三話、騎士はその日、醜い■になった……
亜麻色の少女。感情が死んでいるとも取れる冷たい表情、
フィリアはその姿に何か違和感を覚えた。どこかで見たような既視感、それと同時に溢れ出す後悔の念。
「――――あの子、ラスボスやんけ」
そこでフィリアはハーヴェルという単語をどこで見たのかを思い出した。ゲーム機のキャラクター一覧とスチルを眺めていた時である。
「髪と瞳の色がスチルと違いけど、間違いない」
ゲームのスチルでは黒いドレスを身に纏い、闇堕ちしていた少女。このゲームでのラスボス、それが亜麻色の少女の正体であったはずだと、フィリアは記憶を頼りに思い出す。
「(……アメリア・ハーヴェル、ハーヴェル公爵家長女)」
キャラクター紹介ではそう書かれていたが、フィリアは自分の中の違和感を拭い切れずにいた。
「……家に帰ろう」
違和を感じても所詮は個人の感性の問題だ、とフィリアは切り捨てて自室に帰っていった。
「――――」
だからその変化も見逃していたのだろう。アメリア・ハーヴェルはフィリア・リザリッドの帰った方角をじっと見て、自らの感じた違和を拭い切れずにいた。
◇ ◇
フィリアは帰宅後、すぐさま対策を考えていた。罵倒に暴力、どちらも失敗に終わり、絶望に近い感情を覚えていた。
しかしその中でもフィリアは突破口に成りうるを情報を掴んでいた。
「突破口があるとすれば……好感度の上り幅、か」
初めの罵倒では好感度が2上昇し、暴力と罵倒では好感度が1上昇した。微弱ではあるものの、この変化は見逃すには惜しい情報だった。
「方向性は間違っていないとなると……もう一つ決定的な何かが必要だな」
暴力と罵倒では〝まだ足りない〟ということなのだろう、とフィリアは仮説を立てる。
「何かいい情報は……っと」
フィリアはゲーム機を手に取り、マルクスの説明欄を一つずつ眺めていく。特徴、身分、性格、趣味、様々な情報がある中、フィリアはある項目を見て笑みを浮かべる。
「――――あった」
その笑みは醜悪で見るものに恐怖を与える化け物のソレだった。マルクスは「おもしれー女」の一言で好感度に変えるであろうその笑みは確実にマルクスに訪れる不幸の前兆だった。
◇ ◇
城下町の一角にある何でも屋『ザックの実家』の評価は『確かに安いがそれだけの店』というものだった。
武器や防具、道具にマジックアイテム、食材もあればフライパンもある。しかし全てが他の店に劣るのだ。
武器や防具は性能と耐久値、ともに平均よりも僅かに低く。道具も同様。食材や料理器具を置いてはいるが店の位置的に冒険者が利用者のほとんどで需要があまり無い。
ゆえに安いだけの店、たまに訪れる客は冷やかしか金が少ない初心者である。だから店主のアイザック・ガロウズは目の前の客に違和感しか覚えない。
「ええと、ご注文は?」
「クリームパイを50個だ」
その少女はあまりに不自然過ぎた。
初めに着ている服、あまり見慣れない服だが貴族が通う学園の制服である。
なのにも関わらずクリームパイを50個と注文してくるのだ。貴族ならばもっと良いものを食べているはずなのに、何故クリームパイ、そして何故50個。アイザックに取れる行動は困惑の色を瞳に浮かべるだけである。
そして何より、この少女のオーラがおかしかった。
少女なのに男のような、貴族のはずなのに獰猛さ持っているような、相反するはずの雰囲気を同時に漂わせているのだ。
「この店にクリームパイは無いのか?」
「頼まれれば作れるが(客どうせ来ないし)……50個ものクリームパイ、どうやって持っていくんだ?」
「アイテムボック――――いや【収納】が付与された道具を持っているんでな」
フィリアは【収納】が付与された道具、と告げるとアイザックは納得した。フィリアが持つのはアイテムボックス、と告げなかったのは希少とされる能力だと推測していたからだ。
