十三話、親になるという意味
お前がママになるんだよ!
想い人を救いたい、それは素晴らしい感情だ。
魔王に囚われた姫を救う勇者の物語。それは子供が夢に見る素敵で残酷な物語。仮にその王道を進めるならば、その人生は素晴らしいものだったのだろう。
だが、現実は違う。
素晴らしい感情と素晴らしい人生は全くの別の物。素晴らしい感情を――――想い人を救いたい、という目的を達成するには間違いや悪行すら必要な時がある。
勿論、正しい行動だけを行い、正しく王道のみを歩み、囚われた姫を救えるならばこれに勝る物語はない。
だがそんなことを行えるのは物語の英雄様ぐらいなものなのだ。凡人がその道を歩むには眩しすぎる。
真っ当な努力を積み重ね、真っ当な行動のみを実行し、真っ当な選択を、ただの一度も間違えることなく進む。その道をちんたら進んでいたら凡人には想い人を救うことが出来ない。
何故ならそれは勇者にのみ許された道なのだから。
俺は凡人だ。本来、彼女を救うほどの力など持たない底辺なのだから。
けれども俺は救いたいと思った。夜空の星に手を伸ばすほど無謀な夢、それを理解した上で手を伸ばしたいと願った。
分不相応な願い、分不相応な目的。目指すは囚われた姫の奪還、渡されたカードは凡人の器と無謀な心。
その時点で王道は存在しない。それは選ばれた勇者の道だから。
ゆえに凡人は間違えた道を選ぶ。邪道であり、悪であると理解した上で凡人は進む。何故ならばこれは〝必要悪〟だからだ。
こうして凡人は醜く腐った邪竜へと姿を変える。地獄に堕ちようが構わない、もう一度あの子を、あの黄金を――――
◇ ◇
「(――――なんだァ? 今のは)」
フィリアはベットの上で目を覚ます。掌を頭上に掲げ、身体の状態を確認する。
身体に包帯がまかれているところを見ると応急処置をされていることが分かる。フィリアはすぐさま治癒魔法を発動し砕けた骨を治す。
「凡人、邪竜……? 何のことだ?」
夢を見ていたことを自覚し、朧気になり始めた夢の内容を口に呟き、記憶に留める。
けれども断片的な夢の中で現れた単語を口にするも、意味が理解できずに霧散する。そして自らの意識が覚醒し始め、現状の理解に脳を動かす。
「ここは……実家の宿の部屋か……?」
窓から外を眺めれば月が見える。そのことからフィリアは既に時刻は深夜であること理解する。
「(……ゴブリンキングが死んだのを確認してからの記憶がない……ということは気絶したってことか……?)」
フィリアは記憶が途絶える直前を思い出し、とりあえずの現状把握を済ませる。が、そこに当然の疑問が浮かび上がる。
――――自分を運んだのは誰だ?
「……? アメリア?」
上体を起こそうとし、自分の身体に掛かる微かな重みを自覚する。それはアメリアである。
ベットの隣で看病でもしていたのか、今は疲れ果てて眠っていた。
「(……このままじゃ風邪引くよな)」
フィリアはアメリアが目を覚まさないようにベットから抜け出すと、アメリアをそっと抱きかかえる。
自分のベットに寝かせ、ブラウスのボタンを二つ外して布団を被せる。
「(下着は見ない下着は見ない下着は見ない下着は見ない下着は見――――)」
現在、フィリアは女であるが中身は男のつもりなのだ。女になった影響で性欲が薄まったが、それでも男なりの矜持がある。
それが下着を見ずに布団を被せるというものである。
フィリアがアメリアの穏やかな寝顔を確認すると、ロビーへと向かう。宿の客は眠り、ロビーには一つの明かりだけが残っていた。
「そういえば討伐対象って他にもいたような……あ、親父」
「ゴブリン種を絶滅させるには……――――あ、フィーちゃん起きたんだね」
それはフィリアの父、レオンである。夜のため小声になっているが、その穏やかさは健在でフィリアが起きたことを無意味に慌て騒ぎなどの愚行はせず、安堵の息を吐いていた。
「アメリアちゃんのことなら寮母さんに説明しておいたから大丈夫だよ~」
「……心配かけた、よな。迷惑もかけちまったみたいで……」
いつの間にかハーヴェルさんからアメリアちゃん、という呼び方に変わっていることから何かしらがあったのだろうと理解する。
加えてレオンはアメリアちゃんが寮に説明に行った、ではなく〝アメリアちゃんのことを寮母さんに説明した〟と言ったことから迷惑をかけたのだろうと悟ったのだ。
レオンは申し訳なさそうな表情をするフィリアの頭を撫でる。
「子供は親に心配をかけるものだよ、それにあんまり大変でもなかったしね~。あ、お腹減ってない? 夜食あるけど」
フィリアはレオンの反応に驚いた。何故ならレオンは瘦せ我慢しておらず本気で〝あんまり大変ではなかった〟と答えていたのだ。
目の下にはクマがあり、苦労があったことが分かる。けれどもその上で大変ではなかったと答えた。
「……貰う」
