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第四十八話「椿と桜華」


「椿ちゃんなら、来てくれると思っていたの。会えて嬉しいわ」


 妖艶に微笑んだ桜華を見て、一歩後ずさる。 

 知らず、水刀を握る手に力がこもった。

 桜華はそんな私へ笑みを絶やさず語り掛ける。


「私、あなたのこと大好きよ。優しくて、行動力があって……それに、霊力がとおっても豊潤なの」


 一線の風が吹いた。首元に剣が突き付けられる。

 ヒュッと声にならない音が口から出た。


「ねえ、あなたのそれ、私に頂戴?」


 剣が振り切られる。――――首が、飛ぶ。

 私は考えるよりも早く構えていた水刀でそれをいなし、後方に飛び退いた。


「いやだ、避けないでよ。あなたといい、狐といい、いたぶられるのが好みなの?」

「避けるよ! どうして、どうしてこんな事するの? 桜華ちゃん、殺生はしたくないって言ってたじゃない! なのに、紫白も私も……都の妖だって」

「事情が変わったの。山神様は豊潤な霊力と上質な魂をご所望なのよ。だから殺すの、この神剣に血をささげ、神の贄になるなんて光栄な事でしょう?」 


 そう、にこやかに話す彼女の瞳はあまりにも暗く、笑っていなかった。

――――怖い。

 得体の知れない何かと対峙している気分だ。背筋に冷や汗が浮かぶ。それと同時に、疑念が確信に変わった。

 桜華は……私の知る桜華ちゃんはこんなことを平然と言える子ではない。それに、彼女はこれまで一度も、紫白のことを“狐”などと呼んだことはなかった。

 私は恐怖で震えそうになる手元を抑えながら、彼女へ質問を投げかける。


「あなたは……あなたは、誰なの?」

「何を言っているの? 私は桜華よ、椿ちゃんも知っているでしょう?」

「違う、そういうことじゃない……」

「違わないでしょう、私が桜華だわ。私、そんなにいつもと違うかしら?」

「……桜華ちゃんは、そんな眼で私を見ないよ」


 そう告げた瞬間、桜華の口元が弧を描いた。

 風切り音と共に、再び剣先が眼前に迫る。


「……っ!?」


 剣先をいなし、寸でのところで難を逃れた。  

 桜華の口から、その可愛らしい容姿に似合ぬ舌打ちが飛ぶ。


「避けないでって言ってるでしょう?」


 二度、三度と剣劇が撃ち込まれ、競り合う。

 私を見る目は狩人のそれ。とてもじゃないが、話し合いで解決、という訳にはいかないらしい。

 桜華の細腕の、どこにそんな力があるのか。 

 剣は重く、気を抜いたら一瞬で命を刈り取られそうだ。

 だいたい、こちらの刀は見掛け倒しの刃。殴ることは出来ても、殺傷力は低い。

 それに、私には桜華を殺すことなど出来ない。本気で殺しにかかっている相手に、半端な気持ちで勝てるほど、私は自分が強くないと知っている。

 勝算があるとすれば、桜華を正気に戻すことだろうか。


 いずれにせよ、このままでは分が悪い。


 私は一縷の望みをかけて横目で周囲を見回すと、桜華から大きく距離をとり、そのまま桜の木々の生い茂る方へ走りだした。

 背後から、桜華が私を追う気配がする。

 私は木々を縫うようにじぐざぐに逃げながら、彼女へ語り掛けた。


「外で、右京くんが待ってる! 伊吹くんも火事の中、村の人のために頑張ってる! なのに、あなたはこんな事してていいの!?」


 何でもいい、何でもいいから話しかけるんだ。

 桜華に考えさせろ。考えることに意識が向けば剣先が鈍る。剣先が鈍れば隙が生まれる。

 そうすれば、これを使う余裕が出来るだろう。

 私は、片手で胸元の御守りを握りこんだ。


「いいのよ、私が優先するべきは山神様の要望。それに、不敬者の村人達も、それを先導する伊吹も燃えてなくなってしまえばいいの」


 二度、三度、桜華の剣が何もない空中を切った。


「神様はお優しいから、不実で粗悪な魂でも、贄として召し上げて下さるわ! 神様と一つになれるなんて、とっても光栄なことよ!」


 恍惚とした声色で、桜華が声高に叫ぶ。

 死んで神と一つになる? さながら、ヤバい宗教のようだ。洗脳に近い。

 脳裏にさっき聞いた伊吹の話が思い浮かぶ。

 神様を謗る若い村人を睨んでいたという、桜華の話だ。


「不敬だった……、それだけで、村に火を放ったっていうの? そんな理由で、人を殺すなんて……っ」

「悪い? 人間だって、害獣は罪悪感なく殺してしまうじゃない。神様を信仰しない人間なんて、害獣と同じだわ」


 人間が害獣だなんて、以前の桜華なら口が裂けても言わないだろう言葉に、胸が痛くなる。

 第一、 炎の術は紫白の力だというのに……。


「あなたのその力は、紫白から巻き上げたものでしょう!? 紫白の炎で、好き勝手するのは止めて!」

「うふふ、そうよ、あの炎達は狐の霊力から出来ている。このまま、吸い続けていれば、やがて狐は衰弱して、そのうち死んでしまうでしょうね」


 桜華との距離が詰まって来た。桜華が横一文字に引いた剣を、上手く躱す。

 逃げる私に焦れたのか、今度は反対に桜華から声を掛けられた。


「ねえ、あなたこそ、逃げてばかりで良いの? 私、分かってるのよ。あなた、狐を助けるためにここまで来たんでしょう? なら、私を殺す覚悟で来なきゃ、狐もあなたも、助からないわよ!」