アイテムボックスは同じ種類のアイテムなら一マス99個収納可能、中身は絶対腐らない、という万能すぎる能力なのだ。
ゲームの主人公だから初めから使えたのだろう、とフィリアは推測している。
だが同時にゲームの主人公という存在だからこそアイテムボックスが与えられているのだ、とも考えていた。それはつまり〝フィリア以外は使えない〟とも考えられることになる。
ならば収納が付与された道具――世間では【収納カバン】と呼ばれているそれを持っていることにしておいたほうが都合が良いのである。
「じゃあ少し待ってろ、十分で出来るからよ」
「そ、そんなに早いのか!?」
「普通は数日かかるが……俺にはこいつがあってな」
アイザックは自虐的な笑みを浮かべるとカウンターに巨大な鍋を置いた。
「……これは?」
「俺が趣味で造った魔道具『料理先輩 ~ドキドキヤバヤバクッキング編~』だ。もう魔道具で食っていけるぐらい上達してるから性能は安心してくれ」
「ネーミングセンスどうにかなんなかったのかよ……で、効果は?」
「おう、みてろ~」
アイザックは楽しそうにクリームパイの材料を鍋に入れていく。その表情は理科実験をする時の小学生を思い出させる。
アイザックはクリームパイの材料を入れて蓋をする。そして次に蓋を開けると中にはクリームパイが完成した状態で入っていた。
「すげえ! マジかよ料理先輩ッ!」
「おお、良い反応じゃねえか……その表情を見てると本気で転職しようか悩むんだよな……店出すの大変だったんだけどな……」
フィリアの反応に喜び、その直後に悲しい表情を浮かべる。その不器用すぎる生き方にフィリアは若干同情したものの、料理先輩の興奮により一瞬で忘却した。
「肉じゃがって作れるか? クリームパイの後でいいんだが」
「にくじゃ、が? ああ、東洋の料理か。作れるぜ……多分」
そうしてフィリアはクリームパイ50個と夕食を手に入れた。
◇ ◇
翌日の昼休み、マルクスは教室で考え事をしていた。
マルクスはこの頃、知り合ったばかり少女を考えるようになっていた。その少女とは言わずもがなフィリアのことである。
自分を身分差関係なく、罵倒し、玉を蹴り上げてくれた少女。
「(僕はどうして、彼女のことばかり考えるようになったんだろう……)」
これは恋なのだろうか、とマルクスは独り黄昏るようになっていた。そんな時、件の少女……フィリアが自分の傍にやってきた。
「ねえ……マルクス、くん。あたし、マルクスくんに用事があるんだけど……いい、かな?」
明らかなる媚びボイス、それを放ち傍に寄るフィリア(怖い)。この時のマルクスには少女の後ろにドス黒いオーラが見えたと後に証言している。
「!? ……あ、ああ、いいよ(……不思議だ、女の子っぽい仕草なのに恐怖すら感じる)」
「じゃあ、さ……人気の少ない訓練場の裏とか、どうかな」
恥ずかしそうに、けれども頬は一切染めずに人気のない場所にマルクスを誘うフィリア。
男と女、女が男を呼び出す、訓練場の裏――――普通ならば告白だと考えるだろう。しかしマルクスの中の危険信号が鳴り響いていた。
――――行くな、死ぬぞ。と
「え……なんで人気が少ないところ……?(怖い怖い怖い怖い)」
「いいから……いこ?( )」
難聴系主人公、という言葉を知っているだろうか。
全男性の敵、地獄など生温いほどの罰、魔女裁判不回避――――様々な名称で呼ばれるものの全てが一貫している点があるとすれば、それは見ている男が殺意を抱くことだろう。
このマルクス・ラグナードという男も物語などを読んでいていつも殺意を抱いていた。
――――こんな男には絶対にならない、と。
しかしマルクスは今、この瞬間、難聴系主人公を羨ましく思ってしまう。
『いいから……いこ? ――――地獄が待っているから、さ』
小声だったものの、間違いなくそう聞こえたのだ。
「……………………」