「オッケー、ちょっと待っててね~」
身分が平民であるレオンが貴族が通う学園の寮に向かうなど、常識的に考えれば間違いなく大変だろう。警備への説明や、書類の記入などもあったはずである。
だがそれをレオンは本音で大変ではないと言ったのだ。これは体力や精神的なものではなく〝予想内の大変さ〟であるという意味であった。
「親父……親だね」
「え……今まで親じゃなかった……?」
レオンは子供の親という立場に真摯に向き合っていた。子供の親になる上で子供がどれだけ大変なことをしても、それに対して責任を取る、という心構えがあった。
「親父……」
「ん~?」
「あのさ、俺がもし……人として間違えた道を進んだらどうする?」
フィリアは自分でも知らぬ間に、その質問を投げ掛けていた。無意識のものであり、フィリアは質問した直後に我に返ると自分の行動に戸惑っていた。
「ん~、応援するかな~」
そして返ってきた答えは予想外のモノだった。親ならば正す、などと説教を垂れ流すであろう質問を応援すると返したのだ。
「え……?」
当然、その返答に困惑するフィリア。その様子にレオンは『え~なにその反応~』とやはりホンワカした様子だった。
「だってフィーちゃんが選んだ道なんでしょう?」
「……ああ」
質問の確認にフィリアは肯定する。
「フィーちゃんはそこまで頭が回らない子でもないからね~進むならその道が間違えた道だってことは理解してるはず。ならフィーちゃんは間違えたと理解した上でその道を選んだ……どう?」
レオンの言葉は的を得ていた。何から何までフィリアを理解し、その上で質問の意図を見抜いていた。
フィリアは戸惑いを隠せずにいる。その様子から『当たってるみたいだね~』とやはりホンワカした声で返す。
「それとね、フィーちゃんはそもそもの前提を勘違いしてるよ」
「えっ?」
「正しいっていうのは目的に達成するまでの道筋が破綻していないことだ。倫理観や正道なんかは僕からしたらメッキで出来た装飾品みたいなものさ、単純に意味がないゴミだよ。」
正道や倫理観など、所詮は飾りだ。
目的を達成できるなら何でもいい。正道や倫理観などに拘るなどは舐めたプレイにも程があるだろう。
「だからフィーちゃんは間違えてない。人として間違う? あはは、なにそれ?
いいかい? フィーちゃんはね、単純に正道から外れた道を歩いてるだけだ」
レオンはフィリアの頭の手を置く。フィリアは少しだけ恥ずかしさを覚え、誤魔化すようにホットミルクを飲んだ。
「正道から外れた道を世の中では邪道と呼ぶ……でもそれはフィーちゃんの個性のようなものさ。だから僕は応援するよ。
何度でも言うよ、フィーちゃんは……僕の娘は間違えない」
娘を理解している故に彼は間違えてないと断言できる。
「それにフィーちゃん、以前よりも生き生きしてるからね~。幼い頃からまるで大切なモノがすっぽり消えた感じだったのに、学園に通うようになる少し前の辺りから本来の自分を取り出したみたいになってるんだもんね~」
フィリアは幼い頃の記憶が曖昧である。十二歳より下の記憶が薄れ始めていた年齢でフィリアは前世の記憶を〝取り戻した〟
それにより十二歳より下の記憶が濃厚な前世の記憶と混ざり、印象が薄い幼少期の記憶がドンドン消えていったのだ。
「だから間違えた道を選んでも僕は自分の子供の決断を尊重するさ。子供が間違えた道を選んだのなら、それは僕の教育が原因だろうしね~」
――――何の意味もなく間違えた道を選ぶ子供に育てた覚えはない。間違えても責任は持つから己を突き通せ。
「親父……ひょっとして始めから、全部わかってた?」
質問の意図、フィリアの悩み、それらをレオンは始めから全て理解していたかのようにフィリアは思えたのだ。
ホンワカしているようで底が見えない、天然のようで全てを見通しているかのように思えて仕方ないのだ。
「ん~? 何のことかにゃ~」
「……いや、やっぱ何でもないや」
フィリアはそれ以上考えるのをやめた。何故なら理解していようがいまいがレオンの言葉は紛れもなく本気だった。
ならばこの問いに意味はない。そう考えフィリアは夜食を食べた。
この日、フィリアは気付くチャンスがあったのにも関わらず気付けなかった。アメリアの下着を見ないように配慮したからこそ、ソレに気付けなかった。
ソレは一日二日でのものではなく〝長期的に何度も何度も振るわれた暴力〟の証拠。
そう、フィリアは気付けなかった。
アメリアの服の下に大量のアザがあることに、気付けなかったのだ――――
評価を入れて頂けると幸いです。
1点や2点でも入れていただけると嬉しいです。作者の心が軋む程度ですので正直な評価をしてください。
感想で『つまらない』などのコメントをする場合は『具体的な理由』を述べていただければまだ考えていない部分(二章以降)に影響するかもしれません。




