第8話 降竜の儀式
竜騎士候補生全員がコロシアム中央で立ち止まると、降竜の儀式が始まった。壮大な音楽が鳴り響き、それが終わると国の最高司祭が長々と詠唱を始める、そして候補生一人一人に竜を召喚するのだ。
「竜騎士候補生ソルト、前に!」
「ハイ!」
緊張した面持ちでソルトが一歩前に出る、彼が候補生の最初の人間になるのには訳がある。彼の竜のエンブレムが一番小さいのだ、最初に一番大きい竜が現れた場合、それ以後の竜が見劣りしてしまうのを避けるために何時からかエンブレムが小さい順に儀式が行われる様になったのだった。
「異世界より来たれ! 栄光の龍の帝国へ降臨せよ!」
ソルトの目の前に3m程の魔法陣が現れ、ゆっくりと竜が魔法陣から現れてくる。最初に頭、そして徐々に体が浮き上がって来る。予想通り走竜が降臨したようだった。それを見た観客は拍手で竜とソルトを祝福した。そして緊張をした顔をしていたソルトがほっとした顔をした、万が一竜が来なかったら物凄く気まずい事になるのだ。こうして彼は体高3メートルの走竜のパートナーと成った。
次は男爵の長男のミラー、彼のエンブレムも走竜だったのだがソルトのエンブレムよりも少し大きかったのでソルトの後になった。予想ではソルトの竜よりも少し大きな走竜が降臨するだろうと言う事だった。
そして彼もソルトと同様、少し大きめの走竜が現れパートナーと成った。観客からは走竜のサイズが普通のサイズよりも大きかったので盛大な拍手が湧き上がった。竜のサイズと戦闘力は大体一致するので大きな竜ほど歓迎されるのだ、ミラーも盛大な拍手を受けてホッとした様な表情を見せていた。彼の家は男爵家なので儀式で失敗などは許されないのだった。
そして3人目の竜騎士候補生のレイン、彼女の竜のエンブレムは他人とは違って珍しいものだ。彼女の胸に有るエンブレムは小型だが羽を広げた様に見えるエンブレムなのだ。此れは主に空を飛ぶ竜に見られる特徴だった。予想では帝国に7体居る飛竜、劣化竜とも言われるワイバーンではないかと言われていた。そしてブレス攻撃が出来ない為に劣化竜と言われているが、小柄な人間なら載せて飛ぶことが出来るワイバーンは非常に貴重な竜だった。偵察や連絡に使えば馬など比べ物に成らない程役に立つからだ、ワイバーンは走る竜よりも有益なので、給料も高く、出世もしやすい竜なのだ。
「レイン候補生、前に!」
「はい! 司祭様」
期待の新人レインが一歩前に出ると呪文の詠唱が始まった。司祭が詠唱を始めると、走竜とは違い地面の上ではなく空中に魔法陣が現れた。そしてその大きさが5m程に成った時にワイバーンが出現する。体の大きさは3m程だが羽を広げると10m程ある中型の竜だった。観衆はこれを見て大喜びだった、ワイバーンは帝国の戦力アップに重要な役を担うのだ。
レインはワイバーンを得て得意満面だった、これで彼女は竜騎士の中でも重要な地位に付けるのだ、死ななければ一生安泰なのだ。最も偵察や連絡はかなりハードな任務なので危険も走竜よりも大きいのだった。まあ、物事には良い所ろばかりじゃ無いって事だ。
そして期待の新人ジョナサン、彼のエンブレムは色付き、それも彼の父親の騎士団長と同じ赤い色。彼の竜は火竜ではないかと予想されていた。火竜は非常に強力な竜で、そのブレスは一撃で兵士100名をなぎ払い魔物を焼き払う。帝国でも王の持つ白竜の次に強い竜なのだ。
「ジョナサン候補生、前に!」
「はい! 司祭様」
ジョナサンの呪文の詠唱には司祭の他に助祭が2名付いた、彼のエンブレムは肩に有るのだが普通のエンブレムより大きい為に召喚する為の魔力が多く必要だと予想されていたのだ。