 私目掛けて下ろされた刃から、木を盾にして逃れる。

 桜の幹が、小枝のようにあっさりと真っ二つになった。

 ヒェッと変な声が出そうになるが、なんとか心の内に留め、足元を這う木の根を飛び越える。

 剣を持ち直した桜華が、再び私の後を追う。


「桜華ちゃんを殺す覚悟なんてない! 友達を殺すなんてこと、私は死んでもしたくないよ!」

「……っ、そう、だったら、私と、私の愛する神様の為に、死んでっ!」


 桜華は一瞬、動揺したように言葉を詰まらせた後、迷いを振り払うように、上から勢いよく剣を振り下ろす。

 ひらりと躱せば、剣が地面に突き刺さった。

 あの威力だ、相当深く突き刺さったのだろう。桜華が剣を引き上げようとするが、重いようで動きが緩慢になっている。

 私はその隙を見逃さなかった。

 御守りの内、音二郎に貰った護符を取り出し、素早く霊力をこめる。


「すべてを映し出せ!」


 パッと一瞬視界が煌めき、瞳にフィルターがかかる。

 ビンゴだ。桜華の手の周り、とりわけ剣の辺りから黒々とした漆黒のもやが立ち上っているのが見えた。

 紫白についていたのは黒いもやだという。なら、桜華のこのもやも類似のそれに違いない。

 そういえば、以前見せてもらった桜華の朝の務めの時も、彼女は剣を握った後、暫く様子がおかしかった。

 だとすれば、剣を桜華の手から引き離せば、桜華は元の人格に戻るかも知れない。


 私が桜華の手首に打撃を与えようとするのと、桜華が剣を引き抜いたのはほぼ同時だった。

 すんでのところで私の一手が躱され、代わりに桜華の剣が私の髪を掠める。桜の花弁と共に、私の髪が数本宙へ舞い散った。


「チッ……ちょこまかと!」


 苛立ちを見せる桜華を尻目に、私は桜華と剣を引き離すための行動を脳内でシュミレーションする。

 そして、もう一度剣を地面に突き刺ささせるべく、あえて桜華の前に躍り出た。

 案の定、大ぶりな攻撃が私目掛けて振り下ろされる。

 それを避ければ、私の狙った状況の完成だ。

 鈍い音と共に木の根が裂け、再び剣が地面にめりこむ。

 その隙に、私は忍の護符を取り出す。


「桜の花弁をここへ!」


 護符を中心に巻き上がった強風が木々を揺らし、大量の桜の花弁が私達に降り注ぐ。

 桜吹雪で目の前が見えなくなった瞬間、私は最後に残った福兵衛の護符を使用した。


「どこ、椿は何処にいるの!? ああ、桜で前が見えないわ!」


 片手で目の前の花弁を散らしながら、桜華が苛立たし気に叫ぶ。

 片手のガードが緩んだその瞬間を狙い、気配の消えた状態で、背後からぎりぎりまで桜華に近づく。

 そして、思いっきり剣を持つ桜華の手を叩いた。


「痛っ!」


 桜華が悲鳴を上げる。指が開く。

 ――――落ちろっ! 

 そう、心の中で唱えた時だった。