マルクスは深呼吸をした。一度、心を落ち着かせるためだった。そして若干の余裕を取り戻したマルクスは笑顔でフィリアに問いかけた。
「え、今なんか言った? 俺、難聴系主人公なんだ」
「ううん、なんでもないよ。じゃあいこっか」
マルクスは再び余裕を失った。
聞き間違いでありたい、もしくは難聴系主人公に土下座でもするから聞き逃したことにしてください。と内心で懇願するも虚しくも答えは返ってこず、マルクスはこの場を逃れるために一言だけ呟いた。
「……おもしれー、おん、な」
【マルクス:好感度8】←プラマイ0
◇ ◇
「リザリッド様、私はこれから何をされるのでしょうか」
訓練場の裏で二人の男女が対峙していた。片方は笑顔、もう片方は口から涎を垂らしている。
言わずもがな前者がフィリアで後者がマルクスである。
マルクスは先程よりもかなりの余裕を取り戻していた。それと同時に正気を失っているが、大した問題ではないだろう。
「(そうだよ、そもそも騎士団長であり子爵である父上の息子の僕に酷いことなんてするはずないじゃないか。先日のはきっと緊張していたのだろう……うん、大丈夫。大丈夫、だ)」
それは明らかに自己暗示だったが、今のマルクスには必要不可欠なモノだった。何故ならこれから来る恐怖は快楽に変えなくては耐えられない可能性があったからだ。
「実はあたし……マルクスくんにプレゼントしたいものがあるの」
「え……!(ほらーー!! 来たよこれこれ! 昨日のお詫びも込めてだよね!? きっとプレゼントはわ・た・しのパターンだッ!!)」
【マルクス:好感度15】
自己暗示によりマルクスはハイになっていた。これならば暴力だろうが罵倒だろうが全て『ぶひぃ!』の一言で好感度に変えられるだろう。そう信じているし、事実として今のマルクスならばそれは可能である。
「はい、クリームパイっ♪(歪)」
「――――え」
【マルクス:好感度14】←好感度1下がってる。
クリームパイを出され、マルクスの好感度が下がる。そう、これこそがフィリアの狙いであり秘策だ。
フィリアが見付けたマルクスの弱点、それは『甘いものが苦手』というものである。
やっていることは完全にイジメっ子のそれだが、それだけしなければマルクス(ドM)には勝利出来ないと予測したのだ。
その予想は実際に当たっているし、これ以外の方法を行った場合は全て好感度に変換されていただろう。
「どうしたんですか? あたしの手作り料理なんです(大嘘)、マルクスくんに喜んで欲しくて……はい、あーん」
「ちょ、ち、ちかい……顔に当たる顔に当たるからってか当たって――――」
【マルクス:好感度10】←好感度4下がってる
「ごほッ、あ、あまいものは……ぼ、く」
「あらあら? マルクスくんは、ご主人様の愛情籠った料理が食べられないというの? 面白い冗談言うのね」
「ぶひぃ! 滅相もございません女王様」
有無を言わせぬフィリアの笑みにより、美形の騎士は醜い豚へと成り下がった。これこそがフィリア流爆破術式奥義|終焉を告げる、我が願うは栄光の零落である。
【マルクス:好――】
【マルクス:従順度1129】
「表示が……変わった!?」
好感度が従順度に変えられている。それは即ち好感度を上げることが出来なくなったことを意味する。
「ええと……これで、マルクスルートは破壊……でいいのか?」
「女王様! 僕を踏んでください! あッーー」
名前:マルクス
属性:醜い豚
明日は更新休みます。
【理由】
更新するのをPV数が一番多かった時間に設定するので、情報を集めるために一日ほど時間が欲しいから。
ご理解して頂けると嬉しいです。
評価を入れて頂けると幸いです。
1点や2点でも入れていただけると嬉しいです。作者の心が軋む程度ですので正直な評価をしてください。
感想で『つまらない』などのコメントをする場合は『具体的な理由』を述べていただければまだ考えていない部分(二章以降)に影響するかもしれません。