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第四話「椿と紫白」


 消毒と称して膝を舐めまわされた後、ぐったりする私を、狐青年が元の木の虚まで運んでくれたらしい。

 らしい、というのは私に運ばれている間の記憶がないからだ。

 抵抗に体力を使い過ぎて気絶していたらしく、気づいた時には、元の場所に戻っていた。


「ふふふ、小さくて暖かいですね〜。可愛いなぁ」


 ちなみに、狐青年は今、私を膝に乗せた状態で背後から抱き着いてきている。

 頭に顎を乗せるオプション付きだ。

 目が覚めたら、獣耳を生やした美形に覗き込まれていて、心臓が止まるかと思った。


「あついし、おもい、です。はなしてくださいっ!」

「嫌ですよ〜。せっかく、貴方を抱きしめられるようになったのに。それに、貴方は薄着ですから風邪をひいてしまうかも知れません。今はまだ寒い時期ですし、暖めなくては」


 起きてから何度か抗議したが、聞き入れてもらえない。

 確かに、薄着だし、幼女の身体的に風邪は罹りやすいだろう。彼は正論だ。これ以上、押し問答を続けても仕方ないと、私は渋々狐の懐に納まった。


 でも、頭に顎を乗せるのはやめてくれ、マジで。けっこう重いんです。

 私は手で頭を守るように隠した。

 すると、無言の抵抗の甲斐あってか、狐青年は顎をどかせてくれたので、よしとしよう。


 チラリと一瞬上を向くと、狐青年は、大人しくなった私をにこにこ見つめていた。

 美形の微笑み、眩しい。

 某大佐のように、目が、目がぁ〜っ!って心境だわ。


 しかし、私、彼にこんなに懐かれることしたかな?

 狐姿の時に、ぐったりするくらい撫でまわした記憶しかない。

 成人男性がされたら、嫌がりそうなものだけれど、狐だからむしろありなのか?

 ……というか、この人、狐?ってどう接するのが正解なんだ。


 人なのか動物なのか。

 いや、九尾だから妖怪か。

 ますます、扱いに困るわ! 誰かー! 至急、妖怪への接し方マニュアルをください! 切実に。

 私は混乱していた。


 動物との接し方はわかるけど、前世で彼氏いない歴イコール年齢の人間だったから、好意を寄せてくる男性との関わり方は、全く分からないのだ。


「……どうしました? あ、お腹が空いたんですね? 大丈夫です、食料ならちゃんと持ってきましたよ!」


 悶々と考え、黙りこんでしまった私を見て、お腹が空いたのだと勘違いしたらしい。

 狐青年は、ごそごそと虚の後ろの方を探って、さっき森で採ってきた果物を差し出してきた。


「う……、ありがとう」

「はい、どういたしまして」


 そろそろ夕飯の時間だ。

 普段から少食な幼女は、まだお腹が空いていないのだが、せっかくの好意なので戴くことにする。

 笑顔の狐青年から苺を受け取って、ひと齧り。

 やっぱり、甘くて美味しい。

 咀嚼音が聞こえて、上を見ると狐青年も苺を齧っていた。


「うぇ、ちょっと酸っぱいですね。ハズレを引いた」


 そう言って、顔を顰め、尻尾をパタタと小刻みに揺らす青年は、少し狐の時と重なって可愛く見える。

 自然と口元が緩んでしまう。


「ふふっ、こっちのはあまいよ? きつねさんもたべてみて」


 そっと、自分の分の苺を差し出すと、狐青年はキョトンとした顔になり、その後、顔を綻ばせた。


「……それ、良いですね! 貴方は笑顔の方がいいです。それに、その口調! 堅くなくて……、仲良くなれたみたいで嬉しい、です」


 最後の方は語尾が震え、聞き取れない。

 何事かと顔を見れば、狐青年は、目にじわりと涙を浮かべながら微笑んでいた。

 そんなに、敬語が嫌だったのだろうか?


