たい焼き 2
前に書いた「たい焼き」の続き?その後みたいなやつです!
町中がクリスマス一色に染って、うるさいほどにクリスマスの定番曲があちこちで聞こえる。学校終わりの学生カップルがクリスマスプレゼントのことを話しながらゆったりと話している横を足早に歩き、いつものたい焼き屋に行く。ガラガラと引き戸を開けるといつもの褐色の肌に白いあごひげを生やしたおじさんともう1人女の店員さんがいた。
「おっ、いらっしゃい!」
「いらっしゃいませ。」
「おじさん小倉と抹茶ひとつずつ。」
「おう!いつも通りだな!280円だ!」
財布から280円を取りだし、買ったばかりらしい長方形の青いカルトンにお金をおく。
「ぴったしだな!6分だ!」
「はい。」
レシートを受け取り、店内にある椅子に座る。奥にいる女の店員さんがたい焼きを作り始め、おじさんはポップ作りをしていた。
「おじさん。」
「ん?なんだ?」
「奥の…女の人は新しいバイトさん?」
「ん?あ〜!この人は俺の奥さんだ!」
「えっ!?」
「べっぴんさんやろ!この前結婚して、たい焼き屋を手伝ってくれてるんよ!これとか買った方がいいとかポップつけたらええんじゃないかとかアドバイスくれたりするくらいしっかり者やのに俺の5つしたなんてほんまいい子貰ったわ〜!」
右手にカルトン、左手に作りかけのポップを持ってそう熱弁するおじさん。
「へぇ〜そういやおじさんって何歳なん?」
「俺?32やで?」
「えっ!?おじさん32やったん!?」
「そうやぞ!何歳やと思ってたん。」
「体型とか白い顎髭とか見て勝手に50くらいかと思ってた…」
「えぇ!?そう見える?」
「うん。」
「まじかぁ…この髭は染めとんよ!体型は昔柔道してたからかな〜」
「そうなんだ…」
おじさんは顎髭を触りながらたい焼きを作っている奥さんに「白は老けて見える?」と話していた。奥さんは焼きあがったたい焼きのはねをハサミで切りながらふふふと笑い「そんなことないよ」と言っている。おじさんはそう?と出来上がったたい焼きをスタンプを押した紙袋に入れる。
「小倉と抹茶できたぞ!」
「ありがとうございます。」
「気おつけて帰れよ!」
「はい。」
ぺこりと会釈をしてたい焼き屋を出る。
たい焼きの入った紙袋を片手にさきのいる病院に早足で向かう。
通い慣れたさきのいる病室までの道のりを早足で進む。ドアの前で乱れた呼吸を整えノックする。返事はない。そーっとドアを開け中に入る。
「さき。」
ベッドの上で座っているさきがこちらを向く。にっこりと笑っているさきは初めて目を覚ました時よりも顔色が良くなっている。頭や手首に巻かれた包帯は着いたままだがそれでも起き上がれるまでには回復した。
「さき、さきの好きなたい焼き買ってきたぞ。」
そういうとさきは手を口に当てびっくりしたようなジェスチャーをして目を輝かせている。
「ほら、さきの好きな『猫のたい焼き』の小倉。」
紙袋から小倉たい焼きを取り出し先に渡す。さきは包帯やガーゼのついた手で受け取った。目を輝かせ、嬉しそうにたい焼きを見ている。体の怪我や声が出なくなってしまったのを除けば前と全く変わらないいつものさきだ。さきはたい焼きを食べようとして何かに気づいたようにハッとしてたい焼きを持っていないもう片方の手でサイドテーブルに置いてある財布を手に取る。
「お金はいいよ。さきが寝てる間も勝手に買ってきてたし、あのたい焼きがどうなったのかは知らないけどね。」
笑いながらそういうとさきは少し申し訳なさそうにした。
「まぁまぁ、たい焼き冷めちゃうから食べよ?」
そういうとさきは首を縦に振り、たい焼きの頭をぱくりと食べる。嬉しそうにたい焼きを食べている。そんなさきを見ながら自分も抹茶たい焼きにかぶりつく。
食べ終わるとさきは近くに置いてある筆談用のペンとノートを使って『ありがとう。美味しかった!』と教えてくれた。
「喜んでくれてよかった。」
『治ったらたい焼き奢ってあげる!入院してる間買ってくれたたい焼き分奢ってあげる!』
「おっ、楽しみにしてるよ。」
『うん!』
