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第三十四話「兄貴分」


「ここまでくれば、もう安心だ。にしても、災難だったな、あんた達。あ、水飲む?」


 茶色い短髪の少年、伊吹がこちらに向かって笑いかける。

 いかにも体操のお兄さん然とした、その爽やかな笑みを見ながら、私は久しぶりに攻略対象のプロフィールを思い出していた。


 鷺森 伊吹(さきもり いぶき)


 村長の息子にして、主人公の兄貴分。

 ガタイが良いが、可愛いもの好きの一面あり。

 熱血系イケメンとの触れ込み通り、体育会系で肉弾戦が得意。

 "桜花"内では体術や刀を扱い、圧倒的な包容力を持って、主人公を守っていた。


 彼のルートのテーマは、『初恋』。

 伊吹は、主人公が幼い頃、淡い恋心を抱いていた相手なのだ。

 内容は確か、旅をするうち、いつまで経っても妹分としか思われないことに不満を持った主人公が、あの手この手で振り向いてもらおうと奮闘する話だった。

 作中で一番穏やか……というか、ほのぼのした記憶がある。


 実は、初めて攻略対象に会うなら、彼が良いなと思っていた相手だったりする。

 まあ、色んな要因があって、無理だったけども。


 などと考えること、コンマ数秒。


 私はパッと笑顔をまとった。


「ありがとうございます。おかげで助かりました。重ね重ね申し訳ないのですが、消毒液とかありませんか? 連れが怪我をしてしまって……お金なら払います」

「ちょっと、椿……」


 紫白は眉を潜めたが、彼の人となりは分かっている。村人ほど警戒する必要はない。


 伊吹は紫白の傷を一瞥すると、痛ましそうな表情を浮かべた。


「妖にやられたのか……良いぜ、着いて来な」


 そう案内されたのは、山中にぽつんと立てられた掘っ立て小屋。

 お世辞にも良いと呼べない粗末な作りで、壁には木の板が乱雑に打ち付けられている。

 時折、隙間風が吹きこんで来た。

 冬場なら、凍死案件だと思う。


「適当に座っててくれ。すぐ用意する」


 背を向けた伊吹を見送り、紫白の隣へ座る。

 そのまま、紫白の傷ついた右腕へ手を伸ばせば、びくりと彼の身体が揺れた。


「……痛む?」

「いいえ、少し驚いただけです。こんな傷、舐めておけば治りますよ」

「ダメだよ、ちゃんと消毒しなくちゃ」


 紫白の腕には、牙の跡が深々と刻まれている。

 血は止まっているように見えるが、抉られるように空いた二つの傷跡は、酷く生々しかった。

 再び、罪悪感が込み上がる。


「……ごめんね」

「良いんです。僕は貴女を守れて、嬉しかったので」


 紫白は、心底幸せそうに笑った。本気でそう思っているらしい。

 私はそんな紫白の言葉を聞いて、感謝の気持ちより先に、危ういと思った。

 紫白は私の身代わりとしてなら、喜んで死んでしまいそうだ。


「私は、ちっとも嬉しくないよ……。私を守って、傷付いて、喜ばないで。もし、次さっきみたいな事があったら、私のことは放っておいて」

「それは無理です」


 即答された。


「私が今、めちゃくちゃ弱いから? 今すぐは無理だけど、私、絶対もっと強くなるよ……っ!」

「いいえ、そういう問題ではありません」

「じゃあ、どうして」


 紫白はやんわりと微笑んだ。


「弱くても強くても、僕にとって貴女は、この世で一番大切で大好きな、この身を投げ打ってでも守るべき存在だからです」


 真摯な目が私を射抜く。

 どうにも照れ臭くて、思わず視線を外す。



「え、ぁ……ありがとう。でも、紫白が私を大事に思ってくれてるように、私も紫白が大切なの。だから、庇ったりとかしなくていい」

「そうですか、貴女も僕を……。ふふ、なら、約束は出来ませんが、努力します」


 紫白はそう告げると、己に言い聞かせるように言葉を零す。


「それに、今回無事に逃げられたのは、彼の助力によるところが大きい。もっと精進しなくては……」

「なら、私は紫白より更に頑張らなきゃだね」


 互いに力不足を感じ、反省会のような雰囲気になったところで、咳払いの音がした。


「あー……、取り込み中に悪いんだが、用意出来たぜ。外へ出てくれるか?」


 気まずそうな伊吹は、おそらく声をかけるタイミングを見計らっていたのだろう。


 ……いつから聞いていたんだ?


