9話『僕の先にはいつでも』
美里の存在が僕をこの世界に生かしていた。
僕の毎日はすべて美里の為のものだった。
きっと昔、僕がまだ純粋だった時、美里を病気から助けてあげたかった。だからいい学校を出て、医者になりたいと願っていた。
僕の人生を決めたのも美里の存在だった。美里が死んでからの数か月は本当に虚無だった。けれど惰性で続けていた勉強だけはやけにはかどった。もう、絶対に救いたいと願った命は無いのに。
だから僕は、この国のどこかで、僕と同じように、愛してしまった誰かが抗いようのない病に罹っているなら救いたいと。そのことを目標にした。
今も時々、隣の家は、美里の部屋の電気はつく。奇妙に思えない。僕だって、そこに美里がいると信じている。だって、もうあの病室に『杉屋美里』と書かれていないから。
死んだと知っている自分、生きていると思っている自分。どちらも僕を留めるには必要な自分だ。
僕の家の空気も美里の家を占める空気といつの間にか同じものになっていた。
無事国立の高校に進学できた僕は結局ひとりだった。誰かの記憶に残ることも、誰かを記憶に残すことも、今の僕には怖かった。
そんなこと美里は望まないけど、美里が僕の中にあればそれが光で、十分だ。
それから僕はただひたすら勉強して医学部に進んだ。
高級車と家が買えてしまうような学費を父は何も言わず支援してくれた。父だけがこの家庭で変わらずにいてくれた。
それからも僕は変わらず、他の誰にも負けないほど努力を重ね、ストレートで卒業し、国家試験もなんとか乗り越え、研修生として経験を積み、また美里と過ごした病院に通うことになった。
二十代も終わりになった僕は今も美里と共に生きている。
これからも永遠に。
美里は僕の中であの時の笑顔のままそこに居た。
「ねぇ、先生」
ここまで読んでくださったユーザー皆さま、ありがとうございます。
挿絵を描いてくださった@Meari_42様ありがとうございます。