。

 もちろん、こちらの部屋は普段使いの部屋だし、床は配線で散らかっているし、聴くことがメインのオーディオルームに対してこちらは奏でることがメインの部屋という違いはある。

 それでも、《音楽》という柱を同じくしている点で、この部屋に俺は親近感を覚えたのだった。


 まるで自分の部屋のように落ち着いて雑誌のページをめくろうとしたその時。


「いやー、何度も待たせて申し訳なーい」


 相変わらず、罪悪感ゼロの謝罪の言葉と共に扉が開き青葉が部屋に戻ってきた。

 その手に持つお盆の上には二つのグラスとでかいピッチャーに入った麦茶、そして大量のお菓子が盛られた皿が載せられている。


 こいつ、思ったよりガッツリ歌わせるつもりだ!?


 予想を超える重装備で帰ってきた青葉に俺は戦慄した。

 そんな俺の戦慄には気付かずに、彼女はお盆を持ったまま器用に扉を開閉して部屋に入る。


「先輩、いたずらせずにちゃんと待っててくれましたかー?」

「阿呆、子どもか俺は」


 そんな俺のツッコミをスルーして、青葉はテーブルの上にお盆を置く。重く不安定なお盆が手から離れたことにより、ようやくその顔が俺の方を向いた。

 そして、俺の姿を見た彼女の目が大きく見開かれる。


「あーっ! カイト先輩、勝手に《一号》を触ったらダメじゃないか!」

「えっ、《一号》?」


 ヤバい、勝手に雑誌を触ったのはまずかったか。


 急に青葉に叫ばれた俺は、慌てて手元の雑誌を確認する。

 しかし、その表紙に目を落としたときあることに気づく。


 ……ん? これって……。


 俺はその気づいたことをすぐに青葉に告げる。


「青葉、この雑誌は《一月号》じゃなくて《五月号》だぞ?」 


 俺の持っている雑誌は青葉の言うバックナンバーの《一月号》ではなくて最新号の《五月号》だった。

 雑誌の表紙を指差して俺はそのことをアピールしたが、青葉は首を横に振った。


「《一月号》じゃなくて《一号》だよ! さぁ、早くその腕の中の《一号》を解放するんだ先輩!」


 そう言われて俺は自分の勘違いに気づく。


 《一号》ってこのペンギンのことかよ!


