動画サイトで呪いのビデオを見た結果
いつもどおり夜中に動画サイトを漁っていたら、「呪いのビデオ」というタイトルの動画を見つけた。
サムネイルは古びた井戸。
いやいや、今時こんなの流行らないでしょ。
鼻で笑いながらスマホの画面をタップする。こんな小さな画面からでは悪霊も出てこれないだろう。
動画が始まる。
暗い森をバックに、苔むし、ヒビの入った井戸が画面の中央にある。
井戸から真っ白な腕がバッと飛び出した。そしてゆっくりと井戸の縁に手をかける。
ほぅ、なかなか良い緩急のつけ方だ。
反対の手もゆっくりと井戸から現れ、縁を掴む。
予想どおり、ズッ……ズッ……と這い出してくる髪の長い女。真っ黒な髪に覆われて顔は見えない。
挙動は化け物じみていて良い感じだが、もう少し髪を乱したり、肌を青白くしたりしたほうがいいな。素人が作った動画だから、メイクとか衣装のクオリティはしょうがないか。ロケハンと彼女の演技力は素晴らしいからもったいない。
ホラー映画好きな俺は、上から目線で評価を下す。
そう、この時まで俺は余裕だった。
画面ぎりぎりまで這いずってきた彼女が顔を上げるまでは。
「っ!!」
彼女と目が合った瞬間、心臓が跳ね上がる。
下腹部から脳天まで、体の中を指でなぞられるような感覚。
なんだ、なんだこれは。これはもしかして、とんでもない動画だったのでは。
ぶつん。
スマホの画面が消えた。
俺は、何もしていないのに。
今だにうるさい心臓を落ち付けようと、息を深く吸う。そして、吐くことができなかった。
「イるよ」
耳元で、女の声。
「あなタの、ウしろ」
目を閉じることも、息を吐くことも、後ろを向くのを止めることもできない。
ぎこちないブリキの人形のように、俺は振り返った。
そして、俺の悲鳴が響く。
「かわいい!!!!!」
大きくぱっちりとしたおめめ。
それを縁取る、長く、カールしたまつ毛。
透き通るように白い肌。
淡い桜色の唇。
さらさらと流れる、黒々とした長髪。
儚げでいてなまめかしい首筋。
背徳感を誘う、着崩れた白い着物。
ほっそりした腕はまるで白魚のようだ。
しかし、幽霊である。そう、井戸から這い出して、俺の部屋に現れたのは、美女の霊だったのだ。
動画で彼女の顔が見えた時、なんて綺麗な人なんだとドキドキしてしまった。
しかし、当の本人は、俺に「かわいい!!!!!」と悲鳴を上げられてから、くしゃっと顔を歪め、部屋の隅でしくしく泣いている。
足が透けているから、たぶん本物の幽霊なんだけど、どうしよう。
「あ、あのー、泣かないでくださいよ」
「うぅ……慰め? まさか私を、慰めているの? 一生懸命呪いのビデオとか用意したにもかかわらず、全然怖がらずことができなかった上に、その相手から慰められるなんて……悪霊としてのメンツはボロボロですよ……ふぐぅ……私なんかじゃ、サダ先輩みたいにはなれないんだわ……」
整った愛らしい顔を残念な感じにひしゃげて、彼女はぶつぶつ言い続けている。
「どうして、どうしてこんなにぱっちり二重で、肌も唇も荒れてなくて、爪もぴかぴかで、血色のいい肌なの? 肌が白いのはいいのだけど、これじゃあ健康的すぎるわ。歯も白くて並びも整ってるから、笑顔も怖くならないし。何にもしてないのに、どうして私はこんなにかわいいの」
「なんか女子に嫌われそうなこと言ってる」
「どうして怖い見た目になれないの!? これじゃあ恨みを晴らせないぃ!!」
彼女は勝手に叫んでさめざめと泣く。
どうしよう。
塩かけるか? かわいい女の子に塩かけるのはちょっと抵抗あるんだけど。
とにかく話しかけてみるか。
「あの、そんなに悪霊っぽい感じしませんけど、何か恨みがあるんですか?」
「大有りよ!!」
うおっ、すごい勢いで食いついた。
潤んだ瞳が近い。振り返った動きでふわりと髪が広がった。
