表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

46/65

閑話「少年の誓い」

伊吹視点のお話です。


 幼い頃、父の背中は、とても大きなものに見えていた。


 村を襲う妖を木刀で追い払い、不作の年は食料を皆に分け与える。

 相談事には本気で耳を傾け、村のため、村に住む人のため、いつも最善を尽くす。

 優しく、時に厳しい父は、村の皆から尊敬される村長だった。


 いつか自分もこうなりたいと憧れて、武術も苦手な勉学も、なりふり構わずやってきた。

 必死に追いかけ続けた父の背中。

 けれど、憧れていたはずのその姿に、違和感を感じ始めたのはいつからだっただろうか。



「なー、右京。なんでうちの奴らって、村の外から来る人に冷たくあたるんだ?」

「それは、村の中に厄を持ち込まれるのが嫌だからでしょ。……というか、伊吹、手伝う気あるの?」


 右京は掃除の手を止めるオレへ不機嫌に告げると、再び箒で境内を掃き始める。

 オレは「ごめん、ごめん」と軽く謝り、雑巾を持つ手を動かした。

 そして、先日の父や村の年長者達の姿を思い出しながら、口を開く。

 

「でもさ、酷い接し方だったんだぜ。別に飢饉ってわけでもない。食料くらい少し分けてやれば良いのに、まるで害獣扱いだ」

「ああ、この前来た人のこと? 珍しいよね。まあ、気の毒だとは思うけど、仕方ないよ。ご老人達は、余所者嫌いだし」


 右京の言葉に、なんとも言えないもやもやとしたものが胸を占める。


「困ってる人を助けるのに、余所も何もないと思うぜ。それにさ、厄が災いがって、大人は皆言うけど、そんなの起きたことないだろ?」

「確かに俺達は知らないけど……。昔起こったことがあるから、語り継がれてるんじゃないの?」

「そりゃ、そうかもだけどさ。納得いかないぜ」


 村の外には、オレらの知らない暮らしの知恵や技術があるかも知れない。

 外の人と仲良くなって、その技術を取り入れられれば、村は今よりもっと発展させられるだろう。

 災いを呼ぶという霊力持ちだって、同じ人間だ。

 会ったことはないが、災いを呼ぶ程の力を上手く使いこなせたなら、むしろ村の為になるんじゃないか。


 思いつくままにそんな理想を語れば、右京が箒の柄でオレを小突いた。


「夢を語るのは良いけどさ、手もちゃんと動かして。そんなんじゃ、終わらないよ」

「……小姑(こじゅうと)

「聞こえてるんだけど……?」


 眉間にしわを寄せた右京を横目に、オレは誤魔化すように口笛を吹いた。


「伊吹は面白いことを考えるのね。それが実現したら、素敵だわ」

「だろ!?」

 

 神棚の(さかき)を取り替え終わった桜華が、こちらに来てくすりと笑う。

 肯定されたことが嬉しくて、オレもつられて笑顔になった。


「まあ、その為にはまず、村長を納得させなくちゃならないけどね」

「まあなー……」


 現実に引き戻すような右京の言葉に、少々憂鬱な気持ちで父の顔を思い浮かべる。


 父は信心深い人だ。


『代々語り継がれて来たしきたりや規律を守ることが、村を守ることに繋がる』


 それは、そらんじられるほど繰り返し聞かされた言葉。


"山の神を崇め、日々感謝を捧げるべし"

"余所者は厄を持ち込み、霊力持ちは災いを呼び込む。注意すべし"

"村の外へ出ること無かれ。山を発つもの、常世(とこよ)に誘われん"


 注意を促すものから、抽象的なものまで、村長の家には覚えられないほど多くの伝承が残されている。

 それを守り、伝えていくことこそ、村を纏めるものとしての正しい在り方だと父は言う。


 昔は純粋にそれが正しいと信じていた。

 けれど、そのために起こったことを見た現状、父の考えに疑問を持ち始めている自分が居る。

 