「……ああ、そこね」


 グルン、と桜華の首がこちらを向く。

 気づいた時には、既に桜華の剣先が、私の首筋目掛けて振りぬかれていた。

 ……でも、このくらいは想定内だ。

 忍と何度稽古する中で、背後をとっても反撃されることは多々あった。

 私は全力で身体をひねり、剣筋を避けようと水刀を構える。

 けれど、私の体勢が整うより、桜華の剣が私ののどを突く方が早い。


――――間に合わない……っ。


 黒々としたもやを纏った剣が月光を反射し、鈍く輝く。

 痛みを覚悟し、身構えた時だった。

 剣を持つ桜華の手が、ぎこちなく、ぴたりと止まる。


「な、に? 身体が動かない。やめろ、邪魔をするな、桜華っ!!」


 桜華の口から、声色の違う低い怒声が飛び出す。

 桜華を、操っている誰かの声……だろうか?

 桜華は眉を顰めながら、ぎこちなく腕を動かそうとする。が、それは阻まれたらしかった。


「クソックソッ、何をやっている! 言うことをきけ!!」


 喚き散らす何者かの声。桜華が、攻撃を食い止めてくれている?


――――チャンスは今しかない!


「や、やめろ! やめろおおおお!!」


 私は全力で叫ぶ桜華の手の中から、無理やり剣を剥ぎ取り、全力でそれを遠くへ投げ飛ばした。

 途端、糸が切れた人形のように、桜華が膝からその場に崩れ落ちる。


「桜華ちゃんっ!!」


 咄嗟に抱きかかえれば、桜華はほんのわずかに薄目を開け、掠れた声で「わ、たし……ごめん、な……さ、い」と呟き、瞼を閉じた。

 ずしりと、桜華の全体重が腕にのり、私はふらつきながらその場にしゃがみこむ。


「はぁ……っ」


 どうやら、上手くいったようだ。

 張りつめていた気持ちが少しだけ和らぎ、私は小く息を吐いた。

 深呼吸し、先程投げ飛ばした剣の方へ視線を向ける。剣は今なおもやを吐き出し続けていた。

 大量のもやは、桜の大木目掛けて飛んでいく。

 見れば、桜の巨木を中心として集結したもやが、何かを形作っていくのが分かった。

 それは、まるで小柄な人型を練り上げるように、寄り集まっていく。


「逃げよう……」


 今から出てくるのはおそらく、桜華を操っていた敵だろう。

 私はさっきまでの攻防で、かなり体力を削られている。このまま一人で対峙しても、桜華を守りながら勝てる気がしない。

 桜華は取り戻した。外へ出れば、右京がいる。忍や伊吹も、もう境内まで来ているかもしれない。

 何も一人で相手をする必要はないのだ、いったん引き返して彼らと合流し、体制を整えよう。


 私は桜華を担ぎ上げると、出口に向け歩き出した。

 だが、意識のない人間を運ぶのは、想像以上にきつい仕事で、急がないとと思うのに思うように進まない。重心が揺れるたび、あちらこちらへ足元がふらつく。


 追手は、まだ来ていないのだろうか?


