灯火
25年目のあの日を迎えたK叔母に捧ぐ。
やかんのお茶がしゅんしゅんと湯気を立てている横で夫と息子の弁当を詰める。
午前五時半。いつものチャンネルを回すと、画面一杯にチラチラと揺れる灯が浮かび上がり、思わず手を止めた。
竹筒に灯るろうそくの火がゆらゆらと揺れている。
黒々とした人々の顔が明かりに照らされて仄白く浮かび上がる。皆一様に静かな瞳をして、ろうそくを灯してゆく。
ーあぁ、今年もあの日がー
二十五年前のあの日。
齢六十で散った叔母の柔らかく美しい笑顔が、ふわりと脳裏に浮かぶ。
あの日、あの朝。
早起きの叔母はいつものようにお茶を沸かし、弁当を作っていた。
誰しもが信じて疑わない日常が一瞬にして破られた日。
そして、現在。
二十五年目の今日をいつものように迎える私がいる。
あの時の叔母となんら変わりない日常の朝の風景をなぞる私がいる。
哀惜の念にとらわれて、ぼんやりと見ていたチラチラと揺れるろうそくの灯火の構図がふっと切り替わり、強く光り輝く文字が全面に映し出された。
ー1・17ー
画面左上に示される時刻は5:46を表示している。
私は静かに合掌し、黙祷していた。
日常に埋もれて記憶の奥に仕舞い込んでいた悲哀が胸に込み上げてくる。
ーどうか、叔母が安らかであらんことをー
私は閉じた瞼を震わせ、ただひたすらに鎮魂の祈りを捧げた。
つと顔を上げると、温かな叔母の眼差しが虚空に浮かびふっと消えた。
あの日から25年。気付けば、亡き叔母と同じ日常をなぞる私がいる。
当たり前に続く筈と信じていた日常が突然崩れたあの日。今も癒えない悲しみを抱えて遺された人々と逝ってしまった人々に少しでも光が射しますように。合掌。
ご一読ありがとうございました。
石田 幸