「えぇ?な、なんでないてるの?なかないで、きつねさん」

「しはく、紫白(しはく)です。紫に白いと書いて、紫白。僕の名前です」


 涙を擦りながら、狐青年は唐突に自己紹介をしてきた。


「しはく……?」

「はい!」


 戸惑いがちに名前を呼ぶと、喜色満面の笑みで返された。

 また涙が溢れて来たようだが、紫白はそれを必死に拭っている。


「あんまり、めをこすると、いたくなっちゃうよ?」

「ええ、はい、大丈夫、です。すみません、お見苦しいところを見せてしまって……」

「いや……、そんなことは、ないとおもうけど」


 何で泣いたのかは、深く訊かないほうがいいのだろうか。とりあえず、泣き止んでくれたのでほっとする。


「しはくって、いいなまえだね」


 紫に白、そのままだけど的を射ている。

 名は体を表すというが、紫がかった白銀色の毛並みそのままで、綺麗な名前だと思う。

 白い犬にシロ、黒い犬にクロ的な、安直な日本人センスが感じられるのもポイントだ。


「ありがとうございます。昔、ある人に付けてもらった名前で、自分でも気に入っているので、貴方にそう言っていただけると嬉しいです」

「そっか」


 私に笑顔の方がいいと言っていたが、そっちだって泣き笑いより、笑顔の方が良い。

 名付け親について話す紫白は、私に向けるのとはまた違った、どこか遠くを懐かしむような、優しい笑顔を浮かべていた。


「そうだ、貴方の名前は…」


 そう言いかけて、紫白は言葉に詰まった。

 以前、雨の時に話した話を思い出したのだろう。


「なまえ、ないの。ほら、ひとみごくうだったから。すきによんで?」


 紫白は、痛ましいものを見るように眉をはの字に下げた。


 気にしてくれなくてもいいのに。


 私にとって、前世の記憶が戻るまでの幼女の体験は、どこか他人事で、あまり実感がないのだ。

 思い出しても、いつも薄い膜を一枚隔てた、向こう側の出来事のように感じられた。

 だから、そんな顔をしないで欲しい。反応に困る。


「あの、お詫びと言っては何ですが…貴方の名付け、僕がさせていただいてもよろしいでしょうか?」


 紫白はおずおずといった様子で、そう提案する。


「うん、おねがいします」


 私は二つ返事で返した。

 前世の名前はあるけど、それはこの幼女のものではない。

 できるなら、相応しい名前が欲しい。


「では、椿(つばき)……、というのはどうでしょう? 紅い綺麗な花の名前です。ちょうど貴方の瞳と同じ色の」

「つばき……、つばき。うん、いいなまえ。ありがとう、しはく」


 椿……か、花ごと落ちる姿は、まるで首が落ちるようで不吉だという人もいるが、私は綺麗な花だと思う。


「どういたしまして。椿の花は、花の落ちる姿と首の落ちる姿を重ねて、不吉だなんて忌み嫌う風習もあります。でも、僕はそうは思いません。……花の寿命は短い。咲いたら、すぐに枯れてしまう。そんな中で、椿は最期の瞬間まで美しく咲き誇ります」


 似たようなことを考えていたらしい。

 少し、切なげに話す姿も相まって、なかなか、ロマンチストな狐だ。


「しはくは、つばき、すき?」

「え? えぇ、もちろん。花も貴方も好きですとも」


 そう言うと、紫白はそっと私の頭を撫でた。

 おうふ、花のつもりで訊いたんだけど、私のことも好きかー、そうか。

 ストレートすぎて恥ずかしいぞ。


 私は、紫白の腕の中から這い出して、尻尾に顔を埋めた。

 もふもふする。幸せのもふみだ。


「椿? もう、眠りますか? それなら、僕も添い寝します」

「しはくは、うごかないで」


 絶対、顔が真っ赤になっているので、見られたくない。

 もう遅いし、ついでに、このまま寝てしまいたい。


「ですが……」

「きつねに、なって」


 私の安眠のために。

 幼女の身体でも、中身二十歳の乙女なので、青年と添い寝は精神衛生上よろしくない。


「僕、狐ですよ?」

「そうじゃなくて、きつねがた」

「え〜、嫌ですよ。狐型になると、貴方とこうして話せなくなります……」

「そうなの?」

「そうなんです、声帯の関係で……」


 声帯の関係、とな?

 しかし、それは朗報だ。

 隠していただけで、念話とかできるのかと思っていた。

 それなら、狐型にさえなってもらえば、また夢のもふもふ生活に戻れるじゃないか。


「しはく、おねがい」


 ぎゅうっと尻尾を掴んで、もふもふする。


「ちょ、尻尾は敏感なので! 優しく、優しくお願いします!」

「きつね……」

「……揉みくちゃにしません?」

「しない、とおもう」


 狐型は可愛いので、ちょっと自身がない。


「そこは言い切りましょうよ」

「だって、もふもふ……すきなんだもん」

「好き……、ですか」


 悩んでいる様子が、尻尾から伝わってくる。

 もう一押しだろうか?


「もふもふさせてくれる、しはくはすき。あさまで、きつねがたで、そいねしてくれたら、もっとすきになるよ?」


 そう、もふもふは好きだ。

 獣耳青年を恋愛方面でどうこう言うわけでは決してない……、はずである。


「ゔ……、仕方ありませんね…。朝までだけですよ?」

「うん! ありがとう。しはく、だいすき!」


 ほら、私、幼女だからさ。

 幼女の好きは軽い感じなんだ、深い意味はないよ?本当。


 紫白は、満更でもなさそうに、ポンっと狐型に戻ると、私に擦り寄ってきた。


 可愛い、もふもふ最高。

 これが、あの狐青年になるなんてな。

 信じたくない、真実だ。

 なんか、こう、無邪気な少年とかならまだ許せたよね。アダルティな青年じゃなくてさ。イメージの問題だよ。


 明日こそ街について狐に訊こうと決めて、私はもふもふの中に沈んだ。


紫白さんは、久々にする人とのコミュニケーションに、舞い上がっています。

多少の情緒不安定は、温かい目で見てあげて下さい。


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