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第二十一話「赤髪の少女」


 波打つ赤い髪に、長い睫毛、きめ細やかな肌。

 垂れ目からは潤みがちな金の瞳が覗き、宝石のように輝いていた。

 目元には泣き黒子があり、その容貌は幼いながらに色気を放っている。


 着物ドレス、というのだろうか。

 花柄の散りばめられた黒い着物の裾はふんわりと広がり、縁にはレースがあしらわれ、大変可愛らしい。


 見惚れていると、躊躇いがちな声が掛けられた。


「……あの?」


 ハッとして、誤魔化すように口を開く。


「あ、ご、ごめんなさい! あの、私、犬を探していたの。こっちに黒い柴犬は来なかった?」

「……そう、なんですね。えっと……、柴犬は、見てない……かな」


 おどおどしながらも、一生懸命に話す姿は小動物のようで愛らしい。

 「そっか、ありがとう」と伝え、その様子を微笑ましく見ていると、急に少女の顔が強張った。


 不思議に思い、彼女の視線の先を追う。

 途端、獣の様な咆哮が響き、通りの植木や暖簾を激しく揺らした。

 ザッと地面を踏みしめる音が聞こえ、舗装されていない道から砂埃が舞い上がる。


 視線の先には何もない。

 けれど、そこには、見えない何かが確かに居た。


「ガアァァッ!!」


 再び咆哮が辺りに木霊し、本能的に危険を感じて、咄嗟に少女の手を引き物陰へ身を隠す。


「……き、きみにも見えるの?」

「見えない。でも、声が聞こえて……って。え、見えるの?」


 小声で問いかけてきた少女の言葉に驚く。

 彼女には、何かが見えているらしい。

 何が見えるのか尋ねようとしたした時、すぐ近くに獣の息遣いを感じた。


 まずい、まずいぞ。

 何が何だか分からないけど、この状況がヤバいことだけはなんとなく分かる。

 どうするべきか悩み、無意識に胸へ手を当てた時、小さな袋が手に触れた。


『何か危険が起きた時、一度だけ身を守ってくれる代物でな、ここぞという時に握りしめて霊力を込めると発動する。まあ、そんな事態は無い方が良いのだが』


 そう苦笑した福兵衛の顔が、ふと脳裏をよぎる。

 数秒の逡巡の後、私はお守りを強く握りしめた。

 そして、教えられた通りに霊力を注ぐ。


「水よ……」


 呟くと同時、小さな水球がお守りを包んだかと思えば、それはそのままお守りへと吸い込まれていく。

 最期に小さく飛沫を飛ばし、水球は消え失せた。

 パァッと一瞬辺りが輝き、薄い光の膜が私達の周りを覆う。


 光に釣られたのか、何かの足音がこちらへ近づいて来て、私達はより一層息を潜めた。

 すんすんと何かを探す様な鼻息が聞こえ、私達の目の前で止まる。

 荒い息遣いが頭上から降って来て、ぎゅっと目を閉じた。


 何かは暫く私達の周りを彷徨っていたが、何も見つけられ無かった様で、次第に距離が離れていく。

 薄目を開け、耳を澄まし、何かがその場から立ち去ったことを確認する。


「……行ったの?」


 私がそう問えば、少女は小さく「うん」と頷いた。

 そして、私の方を見て目を輝かせる。


「すごい、すごいね! 今の、どうやったの!?」


 先程までとは打って変わって、積極的に私の側へ詰め寄ってくる美少女。

 その輝かんばかりの笑顔にたじろぎ、一歩後ろに下がれば、彼女はハッとした様子で居住まいを正した。


「ご、ごめんなさい。あれの存在に気づいてる人、始めてみて……。あの、どうすれば、さっきみたいにあれを退けられるの?」

「さっきのは、多分、人から貰ったお守りのおかげなの。私は特別、何もしてないよ」


 ……ということにしておく。

 一般人に呪術がどうこう話しても不審がられそうだし。嘘はついていない。

 お守りが上手く働いてくれたのか、相手から無事隠れ切ることが出来た。

 それよりも、さっきのは何だったのだろうか。

 私は、話題を変えるように言葉を続けた。


「質問で返すようだけど……あなたの言う"あれ"って何? あなたには、見えるんだよね?」


 そう訊けば、彼女は暫し考える素振りを見せた後、おずおずと口を開く。


「ぼ、……わたしにも詳しくは分からない。あれはどこにでもいる、もやみたいなもの。でも、大抵の人には、見えてないみたい……」


 彼女の視線が、さっき何かが通った道へと注がれる。

 見れば、少数の道行く人々が「すごい風だったな〜」「嫌だわ、髪が乱れちゃった」などと、話す声が聞こえた。

 世間話然と話す彼らには、本当に何も見えず、聞こえていなかったらしい。


「ただじっと立っているだけのもいるし、じゃれついて来る犬猫みたいなのもいるよ。でも、時々さっきみたいな、攻撃的なのもいて……。目が合うと追いかけられるんだ。それで、逃げてる最中に、きみとぶつかってしまったの」


