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第二十話「島原潜入」


 月日は流れ、あれから二年が経った。


 術の練習は順調に進み、私は目標の十歳の外見になることに成功。

 今は十六歳目指して精進している。

 後、術で身長が伸びると、舌足らずな喋り方が治ることも分かった。

 徐々にスラスラ話せるようになって、嬉しかった記憶。

 ちなみに、変化の術を使わなくても、少しだけ身長も伸びた。

 

 紫白は家を建てると宣言した通り、度々狩に出ては、得た収入を貯金している。

 定職は探さないのか訊いたところ、人間と深く関わらず働ける場所が中々無いらしい。

 そりゃそうだ。


 忍くんは更に術の腕を上げ、最近は何故か兵糧丸作りにはまっていた。

 丸薬も作っているそうだが、それよりも一粒で空腹を満たす謎食料を生み出そうと情熱を注いでいる。

 何が彼をそうさせるのか……。

 たまに、「食べてみて」と試作品を渡されるのだが、まず匂いがヤバい。

 期待する目に負けて食べれば、この世のものとは思えない味がした……。

 もう、毒を盛られる心配はしていないが、そのうち別の意味で死ぬかも知れない。


 福兵衛は特に何も変わらず、毎日マイペースに過ごしている。

 強いて言うなら、福兵衛の描いた妖怪画が世間様にうけ、これまた大ヒットを飛ばしたことくらいだろうか。


 そんな何でもない穏やかな日々を過ごしていたわけだが、私は今、非常に焦っていた。


 攻略対象に接触できねぇ……!!

 あれから二年経ったとか、悠長に語ってる場合じゃない。

 何もないまま、二年も経ってしまった。

 ゲーム開始までは、残り五年。

 長いか短いか微妙な年数だ。


 ここ二年間、私は変化の術の訓練を続ける傍、あわよくば島原を覗きに行こうと努力していた。

 けれど、過保護な紫白の監視の目から抜けだすことは難しく、彼の目を盗んで外に出ようとすれば、どういう訳かタイミングよく居合わせた福兵衛に「夜の外出は控えなさい」と諌められる。

 そんな調子で失敗し続け、気付けば月日が経っていた。


 福兵衛、忍と立て続けに遭遇したから、音次郎も日中街中でばったり会うのではと淡い期待も抱いたが、そうは問屋が卸さなかった。

 ビギナーズラック的なやつだったのかもしれない。


 はぁ……、どうしよう。

 大人組に連れて行って貰えれば一番良いけど、島原に行きたい理由は話せないし。

 でも、理由なく唐突に島原へ行きたがる幼女とか、側から見たら怖いよね。

 芸妓さんに憧れてー、とかで納得して貰えるかな……?


 そう、頭を悩ませていたある日の夜のことだ。


「椿ちゃん、忍くん。今日は作家仲間との飲み会で島原まで行ってくる故、留守番を頼む。なるべく早く帰るからな」


 マジか、このタイミングでなんてラッキー! 

 またとない機会に気分が浮上する。

 けれど、内緒の夜間外出だ。

 悪巧みが悟られないよう、平静を装って神妙に頷いた。

 忍は私と反対に元気よく返事をする。


 福兵衛は私達を見て頷くと、隣にいた紫白へ目を向けた。


「紫白、お前もたまには付き合え」

「え、嫌ですけど。椿が心配ですし、僕も留守番します」

「む。ちょっとくらい、じじいの我儘に付き合ってくれても良いではないか。まあ、椿ちゃんが心配なのは分かるが、忍くんもおるしなぁ……」


 拗ね気味にそう言うと、何かを考えこむように顎へ手を当てる。

 幾ばくかの沈黙の後、福兵衛はハッとした顔で懐から何かを取り出した。

 そして、こちらへ手招きし、近づいた私の首へそれを掛ける。


「え、と……?」


 見れば、長い紐付きのお守りのような袋がぶら下がっていた。

 疑問の視線で福兵衛を見ると、彼は軽く微笑んで私の頭を優しく撫でる。


「見ての通り、福ちゃん特製の御守りだ。何か危険が起きた時、一度だけ身を守ってくれる代物でな、ここぞという時に握りしめて霊力を込めると発動する。まあ、そんな事態は無い方が良いのだが」


