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第三十七話「月下の桜」  


 月明かりに照らされた桜華が、私の存在に気づいて、驚きに目を見開く。

 彼女の涙に濡れた瞳が、逡巡するように揺れた。

 相対する私は、一歩もその場を動けない。


 予想外過ぎるのだ。

 なんたってこの世界のメインキャラ達は、いつも唐突に現れるのだろうか。

 もう少し、心の準備をさせて欲しい。


 混乱する頭を落ち着かせながら、どう対処するべきか脳をフル回転させる。


 桜華にどうやって会うか悩んでいたのだから、ここで会えたのは幸運に違いない。

 しかし、問題があった。

 右京は、身内に対してかなり過保護である。

 伊吹であれなのだから、恋愛感情を抱いている桜華に対しては、もっと酷いに違いない。

 だいたい、『巫女は疲れている』と断ったのは右京である。

 桜華が夜に警戒している相手と会い、あまつさえ泣いていたとあっては、彼がどう思うのか想像に難くない。


 ……最悪、殺されるんじゃないか? ほら、あの札で。怖すぎる。

 せっかく主人公と会うところまで漕ぎ着けたのに、そんな死に方で今生を終わらせたくない。


 とりあえず、穏便に彼女を神社へ返すのが先決だろう。

 私と会ったことは内緒にしてもらい、あわよくば、桜華に私達が善い人だと思って貰えれば最高。

 よし、方向性は決まった。あとは、行動するだけだ。


 脳内会議が終わり、恐る恐る口を開こうとした時だった。

 桜華が、勢いよくこちらへ走って来る。

 ぐんぐんと近づく、彼女の顔。

 その異様な足の速さに、眼を見張る。


「……っ!?」


 直後、ドンッと全身に強い衝撃が走った。

 大きな瞳が、私を覗き込む。

 

「ごめんなさいっ!」

「はい……?」


 想定外過ぎる言動に、思わず真顔で聞き返してしまった。

 かろうじで分かったのは、私が彼女に押し倒されているという事実だけ。

 転倒の際、咄嗟に着いた手に砂がめり込んで痛い。ついでに言うなら、腰もぶつけた。

 

「あなたが旅の方ですよね!? わたし、私……っ、謝らなくちゃって思って」


 桜華は声を震わせ、なおも涙ながらに訴えた。


 彼女に悪印象を持たれることは、将来、討伐対象にされる危険を孕んでいる。

 対応を間違えば、きっと死因に直結するだろう。

 私は最大限の注意を払いながら、優しい口調で話しかける。


「ええっと……、とりあえず落ち着いて? それから、どいてもらえるとありがたいかな……」

「あっ! 私ったら、なんてことを」


 私の言葉に桜華がハッと顔をあげ、急いで私の上から身を起こした。


「大丈夫だよ。だから、落ち着いて。私は確かに旅の人間だけど、どうしてあなたが謝ってるのか、理由を聞いても良い?」


 彼女は深呼吸し、目元を拭うと、仕切り直すように私へ言った。


「そ、そうですね。……重ね重ね、本当にごめんなさい。私、村外れにある神社で巫女をしている、桜華といいます」

「丁寧にありがとう。私は椿です」

「いいえ、そんな。こちらこそ、ありがとうございます」


 互いに畏まりながら、お辞儀を交わす。


「えっと、謝罪の理由ですけど……。私、昼間に伊吹から、旅の方が私に会いたいと言っていたって聞いていました。ですが、昼はお勤めが忙しくて、夜ならと提案したんです。なのに、いつの間にか右京が対応してしまっていて……」