 俺は急いで雑誌をテーブルに置くと、ペンギンのぬいぐるみを掴んだ。


「悪い、あまりにも手触りがよかったからつい」


 そう言って俺は軽く頭を下げて謝る。

 それを見た青葉は頬を膨らませてぷりぷりしてはいたが、そこまで怒っている感じではなかった。


「んもー、その《一号》は私のお気に入りなんだから勝手にいじらないでほしいな」

「ごめん、すぐ元に戻すよ。どこに置けばいい?」

「それじゃあ、あそこの青っぽい《一号》の脇に並べといて」


 青葉の指差す先には確かに中くらいの青っぽいカラーのペンギンが横たわっている。別に倒れているわけではなく元から寝そべったデザインのペンギンだ。

 しかし、俺は彼女のその言葉に首をひねる。


「あれ? 《一号》はこいつじゃないのか?」

「あー、うちのペンギンたちは全員《一号》だからね」

「なんだそりゃ」


 ぬいぐるみに名前を付けるのは女の子らしいなと思ったが、全部の名前が《一号》なのは凝り性なのか適当なのかいまいち判断がつかなかった。


 よく分からないけど、こいつにとっては何かしらの意味があるんだろうな。


 俺はこのことは深く考えずに、手元の《一号》を青っぽい《一号》の隣に放してやった。

 二匹並んだ《一号》を見て、青葉は満足そうに頷いた。


「おっけー、ばっちし! 先輩ったら、乙女の持ち物に勝手に触るなんてやらしーですな、ふふふ!」

「謝ったから水に流してくれよ……」 


 悪どい笑みを浮かべてまた俺のことをいじろうとする青葉にげんなりとした返事を返す。それを聞いた青葉は右手の親指と人差し指でわっかを作って応えた。


「いいよーん。その代わりカイト先輩にはたっぷり歌ってもらいましょうかねぇ」

「お手柔らかに頼むぜ」


 ……やれやれ、こいつは中々解放されそうにはないな。


 不覚にも青葉に付け入る隙を与えてしまった俺は、ことの長期戦を覚悟して心の中で頭を抱えた。


 そんな俺の前では青葉がどこかから丸椅子を引っ張り出してきて、ギターを抱えてそれに座っている。ギターは先程まで壁に掛かっていたFenderのテレキャスターだ。


「んじゃ、ちょっとギターのチューニングやアンプの設定とかいじるんで、カイト先輩は喉作って待ってて下さい」

「あいよ」


 俺が返事をするよりも先に、青葉は機材の電源を入れてギターを弾く。スピーカーの音を聴きながら、一番下の弦を何度か弾いて糸巻きを回し、音を合わせていく。音が合ったのか、その糸巻きから手を離すと、凄まじい速度で他の糸巻きも調整していく。

 裏庭で見たときも速いとは思ったが、間近で見るとなおさら凄い。


「速えーなおい」

「うん、まぁね」


 思わず漏れた声に、青葉が頷く。顔はこちらに向けたまま、手元だけがきびきび動いて音を合わせていく。


「流石に10年以上も弾いてるとねー。一弦合わせたら後はそれを基準にさくっとおっけー、みたいな。変則チューニング以外ではここ数年チューナーも使ってないよ。……よしできた」


 青葉がダウンピックでギターを鳴らすと、スピーカーから耳慣れた音が響く。恐ろしく正確で速いチューニングだ。


「んじゃ、次はアンプヘッドの調整するわけだけど、カイト先輩、一曲目は裏庭で歌ってたあの曲でいい? 私、あれ最後まで通しで聴きたいんだけど」

「あー、流行りの曲なら大概知ってるから何でもいいよ」

「おっしゃ! じゃあすぐにセッティングするね」


 青葉は椅子から立ち上がると今度はスピーカーの上に載った小さな機材のつまみを回しながら音を出し始める。


「へー、そいつがアンプヘッドって言うのか」


 俺が興味深そうに声をかけると、青葉が意外そうな表情で振り返る。


「そだよー、下のやつがスピーカーキャビネットね。……先輩ってもしかして機材とかあんまり詳しくない感じの人?」

「あー、俺は歌うの専門だから楽器は全くの未経験だ。ギターとかベースは雑誌のバンド紹介記事で見るから有名やつの名前は分かるぞ」


 本当は、高校生になったら親父から習うはずだったんだけどな。


 喉元まで出そうになったその言葉をグッと飲み込む。別に青葉はそんなことまで言うほどの仲ではないし、そのことで色々突っ込まれるのも面倒だった。

 

「まじか! ……これは少し計画がずれたかも。でも、まあいいか! どうにかなるっしょ!」


 俺の言葉を聞いた青葉は少しがっかりした表情になったが、すぐに元の表情に戻るとつまみをいじっていく。

 先程までのチューニングとは違って、細かくつまみを回して何度も音を鳴らす。その作業を少し繰り返した後に彼女はガバッとこちらに振り返った。


「できたー! いつでもいけるぜ先輩!」

「おっけー、じゃあ茶を一杯飲んだら始めるか」

「あいよ!」


 俺がコップに麦茶を注いで一息で飲み干すうちに、青葉は椅子に座ってギターを構える。


 その顔に浮かぶのは大人びて真剣な、それでいて夏休みが目前になった子どものように楽しそうな表情。今まで見てきた青葉の表情の中では一番イケてる感じの表情だった。


「いつでもいいぞ」


 グラスを置いてそう告げた俺への返事の代わりに、青葉の指が動いてスピーカーから音が生まれる。

 最近色んな意味でよく聴いていたその曲が、今まで聴いたことのない圧倒的な重厚感で耳に刺さった。


 生の演奏って、ここまでクるものなのか。


 今まで家のサラウンドスピーカーで聴く音楽こそが至高だと思っていたが、これは考えを改めないといけないかもしれない。


 頭ではそんなことを考えつつも、両耳では注意深く青葉の奏でるメロディを拾う。

 Aメロに入るときの特徴的なドラムのフィルインがないので、歌い始めのタイミングを逃さないようにしっかりと足でリズムを取る。


 3、2、1……今!