 焦りと不安感から、私はつい後ろを振り返ろうとして……、前から効き馴染みのない子供の声に呼び止められる。


「ねえ、どこへ行く気?」


 どん、と強い力で後突き飛ばされた。


「う、ぁ……っ!」


 咄嗟に受け身を取ったものの、その弾みで桜華を手放してしまった。桜華が、地面に転がる。

 白髪の子供は桜華を見るなり、その真っ赤な瞳に嫌悪を浮かべ、顔を顰めた。


「全く、どいつもこいつも、ぼくの温情をアダで返す奴ばっかり。嫌になる」


 子供が桜華の側へ寄り、汚物でも見るように彼女を見下げる。


「まさか、まだ意識があったなんてね。殺せないと泣き言をいうから、ぼくが代わりに動いてやったっていうのにさあ。本っ当に使えない娘!」


 鈍い音が響く。

 子供が、桜華の頭を蹴り飛ばしたのだ。


「何するのっ!?」


 私は桜華の元へ駆け寄り、子供を睨みつけた。

 子供は皮肉な笑みを浮かべながら、嘲るように言う。


「恩知らずには当然の罰だよ。ああ、そういえば、お前も大層な恩知らずだったよね。供物の分際で、ぼくから逃げ延びた、()()()()?」

「な……っ!」

「お前も狐もさあ、本当に生き汚いよね。その御器嚙(ごきかぶり)並みの生命力には、ある意味感服するよ。でもさあ、いい加減に死んで欲しいんだよねえ」


 子供は立てた人差し指にもやを纏わせ、くるくると回しながら話を続ける。


「お前たちの霊力は、元々ぼくのもの。借りたものを持ち主へ返すのは当然でしょ? いくらぼくが寛容だからって、これ以上待つのは解せないなあ」

「何を、言っているの……」


 “供物の分際でぼくから逃げる”? 

 生贄を供物と呼ぶ者なんて、供物を受け取る側くらいだろう。

 神の剣に宿っていたことといい、やはり、この子供は……。


 私は警戒を露に、少しずつ彼と距離をとろうと動く。

 横目で出口の方向を見るが、出口はまだ遠く、桜華を連れて逃げるのは不可能に近かった。

 子供は距離など取らせないと言わんばかりに、じりじりと私へ詰め寄る。


「あなたは、何なの……?」

「何とは失礼だなあ。でも良いよ、ぼくにこの姿を取らせたことに敬意を表して、教えてあげる。ぼくは山神、ここら一帯の山を司り、生きとし生ける者を守り導く者。そして、その頂点に君臨する神」


 山神――――やはり、桜華を操っていたのは、神だったのだ。

 当たって欲しくない予想が当たり、冷や汗が頬を伝う。

 山神が指先をつうと動かすと、遠くにあったはずの剣がすごい速さでこちらへ飛んで来た。

 もやを操り、手繰り寄せたらしい。

 私が驚愕している間に、剣が山神の手元へ綺麗に収まる。

 そして、山神がふわりと宙に浮いた。

 山神は握り具合を確かめるように、軽く剣を素振りする。


「神域とはいえ、人型をとるのは疲れるんだよねえ。だからさあ、さっさと死んでよ!」


 来る……っ!

 私が水刀を展開した瞬間、山神は目にも止まらぬ速さで、私目掛けて一直線に飛び掛かって来た。


「く……っ!」


 辛うじで受け止めたものの、攻撃の重さが桜華の時の比ではない。

 軽やかな身のこなしに似合わない、重い剣裁きが何度も降り注ぐ。無駄口をたたく余裕もなかった。

 山神の追撃が幾重にも重なり、刃を受け止めるうちに、水刀から削られた水飛沫が辺りへ飛ぶ。


 まずい、まずい……っ! このままじゃ押し負ける。


 防戦一方の展開に焦りが募るが、山神は攻撃の手を緩めない。

 そうこうする間に、水術の強度がどんどん落ち、水刀が元の短刀の長さに近づいていく。

 この剣の攻撃を、普通の短刀で受けきれるわけがない。受けた瞬間に刃が折れるだろう。

 でも、隣には桜華ちゃんがいる。

 私が逃げたら、彼女が攻撃されてしまうかも知れない。


――――どうしよう、どうしようっ!