 桜華はそこまで話すと、再び表情を歪めた。

 目尻に、涙が滲む。


「私……っ、せっかくお参りに来られて、あまつさえ私を訪ねてくださった方に、とても失礼な事をしてしまいました。巫女として、あるまじき行為です……っ!」


 なるほど、彼女は生真面目なタイプらしい。

 ゲーム中の彼女も、確かそんな性格だったはずだ。


「私なら気にしてないよ。だから、そんなに謝らなくて大丈夫。神社へはまた寄らせてもらうし、今日はもう帰った方が良いんじゃないかな? ほら、夜も遅いし」

「駄目です。それは、出来ません」


 今し方泣いていたとは思えない程、毅然とした声が飛ぶ。


「や、でも……」


 早く帰ってくれないと、バレた時に私の身が危ないんだよ。とは言えず、言葉を濁す。


「これは私がすべきことですから。あなたのお話を伺うまでは、絶対に帰りません」


 彼女はそう言うなり、これ以上の問答は不要とばかりに唇を引き結んだ。

 彼女の意思は固いらしい。

 ここでこうしていても、無駄に時間を浪費するだけだ。

 ならば、さっさと話を進めてしまおう。

 私は覚悟を決めると、口を開いた。


「……私はあなたに、神の声を聞ける巫女に会いに来たの」

「ええ、私に出来る事なら何でもします。だから、用件を教えて下さい」

「用件は……」


 そう言いかけて、具体的に何をすれば良いのか、女神から伝えられていない事実に気づく。


 悪夢を無くしたい、桜華達と仲良くなりたい、って願った結果、巫女に会いに行けだもんな。

 あえていうなら、会うこと自体が目的というか……。


 口ごもった私へ、桜華が首を傾げた。


「何か用事があった訳ではないんですか? でしたら、何故わざわざ遠方からこんな山村まで?」


 まずい、不審がられてる。

 『女神の導きで来ました』なんて、正直に話せば、頭のおかしいやつ扱いされる内容。

 けれど、桜華は彼女自身が神の声を聞いている人間だ。

 咄嗟の嘘は粗を突かれれば、不信感を抱かせかねないし……。

 なら、正直に話した方が良いだろうか?


 頭を悩ませている間にも、桜華の表情は困惑の色を深める。


 早く、決断しなければ。ええい、ままよ!

 私は正直に話す事を選択した。


「あの、信じられないかも知れないんだけど、私、神様に助言されてあなたに会いに来たの。だから、用事はあなたに会う事そのものって言うか……」


 私の言葉に、桜華の目が瞬かれる。

 彼女の反応を、ドキドキしながら待つ。

 

「まぁ……そう、そうだったのね。神の声を聞く、私と同じ境遇……。人と違うって辛いですよね」

 

 桜華は静かに呟くと、そっと私の手を取った。


「えっと……?」

「わかりました。きっと、神は私達を引き合わせるためにそう告げられたのです。ええ、そうに違いありません。椿ちゃん、ぜひ私とお友達になりましょう!」


 思わぬ展開に、困惑してしまう。

 桜華の中で、何か感じるものがあったらしい。

 まあ、好意的に受け取られたみたいで、良かった。


 私はほっと胸を撫で下ろしながら、桜華に手を引かれ歩き出す。


 そういえば、彼女はゲームでも思い込みの激しい人物だった。それも、自分に都合良く解釈する感じの。


 桜華に促され、芝生の上に腰を落とす。


「お話、しましょう!」


 彼女がそう満面の笑みを浮かべたので、これは絶対に長くなるなと確信する。

 私は彼女を神社へ返すことを諦め、暫く話に付き合うことにした。



******



 他愛ない話をし続け、半刻程。

 警戒心は消えないけれど、それなりに打ち解け、なんとなく彼女の人となりが分かり始めた時だった。

 ふと、桜華が不思議そうな顔で訊ねる。

 

「そういえば、椿ちゃんは一人で旅をして来たの?」

「ううん、違うよ。紫白って人と一緒に来たんだ」


 すると、まじまじと私を見つめながら、桜華がしみじみ告げた。


「……椿ちゃんは、その人のことが大好きなのね」

「えっ、なんでそう思うの?」


 突然言われた言葉に困惑する私を見て、桜華がくすくす笑う。

 