 霊力ってことは、水に濡らせばいいのかな。

 危険の範囲は随分とぼんやりしているけれど、いざって時は有り難く使わせてもらおう。


 私がお礼を告げれば、福兵衛は満足そうな笑顔を浮かべた。

 一方で、紫白は何故か不満気である。


「そんなのいつの間に作ったんです? あるなら、早めに渡してあげて下さいよ」

「いやはや、儂も椿ちゃんが拐われた後に思い立ってな。念のために作ったのだが、すっかり忘れていたのだよ。最近は平和だったからな」


 そう二人が会話する中、忍が「平和が一番っすよ〜」と呑気に呟いた。

 私も激しく同意だ。

 実際、ここ二年はわりと心穏やかに過ごせて、楽しかった。

 けれど、これからも末永い平和な日々を送るためには、多少の危険に自ら首を突っ込まないといけない。

 頑張らねば、そう考えていると、喧騒の声が大きくなり意識を引き戻された。


「いーやーでーすー!! 何で人の集まりに行かなきゃならないんですか。貴方一人で行けばいいじゃないですか。僕は椿と家でのんびりするんです!」

「今回の飲み会は、妖怪、人間混合飲み会だぞ。危険はない。お前が下山して二年は経つ。ずっと儂らだけと過ごすのでは無く、少しは他者とも交流し、見聞を広めるべきだ。世界はお前が思っているより広くて、面白いものなのだよ?」


 嫌がる紫白と諭す福兵衛。

 言い合いはまだまだ続く。


「……混合。それなら、まぁ……。って、ダメです。屋敷に子供達だけなんて、危ないじゃないですか! 忍はともかく、椿を一人には出来ません」

「忍くんは強くなったし、椿ちゃんもいざとなれば儂の御守りで何とかするだろう。家にも普段より強めに気配隠しの結界を張っておくことにしよう。これで、問題無かろう?」

「〜〜〜〜っ!!」


 勝負あったようだ。

 福兵衛に言いくるめられ、二の句が継げなくなった紫白は悔しそうに顔を歪めた。


「まだ、行きたくないと言うのか? 美味い酒に、趣ある芸事、そして他者との情報交換。これらを嗜むのも大人への道だぞ?」

「……僕が子供だって言いたいんですか?」

「別に、そうは言っておらぬだろう」


 黙り込んだ紫白の腕を、福兵衛が有無を言わせずむんずと掴んだ。

 そして、そのまま玄関の方へ歩き出す。


「では、二人共、後は頼んだぞ」

「……つ、椿! 外には出ちゃダメですからね。くれぐれも気をつけて。あ、庭もダメです。窓から見えない部屋の中に隠れておくんですよ。戸締まりも忘れないこと。部屋の灯りもなるべくつけて、留守だと思われないように。防犯はしっかりとして下さいね! それから、いぇ……、……っ!」


 紫白はまだ言葉を続けていたが、福兵衛に引き摺られ徐々に声が小さくなり、やがて聞き取れなくなった。


「では、行ってくる」


 そう玄関口から福兵衛の良く通る声が響く。


「いってらっしゃーい!」

「いってらっしゃいっすー!」


 部屋から顔を出して見送りの声をかけると、福兵衛は「うむ」と頷いた後、玄関を閉めた。

 ちなみに、紫白は最後まで何事かを話し続けていて、ちょっと怖かった。



******



「じゃあわたし、へやにもどるね」


 忍にそう告げ、居間から出る。

 動くなら、福兵衛達が去った今がベストだ。

 さっさと行って、福兵衛達が帰る前に帰宅出来たら一番良い。

 私は自室へは帰らず、玄関に立ち寄り下駄を回収し、その足で裏庭の勝手口へ向かった。


 ポンっと十歳くらいの姿に変化する。

 そして、音を立てないよう慎重に戸に手を掛けた瞬間、突然背後から声が飛んで来て、肩が跳ねた。


「こそこそ何してるんすか?」


 振り返れば、忍が不思議そうにこちらを見ている。


「えっと、ちょっと外に用事があって……」

「福じいちゃん達がいない時に、わざわざ?」


 図星を突かれて押し黙れば、沈黙を肯定と受け取った忍が訳知り顔で頷いた。


「あははっ! 図星っすか? そんな緊張しなくても、別に告げ口したりしないっすよー。単純にどこに行きたいのか気になっただけで。前から椿ちゃんが、夜にどこかへ行こうとしてるのは知ってたしね」

