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第四十七話「業縁の炎」後編


 悲鳴の方向へ目を向ける。そこでは複数人の村人が崩れた家屋と炎に取り囲まれ、逃げ出す事も出来ず、立ち往生していた。


「吹き飛ばせ、土壁!」


 伊吹の合図と共に護符が光を放つ。崩れた家屋の下から土の壁がせり上がり、村人の退路を拓く。


「すまん、椿ちゃんも頼む!」

「うん、わかっーー」


 村人の中には、いつか見た私達へ冷たい視線を向けてくる老人達がいた。

 ーー霊力持ちだと、知られてしまって大丈夫なの?

 一瞬、水術を放っても良いのか判断を迷う。


「おい、どうした?」

「ううん、ごめん。なんでもない!」


 ここで見過ごしたら、私の嫌いな村人たちと同じになってしまう。


「いけ!」


 私は揺らいだ気持ちを取り直し、村人の周りの炎へ水術を放った。

 村人達は伊吹と私へ驚愕の目を向けていたが、炎が消えたことを確認すると軽く礼を告げ、そのまま足早に駆けて行く。

 彼らを見送り辺りを見渡せば、立ち去った村人達の奥、瓦礫の積もる場所にまだ数人が寄り集まっているのが見えた。

 もしかして、動けない程重症の怪我人がいるのだろうか。

 そう思い、一歩そちらへ近づいた時だった。


「痛っ!」


 額に、何か硬いものが当たる。続けざまに、礫が身体を打った。

 ずきずきと痛む額に手をやれば、手に血がつく。どうやら、出血しているらしい。


「椿ちゃん!? おい、アンタら何のつもりだ!」


 伊吹が庇うように私の前に出る。

 その声に応えるように、瓦礫の方から聞き覚えのある声が飛んだ。


「そこを退け、伊吹! それは妖だ! 手から、水が出るなど有り得ない。厄が、これ以上の厄災が起こる前に、早よう退治せねばならん!」


 そう吠えたのは村長だ。

 片足を瓦礫に挟まれた状態で、必死にこちらを見上げ、睨みつけている。

 周囲の村人達は、村長の足をどうにかしようと集まっていたらしかった。

 瓦礫はひどく不安定で、今にも崩れ落ちそうだ。


「村長! 今はそんなことを言っている場合では……っ」

(うるさ)い、黙れ!」


 村長は村人の制止を振り切り、伊吹へ語りかける。


「その女、数年前もお前と共に居た余所者だな? お前が厄を持ち込むのも、神事を邪魔したのも……全てその女にたぶらかされてのことだろう!?」

「な、何馬鹿なこと言ってんだよ、親父!?」

「馬鹿なことがあるか! きっとそうだ、そうに違いない。この火災もその女が何かしたのだ!!」

「どうすりゃそんな考えになるんだ!? 見てたなら分かるだろ、この子は村の奴らを助けてくれただけだ! 見当違いもいいとこだぜ!」


 伊吹の叫びは、村長の耳には届かなかったらしい。

 村長は焦点の合わない目で、私をギョロリと捉える。


「……ろせ」


 村長が低く唸った。

 周囲の村人達の間に騒めきが広がる。


「殺せ! 皆の衆、早くあの娘を殺すのだ!! 炎と水を操る化け物だ。きっと、火焙りにしても、水に沈めても死なぬだろうよ!」

「で、ですが、村長。まずはここを離れるべきでは? 伊吹様に頼んで、瓦礫を退けてもらいましょう」


 おずおずと進言した老婆を、村長がギロリと睨め付けた。

 小石が老婆に投げつけられる。


「ヒィ……ッ!」

「何を流暢なことを言っておるか! 厄災の元凶がおるのだぞ!? あれこそ、過去に村々を焼き滅ぼした妖狐に違いない! 早く、跡形も残さぬよう、徹底的に刻んでやるのだ!!」


 酷い形相でそう喚き散らす村長を見て、取り巻きの村人達が互いに顔を見合わせた。

 意を決したように、壮年の男性が村長の前に出る。


「村長、すまんがオラァ出来ねぇよ。余所者は好かんし、信仰も捨ててねぇ。だが、命あっての物種だ。まずはここから離れましょうや。な、皆もそう思わねぇか?」


 男が投げかけた問いに、他の村人達も賛同の意を示す。


「そうですよ。今はともかく、避難するべきかと」

「だいたい、本当にこの少女は妖なのか?」

「助けてくれたんだし、放っておいても……」


 口々に告げられる言葉に、村長が目尻を釣り上げた。


「何をごちゃごちゃ言うておる!? ほら、早うかかれ! かからんか!」


 上半身をバタつかせながら、こちらに向けて砂利を投げる村長を見て、村人達が眉を顰める。


「なあ、村長。最近のお前さんは、いささか視野が狭くなり過ぎてはおらんかね。確かに、(おきて)も伝承も儂らには無くてはならんものだが……儂はまだ耄碌(もうろく)しておらぬでなぁ」


