第五話「霊力保持者」
「フンフンフ〜ン、フフフフ〜ン♪」
小鳥のさえずりならぬ、狐の鼻歌で起こされた。
清々しい朝だ。
希望の朝かはわからないが。
「あ、おはようございます。良い朝ですね!」
「おはよう。ところで、なんで、ひとがたにもどってるの?」
目の前には、腕枕をしてこちらを見つめる、狐耳を生やした美形。
2度目とはいえ、寝起きドッキリはやめて欲しい。心臓に悪い。
私は、そっと紫白の腕の中から逃げ出した。
紫白は名残惜しそうに自分の腕を見た後、こちらに顔を向けた。
「朝までの約束でしたので」
「そっか、そうだね。つぎからは、わたしがおきるまで、きつねがたでいてね」
「何故ですか? 僕としては、こちらの姿の方が何かと都合が良いのですが……」
「わたしの、しんぞうにわるいの」
ぼそりと呟いた言葉は聞き取れなかったらしい。
紫白は首をこてんと傾げた。
青年姿でもあざとい狐である。
「とにかく、ひとになるのは、わたしがおきてからにしてね。じゃないと、わたし、しはくのこときらいになっちゃうから!」
「え? や、嫌です! 嫌わないで!……分かりました。今度からそうしますから!」
泣きそうな顔で詰め寄られ、懇願するように手を握られた。
「う、うん。つぎはそうしてね」
勢いに気圧され、頷く。
嫌いになる宣言は、効果がありすぎるようだ。
今後の使い方には気をつけようと思う。
******
半泣きの紫白を、「だいじょうぶだよ、きらわないよ〜」と宥めること半刻ほど。
ようやく落ち着いた紫白は、私に朝食を勧めてきた。
私が寝ている間に、採ってきてくれたらしい。
「度々、すみません……。これ、朝の分の食事です。本当はもっと早く渡すつもりだったんですけど……」
「いいよ、ありがとう」
渡された蜜柑を剥いて、口に運ぶ。
程よい酸味が美味しい。
ついでに、剥いた蜜柑を紫白の口にも突っ込んだ。
いつまでもくよくよすんな、美味しいものを食べて元気出せ、そんな気持ちをこめた。
「ふ、ふぁりがとふ、ございまふ」
紫白は、目を白黒させながらそう言うと、幸せそうに蜜柑を頬張っていた。
お互いに食べ終わったのを見計らって、今日の本題に移るため、私は口を開く。
「しはく、ききたいことが、あるの」
「はい、どういう事柄でしょうか?」
「おおきなまちとか、ひとのあつまるところは、ちかくにある?」
「街、ですか。あるには在りますけど、人の集まりなら村が一番近いですね。……なぜそんな事を?」
紫白はそう言うと、顔を顰めた。
「ずっとここには、いられないから、すむばしょをさがしたいの。それに、ふくをとりかえたい」
後、贅沢を言うなら白米や肉、魚が食べたい。
山の暮らしは悪くはないけれど、食事が山菜に偏ってしまうことがねっくだった。
一度、紫白に訊いてみたのだが、どうもこの山は生き物が殆どいないらしく、肉や魚はごく稀にしか食べられないという。
果実も勿論美味しいが、心の中の現代人の舌が肉系を求めてやまないのだ。
せっかく自由になったのだから、美味しいものを食べたいよね。
そんなことを考えている間にも、紫白の表情はどんどん険しくなっていった。
「服なら、僕がなんとかします。住む場所が無いなら、ずっとここに居ればいい。人間の所になんて、戻らない方が貴方のためです」
「でも、」
「現に、貴方は殺されかけたんだ! そうでしょう?」
言葉を返す前に強く言い切られて、ひるむ。
そんな頭ごなしに言うことないじゃないか、私の意見も聞いてほしい。
「そうだけど、でも! ずっと、しはくにたよるわけにもいかないでしょ? わたしを、ころそうとしたむらには、もどるつもりないよ。だから、ほかのこうほをきいてるの! なんで、しはくが、そんなにおこるの?!」
「あ、僕は……、すみません。また、勝手に感情的になって」
紫白の勢いと同じように、少し強めに言い返すと、我に返ったらしい紫白がまたシュンと項垂れた。
「もう……、べつにいいけど。ひとのいるところが、だめなりゆうをおしえて?」
そう訊けば、紫白は小さく頷いた。
「……貴方と私は似ているので」
「どういうこと……?」
「危険なのは、山神信仰の村だけじゃないんです。貴方は、自分が何故生け贄にされたのか分かりますか?」
神妙な顔の紫白に、私は考えながら意見を口にする。
「えっ? えっと、やまがみさまにささげるため?