 私は込み上がる羞恥心を抑え、促されるまま紫白を連れて、小屋の外へ出た。


「そんじゃ、はい、これ。神社の水」


 差し出されたのは、(おけ)に張られた水と柄杓(ひしゃく)だった。

 しかし、わざわざ神社の水って。傷に効果はありそうだけども。


「あ、なんでわざわざって顔だな? オレも詳しくは分かんねーんだけど、その水の方が治りが早くなるんだと」


 相槌を打っていると、紫白が口を開いた。


「確かに、血は穢れの一種ですから、清めるという意味では良いのかも知れません。……わざわざ、ありがとうございます」

「へぇ、兄さんは博識だな。まあ、良いってことよ!」


 快活に笑う伊吹へ礼を告げ、桶を受け取り、紫白に向き合う。


「自分で出来ますよ」

「いいから、私にやらせて」


 有無を言わさぬ私の圧に、紫白は渋々右腕を出した。

 傷口を確かめながら、すくった水をかける。


「……っ!」

「ごめん、染みる? なるべく早く済ませるから」

「い、いえ。大丈夫です」


 痛みで眉根を寄せた紫白を横目に、熱を持ち始めていた傷口を手拭いで丁寧に拭う。

 次いで、伊吹から手渡された消毒液をかけた。

 仕上げに清潔な手拭いを巻いて、終了だ。


「はい、終わり」

「椿、ありがとうございました」

「どういたしまして」


 明日以降、傷が悪化しない事を祈りながら、顔を上げる。

 伊吹が空を眺めていた。つられて見上れば、いつの間にか、陽が傾き始めていたらしい。


「あんた達、旅の人だろ。よければ、泊まっていくか?」

「いや、でも。そこまでしてもらうのは悪いですし……」


 と言いつつ、期待した目で紫白を見る。


 この所、野宿が続いていたので、掘っ立て小屋とはいえ屋根のある寝床は有難い。

 上手くいけば、伊吹も味方につけられるかもだし。


 紫白は私の視線に耐えかね、口を開いた。


「……いくらですか?」

「ははっ! 金なんか取らないぜ。さっきの消毒代もいらない」


 ただより怖いものは無い、とでも言いたげに、紫白は胡乱げな目で伊吹を見た。

 伊吹はそんなこと物ともせずに、歯を出して笑う。


「代わりに、あんた達の話を聞かせてくれよ。旅道中のこと、国や都のこと、なんでもいい。オレ、山の外に興味があるんだ!」


 裏のなさそうな笑顔に、紫白が「まぁ、それなら……」と渋々頷き、私も笑顔を返して、再び小屋の中へと足を踏み入れたのだった。



******



 軽い自己紹介と道中の話を終える頃には、伊吹とすっかり打ち解けていた。


 皿に盛られた雑穀米と、添えられたきゅうりの塩漬けに箸を伸ばす。

 今、私達は夕飯をご馳走になっていた。

 何から何まで、本当に厄介になります。


 道中、干し飯とか干物が主食になってたから、まともな食事が胃に沁みた。

 夏場の塩分、最高。


 味わいながら咀嚼していると、伊吹が本題に触れた。


「で、あんた達は何でこんな山奥に来たんだ?」


 質問に答えるべく、口の中の物を飲み込む。


「私達は神の声を聞ける巫女さんに会いに来たんだ」

「へぇ、あいつにか。都でも噂になってるんだな」

「知り合いなの?」


 まあ、当然だよなと内心思いながら訊ねれば、伊吹は「そうだぜー」と頷きを返した。


「でも、会うのは、あんまりおすすめしないぜ」

「どうして?」

「あいつのいる神社は村の中にあるんだが、色々あって今、村の奴らは気が立ってる。余所者への風当たりはきついし、最悪会わせてもらえないかもしれない」

「そうなんだ……」


 桜華ちゃんに会うのは、やはり難易度が高いようだ。

 肩を落とせば、伊吹が元気出せよと私の肩を叩いた。


「まあ、どうしてもって言うなら、オレが連れて行ってやってもいいぜ?」

「本当!?」


 伊吹の仲介なら、村人や桜華ちゃんに警戒されずに近づける。普通に行くよりも、桜華ちゃんと仲良くなれそうだ。


 前のめりにお願いしようとして、紫白がそれを制した。


「……こんなに僕らに恩を売って、貴方こそ何が目的ですか?」

「やだな、何も取って食ったりしないぜ? 兄さんは、疑り深いんだなあ」

「はぐらかさないで下さい」

「ちょっと、紫白……」


 食ってかかる紫白の袖を引く。

 警戒するのは分かるけど、助けてくれた相手に喧嘩ごしは良くない。