 年老いた村人が、村長から伊吹へと視線を移す。


「その点、若君は実に優秀だ。信仰心こそ足りないが、村の若い衆を束ねる手腕は見事なもの。村の未来を考えるなら、そろそろ彼に席を譲ってはいかがかね?」

「なにを……っ」


 狼狽える村長へ、村人が更に追い討ちをかける。


「冷静な判断が出来なくなったあんたには、もう着いて行けないって話だよ」

「厄が厄がというばかりで、飢饉が起きても災害が起きても、代替え案も出さず神頼み。有事の際はろくに動けない……。これなら、御子息についた方がましかも知れませんねえ」

「従っても、もう益が無さそうだしなあ……」


 溜息をつきながら村長を見下げる村人へ、村長が声を荒げた。


「な、なんなのだ!? これまで皆を守ってやったのは誰だと思っておる、飢えぬよう、死なぬよう気を回していたのは儂だろう! 神のっ、神の天罰が下るぞっ!!」


 村長がそう叫んだ瞬間、ぐらりと背後の建物が軋み、音を立てて崩れていく。

 村長の足が変な方向へ曲がり、悲痛な絶叫が響き渡った。

 消しきれなかった炎の欠片が、村長目掛けて落ちていく。


「ぐ、ぁっ、あぁぁァッ」

「親父っ!!」


 伊吹は素早く護符を構えると「囲えっ!」と短く叫んだ。

 途端、村長の周りを囲むように土が盛り上がり、小さなドーム状の土壁が村長を覆う。

 大きな音を立てながら落下した炎の瓦礫が、ドームを包んだ。

 村人達は悲鳴を上げながら、散り散りに逃げ、遠目からこちらの様子を伺っていた。


  ……なんというか、利己的な人達だな。村長が駄目だと思ったら、冷たく当たっていた伊吹へ鞍替えするようなことを言い出すなんて。


 なんともいえない気分になりながらも、私は急ぎ、瓦礫目掛けて水術を放った。

 炎の消えた瓦礫を退かし、伊吹が術を解除する。

 中から出てきた村長は、微動だにしなかった。


「……生きてるの?」


 村長を抱え上げた伊吹が、村長の呼吸と脈を確認し、ゆっくりと頷く。


「気絶してるだけみたいだ」


 伊吹は私の方を仰ぎ見て、うなだれるように口を開く。


「親父がごめん、それに見苦しいところを見せた……」


 そして、ある方向へ真っ直ぐ指を伸ばした。


「桜華はこの道をまっすぐ行った神社に居るはずだ。先に行ってくれ、オレも親父を安全な所へ移動させたら、すぐに向かうぜ!」

「分かった、先に行ってるね!」


 私は伊吹へ強く頷き返し、額の血を拭って走り出す。

 炎の脇を通り抜け、神社へと続く石段を駆け上がった。

 息が上がったが、それくらいで足は止められない。炎はまだ湧き上がっている。こうしている今も、きっと紫白は苦しんでいるのだ。


 潜り抜けた鳥居の先は、水を打ったような静寂の世界だった。

 先程までの炎は鳴りを潜め、以前来た時と変わらない境内が広がっている。

 ここだけが、切り取られたかのように綺麗なまま。空恐ろしさを覚える。


「桜華ちゃんは……本殿かな?」


 何かあれば、懐に忍ばせた短剣に即座に術を絡められるよう、胸に手をやりながら、慎重に辺りを見回し歩みを進める。

 本殿へ続く道に辿り着いた時、静寂を裂く金切り声が境内に響いた。


「桜華、桜華っ! 無事なのか!? 無事なら返事をしてよ! いったいどうしたんだよ!?」


 本殿の横を通り過ぎ、急いで声の出所へと向かう。

 本殿の裏手、森林を囲う柵の先、木製の古びた鳥居が鎮座している場所に、半狂乱になりながら拳を打ち付ける右京(うきょう)の姿が見えた。

 床には何故か、破り捨てられた護符が大量に散乱している。


「右京くん、桜華ちゃんに何があったの!?」


 私の声に、右京がハッとこちらを向いた。

 驚きに右京の目が見開かれる。


「なんで、君がここに……」

「詳しい話は後! それより、何があったの!?」


 私の剣幕に気圧されたのか、右京がややのけぞりながら口を開く。


「桜華が、禁足地(きんそくち)の中に立ち入った切り、出てこないんだよ! 入り口は透明な壁に覆われていて入れないし、中の様子も分からないっ。火の手がここまで来る前に、早く逃げないといけないっていうのに!」


