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一話 その思い出はマルボロの味がする

導入は過去パートからスタート。


主人公と先輩の昔話ですが、先輩はちょい役なので今後はあんまり出てきません。ただ、割と重要人物です。


本作の正ヒロインが出てくるのは少し先のパートです。そこまでは一気に投稿するのでもうしばらくお待ちください。

「ねぇ、カイト。カイトはタバコ吸わないの?」

「えっ、タバコっすか?」


 俺、朽木(くつき) 海人(かいと)が初めてタバコを吸ったのは高校一年の夏のことだ。

 それは当時ちょっといい感じだった高校三年生の先輩に誘われて映画館デートに行った帰りに立ち寄った公園のベンチでの話になる。


 その公園は、宅地造成によって近くに大規模な公園ができる前からあった昔ながらの小さな公園で、広くて新しくしかも設備が充実したライバルの出現によって今やすっかりうらぶれていた。


 しかし、そのお陰でサボリーマンや俺たちのような不良高校生には大層人気のスポットになっていた。木陰にひっそりと隠れるようにおかれた塗りの剥げかかったベンチでは、いつも誰かがプカプカとタバコをふかしていた。

 そんなベンチに二人ならんで腰を下ろしたときに、先輩がおもむろに鞄からタバコを取り出して俺に勧めて来たのだ。


「カイトはさ、背もスラッとして高いからさ、タバコふかしてたら女の子に絶対モテると思うんだよねー」

「いやいや、朱莉先輩がいるのに他の女の子にモテても意味ないですって。つーか、俺ってもしかして脈なしっすか?」

「あはは、ユッキーは彼氏というよりは可愛い弟君だからね」

「えー、先輩ひでぇ」


 朱莉(あかり)先輩は学校では優等生で通っていたが、蓋を開けてみればかなりちゃらんぽらんな人だった。ストレートの黒髪ロングの文学少女みたいな外見の先輩が、裏ではスパスパタバコをふかしているそのギャップに当時の俺はメロメロだった。


 はっきり言って俺と先輩の関係は恋人同士なんかじゃなくて、俺が先輩に完璧に遊ばれていただけだったが、そんなやり取りすらも当時は楽しかった。もう完全に骨抜きにされていたといっていい。


 そんな先輩が体にしなを作って、甘えるような声で俺に話しかけてくる。


「あー、でももしカイトがタバコふかしてくれるなら、私カイトのこと本気で好きになっちゃうかも」

「先輩、タバコ一本もらっていいっすか?」

「あはは、カイトったら必死過ぎるよ。ちょっと待ってね……はい、タバコの王様マルボロの赤箱だよ。ささ、一本ぐいっとやりねぇ」

「それ、何のキャラなんすか先輩?…………いただきます」


 先輩の言葉に電光石火の速さで答えた俺は、箱からタバコを一本抜いて指に挟むと先輩から差し出されたライターを借りて火を点けようとする。


 しかし、しばらくライターの火で炙っても指の間のタバコには一向に火が点る気配がない。


「あれ、点かないな? 先輩、これ湿気ってないっすか?」

「あー、初歩的なミスですなカイト君。タバコは口に咥えて空気を通さないと火は点きませんぞ。貸してみそ?」


 相変わらず妙なキャラクターの先輩は、俺の指からタバコを抜き取るとフィルターの無い側を唇で咥える。

 そして、そのまま腕を俺の頭に回すとそっと口づけをするようにタバコを俺の口に咥えさせた。


 少し顔を前に出せば唇が触れ合いそうな距離。

 しかし、それは口元のタバコのせいで決して叶うことはなかった。

 

