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第三十九話「巫女」

今回、少し長めです。


 澄んだ、少し冷たい空気が肌を撫でる。

 辺りは静まり返り、私達が階段を登る足音だけが耳についた。


「誰にも会わずに来られて良かった」


 私がそうこぼせば、紫白が軽く頷く。


「ええ、本当に」

「まあ、この時間に起きてる奴は少ないだろ」


 伊吹が苦笑した通り、現在午前四時半頃。

 人々が動き出すまでには、まだ少し時間がある。

 早めに村の中を横切ったおかげで、村長らに会うことも無く、安全に移動できた。

 問題は妨害に来るであろう右京だ。

 少し緊張しながら、鳥居をくぐり抜ける。

 薄暗い境内を見渡せば、予想通り、既に人影があった。


「何、また来たの?」


 (ほうき)を手に持った右京が、迷惑そうにこちらを睨め付ける。

 声色は冷たく、嫌々対応しているのは明らかだ。


「右京、おはよう! 早いんだな」

「別に、普通だろ。それより、伊吹……。いつまで彼らと一緒に居る気? 君たちもこんな早朝に来るなんて、巫女の迷惑になるとは思わないの?」


 右京は伊吹を見て溜息をつくと、そのまま私達へ悪態をついた。

 紫白が眉を顰め、何か言い返そうと身を乗り出す。

 私はそれを制し、代わりに懐から紙包みを差し出した。


「これを右京くんに渡そうと思って持って来たんだけど、受け取ってもらえる?」

「賄賂のつもり? いらない。俺は物なんかには惑わされないよ」

「とりあえず、中を見て! その後は焼くなり捨てるなり、好きにしたら良いから」


 私はそっぽを向く右京へ、無理矢理包みを押し付ける。

 彼はしばらくそれを見つめていたが、「確認するだけ、だからな」と溜め息混じりに呟き、包みを開いた。

 包みが開くと同時に、右京の目が驚きに見開かれる。


「これ、霊符じゃないか! 自らを(にえ)にしたのか……?」

「贄は大げさすぎじゃない? そこには、水と炎の力がこもってる。きっと、役に立つよ」


 右京は信じられないとばかりに、私を見た。


「どうして……」

「あなたたちの力になれたらって、思ったの」


 私は勤めて自然な笑みをつくる。


「ほら、田畑は水が枯れかけていたでしょう?  昨日は私が水をやったけど、また枯れちゃったた時、私がいるとは限らない。でも、この護符があれば、いつでも水を扱える」


 善意の押し付け感は否めない。

 けれど、伊吹が一人で育てていた田畑が心配だというのは、本心だった。

 右京は私の話を聞き終えると、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


「右京くんがいらないなら、伊吹くんに渡してあげて。彼なら、使いこなせるだろうし」

「ああ、オレにくれるなら、有難く使わせてもらうぜ。次の雨も、いつになるか分からないしな」


 伊吹が護符へ手を伸ばそうとすれば、右京はそれを拒んだ。

 そして、複雑そうに私へ護符を突き返す。


「やっぱりいらない。だから、帰って」

「右京……」

「だって、炎を操る妖に、霊力持ちだぞ? 厄災が起きてからじゃ遅いんだ!」


 伊吹が咎めようとして、右京が声を荒げる。

 そして最後に、自身へ誓うように呟いた。


「……俺があいつを守ってやらなくちゃ」


 あいつというのは、もしかしなくても桜華ちゃんのことだろう。

 右京は本当に桜華ちゃんが好きなんだな。


「右京、それはただの伝承だぜ? 今まで、そんな厄災起きたことないだろ。ちゃんと自分の目で見て決めろ」


 諭すように言う伊吹の言葉に、右京の瞳が揺らぐ。

 けれど、彼が私達を受け入れるには、まだ時間がかかりそうだった。

 さて、どうしたものか……。


 悩んでいると、拝殿の戸が開き、中から長い桜色が現れた。

 一瞬、私と目が合う。

 彼女は目元を少し緩めると、そのまま視線を右京へ移した。