3名による呪文の詠唱により地上に巨大な魔法陣が現れる、直径10mの赤い魔法陣。そこから徐々に巨大な頭が現れる、予想通り赤い肌を持つ赤竜だった。頭に立派な1本の角が生え、体高10mの巨大な竜。羽を広げると20mにもなり空も飛べる間違いなく強力な竜だった。
その巨大さと威圧感に観衆は狂気して狂った様に拍手と喝采を送った。ジョナサンや国王、そしてジョナサンの父親の騎士団長も満足そうだった。
そして最後がシュガー、彼のエンブレムは背中一杯に広がる巨大な紋章。それは真っ黒で非常に複雑な模様から出来ており翼を広げてる様にも見える、今までの竜の紋章とは余りに大きさも形も違っていた。どんな竜が出てくるのか誰にも予想がつかないエンブレムだった。だがその紋章の大きさから、巨大な竜が召喚されると予想されていたのだった。
「シュガー候補生、前に!」
「はい! 司祭様」
今度の召喚は司祭と助祭だけでは魔力が足らないと思われていたので、僧侶やシスターがゾロゾロ集まってきた、約100名による合唱召喚魔法でシュガーの龍を召喚しようとしていた。
そして100名による長々とした呪文を唱え始めると、空中に巨大な魔法陣が出現してくる。それはコロシアムを覆う程の巨大なもので、禍々しい黒い複雑な魔法陣だった。
「何だアレは!」
「大丈夫なのか!」
「何か嫌な感じがする!」
巨大で禍々しい魔法陣を見て観衆や司祭は嫌な感じがしていた、その魔法陣は人々に強烈な恐怖心を感じされるものだったのだ。呼び出された竜達も怯えて落ち着きを無くしている程だ。詠唱している司祭達は途中で詠唱を破棄したかったが、大事な帝国の儀式なので途中で辞めるわけにもいかず、やけくそで詠唱を続けた。そして誰よりも長い詠唱が終わるとそれは現れた。魔法陣の中心からゴマ粒の様に小さくて黒いものがシュガーに向かって落ちてくる。
「なんじゃこれ?」
「キュ~ゥ!!」
黒くてまん丸で太った鶏みたいなものがシュガーの頭の上に乗った。どうやらこれがシュガーの龍の様だ。それを見て観衆は複雑な顔をしていた、喜んで良いのか怒った方が良いのか良く分からないのだ。何せどう見ても龍に見えない、黒い太った鶏にしか見えないものが呼び出されたののだから。
「ワハハハ~!! 何だあの鶏は! 竜では無いではないか!」
「「「「「「ワハハハ~!!!!」」」」」
その時、観客の中にいた公爵がシュガーの頭の上に乗っているモノを見て大笑いした。そして観衆もそれに釣られてシュガーとその頭に乗っている黒いモノを指差し大笑いを始めたのだった。
大笑いされている当のシュガーは、口元が釣り上がり顔が真っ赤に成っていた。普通の人間なら恥ずかしくて赤面している所だがシュガーは普通では無い。
「おい! ヤバイ、シュガーを止めろ!」
「うわ! あれはヤバイ! マジギレしてる」
「シュガーやめろ! 相手は公爵だぞ!」
「シュガー止まれ、式典の最中だぞ」
笑われて大人しくしている様な男ではないし、大事な自分の相棒を馬鹿にされて笑って居るほど臆病でもないシュガーはマジギレしていた。相手が公爵だろうが国王だろうが遠慮などする男ではない、なにせ彼はナチュラルに空気を読まない漢の中の漢なのだ。
そして4人目までは大成功だった降龍の儀式は大失敗におわった。シュガーが公爵を殴り飛ばし、止めに入った親衛隊をぶちのめし多数の怪我人を出したのだ。ここで死者が出なかったのは、不幸中の幸いで、シュガーが一応手加減をしていた為と司祭が大勢いて必死で回復魔法を掛けた為であった。
そしてシュガーは龍を得た初日に牢屋にぶち込まれる事になった、帝国史上初の竜騎士初日での牢屋直行で有った。