第七話「桜花〜妖討伐恋列伝〜」
「つばき……っ、椿っ!」
おぼろげな意識の中、私を呼ぶ声が聞こえた。
ゆっくり瞼を開けると、目の前には心配そうに私の名前を呼ぶ紫白の顔がある。
「ああ……、良かった、目が覚めたんですね! 貴方、やっぱり熱があったんですよ! すみません、僕が付いていながら、こんなことになるなんて」
そう言って、私に勢いよく抱きつこうとする紫白を、黒髪の男性が引き止めた。
「ここは……?」
ぼんやりと辺りを見回すと、畳に障子の純和室が目に入る。
既に、家の中に上げてもらったらしい。
ついでに言うと、私は今ふかふかの布団の上だ。
「椿ちゃん、というのかな? ここは、 儂の家だ。お前は、玄関先で倒れたのだよ。相当疲れが溜まっていたらしい。少し熱もあるようだから、治るまで、ここでゆっくり休みなさい。儂たちは、何か栄養のある物を買ってくる故」
「福兵衛、離して下さい! 何で僕も一緒に行かなきゃならないんですか。僕はここで、椿と一緒にいるんです〜!!」
「馬鹿者。お前が側にいると、休まるものも休まらぬだろうが。寧ろ、悪化するかもしれぬ。出るぞ」
福兵衛は暴れる紫白の首根っこを掴み、有無を言わさぬ笑顔でそう言った後、
「嗚呼、済まないお嬢さん。自己紹介がまだだったな、俺は山田 福兵衛と言う。気軽に福ちゃんとでも呼んでくれ」
こちらに向かって、茶目っ気たっぷりにウィンクを決めた。
「訳が分かりません。僕が看病した方が、治りが早いに決まってます!」
紫白はなおも、抗議していたが、福兵衛は私に、「では、ゆっくり休めよ」と言い残し、そのまま紫白を引きずって去って行った。
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熱があるらしいが、一度目が覚めれば意識はクリアになっていた。
私は静かになった部屋で、1人物思いにふける。
桜花〜妖討伐恋列伝〜、通称"桜花"
それが、私が思い出したこの世界を模したゲームの名前だ。
"桜花"は、ある日、『世の中に災いを招く妖達を討伐せよ』と神託と神ノ劔を授かった巫女「桜華」が、妖退治の旅の中で、従者である攻略対象達と恋を育んでいく、和風恋愛アドベンチャーゲームである。
このゲームの面白いところは、アドベンチャーゲームでありながら、戦闘システムにもこだわっているところ。
ラーニングシステムを採用し、敵の技を受けると術を覚えたり、敵を倒した時のポイントを使って技を覚えるなど、RPGに近いバトルを行うことができる。
また、選択肢だけでなく、戦闘状況によってもルートが分岐する。
行動次第では、誰とも恋愛せずに一人旅することもできるし、逆ハーパーティーや好きなキャラ二、三人のみで構成されたパーティーで旅するなんてことも可能。
もちろん、一途に一人のキャラと旅をすれば、濃厚な恋愛シナリオを読むことができた。
そんなやり込み要素のため、マンネリ化した乙女ゲーム業界に新風を巻き起こしたと人気のゲームだった。
攻略対象は四人と隠しキャラが一人。
一人目は、主人公が巫女を勤める神社の跡取り息子にして、幼馴染。
クール系イケメンの『右京』
主に呪具や呪符を駆使して戦う。
口下手だが、主人公のことをいつも気にかける優しい青年だ。
二人目は主人公の兄貴分にして、村長の息子、2人目の幼馴染。
熱血系イケメンの『伊吹』
主に体術や刀で戦う。
ガタイの良いお兄さんだが、可愛いもの好きの一面あり。
三人目は都の人気歌舞伎役者にして、お色気担当。
ナンパ系イケメンの『音次郎』
彼は色香を駆使した、戦術を得意としていた。
大の男嫌いで、都一の女好き。
四人目は忍者の家系の次期当主、飄々とした憎めない奴。
ショタ系イケメンの『忍』
唯一の裏切者枠。
彼は依頼として主人公の抹殺命令を受けているため、彼に関わると高確率で主人公が死ぬ。
得意武器は暗器。
そして、最後に五人目の隠しキャラ。
私が、このゲームに関する記憶を思い出すきっかけを作った人物。
妖怪の総大将、ぬらりひょんこと『山田福兵衛』
彼のルートは、隠されているだけあって、通常プレイではまず辿り着けない。
公式サイトでも、立ち絵すら出さない徹底ぶりで、キャラの存在すら知らない人もいる。
そんな、彼のルートに入る条件は、《戦闘行為を行わないこと》である。
少し場所を移動すれば、馬鹿みたいに妖が出てくるこのゲームで、戦わずに逃げ続けることはかなり難しい。
下手をすると、主人公死亡バッドENDになってしまう。
しかも、万が一、他の攻略対象の助太刀で、一発攻撃が入っただけでも、戦闘したと見なされ、即ルートへの道が途絶える。
そのため、一人旅推奨。
ルートに入っても、戦ってはいけない。
戦うと好感度が下がる。
だって、彼自身が妖怪だからね。
主人公は妖怪討伐の使命と妖怪との恋の板挟みに合うが、最後は、悪事を働く妖怪の親玉『妖狐』さえ倒せば、世界は平和になるし、害のない、ぬらりひょんとの恋愛もOK、と結論付ける。
そして、レベリングできてないのに、初戦ラスボス、単騎出陣を決行することになるのだ。
いや無理だよ、死ぬわ。
制作陣何考えてんの?