「だって、紫白さんの名前を呼ぶあなた、すごく優しい目をしていたもの」

「そ、そう? そんなこと、ないと思うんだけど……」


 客観的に見て、そんな風に見えるのだろうか? なんとも面映ゆい気分だ。


「でも、良いなぁ……。貴方には居場所があるのね」


 黙る私の横で、桜華の呟きが静かに響く。

 羨望と悲しみを含む声色に、私はつい聞き返してしまった。


「……桜華ちゃんには、居場所がないの?」


 桜華は自分の言葉に驚いたように慌てて口を噤んだが、じっと彼女を見る私の視線に耐えられなかったらしい。

 少しの沈黙の後、桜華がぽつり、ぽつりと語り出した。


「……私、本当は神社の子供じゃないの。土砂崩れがあった山の麓で、剣に守られるように倒れていたところを右京の両親に助けられたらしいわ」


 ゲームの知識として、知ってはいた。

 けれど、本人の口から聞く話は重みが違う。

 

「……らしいっていうのは?」

「私ね、昔の記憶がほとんど無いの。親の顔も覚えていないわ。私にあるのは側にあったっていう、剣だけ。剣が私へ、神の御意志を伝えてくれるから、私はここにいられるの」


 神託って、剣経由で伝わっていたのか。知らなかった。

 でも、そんなことよりも、淡々と語られる話が、酷く私の胸に刺さる。


「……お告げを聞けないと、巫女じゃいられない?」

「どうかしら。巫女でいられても、必要とはされないかも知れないわ。私ね、お勤めを果たして、村の皆と関わっている時だけ、生きた心地がするの」


 泣いていた桜華の姿が、脳裏をチラつく。

 なるほど、彼女は役目を果たせないことへ恐怖を感じているのだ。

 彼女にとって、神の言葉を聞き、人々の言葉に耳を傾けることは、彼女の存在意義そのもの。

 そう考えれば、彼女の言動にも納得がいった。

 けれど、その生き方はあまりにも……。

 

「……桜華ちゃんは、それで辛くないの?」

「辛くないわ」


 桜華は迷う事なく、そう言い切った。

 けれど、しばらくして、絞り出すように小さな声が紡がれる。


「でも、時々……少し息苦しさを感じるの。伊吹が話す外の世界に憧れもするし、"私"と一緒に居てくれる相手が欲しいとも思ってしまう」


 そして、最後に「駄目ね、私」と漏らし、苦笑した。

 彼女があまりにも苦しそうで、気づけば私は自然に声をかけていた。


「なら、私がなるよ。巫女じゃない、桜華ちゃんの友達に」


 桜華は目を丸くし、一瞬泣きそうな表情を浮かべた後、柔らかく微笑んだ。


「椿ちゃんは、不思議な人ね……。こんな話、今まで誰にもした事無かったのに、つい話しすぎちゃったわ。まるで、昔から一緒にいたみたい」

「ふふ、魂の友って呼んでくれても良いよ?」


 私が茶化せば、桜華は心底嬉しそうに「ありがとう」と笑った。


 でも、彼女が感じたことは、強ち間違いではないと思う。

 だって、私はプレイヤーとして一番彼女の身近にいたのだから。

 何十周と繰り返したゲームの中で、いく通りの彼女の運命を見守って来た。

 ある意味、長年の友である。


 まあ、そのせいで彼女に警戒心を抱いてしまっている訳なのだが。

 あ、今なら、長年の懸念だった妖討伐について、突っ込んだ話が出来るのでは……?