あ、こうずいとかをおこさないように、おいのりしてる……、んだとおもう」
「ええ、そうですね。概要はそれであっています。でも、1番の目的は少し違う」
「じゃあ、くちべらし、とか? むらは、ゆうふくにはみえなかった」
「口減らし、確かにそれもありますね。でも、それなら、別の人間でも良かったはずです」
「わたしは、たまたま、いけにえにされたんじゃないの……?」
はた、と目を見開けば、真剣な瞳の紫白と視線が重なった。
「ええ、生贄は誰でも良かったわけじゃない。貴方だから、生贄になったんです。村人達の1番の目的は、霊力を持つものを消すことにあります」
「れいりょく……」
前世で、聞いたことのある言葉だ。
某有名な陰陽師などが、その力をつかって術を操ったというあれか。
私には、そんな力ないと思うのだが。
「でも、わたし、じゅじゅつとかつかえないよ?」
「呪術? 術というものは、霊力持ちが修行して身につけるもので、生まれ持っての霊力とは関係ありませんよ。貴方は、生まれてから自分が周りと違うな、と感じたことはありませんか?」
「んー? とくには」
考えても思い浮かばず、頭を傾げた。
そもそも、今世は生まれた時から監禁生活だ。
周りと比べることなんて出来ない。
「そうでした。貴方は周囲に比べる相手が居ないんでしたね……、すみません」
「いいよ、きにしないで」
「では、年齢に対して、成長が遅いと感じたことは?」
「それもとくには……」
柔らかで弾力のある肌、ぷにぷにの手足。
水溜まりに映った姿的にも、幼女だと思っていたが、実際は違うのだろうか?
「そうですか……。もしかすると、記憶が欠落しているのかも知れませんね」
「そうなの? わたしは、たぶん五さいくらいだとおもってたけど、もしかして、もっとおとなだったりする? じぶんじゃ、わからなくて」
「いいえ、貴方の見た目は幼い子供ですよ。実年齢は、僕からは何とも言えません。じゃあ、逆に僕は、何歳に見えますか?」
色白で皺一つ無い肌に整った顔、綺麗な髪、澄んだ紫の瞳。
耳や尻尾を差し引いて考えると、人型の見た目は、二十代前半に見えるのだが……。
私は、不思議を隠さず訊ねた。
「二十さいぜんはんくらいにみえるけど、ちがうの?」
「そんなに若く見えますか? なんだか、気恥ずかしいですね。僕、今九百歳ぐらいです。永く生き過ぎて、あまり細かい年数は覚えてないんですが……」
紫白は、少し照れくさそうに答えた。
「きゅうひゃく……っ!? う、うそ!」
あまりの桁に驚きを隠せない。
妖怪ってそんなに長生きするのか、そういえば、彼は妖狐だった。凄いの一言に尽きる。
「嘘じゃありませんよ〜。で、ですね、つまり、霊力保持者は基本的に長寿なんです。外見が年を取らないんですよね。個人差もありますが、大抵は幼い頃が特に顕著で、身体の成長が遅れます。他の子が走れるようになっても、まだ、揺り籠の中に居るなんてことがざらです」
「え、ようかいだからじゃないの?」
「はい、霊力のせいですね。妖怪は関係ないです。僕は妖怪ですが、一概に妖怪皆長寿というわけではないですし……。まあ、それはそれとして、霊力を持っていると、成長が緩やかになって、ある程度の年齢で外見年齢が止まる。ここまでは、分かりましたか?」
霊力ってそんな不老長寿パワーだったのか。
しかし、それなら異端とはいえ、殺すほどではないような…。