 彼女は再度、ごめんなさいと私へ頭を下げた。


「いや、それは全然気にしないで! 半分は私の不注意のせいだから、ね?」

「……そう? 色々とごめんね、それから助けてくれてありがとう。あの……何かお礼がしたいのだけど……、何がいいかな。あっ! きみ、クッキーは好き?」


 クッキー!この世界で初めて耳にする洋菓子の名に心が躍る。

 一部、街中に西洋文化があるとはいえ、この世界で主流な食文化は和食であり、おやつも長らく和菓子しか食べていない。

 私はぶんぶんと首を縦に振った。


「うん、大好きだよ!」

「本当? 良かった、じゃあ今度作ってくるね。そういえば、きみ、家は近く……?」


 彼女は笑顔を浮かべると、私の服装をしげしげと眺めた。


「ごめんなさい、遊郭の禿……か何かだったかな? また会うのは難しい……?」

「えっ、あ、これは違くて……! 遊郭、じゃないけど近くに住んでるよ。だから、全然大丈夫! それこそ、明日にでもまた会えるよ」


 焦って思わず口走ってしまったが、明日にでもは無理かもしれない。

 なにせ、紫白と福兵衛の目をかいくぐるのは至難の業なのである。

 ……明日も飲み会行ってくれないかな。

 私がそう考えていると、彼女が嬉しそうに笑う。


「やった! じゃあ明日、とびきり美味しいのを作って来るね。……あ、ごめんなさい。もう少しお話したいけど、わたし、お使いの途中だったんだ。そろそろ行かなきゃ」


 そう言って、背を向けた彼女を慌てて呼び止める。


「えっ、そうなの? じゃあ、あの、最後にあなたの名前を教えてほしいな。私は椿」

「そっか、名前! 忘れてたね。うん……、わたしはおと、……じゃない。茜音(あかね)っていいます。もしよかったら、明日はそのお守りの話も聞かせて欲しいな。……じゃあ、また明日、同じ時間にこの場所で」


 微笑みながら、軽く手を振る彼女へ手を振り返す。

 徐々に見えなくなる茜音を見送りながら、私は独りごちた。


「お守り使った言い訳、どうしようかな……」


 手には色が変色したまま、乾く気配のないお守りがある。

 袋の中に入っていたであろう護符は、すでに無く幾分か厚みが減っている。

 一度だけ身を守る代物、つまり、使うと無くなる札入りだったというわけだ。


 茜音のことも気がかりだった。

 赤い髪に、珍しいはずの金の瞳を持つ美少女。


 クッキー作ってくるね、とか、なんて女子力の高い子なんだ……! めっちゃいい!!

 おどおどした感じも可愛く、守ってあげたくなる女子ってきっとこういう子のことをいうんだろうな。

 ……って、いかん。今世で初の思わぬ女子友達候補の出現に、テンションが上がってしまった。


 気がかりなのは、そこではない。

 彼女の外見的特徴が、音次郎に酷似している点についてだ。

 作中でいわれていた通り、金の瞳は希少なはず。

 けれど、そんな瞳を持ち、その上髪色まで同じともなれば、考えられることは一つしかない。


 つまり、彼女は音次郎の姉、もしくは妹なのではないかということだ。

 兄弟ならば、遺伝的に目や髪色が同じでもなんら不思議は無い。

 音次郎の兄弟については、ゲーム内に表記はなかった。

 けれど、妖狐の紫白は人型になれたり、忍の父親は天狗、なんて情報も記されてはいなかった訳で。

 なら、私が知らない情報があってもおかしくないはず!

 明日会ったら、兄弟がいるかどうか訊いてみよう。


 その為にまずは、福兵衛にお守りの件をなんて言って謝るか、それから明日どうやって抜け出すかが問題だな。


 私が再び頭を悩ませていると、背後から声がかかった。


「あー、いたいた! も〜、椿ちゃんってば突然走り出すんだから。一体、何があったんすか?」


 振り向けば、肩で息をする忍が居た。


「ごめん! すっかり忘れてた。あのね、知ってる柴犬を見つけて、それで……」

「忘れてたぁ!? ひどいっすよー……。それで、どうしたんすか?」


 そう、言葉を続けようとして、思い出した。

 そうだ、私は始め、クロを探して路地へ飛び込んだんだった。

 慌てて辺りを見回すが、今更見つかるはずもない。

 内心がっかりしながら、忍へ状況を説明した。


「柴犬は見失っちゃった。でも、色々あって女の子の友達が出来た!……かもしれない」

「いや、島原で友達って。本当に何があったんすか……?」


 謎の生物に襲われたなんて言ったら、絶対怒られる。

 忍が訝しげな表情で追求して来たが、なんとか笑って誤魔化した。


 音次郎にこそ会えなかったが、何はともあれ、戦果は上々!

 家で待つお説教の気配に戦々恐々としながらも、私は明日も絶対外出するぞと決意を固め、家路を急ぐのだった。


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