「右京、彼らは私のお客様でしょう? 通してあげて」

「けど、桜華……」

「けど、じゃないわ。それにどんな方であれ、参拝に来られた方へは、感謝を持って接しなくてはだめよ。あなたは神社の跡取りなんだから、尚更」


 桜華が二つに結わえた髪を揺らしながら、右京に言えば、彼は気まずそうに目を逸らした。

 桜華は静かに溜息をついた後、私達を手招く。


「お待たせしてすみません。どうぞ、こちらへ」


 なんだか居た堪れないが、かける言葉がみつからない。

 私は桜華に促されるまま、右京の横を通り抜け、拝殿の中へと足を踏み入れた。


 注連縄の下を潜れば、より一層神聖な空気を肌に感じた。

 桜華について畳張りの床を進み、灯籠に照らされた祭壇の前まで歩く。

 時折、ふわりと漂う森のような涼やかな香りは、お香の匂いだろうか?

 不思議に思いながら辺りを見回せば、天井からは祭壇とこちらを区切るように(すだれ)や白い紙が垂れ下がっているのが見えた。


「では、さっそくですが、今から朝の神事を行います。そちらへお座り下さい」


 桜華の呼びかけに、少し畏まりながら畳へ膝をつく。紫白も軽く頷いて、私の隣へと座った。


「右京、入るぞ」

「ああ……」


 伊吹が右京を促す声がして、彼らが私達の後ろへ座る気配がする。

 桜華は私達の体勢が整ったことを確認すると、祭壇の前まで移動し、(ひざまず)いた。

 彼女は祭壇の下、台に掛けられた抜き身の剣をそっと手に持つ。


()けまくも(かしこ)き山の大神(おおかみ)。我、大神を(おが)(たてまつ)りて、(かしこ)(かしこ)(もう)す」


 祝詞(のりと)、というのだろうか。

 前世のどこかできいたことのあるような言葉が、耳を抜けていく。


「我、世の諸々の禍事(まがごと)罪穢(つみけがれ)れを(はら)い清め、人界の守護を切望せん。大神よ、今日(こんにち)の天意を我に授け示し給へ」


 祝詞を唱え終わると同時、桜華の両手で掲げられた剣が鈍く輝き出した。

 ふいに、彼女が此方を振り返る。


 ぞくり、と今まで感じた事の無い強烈な悪寒が背筋を駆け抜けた。


 これは、何? 


 殺気と呼ぶには優しく、気のせいだというには強すぎる視線が肌を焼く。

 しかし、視線の主は分からなかった。

 こちらを振り返った桜華の瞳に、私は写っていない。

 桜華はぼんやりとした表情のまま、虚ろな瞳

を宙へとやり、ここでは無いどこかを見つめていた。


 只事では無い雰囲気に、思わず紫白の服の裾を掴む。

 紫白はそれには何も言わずに、不審な目で桜華の方を見ていた。

 剣は尚も鈍く、不気味な輝きを放っている。


「今日、村々に著変無し。客人を持て成し給うが吉」


 淡々とした声が、静かに拝殿へ響いた。

 数秒の間。そして、何かが抜け出たかのように、桜華の瞳に光が戻っていく。


「今、のは……」


 私が呆然と呟けば、ぶっきらぼうな右京の声がした。


「今のが君達の見たがっていた、"神の声を聞く巫女"だよ。……あまり、じろじろ見ないでやって」


 右京は私達から隠すように桜華の側へ歩み寄ると、優しく彼女を揺する。


「桜華、剣を置いて。お勤めは終わったよ」

「……あっ、そうね」


 桜華は右京の呼びかけにハッとすると、祭壇へ剣を返した。


「どう、でしたか? あなた方の期待に応えられていたら、良いのですけれど……」

「あ、えっと。期待通りです。ありがとう!」


 こちらの様子を伺う彼女へ、不気味だったとは言い辛い。

 というか、そんな事言ったら右京に殺されそう。


「桜華、そんな事聞かなくて良いだろ。見世物じゃないんだから」

「もう、右京ったら。山神様も客人には尽くせと仰られていたのに、それではだめよ。もっと笑って」

「ははっ、そりゃあ良い。右京ほら、笑顔だぜ!」


 見本のように歯を見せて笑う伊吹も、それに不服そうな右京も驚くほどいつも通りだ。

 彼らにとって、あれは当たり前の光景なのだろうか。

いや、それとも、不気味に感じていたのは私だけ……?