働けないものは口減らしに間引くって言うなら、昔の日本でもよくあったらしいから、納得出来なくもない。
でも、紫白曰く違うらしいし。
「それは、なんとなくわかった。それが、どうして、ころされるげいいんになるの?」
「えっと、長寿は直接の原因ではないんです。霊力持ちか、見分ける手段ってことです。問題はここからでして。霊力保持者の周りでは、よく天災が起きます。一般の人々は、それを恐れているんです」
「てんさいは、かってにおこるから、てんさい、なんでしょ? れいりょくもちのせいにするのは、どうかとおもう」
そう言うと、紫白は哀しげに首を振った。
「天災が起こるかどうかで、生死が決まると言っても過言じゃないですからね。避けるためなら、人はなんだってしますよ。それに、間違いでも無いんです。霊力保持者は、ある程度大人になって感情の制御を覚えるまで、感情の爆発で、何を起こすか分かりません。自然災害もその一つです」
「かんじょうのばくはつって、たとえば?」
「そうですね、寂しさで泣けば大雨が降ったり、……何かの拍子に怒りが爆発したら、村が全焼したりとかですね。時々、予知夢を見たとか、温泉が吹き出したとかも聴きますし、何が起きるかは、その人次第です」
一概に、悪いことばかり起こるものでもないらしい。
温泉は良いな、私も長らく風呂に入ってないので入りたいものだ。
私が温泉について夢想していると、紫白がゴホンっと咳払いし、語尾を強めた口調で話し出す。
「つまり、生け贄にされていた貴方は、霊力保持者なんです。他の人間のところに行っても、同じ目に遭います。ですから、危ないことはせずに、僕と一緒に森で暮らしましょう!」
「やだ」
「なっ……!」
実感はないが、私は霊力保持者らしい。
長寿が確約されているならなおのこと、森で一生暮らすのは嫌だ。
もっと、文明的な暮らしがしたい。
この世界の文明が、どれくらい進んでいるかは不明だが、森の中でサバイバル生活よりましだろう。
「ずっと、おなじところにいなければ、ばれないよ。わたし、やっぱり、まちにいきたい。しんぱいしてくれるなら、わたしといっしょにきて? ね? おねがい、しはく」
私は、幼女の見た目を最大限に活かし、瞳を潤ませ、上目遣いで紫白を見つめた。
ついでに、言うなら、声も普段より甘ったるめだ。
恥ずかしさ?
快適な生活のためなら、背に腹はかえられない。
私史上、これ以上ない程、あざとくおねだりしてみた。
「ゔ……」
少し顔を赤らめて、仰け反る紫白に詰め寄る私。
いけ、あと少しだ! 押したら堕ちるぞ!
さながら、気分は女優だ。
私はぎゅっと紫白に抱きついた。
それでもって、これでもかと瞳を潤ませる。
「しはくがついてきてくれたら、こころづよいの……だめ?」
今にも泣きそうに顔を歪めると、限界が来たのか紫白が口を開いた。
「……っ! 仕方ありませんね。そんなに頼られたら、行かざるを得ないじゃないですか。そのかわり、僕から離れないで下さいよ?」
「もちろん!ありがとう、しはく!」
何だかんだ、彼は幼女に甘いのだ。
ぎゅーっと感謝を込めて、更に抱き着くと、紫白は顔を真っ赤に染めて、あたふたしていた。
ちょろい狐だな。
なんだか、かわいい。
と、考えたところで、いやいや、とかぶりを振る。
だんだんと青年姿にも、抵抗がなくなってきている自分が怖い。
兎にも角にも、街へ行く目処が立って良かった。




