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第三十八話「善意の示し方」


「護符を作る!?」


 強い陽射しの差し込む小屋の中、驚く紫白の声が木霊す。

 私は紫白の傷口に巻かれた手拭いを取り替えながら、神妙に頷いた。


「うん。右京くんを納得させるには、それが一番良いんじゃないかと思うんだ」


 昨晩、思いついた提案。

 それは護符を作り、右京へ渡すというものだ。


 自分の霊力を削り、護符を作るという行為は、善行の証明に相応しい。

 善意は目に見えない。人によって感じ方も違う。

 私達がどれだけ良い人として振る舞おうと、右京が否定する限り、私達は善人になれない。

 ならば、形として示すのだ。

 その為には、これが一番手っ取り早く、分かりやすい。


 右京は霊符の作り方を知っている。

 だからこそ、こちらが危険を冒してまで彼のために作ったと分かれば、無下に追い返せないはずだ。

 

 私の提案に、案の定紫白は難色を示した。


「危険です。護符って、例の霊符と同じものでしょう? 貴女が倒れでもしたら、僕……」

「だからこそ、だよ。悪人なら、こんなことしないでしょう?」

「確かに、そうかも知れませんが……」

 

 紫白はそう言うと、静かに目を伏せた。

 足音がして、朝食の膳を片付けていた伊吹が戻って来る。

 彼はさっきの話を聞いていたらしく、思案するように口を開いた。


「……まあ、身体張られたら、右京も納得するかもな。でも、大丈夫なのか?」

「大丈夫。護符を作ったからって、絶対死ぬわけじゃないし」


 一瞬、護符を作る福兵衛を思い浮かべ、手元に意識を戻す。

 そして、そっと新たな手拭いを巻いた。


 紫白の怪我は、順調に治ってきている。

 まだ少し赤みはあるものの、傷口は(かさぶた)に覆われ、腫れも殆ど引いてきていた。


 ほっとしながら処置を終え、手を離そうとした時、紫白が私の手を掴む。


「紫白?」

「あなたの考えが、間違いだとは思いません。ですが……心配、なんです」


 紫白の瞳が、不安そうに揺れる。

 少し言葉に詰まったが、私も引けない。

 何より、長く村に留まることは紫白も本意じゃないはずだ。


「ありがとう。でも、やらせて。こうするのが、都へ帰る近道だと思うんだ。もちろん、無茶はしないって約束する」


 私は紫白の手に空いていた方の手を重ね、自信ありげに笑った。


「それに、多分大丈夫。私、福さんが作ってたところ見てるし」

「見るのと、実際にやるのは違います」

「分かってる。でも、紫白だって言ってたじゃない。私は、想像力が豊かだって」


 なおも心配そうな紫白へそう告げれば、彼はふぅと小さな溜息を落とす。


「貴女って、結構強情ですよね……」

「そうだよ、嫌いになった?」

「まさか。そんなところも含めて、大好きですよ」


 甘やかな声色と優しい視線に、私は今し方、何故あんな軽口を口走ったのかと後悔した。

 久しぶりに見た紫白の表情に、思わず押し黙っていると、遠慮がちな伊吹の声が飛ぶ。


「えーっと……、話はまとまったのか? 霊符用の札がいるなら、持って来るぜ?」

「あ、うん。そうだね、ありがとう」

「おう! じゃあ、ちょっと待っててくれ」


 伊吹が去った小屋には、なんとも言えない空気が漂っていた。


「……伊吹くん、待って! やっぱり私も付いてく」

「え? 椿」


 場の雰囲気に耐えきれなくなった私は、困惑する紫白を置き去りに、外へと駆け出したのだった。



******



「あー……確か、この辺にっと」


 小屋の裏、乱雑に積まれた箱の中へ、伊吹が探るように手を伸ばす。

 

「あ。あったぜ!」


 そう言って彼が取り出したのは、いかにも年季が入っていそうな小さい木箱だった。

 蓋を開ければ、見覚えのある木の札が姿を表す。

 伊吹がそれを持ち上げ、息を吹きかけると、埃が宙を舞う。


「けほっ、けほ……。随分、古そうなやつだね」

「ああ、悪い。昔、右京から練習用に貰ったやつなんだ。結局オレは使えなかったけど、取ってて正解だったぜ」


 渡された札をしげしげと眺める。それは何の変哲も無い、ただの板に見えた。


「これに力を込めれば、護符が出来る……んだよね?」

「おう、多分な。でも、右京は自分の力は込めてなかったし……オレじゃあ詳しい仕組みは分かんないぜ」


 ごめんなと笑う伊吹の隣で、私の後を付いてきた紫白が口を開く。


「昨夜の彼を見るに、力が固定出来る媒体なら何でも良いのでは無いでしょうか?」

「そういうものなんだ」


 福兵衛も右京も木の札を使っていたから、何か特別な仕掛があるのかもと思ったが、違うらしい。


「ところで、椿。作り方、僕にも教えていただけますか?」


 木箱の中からひょいと残っていた札をつまみ上げ、紫白がにこりと笑う。


「え、でも……」


 確かに紫白も護符を作れば、右京に対しての効果は上がるだろう。

 けれど、もし、紫白が護符作りに失敗してしまったら……?