 紫白はどう感じていたのか聞こうとした時、桜華の声が飛んだ。


「ねえ、あなた方はこれからどうするの?」

「用事は済みましたので、都へ戻ります。……彼も、そうして欲しいでしょうしね」


 紫白が右京を見ながら答えれば、右京は気まずそうにそっぽを向く。

 神託があった手前、面と向かって帰れとは言い辛いのだろう。


「そう……。なら、心ばかりですが、是非もてなされて帰って下さい。神もそれをお望みです。右京、蔵に梅を蜂蜜で漬けたものがあったわよね? それをお二人にお出ししましょう」

「……分かった」


 右京は桜華の言葉に頷くと、私達へ背を向けた。


「あっ、待てよ。オレも手伝うぜ」

「一人で大丈夫だよ。子供じゃあるまいし」

「いーから、いーから!」


 伊吹が右京の後を追い、そのまま彼らは拝殿を後にする。


「……いやに、素直でしたね」

「彼なりに、礼を尽くそうとしているんだと思います。それから、一昨日の件は私も申し訳ありませんでした」


 桜華の言葉に、紫白はなんとも言えない表情で「いえ……」と返した。

 桜華の視線が私へと移り、にこりと微笑まれる。

 良かった。いつもの桜華ちゃんだ。

 私はほっと胸を撫で下ろす。


「もしよろしければ、彼女と二人でお話がしたいのですが、かまいませんか?」

「何故? 僕が居ては出来ない話ですか」


 突然の申し出に、紫白が牽制するように言えば、彼女はしおらしくまぶたを伏せる。


「私……同世代に女の子がいなかったので、女の子同士のお話に憧れていまして」


 桜華はちらちらと、話を合わせろとばかりに私へアイコンタクトを送って来た。

 さっきは怖かったけれど、今の彼女は大丈夫そうだ。

 私は心配気にこちらを見る紫白へ向け、心配いらないと声をかける。


「そうだね。私も同世代の女の子と話してみたいかも。良いかな?」

「貴方がそう言うなら、構いませんが……大丈夫なんですか?」


 先程の光景を含めて、大丈夫なのかと言外に問われた。

 やはり、紫白も不気味に思っていたのか。

 私が「多分……」とこぼせば、彼は軽く息を吐く。


「なら、僕はあちらにいますから、何かあれば言って下さい」


 紫白はそう言うと、拝殿の入り口の方へ移動し腰を下ろした。

 私達が見える範囲から出ないあたり、桜華への警戒が伺える。

 桜華は紫白の方を見ながら、小声で私へ耳打ちした。


「紫白さんって、とっても優しい方なのね。あんなに貴方のことを心配して……愛されてて、羨ましいわ」

「あっ、愛!?」


 直接的な表現に顔を赤らめた私を、桜華がからかう。


「あら、違うなんて言わせないわよ? さっきの会話も、お互いの信頼が滲み出ていたもの。ねえ、紫白さんのどこが好き? 出会いはいつ?」

「し、紫白は家族みたいなものなんだし、そういうのじゃ……!」


 矢継ぎ早に飛んでくる質問に、慌てる私。

 じゃれ合う私達を見て、紫白が表情をゆるめたのが分かった。

 とくん、と脈が波打つ。


「……いや、ないない」


 美形はどんな表情もかっこいいなって、再確認しただけだ。


「何がないの? やっぱり、好きだなって思ったんでしょー」

「もうっ、いい加減からかうのはやめて! そういう桜華ちゃんは、好きな人いないの? ほら、伊吹くんとか」


 "桜華は伊吹に淡い恋心を抱いている"