「どうすりゃ良いんだろ……」

「とりあえず、掃除を終わらせれば良いんじゃない」


 真顔で告げられた右京の言葉に、オレは渋々頷き、掃除を再開したのだった。



******



 悩んでいても、日々は過ぎる。

 疑問を持ち始めてから、何度か季節が回った。


 村長としての在り方や理想はさておき、村を良くしたい気持ちは変わらない。

 オレはとりあえず、農地を広げることを決め、村の若い人達を中心に手伝って貰いながら、その作業を進めた。

 失敗もあったけれど、土や肥料、水を調整しながら根気強く続けたおかげで、最近は色艶の良い野菜が取れるようになってきた。

 昨年は不作だったが、今年は稲も収穫出来そうだ。


「よし、休憩にするか!」

「やった!」「休憩だー」


 オレの呼びかけに何人かの子供達が、賛成の声を上げる。

 反対に、数人の若い大人たちは言葉を濁した。


「どうかしたのか?」

「い、いえ。まだ日も高いですし、私達は腹も空きませんから……もう少し作業を続けませんか?」


 そうは言うが、もう昼だ。腹が減っては戦が出来ない。


「遠慮してんのか? 手伝ってもらってるんだから、気にすんなよ! 白米で、とは言えないが、握り飯くらいは食べていってくれ」

「あ、いや……そういうことではなくて」

「わっ、握り飯!? 嬉しい。伊吹の炊くご飯美味しいんだよね!」


 大人たちは更に何か言おうとしたが、子供の元気な声に掻き消される。


「食べ終わったら、鬼ごっこしよう! 休憩なんだし、いいよね?」

「おう、良いぜ。今日は負けねえからな!」


 オレはそう返し、はしゃぐ子供達をなだめると、「とりあえずは飯だな。すぐ作って来るぜ!」と言い残し、木々の奥、村の方へと急いだ。


 我が家へ足を向ければ、辺りはしんと静まり返っていた。

 夜ならばいざ知らず、今は真昼間である。

 不思議に思っていると、遠く川辺の方から微かな喧騒が聞こえてきた。


 何か騒ぎだろうか? 


 オレは音を頼りに、川辺へと急いだ。

 少しずつ現れた村人と共に、彼らの話し声が聞こえ始める。


「川上の村が、土砂に押し流されたらしいよ。山神様の怒りに触れたんだろうねぇ……。くわばらくわばら」

「なんでも、二年も前から儀式に失敗したことを隠してたんだとか。生き残りがうちに助けを求めに来て、分かったんだって」

「死体も着物も上がらなかっただって? その子、生き延びてるのか!?」


 村人の囁くような噂話に嫌な予感がして、自然、足が早まった。

 歩を進める毎に、人の密度が増していく。

 騒めく人波をかき分けながら進めば、甲高い女の悲鳴と、泣きじゃくる子供の声が耳についた。


「や……くだ……いっ!」

「……っ、ーーーー!!」


 近づくにつれ明瞭になっていく音の中、一際大きく響いたのは、男のーー父の怒鳴り声だった。


「村のためだと、何度言えば解るのだ! 早ようせねば、我が村にも厄災が訪れよう」

「やだ、やだぁ……っ、たすけて、おかあさん」


 年老いた人々の隙間から、やっとの思いで前を見る。

 そこには、父に腕を取られ、泣き叫ぶ小さな女の子がいた。

 小柄だが、今年で八つになる小梅(こうめ)と言う名の少女だ。

 時々、畑を手伝ってくれていたのを覚えている。


「ですから、うちの子は霊力持ちなどではありません!」


 小梅の母が、抗議の声を上げながら彼女へと手を伸ばす。

 しかし、村の老人達がそれを阻んだ。


「八つでこの体躯じゃろう? それに、読み書きもまだだと聞く。成長の遅れは明白ではないか」

「おお、おお。赤褐色の目に、黒い髪。ワシも前からこの子は霊力持ちだと思っておった」

「まあ、もし、違ったとしても仕方がない。八つの子はこの子しかいないのだから。村の為に身を捧げるのだ。栄誉なことだと思え」


 笑う老人達が、酷く恐ろしい者に見えた。

 今から何が起こるのかは知らない。

 けれど、少女とその母の様子に、ろくでもないことが起ころうとしているのは分かった。


 ーー父を止めなければ。


 その一心で人波をかき分け、父の前へと飛び出す。


「親父! 何やってるんだよ!」


 勢いよく叫べば、群衆がどよめき、父は不思議そうな目でオレを見た。


「伊吹……? お前、どうしてここに居る。子供には刺激が強すぎるかと、若い衆に見張らせていたはずだが」


 父はふむと思案するように目を伏せた後、再び口を開く。

 