 俺の人生で、あの時ほどタバコ一本分の距離がもどかしいと思ったことはない。


 だから俺は今でもタバコが嫌いだ。


「オッケー、んじゃ火を点けてあげるから息吸ってー」

「は、はい」


 どぎまぎしていた俺からいつの間にか回収していたライターで先輩がタバコに火を点ける。先端が一瞬炙られると、すぐにそこから紫煙が立ち上った。


「いえーい、大成功! ふふっ、カイトの初めて奪っちゃった」

「げほっ!? 変なこと言わないでくださいよ先輩!」

「めんごめんご、まーとりあえず一服吸ってみなよ」


 先輩に勧められるがままにタバコの煙を吸い込む。

 タバコの先端が赤く燃えて灰に変わるのと引き換えに、俺の肺に紫煙が満ちる。人生初のタバコの味。これは、なんと言うかその。


 …………不味い。


 よく大人が美味い美味いとスパスパ吸っているのが信じられないほどに不味い。匂いも臭い。五感の二つを一気に殺された気がする。


 初めてのタバコの味に目を白黒させていた俺に、先輩が面白くてたまらないといった嗜虐的な笑みを向けてくる。


「おんやぁ~? お子ちゃまなカイト君には大人の味はまだ早かったかにゃ~?」


 愛しの先輩から子供扱いされたことにイラっときた俺は、憮然とした表情で顔を逸らした。


「…………まあまあっすかね。こんなもんかっていう感じっす」

「その割には場末の床がぎとぎとの中華屋で、親父の指がスープに入ったぬるいラーメン食べてる時のような顔してるけど」

「例えがすごい具体的! というか俺そんなひどい顔してます?」

「あははっ、めっちゃひどいよ! 流石の私も同情を禁じ得ないね!」


 言葉とは裏腹に全く同情の素振りすら見せない顔で先輩が笑う。それは間違いなく今日一番の笑顔だ。

 正直、この笑顔を見ることができただけでも無理してタバコを吸ったかいがあったかもしれないと思えた。


 それでも、からかわれたことは少し心外なので、その事だけは先輩に抗議した。


「同情してるならもっと優しくしてくれてもよくないっすか?」

「それはないね。私は釣った魚に餌をやらずに魚が餌を求めて必死に水面で口をパクパクさせるのを見るのが好きなタイプなんだ」


 なんという暴君。世が世なら絞首台に吊るされるか、目隠しされて磔にされ銃殺刑になっているに違いない。

 俺はナチュラルに鬼畜発言をする先輩に戦慄した。


 しかし、一方では先輩を喜ばせるためなら俺はいくらでも彼女の目の前で池の鯉のように口をパクパクさせるだろうと直感していた。


 そんな俺の気持ちを露知らぬ先輩は相変わらず楽しそうな表情で、いつの間にか自分も咥えていたタバコに火を点けていた。

 先輩はたっぷりと肺を煙で満たしてから、口を尖らせて細く長い煙を宙に吐く。その堂に入った姿はスモーカーとしての年季を感じさせた。


「ぷはー、うんまーい! 最初は不味いかもしれないけどさ、ユッキーもすぐに美味しく感じるようになるよ」

「そんなもんですかね」

「そんなもんよ。……そうだ、もしユッキーがタバコを美味しく吸えるようになったら、その時はユッキーを私の彼氏にしてあげようじゃないか」

「マジっすか!? 約束ですよ先輩!」

「うむうむ、では約束の指切りをしてあげよう」


 そう言って差し出された先輩の小指に、俺はすぐに自分の小指を絡めた。



◇◇◇



 あの夏、公園のベンチで交わした約束は、結局未だに叶っていない。


  俺が吸うタバコの味はそれからもずっと不味いままで、先輩はいつの間にか遠くの国立大学への進学をさらっと決めていた。


「タバコが美味しく吸えるようになったらさ、休みになったら私に会いに来なよ。私は向こうでマンション借りるからさ、二人きりでイチャイチャしようぜ」


 そんな冗談とも本気とも取れるような言葉を最後に残して、先輩は機上の人となった。


 春霞の3月の空に溶けるように消えていく先輩を眺めていると、なんだか体だけではなく心まで先輩が離れていってしまったように思えて、それから数度スマホでやり取りをした後に先輩との関係は途絶えた。


 最後に先輩と話してからもう1ヶ月以上が経つが、それでも俺はまだタバコを吸っている。銘柄はもちろんマルボロの赤箱。


 俺の部屋にある作業机の引き出しには、今まで吸ったタバコの箱が畳まれた状態でどんどん積み重なっていく。最初は箱が重なる度に、先輩との距離が縮んでいく気がして、嬉しくなって必死に溜め込んでいたものだが、今では乱雑に重なったそれが先輩との思い出を全て覆い隠していくようだ。


 それでも箱を集め続けているのは惰性か、それとも未練なのか。


 だから俺は今でもタバコが嫌いだ。

読んで下さってありがとうございます。


この後、まとめて数話投稿していく予定なので読み終わって続きが気になる方は、お手数ですが評価に☆を入れて下さるとありがたいです。



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