「~♪」


 ……よし、完璧だ。


 自分でも自画自賛できるほどかっちり嵌まったタイミングで歌い出す。歌い出しさえ合ってしまえば後はこちらのものだ。


 青葉のギターが奏でるメロディに、俺の声が乗って響く。

 一曲目で喉の調子は悪くない。むしろ喉が完璧に暖まるまで、ここからしばらくは尻上がりに調子が良くなるだろう。なるべく早く調子を上げるために俺はさらに声を張る。


 そんな俺に触発されたのか、青葉のピッキングも次第に熱を帯びていく。落ち着いたピッキングのストロークはより大きくダイナミックに変わる。油断すれば一気に音が乱れるであろうそれは、しかし寸分の狂いもなくさらに表現力を増して耳に迫る。


 結局、彼女のギターが曲の最後の一音を鳴らし終えるその瞬間まで、俺たちのセッションは最高潮で終わった。


 全力で歌った充足感に浸っていると、青葉がいきなり椅子から立ち上がって叫んだ。


「っしゃあ! 最高だぜ先輩!」


 そう言って満面の笑みでこちらに親指を立てる彼女を見て、俺は思わず苦笑する。


 ……あきれるほど素直な奴だな。


 短い付き合いの中でも分かったが、腹黒いところはあるけれども時折見せるこういった純粋な感情表現が、どうやら青葉を憎みきれない奴にしているようだ。


 出来るなら俺もそんな風に、自分に素直に生きてみたかった。


「……満足したならもう帰ってもいいか?」


 少しセンチメンタルになった気分を誤魔化すように、俺が青葉に提案すると彼女は「冗談だろ」って表情を浮かべた。


「何言ってんの先輩! まだ一曲しか歌ってないじゃん! これからこれから!」

「だよなぁ」


 テーブルから身を乗り出すようにしてこちらに叫ぶ青葉を手で制して座らせる。椅子に座り直した彼女は、ギターの弦を爪弾いてさっきの曲のフレーズをちょこちょこと奏でている。


「あー、めちゃくちゃよかった。先輩、次は何行っとく? できれば違うジャンルとか洋楽なんか聴きたいんだけどねー」

「んー、それじゃあ次は俺からリクエストしてもいいか?」


 一曲目は青葉のセレクトだったので、二曲目は俺が選ぶことを提案する。これは少し彼女のことを試そうという気持ちと、歌い馴れた曲の方が喉への負担がないだろうという合理的な判断に基づいたものだ。


 その提案に青葉は頷く。


「いいよーん。というかこれから交互に曲を提案しようぜ先輩。歌って欲しい曲もあるけど、先輩の引き出しも見てみたいんだよね」


 なるほど、試しているのはお互い様というわけか。


「よし、それでいこう。もし演奏出来ないなら別音源から流してくれても構わない」

「ういー、じゃあ何いっときます? なるべく弾けるの頼みますよー」


 そう言って青葉はぐるぐる肩を回す。


 気合い十分といったところか。なら、遠慮なくいかせてもらおう。


「次は洋楽でいこう。《Nirvana》の「smells like teen spirit」なんてどうだ、いけるか?」


 俺が選んだ曲は流行りの曲ではなくて、一昔前にブレークした《Nirvana》の名曲だった。


 実は、俺本来の音楽の趣味は周囲と完全に世代がずれている。俺が好きな曲のほとんどは親父の趣味だった曲ばかりだ。物心つく前からずっと聴かされていたせいで、小学生の頃にはすっかり刷り込み学習が完了していた。


 もちろん流行の曲も押さえているが、余程気に入ったバンドやアーティスト以外の曲は代表作以外スルーしている。代表作だけ歌うことができれば合コンの盛り上げ役としては十分だからだ。合コンに集まる女の子はどれだけノれるかが肝心で、昔の歌になんか興味はないのだ。


 でも、こいつならあるいは……。


 青葉は見た感じ音楽への懐が中々深そうだ。

 もしかすると、往年の名曲レベルならばその守備範囲に入るかもしれない。


 そんな期待を少し込めて放った俺の言葉に、彼女は目を輝かせた。


「「スメルズ」! カート・コベインのグランジの名曲じゃないですか! もちろん弾けますぜ、ちょいと待っててー」


 そう言いながら彼女はアンプヘッドをいじり始める。その後ろ姿を眺めて俺は確信する。


 こいつ、間違いなく俺と趣味が合うぞ!