「筆談、大変だろ?まだ腕も怪我してるんだし無理しなくていいよ。」
そういうとさきはコクリと頷き、さっき書いた『ありがとう』を指さし笑った。
「あっ、そうだ。あのさ、渡したいものがあるんだけど。」
そういうとさきは首をかしげる。バッグの中から包装された小さめの箱を取りだした。
「こ、これ…」
さきは箱を受け取り、リボンをとき、箱を開けた。箱の中には水色を基調としたバンスクリップが入っていた。さきはそれを手に取り不思議そうに見ている。
「寝てる間に伸びちゃった髪をとめれるかなって思って…さきに似合うと思ったんだ…あっ、でも、要らなかったら捨てていいからね!俺、センスないし…彼氏でもないのに…気分を害したらごめんね!」
そう慌てながら言うとさきは筆談用のノートに『捨てるなんてしないよ!すごく可愛い!私水色好きだし、たっちゃんの選んでくれたやつだからなおさら捨てたくないよ!大事にする!ありがとう!』と急いで書いて見せてくれた。
「ほんと?良かった…」
さきがほっとしたようにノートを机の上に戻し、髪留めを両手で持って嬉しそうにしている。もう、玉砕覚悟で言ってしまおうか…でも、さきとはこのままでもいいんじゃないか…そう心の中で葛藤していると自分が険しい顔でもしていたのかさきの冷たいけど少し暖かい指先が頬に触れる。さきのほうを見ると心配そうにしている。そんなさきを見ていると涙が溢れそうになる。もう言ってしまおう。
「さき。」
さきは首を傾げる。
「俺さ、さきのことが好きなんだ。」
そういうとさきはびっくりしている。声が出るなら「えっ」って言いそうな顔をしている。
「俺の事どうとも思ってなかったら気持ち悪いかもしれないけど…俺は、さきが好きだ。付き合って欲しい。」
さきは髪留めを持ったまま口を手で覆うと、俺の膝に手を当て何か言おうとした。だが声は出ていない。
「の、ノート使って。ゆっくりでいいから。」
そう伝えるとハッとしたようにノートに文を書き始めた。
『私はもう声が出ないよ?まともに会話が出来ないし、電話も出来ないし、もしかしたら腕とかもあんまり動かせないかもしれないよ?』
そう書いて見せてくる。でも、答えは変わらない。
「声が出なくても、腕があんまり動かせなくてもさきはさきだ。俺の好きなさき。どんなさきでも俺は好きだよ。」
そういうとさきは目から涙を流しながらノートにまた文を書き始めた。
『いいの?本当に?』
「あぁ。本当だよ。」
そういうとさきは俺の手をぎゅっと握る。泣いているのに笑顔で耳まで真っ赤になっている。
「へ、返事は…?おっけーでいいの?」
そう聞くとさきは首を縦に何回も振った。
「や、やった!」
さきは口をパクパクとさせ、何かを伝えようとしている。
「ほ、ほら」
ノートとペンを取り、さきの前に持ってくる。
『ありがとう、ずっと前から好きだったの、事故にあってから週5くらいでたい焼きを置いていく誰かがいるって起きてからお母さんに聞いてたっちゃんだと思った。大好きなたっちゃんがたい焼き持ってお見舞いに来てるって思ってすっごく嬉しかった。』
そう書いて、さきは俺に抱きつく。ギューッと弱々しくも力強く抱きしめてくれた。
帰らないといけない時間になり、バッグに荷物を詰める。さきは少し寂しそうにしていた。
「そんなに寂しそうな顔しないで?大丈夫。また明日も会いに来るから。」
そういうとさきは嬉しそうに笑った。バイバイと手を振って病室から出る。すたすたと歩いて廊下を歩いているとさきを担当している石田先生がいた。たい焼きを持ってくる許可をくれた人だ。
「石田先生。」
「あっ、西倉さんのお友達の。」
「あの、さきの声って…治るんですか?」
「あぁ…まだわからないが治るとは思う。」
「本当ですか!?」
「あぁ。でも、まだ確証がないからな…でも、声帯には異常はなかったから治ると思うよ。」
「良かった…」
「もうくらいから気おつけて帰ってね。」
「はい。ありがとうございます。」
石田先生に会釈してその日は帰った。
「さきとまた話せるんだな。」
思わず口角が上がってしまう。これから頑張ってさきを支えよう。そう心に決めた。