「自信はあるんでしょう? 貴女にだけ危ないことをやらせるなんて、嫌なので。せめて、僕が先にやって確かめてみましょう」


 躊躇う私へ、紫白が追い討ちをかけるようににこりと告げる。


「人に説明出来ないぐらいなら、やはり危険ですね。辞めておきましょう」


 そんなことを言われたら、説明せざるを得ないじゃないか。


「……分かったよ、話す。でも、絶対無理しちゃダメだからね」

「自分のことは気にしないのに、僕のことは心配するんですか」

「当たり前でしょう?」


 私の言葉に紫白が苦笑する。

 けれど、目元は嬉しそうに緩んでいた。


「ふふ、では、ここでするのもなんですし、一旦室内へ戻りましょう」


 紫白に促され、木箱を持って小屋へと戻る。

 二人が腰を下ろしたのを見届け、私は説明を始めた。


「じゃあ、説明するね。まずは札を目の前に掲げます」

「はい。こうですね?」


 私の指示通りに、紫白が札を目の前に掲げ持つ。


「そしたら、呪文を唱えます。『我が妖気を以って彼の者を守護する力と為らん。力よ、此処へ留まり、彼の者に加護を与え給へ

』」


 紫白は呪文を唱えずに、私へと問いかけた。


「椿、その呪文は福兵衛が唱えていたものですか?」

「うん、そうだけど」

「なら、そのまま使ってはダメです」

「どうして?」


 何か間違えていただろうか。結構前のことだし、呪文間違えたかな?

 不安になりながら紫白を見れば、彼は諭すように続ける。


「椿、呪文は対象を定め、術を発動しやすくする為のものです。福兵衛が唱えた呪文は、あくまで福兵衛が使うためのもの。貴女には、貴女の呪文が必要ですよ?」

「あ、そっか」


 術を習い始めた頃、教わった話だった。

 この呪文の該当者は、妖。私は妖ではないのだから、呪文もそれに対応させなければならない。


「ごめん。じゃあ、もう一度。『我が霊力を以って彼の者を守護する力と為らん。力よ、此処へ留まり、彼の者に加護を与え給へ』」


 これで大丈夫かと聞けば、紫白はにこりと頷いた。


「では、その際に頭に浮かべることは何ですか?」

「イメージするのは、霊力を纏った自分。そして、それを札に集中させるの」

「集中させる力は、具体的にどのくらいです?」

「もちろん、全部じゃない。拳一つ分くらいの力、で良いと思う」


 教えるはずが、いつの間にか教わる側になっている。

 けれど、紫白と交わす一問一答のおかげで、自分の中の術のイメージがより明確になった。

 紫白はこうすることで、私へより安全に術を使わせたかったのかも知れない。


 一通りの質問を終えると、紫白は「では、やってみましょうか」と呟いた。

 彼の纏う雰囲気が、真剣なものに変わる。

 紫白はすっと目を細めると、札を掲げ持つ手へ力を込めた。


「我が妖気、霊力を以って彼の者を守護する力と為らん。力よ、此処へ留まり、彼の者に加護を与え給へ」


 呪文と共に、紫白の身体を赤いオーラが包む。

 紫白は一呼吸置くと、札へ意識を集中させた。

 途端、札が眩く輝き、強い光を放つ。

 