 わざわざカート・コバーンを本来に近いコベインの発音で呼ぶ辺りに青葉のこだわりが感じられる。

 普段、誰かと音楽の話をするときは常に自分を押し殺していたが、もしかしたら彼女とならば普通に話ができるかもしれない。

 もしも、こういった微妙な関係ではなくて普通に出合っていたら、彼女とは一度じっくりと話がしてみたいと思った。


 そんな青葉は時折首を傾げながら、さっきよりも細かくつまみを調節して音を作っている。


「んー、エフェクター噛ましてないからこんなもんかなー。ジャガーも今は手元にないから使えないし」


 若干納得がいかない表情ではあるが、調整を終えて振り返った青葉がギターを鳴らす。スピーカーから流れるのはスメルズの特徴的なあのギターリフだ。


「どうよ、先輩。ちょいと違うけどちゃんと「スメルズ」になってるっしょ?」

「……ああ。驚いたよ、まさか普通に「スメルズ」が弾けるなんてな」


 俺の言葉に青葉が笑う。


「父がこの曲すんごい好きでねー、聴いて練習してたら弾けるようになったのさ」

「マジか」


 まさか曲が親父の趣味だったところまで一緒だとは思ってもみなかった。

 一部の人間なら運命を感じずにはいられないだろうが、青葉との出会いは最悪だったし、親父が死んでから俺は運命というものを信じてはいなかった。


「じゃあ始めますか、いつでもいいですよー」

「こっちもOKだ。いつでも弾き始めてくれ」

「よっしゃー、いくぜー!」


 青葉の叫び声と共に、スピーカーから先程のギターリフが流れ始める。


 彼女の奏でるカートの最高のヒット曲にしてカートが最も嫌っていた名曲、「smells like teen spirit」に合わせて、俺はゆっくりと歌い始めた。




◇◇◇



 そこからの時間は最高だった。


 《Nirvana》の「smells like teen spirit」を皮切りに、《OASIS》の「Don't look back in anger」や、《Third Eye Blind》「Semi-Charmed Life」といった往年の名曲を次々と歌う。


 これらは全部、合コンなんかでは誰も知らないのでカラオケでは全く歌わない曲だった。

 それでも青葉は特にメジャーな曲は難なく弾くことができたし、弾けなかったとしてもさくっと音源を呼び出して流した。洋楽を結構聞き込んでいないとできない芸当だ。


 青葉は俺が古い曲を選ぶのに合わせて、最近の流行曲をチョイスしてきた。おかげで曲にバリエーションが出て面白いセッションになった。


 二人で声を揃えて「デイドリーム・ビリーバー」を熱唱したところで時計を見ると、いつの間にか時刻は18時を回っていた。19時という我が家の夕食の時間を考えると、もうそろそろ家に帰るべき時間だ。

 特に今日は遅くなると母に連絡していない。親父が死んでからというもの、母は連絡もなく帰りが遅くなると大変心配する。多分、親父が死んだときのように二度と帰って来ないのではないかと思うのだろう。

 あまり心配をかけさせるわけにもいかないので、俺は青葉に帰る話を切り出すことに決めた。


「青葉、悪いけど俺そろそろ時間だわ」

「マジすか!? ……って、まだ全然早い時間じゃん、もうちょっとやろうぜ、先輩!」


 まだまだ弾く気バリバリだった青葉は俺の言葉に食い下がる。

 しかし、俺は首を横に振って応える。


「悪いけど、家の事情で早く帰らないとダメなんだよ」

「うへぇ~、それなら無理強いはできないかー」

「悪いな」


 ガックリと肩を落とす青葉に少し申し訳ない気持ちになるが、こちらも事情があるだけに譲れない。謝って軽く頭を下げると、床に置いてあった鞄を手に取りベッドから立ち上がる。