 ちょっとでも、彼女の意識を妖討伐反対に持っていけたら嬉しい。


 そう思い立ち、口を開く。


「ねぇ、桜華ちゃん。都の話、聞きたくない?」

「え? えぇ、教えてくれるなら、ぜひ聞かせて欲しいわ」


 急な話題変換にも、彼女は嫌な顔一つせず頷いてくれた。

 私は妖が悪い奴ばかりでは無いのだと伝えるため、茶屋の猫又はもふもふだとか、雪女の力で年中野菜が取れるだとかを、一つ一つ話して聞かせた。

 桜華は酷く驚いていたけれど、否定したりはしない。

 それどころか、「本当!?」と目を輝かせながら訊ねてきていた。

 好感触な反応に、私は恐る恐る彼らの話をだすことにする。


「……あの、他の人には内緒にして欲しいんだけどね。実は、私の家主さんと、さっき話した紫白も妖なんだ」

「ええ、そうだったの!?」

「うん。でも、全然悪い人じゃないから! 家主さんは凄く面倒見が良いし、紫白も少し過保護だけど……良い人だよ」


 桜華は深く頷くと、楽しそうに告げた。


「あなたがそんな風に言う人達だもの。きっと、すごく素敵な方々なんでしょうね。紫白さんなんて、あなたが好きになるような人だし!」

「ん!? や、恋愛的かは、まだ分からないよ?」


 再び同じ話題を持ち出され、思わずむせてしまった。

 桜華は「そう? じゃあ、そういうことにしておくわ」とからかうように笑う。

 そして、そのまま、感心するように言葉を続けた。


「でも、都ってすごいのね。こことは大違いだわ」


 私は都を思い描くように表情を緩めた彼女へ、一番聞きたかったことを訊ねる。


「ねぇ、桜華ちゃんはさ……もし、神託で妖を殺せといわれたらどうする?」


 私の問いかけに桜華は少し眉を潜めたが、答える気はあるようで、考えながら口を開く。


「それは……嫌な例え話ね。神の言葉は私にとって、何にも代え難いものだわ」

「そう……」


 やはり、彼女にとって神託は成し遂げるべき使命で、私達は殺される運命なのだろうか。

 肩を落としかけたその時、彼女が躊躇いがちに言った。


「私が知ってる妖は、村人を襲うものしかいなかった。けれど……、皆が皆、悪いわけじゃないのでしょう? なら、害のあるものだけを倒すべきだと思うわ」


 桜華の言葉に、沈みかけた気持ちが浮上する。

 彼女はそんな私の様子を見て、さらに続けた。


「それに、きっと大丈夫よ。神様は慈悲深い方だもの。殺生なんて、大勢の人が困る時しかおっしゃらないわ」


 桜華は澄んだ瞳をしていたが、私はどうにも神様皆が慈悲深いとは思えなかった。

 だいたい、慈悲深いなら人身御供とかいう風習できないよ。

 だってあれ、『人間あげるんで、怒りをおさめて加護を恵んでください』ってやつでしょ?


 胡乱げな目を向けた私へ、桜華がむっとした表情を浮かべる。


「疑うのなら、今度は巫女の私に会いに来て!  朝早く来てくれたら、神託を授かる瞬間を見せられるかもしれないわ」

「分かった。なら、早朝に行く……って言いたいところだけど、ちょっと問題があって」


 首を傾げる桜華へ、なんでもないと首を振った。


 今話せば、桜華は右京を無視して来れば良いと言うだろう。

 そうなれば右京と揉める、もしくは、桜華と会っていたのがバレかねない。

 出来れば、彼とも良好な関係を気づいておきたいんだ。

 それについさっき、善人だとアピールする方法を思いついてしまった。


「行く前に、ちょっとやることがあるの。明日は無理かもだけど、待っててくれる?」

「ええ、もちろんよ!」

「ありがとう。あと、今日のことは右京には内緒にしておいてくれないかな? ほら、彼、結構過保護みたいだし……」


 私が言葉を濁せば、桜華は疑問符を浮かべたが納得してくれたらしい。


「よくわからないけど、わかったわ! なら、椿ちゃんも今日私が話したこと、秘密にしてくれるかしら?」

「良いよ、秘密にする」


 私の返事に桜華は満足げに頷くと、ぺこりとお辞儀をする。

 そして、彼女は凛と背筋を伸ばし、出会った時の口調で告げた。


「じゃあ、帰ります。絶対また会いに来て下さいね。私、待ってますから!」


 ひらりと振られた手に手を振り返して、遠ざかって行く背中を暫く眺めた。

 

 思いがけず訪れた死亡フラグ破壊の機会を、私はものに出来たらしい。

 桜華と仲良くなり、彼女の妖怪へ対する考えを変えられた。

 その事実を実感し噛み締めていると、思い出したかのように尿意がやって来る。


 桜華ちゃんに会ったせいで、すっかり忘れてたよ!


 私は慌てて、厠へと飛び込んだのだった。


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