「は……っ」


 紫白が小さく息を吐き目を開けると、呼応するように札の光も収束していった。


「出来ましたよ」


 完成した護符を差し出しながら、紫白が表情を緩める。

 しかし、私はそれどころではなかった。


「え、えぇ!? 紫白、早すぎない? 福さん、もっと時間掛かってたよ」

「そうですか? きっと椿の指示が的確だったんですね」


 驚きで、開いた口が塞がらない。

 二度三度、えらいえらいと頭を撫でられたが、絶対私の力ではない。紫白の素養が凄かっただけだ。


「まあ、うん……。紫白がなんともないなら良かったよ」


 力なく告げる私へ、伊吹がキラキラとした目を向ける。


「凄かったな、今の。赤く光って、むちゃくちゃ綺麗だったぜ! 椿ちゃんも、やって見せてくれよ」

「わ、分かった……」


 紫白みたいなのを期待されても困るぞ。

 困惑しながら頷けば、紫白が優しく言った。


「椿はゆっくりで大丈夫ですからね」

「うん……」


 その言葉に励まされ、自分のペースで頑張ろうと己を奮い立たせる。

 札を持ち上げれば、軽くパサついた感触が手に伝わった。

 私は自分を取り巻く霊力をイメージしながら呪文を紡ぐ。


「……我が霊力を以って彼の者を守護する力と為らん。力よ、此処へ留まり、彼の者に加護を与え給へ!」


 ドッと、身体の力が抜ける感じがした。

 札へ力を込めるよりも早く、薄い青色をした光が空中に飛散する。


「椿!?」


 気づけば私は、その場に膝を着いていた。

 咄嗟に腕を伸ばした紫白に助け起こされる。


「あ、私……?」


 失敗したのか。

 今起こった出来事を反芻していると、紫白が神妙な顔で言った。


「椿、はやり護符作りは中止しましょう。僕のが一枚あれば、充分ではありませんか?」

「それは、そうかもだけど……」


 あれだけ、失敗しないって言っておいて……恥ずかしい。いや、生きているんだから、大失敗では無い。ケアレスミス的なアレだよ、うん。

 それに、福兵衛も紫白も作れたのだから、私だって出来るはず。

 

 羞恥心を払いながら、もう一度護符を作ろうと立ち上がり、予想外に力の入らない足に気づく。

 思わず、側にあった紫白の腕にしがみついてしまった。


 傍から護符作りを見守っていた伊吹が、心配そうに私へ声をかける。


「大丈夫か……? 紫白さんの見てついはしゃいじまったけど、危険なもの……だったんだよな」

「いや、全然大丈夫だから。気にしないで」


 力なく首を振れば、紫白が腕ごとそっと私を座らせた。


「ほら、身体は正直です。貴女が思っているよりも、疲弊している。次に失敗したら、どうなるか分かりません」

「今のは、ちょっと力を込める要領が分からなかっただけ。次は大丈夫だから!」

「椿……」


 咎められるが、はい辞めますとは頷けない。桜華ちゃんとの約束もある。準備は万端にしておきたい。


「じゃあ、紫白が力を込める瞬間を合図してくれるっていうのはどう?」


 私の言葉に紫白はこめかみを抑えつつ、諦め気味に言った。


「そうですね。無理矢理止めても、貴女はやってしまうんでしょうし……。分かりました、やりましょう」

「ありがとう、紫白!」


 内心、心労をかけてすまないと思いながら、気合いを入れて立ち上がる。

 そして、再び札を構えた。

 中腰の姿勢をとった紫白が、後ろから支えるように私の札を持つ手へ手を添える。


「良いですか? 力を込めるというより、注ぐんです。溢れた水を器に移し替える姿を想像して下さい」

「分かった」


 瞼を閉じ、言われるままイメージを想い描き、もう一度呪文を紡ぐ。

 力が満ちる。溢れて、流れ出していく。


「椿、今です!」


 紫白の手が、私の手を力強く包んだ。

 薄眼を開ければ、水色に発光する自分が居た。

 両手で札を握り、意識を集中させる。


 札は器、私は水。

 流れろ、流れろ、この手の中に。

 でも、決して溢れるな。


 誰かが助けを求めた時、手を差し伸べる為の力よ、お願いここに留まって。


 どのくらい時間が経ったのだろうか。

 ゆっくりと光が手の中に収束していき、ふわりと消えた。

 ほんのりと熱を持った札の感触が、手に伝わる。


「私、出来たの……?」


 私はほっと息を吐きながら、疲労感に背後へもたれかかった。


「ええ、お疲れ様でした」


 紫白が私を抱き止め、ぽんぽんと頭を撫でる。


「半刻もよく頑張ったな、無事で何よりだぜ! はい、水分」


 礼を告げ、伊吹から差し出された湯飲みに口をつけた。

 喉元を通る冷たい水に、身体が生き返る心地がする。


「で、これはいつ持って行くんだ?」

「ん、明日の早朝にしよう」


 私はごくりと水を飲み込み、言葉を続けた。


「昨日は夜行ってダメだったから。それなら、まだ参拝者の居ない朝の方が良いかなって」

「確かに朝なら、"巫女が疲れているから面会出来ない"とは断れませんね」


 紫白がにこりと、それはもう凄みのある笑顔を浮かべる。


 昨夜のこと、かなり根に持ってたんだな……。

 朝にしたい本当の理由は桜華に言われたからなんだけど、彼女と会ったことは秘密なので最もらしく話してみた。

 納得してくれたようで良かった。


「分かったぜ。じゃあ巫女の方にだけ、伝えとく。右京に知られたら、また門前払いされるかもだしな」


 眉を下げた伊吹へありがとうと言えば、彼は「全然だぜ!」とにかっと歯を見せて笑った。

 私は手元と足元へ置かれた二枚の護符へ視線を移す。


 これで、ちゃんと右京が納得してくれればいいんだけど……。


 私は残りの水を少しずつ飲みこみながら、明日の朝へ想いを馳せるのだった。

 

<補足>

『霊符』:妖力や霊力の込められた符の総称

『護符』:霊符の中でも、使用者を守ることを考えて作られたもの


この二つに明確な違いはなく、作る側の心持ちで呼び名が変わっているだけです。

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