「まあ、来てしまった者は仕方が無い。お前もそのうち追う責任だ。見ていくと良い」

「何、を……っ!」


 父の合図で、控えていた年配の男が小梅を受け取り、担ぐように持ち上げる。

 そして、そのまま流れの速い川の中央へ向かった。

 咄嗟に止めようとして、父に腕を掴まれる。

 父は諭すように告げた。

 

「この山に住む者は、村ごとに持ち回り、定期的に八つになる子を山神様へ捧げる。そうして、村々は平穏を守って来た」

「村の為なら子供一人殺しても良いっていうのかよ!」

「そういう掟だからな」


 冷静な父の言葉に、苛立ちが募っていく。

 今すぐやめさせろと声を荒げようとして、ぞっとする程冷たい父の声に遮られた。


「少し黙っていろ。儀式を始める」


 父はオレに背を向け、川へと視線を移す。

 そして、片手を上げた。

 途端、大きな水音と共に、少女の身体が川に飲み込まれる。

 派手な水飛沫と母親の絶叫が、耳を抜けて行く。

 次の瞬間、オレは父を押しのけ、一目散に川へと飛び込んでいた。


 ……その後のことはよく覚えていない。


 気がつけばオレは、ぐったりする小梅を腕に抱き抱えていた。

 向けられる驚愕の視線と、大量の罵声。

 厄災が起きたらどうしてくれるのか、そんな言葉ばかりが口々に投げかけられる。


 人が一人死にかけたというのに、どうして誰も心配の声すら上げない?

 この状況を当たり前の様に受け入れ、あまつさえ、儀式の中断に腹を立てる大人達が、ひどく恐ろしいものに思えた。

 同時に、じわじわと胸を焦がす様な怒りが込み上げる。


 儀式をやらなければ、厄災が起きる? 

 霊力持ちは災いを起こす?

 馬鹿馬鹿しい。不確定な未来よりも、今ある命の方が大切だと、どうして分からない!


 父をきつく睨みつければ、容赦のない力で頬を打たれた。

 儀式の失敗に怒り狂った父から告げられたのは、「親子の縁を切る」という一方的な一言。

 

 この事件をきっかけに、オレは完全に父と袖を別ったのだった。



******



 木漏れ日のさす森を抜け、川辺へと赴く。

 砂利を踏みしめれば、軽やかな音が鳴った。


 あの事件以来、オレは村の人達から遠巻きにされている。

 親に止められているのか、若い衆や子供達が農作の手伝いに来ることもなくなり、田畑は閑散としていた。

 最近では、長く続くこの日照りも、儀式を失敗させたオレの所為だと言われているんだとか。

 そのせいで、右京と桜華には心配をかけた。二人には、悪いことをしたなと少し反省している。


 父を中心としてまとまった大人達は、神に祈りを捧げることにご執心だ。

 祈るよりも皆で知恵をひねって、身体を動かせば、日照りだってなんだって乗り越えられると思うのに。


 溜め息をつきかけて、首を振る。

 何も悪い事ばかりでは無い。


 先日、外からやってきた、椿ちゃんと紫白さん。

 彼らは都のこと、霊力持ちのこと、オレが知りたい全てを知っていた。

 そして、霊力持ちが皆が皆危険な存在ではないと、自らの身をもって証明してくれた。

 彼らは可能性の塊で、オレは自分の理想が実現できるものだと分かった。

 その夜は、興奮して眠れなくて、次の日は朝から素振りで気を鎮めたっけ。


 あの日のことを思い出して、自然と笑みがこぼれた。 

 オレは紫白さんが作ってくれた立派な墓の前に着くと、足を止める。


「ちゃんと、建てられて良かった」


 これまで何度も行われていた儀式の存在を知り、自分なりに考えて、村の墓場に墓を建てようとした。

 でも、当初はそれを見た村人に『神への供物に墓なんて建てるな、罰が当たるぞ』と、酷く怒られたものだ。


「村の中に作ってやれなくて、ごめんな」


 結局、村外れの場所になってしまったが、紫白さんが丁寧に作ってくれた墓だ。住み心地は最高だと思いたい。

 オレは静かに墓前へ花を供えた。

 目を伏せ、過去、理不尽に葬られた命へ思いを馳せる。


 ふと、背中に視線を感じ、後ろを振り返れば、そこにはここに居るはずのない親子の姿があった。

 

「いぶきおにいちゃん!」


 両手を広げ、飛び込んできた少女を優しく受け止める。


「小梅! どうして、ここへ」


 オレの腕の中でにこにこと笑う少女は、あの日助けた彼女だった。

 あの時、憔悴していたのが嘘のようだ。


「すっかり元気になったんだな。良かったぜ!」

 