あと、結論も、やたら強引にこじつけてない?
そこは、妖怪を殺されたくない福兵衛に合わせて、最後まで、妖怪を殺さない選択をして欲しかった。
どんだけ、妖狐殺したいんだ……。
妖狐生存ルートをください!!
あの時、私は、画面の前で叫んだ覚えがある。
しかし、ここまで来たら最後までやってやると、妖狐に状態異常、自分に強化をかけまくり、死んだらロードを繰り返し、最後は運で、何とかクリアした。
討伐後、主人公を迎える福兵衛の悲しそうな顔ときたら……。
やり終えた後、これのどこかハッピーENDだよ!
絶対、主人公の選択ミスだろって、叫ばざるを得なかった。
さて、皆さん覚えているだろうか?
私が冒頭、具体的に言うと第二話で語った、「どんだけ頑張っても、最後には必ず妖狐討伐をする乙女ゲーム」それが、これだ。
え? 初めて紫白を見た時、なんで気づかなかったのって?
古今東西、妖狐が出る話は山の様にある。
"桜花"内で、妖狐は人型にならないし、紫白よりも巨大な狐だった。
なので、私はこじんまりした、狐型紫白を見ても"桜花"の狐だと気づけなかった。
この世界にも、九尾っているんだな、程度の認識だったのだ。
しかし、ゲームの情報を詳細に思い出した今、紫白の特徴と作中の妖狐の特徴が、余りにも一致していることに気づいてしまった。
なにが、どうなって、あんな優しい狐が、悪の親玉扱いされることになるかは、分からない。
ただ、この世界が、ゲームの世界である以上、避けては通れない事案なのかもしれなかった。
念のため、後で巨大妖狐になれるのか、紫白に確認しようと思う。
そして、最後に、私のことだ。
私、こと椿は、ゲーム中盤のボスキャラ。
名前は『川辺の彷徨える亡霊』所謂、中ボスだ。
長い黒髪に紅色の瞳、幽霊にしては可愛らしいその外見が意外で、記憶に残っている。
この亡霊との戦闘は、福兵衛ルート以外で、妖怪討伐をこなしていると、必ずイベントとして発生する。
確か、旅の途中で、村人から「近くの川に、最近死んだ筈の幼子の霊がでる。怖くて近寄れないので、助けて欲しい」と依頼されるのだ。
しかし、この亡霊は攻撃しなければ向こうから襲って来ることはない。
逃げようと思えば、逃げられる相手なのだが、逃げると依頼失敗と見なされ、主人公の評判が下がる。
ハッピーENDのためには、攻略対象や世間の評判を上げないといけない。
そのため、実質強制討伐対象なのである。
ゲーム中では、主人公自慢の剣でばっさばっさ倒してたけどさ……本当にその幼女は死んでいたのか?
私があの山に留まり続ける、あるいは、死んで幽霊になった後の結末が分かって、鳥肌がたった。
そして、絶望した。
このまま、のほほんと暮らしていたら、遅かれ早かれ、紫白諸共殺されてしまう。
川辺から離れたからといって、楽観視はできない。
人の噂は恐ろしいスピードで広まるのだ。
万が一、私を知る村人に発見された場合、
「死んだはずの幼女が、街まで出てきている!怨霊に違いない、危険だ!」ってなって、街から永遠に追放されるのだ。
討伐と称した、ヒロインによる殺人に合って。
うおーーー!! 嫌だ!
前世の人生も大概短かったのに、今世はもっと短いとか、断固拒否! まだ死にたくないよ、今度こそ寿命を全うさせてくれ!!
せっかく霊力なんてもの授かって、そのまま生きれば数百年生きるのも夢じゃないらしいのに!
それに、私を沢山助けてくれた紫白を、見殺しには出来ない。
私は、したくない。
だから、私は考えた。
私と紫白が、生き残るための生存戦略を。