「私、結婚詐欺にあって、コツコツ貯めてきたお金全部取られて、多額の借金抱え込んで死んだのよ! だからこの世の男全員が憎いわ!」
「……同情はしますけど、男全員を憎まなくてもいいじゃないですか」
「ふんっ! 男なんて皆クズよ。胸ばっか見るし、女なんて利用できるだけ利用して使い捨てる道具と思ってるんだわ」
彼女はぷいっとそっぽを向く。
うっ、胸に視線がいってしまうのは言い訳できないな……。
「でも、皆が皆、女性を道具扱いするわけではないでしょう」
「それは……そうだけど……」
彼女がトーンダウンする。
良かった、まだ理性は残ってる。これで俺の意見も聞かずに逆ギレするようだったら、塩に頼らざるを得なかっただろう。
しかし話せば通じる。正しく諭せば、彼女を成仏させられるかもしれない。
俺は一つ提案をした。
「俺、協力しますから。あなたを死に追いやった結婚詐欺師を見つけ出して、恨みを……」
「無理よ」
沈んだ声で遮られる。彼女は顔を伏せたまま続けた。
「死んでから、五年くらいだったかしら……私から金を騙し取った男、見付けたの……ニュースでね」
「捕まったんですか?」
「いいえ、殺されたのよ」
「えっ」
「私と同じように騙された被害者に、復讐されたのよ」
暗い目で彼女は言う。
思い出した。数年前、ワイドショーを賑やかした事件だ。女性たちから金を巻き上げた悪辣詐欺師が、被害者に刺し殺されたと。
「正直、ちょっとスカッとはしたわ。でも、でもね……」
彼女の声に涙が混じる。
「私……私、騙されて、苦しんで、死んで、悪霊にまでなって……なのにっ! 一矢報いることもできなかった!! 私のこの気持ちは、一体どこにぶつけろっていうの!?」
怒りや、悲しみや、やりきれなさ。
溢れる感情がぐしゃぐしゃに混ざり合った悲痛な声。
どうして被害者である彼女が、こんなにも苦しまなくてはならないのだろう。
彼女のそばに膝をつき、手を伸ばす。背を撫でようとした手はすり抜けてしまった。
「辛いですね……」
「あんたにっ、何が分かんのよ……」
彼女は嗚咽をあげながら言う。
震えながら体を縮こめる姿は、幼い少女のようだった。
「俺、あなたは悪霊なんかじゃないと思います」
彼女が鼻をすすりながら、腫れた目をこちらに向ける。
現れてから、ずっとこの人は泣いてばかりだ。笑って欲しい、少しでも安らかな気持ちになって欲しい、そんな気持ちを込めて笑いかける。
「だって、こんなに綺麗な悪霊がいるわけない」
彼女はちょっと目を見開いて、すぐに体育座りの中に顔を隠した。くぐもった声がする。
「口説いてるの?」
「はは、そうかもしれません」
冗談を言ったら、目元だけ出して睨まれた。拗ねちゃったかな。
「あなたの名前、教えてくれませんか」
彼女の視線はしばし迷って……でも最後には俺の目を見て、答えた。
「めい……岩間、めい」
「めいさんですね」
コクリと頷く。その様子は、巣穴にこもる小動物のようで、やはりかわいい。
ホラー映画では、幽霊の見た目は中身に左右される。人を呪い殺す悪霊ならば醜く、人を守る守護霊ならば美しく神々しい。
彼女は、行き場のない思いを何年も抱えてこの世をさまよっていたのに、とても綺麗な見た目をしている。話していた感触としても、普通の人だ。
辛い目にあって亡くなってしまって、その上で何年も苦しんでいるなんて、そんなの理不尽じゃないか。
だから、助けたい。
「俺に、めいさんが成仏するお手伝いをさせてください」
めいさんの瞳が揺れる。
何を言っているんだと思われたかもしれない。男なんて信用ならないと感じるかもしれない。
俺は、じっとめいさんの答えを待った。
そっと膝の上で組まれていた手が解かれ、恐る恐る俺の方へ伸びる。
触れられないけど、俺はその手を包み込んだ。柔らかそうな、小さな手。
「よろしく、お願いします」
「はい」
助けたい理由は、もう一つある。
俺はめいさんに、すっかり一目惚れしてしまったのだ。