 そのゲームの知識を持ってしてかまをかければ、彼女は顔を赤らめ、頬へ手をやった。


「私って、そんなに分かりやすい?」

「うん。桜華ちゃんもさっきすっごく優しい目で彼のこと見てたよ」


 照れる桜華に、少し胸がすく。

 本当は、私の洞察力じゃ全く分からなかったのだけども。

 ゲーム知識様々だが、ずっとからかわれてばかりだったので、これくらいは許して欲しい。


「指摘されるのって、思ってたより恥ずかしいのね……」

「分かってくれた?」

「ええ。ふふ、ごめんなさい。恋の話をするなんて、初めてで楽しくって、つい。伊吹はね、私の初恋なの。でも、伊吹は私のことなんて妹くらいにしか見てないわ」


 桜華と関わる伊吹の様子といい、ゲームのルート内容といい、確かにその通りだと思う。

 咄嗟に否定出来ずに口を噤めば、桜華は苦笑した。


「分かってるのよ。それに、私には巫女の勤めがある。恋にうつつなんて抜かしてられないわ。だから、この気持ちは胸に閉まっておくつもり」

「じゃあ……もし、村から出て、自由になれたら?」


 ありえる未来の可能性を告げれば、彼女はしんみりと笑った。


「……もしも、なんて考えても仕方ないわ。それより、もっと現実的な話をしましょう?」


 はぐらかされた気がするが、桜華の話題に乗ることにする。


 「現実的な話って?」


 そう訊き返せば、彼女はパアッと瞳を輝かせた。


「あのね、私ずっと考えていたのよ。あなたともっと話していたいけど、もうすぐ出来なくなってしまうでしょ?」

「それはまあ……」


 帰るから、仕方がないよね。

 私の返答に、桜華は勢いよく私の手を取った。


「だからね、文通しましょう?」

「えぇ?」


 意外、という程ではないが、予想していなかった提案に驚く。

 桜華はキラキラとした目のまま続けた。

 

「以前、商人の方から聞いたのだけど、都ではお友達同士で文を交換し合うのが流行っているのでしょう? 私達もやってみたいわ!」


 言われてみれば、最近、町に可愛い封筒や便箋を取り扱う店が増えていた気がする。

 手紙を出す相手なんていないし、知らなかった。

 でも、文通をするには問題があると思うぞ。


「桜華ちゃん、楽しそうなところ悪いんだけど……都と村って遠いから、届けるのは難しいんじゃないかな?」


 ここは死の森に囲まれた、妖がばっこする山中の村。こんな辺境には、飛脚も来たくないだろう。

 伝書鳩とかも、実際やるには鳥の訓練から始めなきゃならないって聞いたことがあるし。


「あ、そうか。そうよね……」


 私の言葉に桜華はしゅんと語気を弱め、大きな目を伏せた。

 ちょうどその時、タイミングよく戸が開き、右京達が戻って来るのが見える。


「どうしたの?」

 