 焦燥が募る中、何度目かの攻撃をいなそうとなけなしの水刀を構えたその時、予想外の攻撃が私の手首に入った。

 山神が、私の手首を蹴り上げたのだ。


「い……ッ!!」


 強い痛みが腕に奔り、水刀を持つ手がゆるむ。同時に霊力の循環に穴が空いた。

 山神はその瞬間を待ち構えていたかのように、術を纏いそこなった短刀目掛けもう一度足を振り切る。

 短刀が遠くへ飛ばされ、視界から消えた。


「桜華の身体とはいえ、さっきのあれは、ぼくも痛かったからねえ。お返しだよ」


 山神が、片手で私の両腕を力一杯ひねり上げた。

 あまりの痛みに、私の口から声にならない悲鳴が漏れる。

 私が怖がる様子を見て、山神はとても楽しそうに笑う。彼は穏やかに、謡うように恐ろしい言葉を口にした。

 

「つーかまーえた! そうだなあ、まずは動けないよう足を切ろう。そうしたら、次は腕、胴……ああ、その目をくり抜くのも良いかもねえ。ぼく、その赤い瞳、好きなんだ」


 ひたり、と肌の上を剣先がなぞっていく。

 山神が少し力を入れれば切れる、そんな距離だ。


「……っ」


 泣きたくない、そう思うのに、悔しさと死を目前にした恐怖、それに物理的な痛みが合わさり、生理的な涙がぼろぼろと零れる。

 忍の制止を振り切って、絶対死なないと言って来たのに、なんだこのざまは。

 まだ、諦めたくない。桜華は助けられたけど、紫白がまだ苦しんでいるのだ。

 このまま死んでやるなんて、嫌だ!


「なに、その生意気な目。惨めに無様に滑稽に、命乞いでもしてみなよ。そしたら、痛みなく切ってあげてもいいよ。まあ、霊力は貰うし、魂と血肉も利子として回収するけどねえ」


 私は心まで屈したくなくて、山神を睨みつけた。


「ふうん、あくまで抵抗するんだ。まあいいよ、恐怖を抱いて死んだ魂って、ひんやりしてて美味しいから。さあて、まずは足からだねえ」


 山神がそう呟き、静かに剣を持ちあげる。刃の先にあるのは、私の太股だ。

 迫りくる恐怖に身体が支配され、逃げないとと思うのに、全身が石のように動かない。

 負けたくないと思うのに、本能が悲鳴を上げる。


――――嫌だ、嫌だいやだ、やめて助けてたすけて誰か……だれ、か。


「たす、け、て……し、はく」


 つい、心の中の弱音が漏れた。

 剣先が皮膚に食いこむ直前、ここにいるはずのない彼の声がした。


「爆炎!!」


 その掛け声とともに、山神と私の間へ大きな炎の壁が立ち上がる。


「っ……!?」


 山神が後方に飛び退き、腕を拘束する手が解かれ、代わりに別の方向から腕を取られた。

 背後から、良く知る香りに抱きすくめられる。


「嗚呼、椿、椿っ! よく、無事で……っ!」

「え……ええっ!?」


 私を腕の中に閉じ込めながら、感極まったようにそう告げるのは、ここにいるはずのない人物。

 顔を上げれば、少しだけ焦げた毛先を揺らし、心配そうに私の顔を覗き込む紫白が居た。

御器嚙(ごきかぶり)=通称Gの昔の呼称。黒くてカサカサ動く、例の虫。風呂場や枕元で奴と目があった日には、その後しばらくの心の平穏が消えさる。

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