 高い高いとひょいと持ち上げてやれば、彼女は「わたし、そんなに子どもじゃないもん!」っと軽く頬を膨らませた。

 謝りながら、地面に降ろしてやる。

 その様子を微笑ましげに見つめていた彼女の母親と目が合った。


「伊吹くん、あの時は何のお礼も……助け船を出すことさえ出来なくて、ごめんなさいね」


 母親は深々と頭を下げ、ひどく申し訳無さそうな声色で告げた。


「何言ってんだよ! あの状況なら、仕方ないぜ。顔を上げてくれ」


 彼女はオレに促されるまま顔を上げると、「ありがとう」と微笑んだ。

 そして、噛みしめるように言葉を続ける。


「おかげ様で、この子もとっても元気になって。ぐったりする小梅を見た時は本当に肝が冷えたけれど……、伊吹くんは私達の命の恩人よ」

「大げさだぜ。あの時は勝手に身体が動いたんだよ」


 照れ臭さに頭を掻きながら、オレは懸念していたことを訊ねた。


「それよりさ、困ってる事は無いか?」


 この村は、とにかく閉鎖的な場所だ。

 あの時の行動に後悔はない。

 けれど、儀式を失敗させたという村中の不満が、彼女達へ向かっていないかが気がかりだった。

 彼女達が住む場所は村の中心部で、今のオレが迂闊に近づけば、迷惑をかけかねない。

 そう思い、顔を出せないでいたのだ。


 小梅の母はオレの言葉に一瞬固まると、気丈に笑ってみせた。


「困り事なんて、ないわよ。あなたこそ、大丈夫なの? 村の若い子達も、あなたのこと心配していたわ」

「そうなのか? てっきり、皆もう、オレとは関わりたくないのだとばかり……」


 驚き、目を見開けば、小梅が声を上げる。


「まさか! みんな、おにいちゃんのこと大好きだよ! あそびに行かせてもらえないって、つまんなさそうにしてたもん」

「そ、そうか」


 食い気味に言う小梅に補足するように、彼女の母も口を開く。

 

「……大人達はあなたのこと色々言っているけど、若い子達の大半は、そんな風には思ってないわ。ただ、大人達の目があって、表立って動けないでいるのよ」

「そう、だったのか」


 ずっと、もう以前のようには戻れないのだと、心の中で思っていた。

 けれど、それはオレの思い込みだったらしい。

 湧き上がる喜びに胸が一杯になる。

 ほんの少しだけ、泣きそうになったのは秘密だ。


「ほとぼりが冷めたら、顔を見せてあげて。きっと喜ぶわ」


 そう言われ、オレは「おう!」と力強く頷いた。

 話が一区切りついた頃、小梅がくいとオレの服の袖を引く。

 

「どうした?」

「わたしね、今日はたすけてくれたおれいをしに来たんだよ。畑しごと、手伝うの! だから、畑いこっ!」


 病み上がりの子に、そんな体力仕事を任せて良いものか。

 小梅の母へ視線で問いかければ、彼女は"大丈夫ですよ"と優しく微笑んだ。

 オレは小梅と目線を合わすと、彼女の頭をくしゃりと撫でる。


「そりゃあ、助かるぜ! ありがとうな」


 そう言えば、小梅は何故か頬を染めながら、心底嬉しそうに「うん!」と頷く。

 それから、にこにことオレの手を持ち、引いた。


「なにからする? 水まき?」

「あ、水撒きは問題無いんだ。この前、来た旅の人がさーー」


 オレは質問に答えながらその手を握り返し、畑に向かって歩き出す。

 そして、最後に一瞬、墓前を振り返った。


 彼らのような者をこれ以上出さない為には、皆の意識を根本的に変えなければならない。

 凝り固まった考えを覆すのは難しい。

 けれど、有り難いことに、あんなことがあった後でも、オレを慕ってくれる人はいるようだ。

 時間はかかるだろうが、若い衆と信頼を結び、村の考え方を土台から変えていこう。

 想いを伝えて、皆で話し合っていけば、彼らが大人になる頃には、きっとこの村を良い方向へ変えられるはずだ。


「いぶきおにいちゃん、いくよー?」

「ああ!」


 呼ばれた声に、しっかりと頷き返す。

 まだまだ先は長いけれど、オレは意義ある一歩を踏み出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