 悲しげな様子の桜華を見留めた右京が、急ぎ足でこちらへ向かって来た。


「椿ちゃんと文通をしたいと思ったのだけれど、文を送る手段がない事に気付いて……」

「椿、ちゃん?」


 訝し気な、少し嫉妬を含んだ右京の視線が私に突き刺さる。


 この短時間に何があったって顔ですね。

 実際には一昨日会って話してる訳だけど、数分でこの距離感は確かにおかしいよな。


 そのことに、桜華も気付いたようだ。

 慌てて、取り繕おうと口を開く。


「短時間だけど、彼女とは凄く気が合ったのよ。ね、椿ちゃん!」

「う、うん。是非、文通友達になりたいな」


 桜華と話を合わせれば、右京は不服そうながらも、納得してくれたらしい。


「そう……。なら、これを使いなよ」


 そう言って彼は懐から文字の書かれた紙札を二枚取り出すと「出でよ」と一言口にした。

 途端、手の中から紙が消え、ぽんという音と共に白い煙が浮き上がる。


「くるっぽー」「くくるる!」


 差し出された手の平の上、気の抜けた声を出しながら表れたのは、二匹の鳩らしき生物だった。


「これは……?」


 鳩、というには生気がなく、近くで見ると毛も生えていない。紙のようになめからな肌に、つるりとしたフォルム。

 まるで、デフォルメされた鳩の絵を見ているようだ。


「式神だよ。俺は君達みたいに術は使えないけど、これくらいは出来る」


 右京は二匹のうち、白い方を私へ、黒い方を桜華へと差し出した。

 右京の手を離れた鳩らしき生物は、バサバサと羽を羽ばたかせ私達の肩へと飛び乗る。


「文を持たせれば、どんなに離れていても互いの元へ飛んで行くよ」

「まあ! すごいわ、右京。それにこの子、とっても可愛い」


 桜華が感嘆の声を上げ、それに反応するように黒い鳩もどきが彼女の頬へ擦り寄った。

 一連の流れを見ていた紫白が腰を上げ、こちらに近づき、珍しいものを見るように鳩達を眺める。


「呪符……、ですか。初めて見ました」

「君達には馴染みが薄いかもね。これは普通の人間でも力を扱えるように、陰陽師が作ったものだから」

「普通の人でも?」


 私の問いかけに、右京が答えてくれた。


「そうだよ。本に書かれてある呪いの文字を、寸分違わず写すんだ。そうすれば、誰だって妖に対抗出来るし、生活だって豊かになる」


 珍しく饒舌に話す右京に驚いていると、伊吹が私と紫白へ湯呑みを差し出しながら笑った。


「ははっ、こいつ、呪符を作った陰陽師のことが大好きなんだよ。あ、これ蜂蜜梅の水割りな」

「ちょっと伊吹、尊敬していると言ってよ」


 言い合う二人を眺めながら、私は受け取った湯呑みへ口を付けた。

 梅の酸味と蜂蜜の甘さが混ざり合い、口の中に広がる。


「美味しい」

「でしょ? ふふ、紫白さんも気に入ったみたいね。良かった」


 桜華の言葉に紫白の方を見れば、彼もちびちびと湯呑みを傾けていた。

 ふと、湯呑みを離した紫白が右京へ問う。


「それにしても、これで本当に文なんて運べるんですか?」


 紫白の視線は、私の肩口へ注がれている。

 白い鳩もどきが、「ぽっぽー」ととぼけた声で鳴いた。


 うん、気持ちは分からなくもない。


 鳩の身体辺りをつつけば、なんともいえぬもっちりとした弾力が指に伝わる。


「勿論だよ。何なら運ばせてみる?」


 右京は当たり前だと、自信たっぷりに言い放った。

 紫白はそれを見て、深く考えるのを辞めたらしい。一つ頷き、話を流す。

 