 座り直した紫白を見ながら、伊吹が爽やかに笑った。


「あんた達を助けたのに、打算なんてないぜ。ただ、ちょっとだけオレの頼みを聞いてもらえないかな、とは思った」

「……内容によりますね」

「聞いてくれんのか? ありがとな!」


 途端、伊吹の顔が綻ぶ。

 反対に紫白はぎょっと、たじろいだ。

 多分、素直な反応に弱いんだろうな。福兵衛も忍も、あんなだし。


「それで、頼みっていうのは?」


 私が問いかければ、伊吹は興奮気味に話し始める。


「オレ、見ちゃったんだよ。あんたらが、妖に向かって炎や水を出すところ! だから、その力で手伝って欲しいことがあるんだ」


 その一言に、私と紫白は表情を引きつらせた。


 ばれてーら。

 ここに来て、死亡フラグ乱立? 妖め!って斬られたりする??

 肝が冷えたが、伊吹は怯える素振りも見せず、キラキラと瞳を輝かせている。


「……怖いとは、思わないんですか?」

「なんで?」


 迷い無く訊ねられ、紫白が言葉に詰まる。


「誰かのために一生懸命な奴に、悪者なんていないだろ。オレはあんたらが、陰陽師でも、神の使いでも、妖だったとしても怖がったりなんかしないぜ」


 曇ない、あまりにも真っ直ぐな目だった。

 さすが、皆の兄貴キャラ。包容力がすごい。……私も兄さんと呼ばせて欲しい。


 私がそんなことを考えていると、隣で紫白がなんとも言い難い顔をしていた。

 村人を嫌っている紫白だ、伊吹の言葉に思う所があったのかもしれない。


「何を、手伝って欲しいんですか?」


 戸惑いがちな紫白の声に、伊吹が満面の笑みで答えた。


「石の形成!」

「石の形成?」


 紫白がきょとんと聞き返せば、伊吹が勢いよく続ける。


「おう! こう、火で炙ってさ、がっと整えて欲しいんだ。んで、椿ちゃんには、裏にある畑に水をまいて欲しい。……だめか?」

「そんなことで良いんですか? 僕は構いませんが……」


 椿は?と目で問われ、頷く。


「私も良いよ」


 思いの外簡単なお願いで、拍子抜けした。

 私達とは反対に、伊吹は長年の願いが叶ったように喜ぶ。


「やったぜ! 二人ともありがとな。オレ、土の技しか使えないから、すっげえ助かる!」

「そうだ、あの時の術。伊吹くんも霊力持ちなの?」


 ゲーム中の伊吹は術を使えなかったから、不思議に思っていたのだ。忍くんの例もあるし、攻略対象全員霊力持ちでも驚かないぞ。

 

「オレもって、あんた達、霊力持ちだったのか!?」


 伊吹が驚いたようにこちらを見て言い、紫白がぎょっと目を見開いた。


 やば。うっかり、口が滑ってしまった。

 さっきの発言を考えても、彼はそれで差別とかしないと思うけど……大丈夫、だよね?


「すっげえ、すっげえなあ!……やっぱり、オレは間違ってなかったんだ」


 最後の言葉は聞き取れなかったけれど、はしゃぐ伊吹を見て、私達の不安は杞憂だったと分かった。

 ひと通り騒いだ後、伊吹が声を弾ませながら言う。


「そうだ、霊力持ちかって質問だけど、違うぜ。オレのあれは、霊符(れいふ)を使っただけだ」

「符……陰陽師ですか?」

「おう。正確には、友達が陰陽道をかじってて、それをもらっただけなんだがな。今度会わせてやるよ、あいつも神社にいるだろうし」

「陰陽師かあ……」


 これは、もしかしなくても、近々"桜花"のメインヒーロー殿と会うことになりそうだ。

 主人公も近いし、気を引き締めていこう。


「なあなあ、霊力持ちについてもっと教えてくれよ!」

「畑の水撒きとかは後で良いの?」

「夜は危ないぜ。明日の朝一番に頼みたい」

「そっか、了解」


 伊吹はハッとしたように立ち上がると、いそいそとござを持って来た。


「布団じゃなくて悪いんだが、雑魚寝しながら話そうぜ」


 屈託無く「良いだろ?」と訊かれてしまえば、断る道理もない。

 紫白は溜め息を吐きつつも、伊吹がござをひくのを手伝っていた。

 紫白と私、伊吹に別れて頭合わせに寝転がる。


「じゃあ、さっきの続きを頼む!」


 嬉しそうな伊吹を見て、私と紫白もつられて笑った。

 今夜は、長い夜になりそうだ。

 

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