 青葉は肩を落としたまま、とぼとぼと機材を片付け始めている。哀愁漂うその背中に同情してしまった俺は、とんでもないことを口走ってしまった。


「まぁ、今日は俺の都合で帰るわけだから、また今度何かしらの埋め合わせはしてやるよ」


 何気なく放ってしまったこの一言が、この後、俺の運命を大きく変えることになる。


 俺の言葉を聞いた瞬間、青葉が跳び跳ねるようにこちらに振り返る。


「マジすか!? じゃあ、私先輩にお願いがあるんだけど、いいかなー?」


 青葉の目がキラキラと輝いている。非常に嫌な予感がする。

 しかし、埋め合わせをすると言った手前、話を聞かないわけにはいかない。俺は恐る恐る彼女に問いかけた。


「……まぁ、聞くだけ聞くけどなんだよ?」


 俺の言葉に青葉は満面の笑みで応えた。間違いなく今までで最高の笑顔だ。


「ーーーバンドしようぜ、先輩」

「…………は?」


 思わず変な声が出た。


 バンド? 俺が?


 あまりに衝撃的な発言に、一瞬思考ごと体が固まった後に、俺は慌てて手と首を横に振った。


「いやいや、ないない! 俺の声なんて真面目に人様に聴かせるもんじゃないぞ! しかも俺、楽器弾けないし」


 そんな俺の激しい拒絶にも青葉はどこ吹く風といったかんじだ。


「別に楽器できなくてもいいよー、元からボーカルで誘うつもりだったし。いやー、先輩から埋め合わせしてくれるなんて私、感激!」

「いや、そういうつもりじゃなくて、また今日みたいに歌ってもいいぐらいの意味だよ!」

「結局、バンドでも私の演奏で先輩が歌うんだから同じでは?」

「全然違うわ!」


 必死になって拒絶していた俺だったが、そんな俺に青葉が右手の人差し指をビシッと突きつける。

 この動作に苦手意識を植え付けられた俺は思わず止まってしまう。


「先輩、もし先輩がバンドに入ってくれるなら、タバコのことは金輪際一切触れないし、先輩のお友達が集まる場所にも近寄らないって約束するけど、どうする?」

「…………それは」


 青葉の口から出たのは中々魅力的な提案だ。

 俺が彼女の生け贄になれば、仲間が全員助かる。しかし、俺の今後の保証は一切ない。

 断ればこの場は凌げるが、やはり今後の保証はない。


 俺一人が犠牲になることで仲間の最大多数の最大幸福が実現する。

 しかも、元はといえば俺が蒔いた種だ。


 俺に断る理由はなかった。


「……分かったよ。でも、他のメンバーと合わなかったらこの話を無しにしてもいいって条件を付けてくれ」


 若干の諦念を込めて俺が呟いた瞬間。


「うぇーい! やったー!」

「うおぅ!?」


 おもいっきり青葉が抱き付いて来て、倒れそうになった俺は思わずのけぞる。


「んじゃ、明日の放課後に顔見せするから予定空けといてねー。あ、後家に帰るの遅くなるって連絡もいれてくださいよー」

「わ、分かったから離れろ」


 突然の事態にしどろもどろになる俺を力強く抱き締めてから、青葉は俺を解放した。


「それじゃあ今日はこれで解散ということで! 先輩は明日のために喉休めて下さいねー、また明日!」

「お、おう」


 そうしてぎこちない様子のまま、俺は青葉の家を後にした。


 しばらくふらふらと歩いた後に、我に帰った俺は、


「あー!とんでもない約束をしてしまった!」


 誰もいない路地で一人頭を抱えて叫んだのであった。




次回、青葉視点の短編を挟んでから追加の主要メンバーが出ます。一章はそこで終わり。


一章後に軽く人物紹介入れてから、すぐに二章を書き始める予定。連休中に数話出せると嬉しい。



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