「そうですか。いいえ、出来るというなら、それで構いません。それより、何でこんなものをくれるんです?」

「別に……、貰いっぱなしは性に合わないだけ」


 ツンと告げた右京の肩を伊吹が豪快に叩く。


「おまえって、本当に素直じゃないぜ!」

「うるさいよ、伊吹」


 右京は迷惑そうに眉をしかめたが、伊吹を払いのけようとはしない。


「それに、桜華があんなに楽しそうなの、久しぶりに見たから……」


 ぼそりと声を落として告げられた言葉は、鳩と戯れる桜華には聞こえていないようだった。

けれど、私達三人の耳には、ばっちりと届いている。


「なっ、なんだよ。何でそんな目で俺をみる!」


 私達の生暖かい視線に、右京がたじろぐ。


「くるる!」

「あっ! だめよ、鳩さん」


 黒鳩が右京の頭に飛び乗って、捕まえようとした桜華が右京にぶつかり、よろめいた。

 咄嗟に右京がそれを支えた結果、二人の顔が近づく。

 ぼんっと右京の顔が朱に染まる。


「ごめんなさい。支えてくれ、ありがとう。って、どうしたの右京? 顔が真っ赤よ?」

「な、なんでもない」

「そう? あ、ねえ、伊吹。あなたも鳩さん触らない? こういうの好きだったわよね」

「いや、オレは……」


 桜華が捕まえた黒鳩を手のひらごと差し出し、恐る恐る手を伸ばす伊吹を愛おしそうに眺めた。

 それを見て、右京が少し寂しそうに下を向く。


 ……桜華ちゃんって自分に対する好意には疎いタイプだったんだな。

 頑張れ右京くん。私は不憫な右京へ、心のなかでエールを送った。



******



「椿、そろそろ帰りましょう」


 鳩と戯れたり、皆と話をする内に気がつけば日が昇り始めていた。

 他の参拝者が来ない内に帰らなければならない。

 私は紫白の言葉に頷き、立ち上がる。


 ふと、祭壇の奥から再び焼けるような視線を感じ、振り向くが、そこにはただ剣があるだけだ。

 やっぱり、気のせい……?


 立ち止まる私を紫白が呼ぶ。


「椿、行きますよ?」

「あ、うん」


 促されるまま拝殿を後にすれば、桜華を筆頭に伊吹と右京も見送りに出て来てくれた。


「伊吹くん、三日と少しの間お世話になりました」


 一番長く共にいた彼へ礼を言えば、私に続いて紫白も頭を下げる。


「気にすんな! こっちこそ、色々ありがとな」


 伊吹は私達を見てそう返すと爽やかに笑った。

 続いて、桜華に向け言葉を投げ掛ける。


「桜華ちゃんもありがとう。無事向こうへ着いたら、さっそく文を出すね」

「ええ、待ってるわ!」


 桜華は寂しさを飲み込んだように、綺麗な笑顔を浮かべた。

 最後に右京へ、鳩の礼を告げる。

 すると、右京は仏頂面のまま私にしか聞こえないような声で、ぼそりと呟く。


「式神をやったんだ……。桜華と仲良くしてやって」

「ふふ、了解」

「なんで笑う」

「いや、なんでもないよ」


 微笑ましさに私が笑えば、右京は決まりが悪そうにそっぽを向いた。


「じゃあ、行くね。さよなら」

「おう、気をつけて帰るんだぜ!」

「またいつでも遊びに来てね」


 和やかに手を振りながら、彼らへ別れを告げる。

 階段を下りながら紫白の方を見れば、彼はとても清々しそうな表情を浮かべていた。


「紫白、嬉しそうだね」

「無事に村から出られるのですから、それはもう。貴女もここの数日は悪夢に魘されていませんし、神の助言を信じてみて良かったですね」

「うん。着いて来てくれてありがとう」


 私の言葉に、紫白が嬉しそうに微笑んだ。


「ふふ、ありがとうございます。でも、気を緩めるのは家に着いてからですよ。また妖と遭遇しないとも限りませんし」

「ええ、もちろん」


 歩みを進めれば、再び肩の上で鳩もどきが鳴く。


「くるっぽー」

「しかし、なんとも言えない間抜けな鳥ですよね」

「あはは。でも、なんだか可愛いよ。もちもちだし」

「そうですか……?」


 微妙な表情をする紫白を見ながら、肩に手をやれば、鳩は嬉しそうに頬をすり寄せた。

 もっちりとした感触を楽しみながら、私はさっきのこと思い出していた。


 あの視線は、一体誰のものだったんだろう。

 神託を受ける時の桜華の様子と剣に、恐怖を感じてしまうのは、やはりゲームの記憶があるせいだろうか。


 最悪、私は彼女とあの剣に切られるんだよね……。


 桜華達と仲良くなった現状、そんなことは起きないと思いたい。

 けれど、気のせいだと片付けるには、嫌な予感が消えてくれなくて。

 私は先の平穏を願いながら、騒めく胸を押さえつけたのだった。

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