6話『雪降らないかな』
「雪、まだ降らないのかなぁ」
「降ると良いな。でもいつ降ってもおかしくないって。天気予報に出てたよ」
「ほんとうに? じゃぁ楽しみに待つよ」
外は信じられないほど寒いのに、この部屋は暖房でしっかり暖まっている。凍った関節が解けていく。
あれから僕は学校へ行っていない。けれど受験勉強は怠らない。
電子音の規則的な音がピと響く。隠しようも出来ないほど彼女は恥ずかしい姿になっていた。僕はそう思わないけど、彼女は僕に目隠しを強要してくるほど。つけるきはない。
せめて年越しまでは生きながらえさせようと、その機械が頑張っている。
気持ちばかりの小さなクリスマスツリーが気早いことに飾られている。
「サンタさん、今年は来るかなぁ」
「どうだろうな」
勿論彼女はサンタが親であることくらい知っている。小学三年生の頃に僕がネタばらしした。彼女の母はやはり未だ来ていないという。父はすでにそんな母と娘をおいて消えてしまったということを僕は僕の母から聞いた。何に対してなのか知らないけど怒っていた。
「何かほしいものとかあるの?」
「んー、雪」
「雪かぁ、さすがに僕の力じゃ及ばないな」
「えっ、りょうくんサンタさんになったの?」
「職業サンタか……」
「年三六五日休みだな」
「いやいや、きっと副業だから、三六五日連勤だよ」
「それは大変だ」
クスリというのがどれほど優れたものなのかは知らない。けれど辿々しい話し方はだいぶ改善された。けれど顔色が良くなったり、もう少し肉付きが良くなったり、ということはなかった。着実に死が迫っているのだと何度も訴える。
「そろそろ僕は帰るよ」
「うん。ありがとう今日も楽しかった」
「また明日も来るから」
「絶対?」
「絶対。心配なら約束でもするか?」
突き出した小さな小指を絡ませ約束。どうやら破ったら針をのませられるらしい。凄みを利かせた語調、多分本気だ。
病院から出ると非道なほどに冷たい風に晒される。空を覆う都会の明かりを含んだ灰色の分厚い雲。早く雪を降らせてと陰惨な空に、僕は願う。余命幾許もない少女の願いの一つくらい叶えてくれても良いだろう。
白の街灯に狭く照らされた道を歩いて電車に揺られ家に帰った。
お風呂を上がり、また母は聞く。
「どうだったの……今日は」
「今日もいつもと変わらず元気だったよ。きょうも楽しかったって」
彼女は今も笑顔で居るのか、知る術などない。どうして今更になってここまでどうしようもない思いを抱かないといけないのか。その手を抱きしめたい、その身体を抱きしめたい。
全てをここに留めておきたい。彼女と話したことを全て記録したい。
すべてが手遅れになる前に気付けて良かった。