 話しながら再び頭に血が上ったのか、右京は血走った目で私の肩を掴んだ。


「おい、君は霊力持ちだろう!? この訳の分からない壁をなんとかしろっ!!」

「痛い痛いっ! 分かったから、離して!」


 「早くしてよね」と舌打ちしながら告げる右京を横目に、肩を揉み解しながら、鳥居へ目をやる。

 右京が透明な壁というだけあって、見る分には何もないように見えるのだが、奥の風景は霞みがかっていて、様子が全く伺えない。

 結界的な何かがあるのは確かだ。

 私が恐る恐るそれへ手を伸ばすと、一瞬ねっとりとした何かが絡みつく感覚がして……そのまま、拍子抜けするほど簡単に、向こう側へとすり抜けた。

 まるで、招き入れられている様だ。


「……入れるみたい」

「なっ、俺は何をしたってダメだったのに!」


 右京も同じように手を伸ばすが、硬質の音が響き、侵入を阻まれる。

 右京は悔しそうに唇を噛み締め、キッと私を睨めつけた。


「悔しいけど、俺は桜華の元へ行けない。……ねえ、すっごく不本意だけど、俺の代わりに桜華をここまで連れて来てくれる?」


 有無を言わせぬ圧を感じながら、私は頷いた。

 もとから桜華と話すために来たのだ。そのついでだと思えば良い。

 私は風呂敷を地面に下ろし、念のため懐から取り出した短刀に水術をまとわせ、水の刀を創る。

 その様子を、右京が怪訝な目で見ていた。

 桜華を傷つけると思われてる? まあ、そうならないようにしたいが、どうなるかはわからない。


「桜華ちゃん、少し前都に来てたんだよ。でも様子はおかしいし、何かに取り憑かれてるかも知れないから……これは念のための刀」

「……なら、良いけど」


 右京はそう一言口にする。

 ともすれば、桜華を侮辱する発言だが、右京からの反論は飛ばず、気まずそうに視線を逸らされた。


「もしかして桜華ちゃん、こっちでも最近普段と違った?」

「……皆は、体調が悪いくらいにしか思ってなかったみたいだけどね」


 ぽそりと呟かれたのは、肯定したも同然の言葉。右京にも心当たりがあるらしい。


「ほら、さっさと行きなよ! 桜華が倒れでもしてたら一大事だろ」


 右京はこれ以上の追及を避けるように、私を追い立てる。

 私は覚悟を決めると、片手を再び鳥居の奥へと差し入れた。慎重に足を踏み出せば、ずんと重たい空気が全身を包みこむ。

 片腕を顔の前にやりながら一歩づつ進み、膜のような物を通過した瞬間、身体が軽くなった。

 女神のところで感じた空気に近い冷たさ。

 けれど、あの清廉さとは程遠い重々しい気配が、肌にまとわりつく。

 私は片腕を下ろし、水刀を強く握りしめながら、双眸を見開いた。


「なに、これ……」


 風と共に、桜吹雪が吹き抜ける。

 花弁が頬を打つ。

 視界いっぱいに映るのは、宵闇の中薄ぼんやりと淡く輝く満開の山桜。

 辺り一面に咲き誇るそれらは、こんな状況でなければ綺麗だと褒め称えたくなるほど美しい。

 警戒しながら周囲を見回すが、特に人影は見当たらなかった。


「……さっきまで桜、咲いてなかったよね?」


 先程柵越しに見えた禁足地の中に、桜の木は生えていなかったはず。

 まるで、異空間。どこまでも続く桜並木に、眩暈がした。

 そういえば、ゲーム"桜花"での妖狐戦も、いつも桜吹雪が吹いていたな……。

 ふと、そんなことを考えた自分に気づき、かぶりを振る。

 ここは、ゲームじゃない。現実だ。死んだら終わりなんだ。

 気を引き締め直し、周囲を警戒しながら進む。

 少し歩いて、次第に辺りが拓けてきた時だった。

 急に、風音が止む。

 甘い声が私を呼んだ。


「いらっしゃい、椿ちゃん」


 一際大きな桜の木の下、ひらひらと漂う花弁に紛れながら、薄桃色の髪を揺らす少女の影。

 桜華は、酷く怪しい美しさを醸し出しながら、私を見てにっこりと口元へ弧を描いた。


最終話まで残り五話。年始中に完結予定です。

シリアス展開が続きますが、タグにあるように最後はハッピーエンドで終わりますので、安心してお読み下さい。

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