「そうなの?」

「そうっすよ! だから、どこ行くのか教えて欲しいっす」

「……その、島原へ」


 人懐こい笑顔で先を促され、渋々目的地を伝えると、忍は一度目を丸くしてから更に笑みを深めた。

 嫌な予感がする。


「なるほど、なるほど。夜の街って面白そうっすもんね! オイラも大人達だけずるいなーって、思ってたんすよ。ね、椿ちゃん! オイラも着いていっていいっすか?」

「え、いや、それは……」


 正直、一緒に行動されると困る。私は攻略対象探しに集中したいのだ。

 途中で何を探してるのか訊かれても困るし……。


 断ろうとすれば、貼り付けたような笑みを浮かべた忍がにじり寄ってくる。


「いいっすよね……?」


 声のトーンは低く、表情と一致しない。

 有無を言わせずとは、正にこのこと。

 私は忍の威圧感に気圧され、頷かざるを得なかった。

 南無三。


 了承を貰った忍は、まるで水を得た魚の様に生き生きした表情に戻ると、「ちょっと待ってて」と言い残し、廊下を駆けていく。


 言われた通り待つこと数分。

 忍が風のような速さで戻ってきた。

 腕の中には、謎の布が抱えられている。


「これ! これ、着てみて下さいっす!オイラも着替えるんで」

「うん?」


 押し付けられた布をよく見れば、それは着物だった。

 しかも普段来ているものとは違う、煌びやかな物だ。

 理由を訊こうと忍の方へ視線を戻せば、彼は既に忍者装束を脱ぎ捨て、町人風の格好へ着替えている。


「あ、もしかして、変装用具貸してくれるの?」

「勿論っす! 子供だけで出歩いて、岡っ引とかに絡まれると厄介っすからね。どこかの店の子だと、見逃して貰わなくちゃ。さあ、椿ちゃんも早く着替えるっすよ! じゃなきゃ、福じいちゃん達が帰ってくる」

「わ、そうだね!……わかった、すぐ着替える」


 変装した方が無難だとは、私も思っていた。

 有り難く受け取る。

 だが、さすがに人前で着替えるのは憚られたため、自室まで引き返し、手早く着替えた。


 姿鏡の前に立てば、いつもと雰囲気の違う私がいて、目を見張る。

 大振りの刺繍が施された真っ赤な着物は、黒髪に白肌を持つ少女の魅力を際立たせた。


 しかし、改めて今世の私は可愛いな。

 これは、成長が楽しみだ。

 友達とかにいたら、同性でも目の保養になるレベルだよ。

 自分の容姿なのが悔やまれる。

 私にナルシシズムの癖はないのだ。


「椿ちゃ〜ん、まだっすか?」


 廊下から忍が呼ぶ声がした。


「ごめん! もう出るから!」


 私は慌てて脱ぎ捨てた着物を畳み、部屋から飛び出した。



******



 揺れる(やなぎ)を横目に、人波に紛れながら大門を潜れば、世界は一変する。


 建ち並ぶ町家には行灯(あんどん)が灯され、薄暗い石畳みの道を仄かに照らす。

 料亭であろう店々からは、風味豊かな香りが漂い鼻腔をくすぐった。

 時折聴こえる三味線の音色が、趣を感じさせる。

 格子の中から覗く、煌びやかな女性達を見つめれば、目が合って微笑まれた。

 気恥ずかしくなって、視線を逸らしながら私は口を開く。


「……島原ってすごいね」

「本当! 美味しそうな匂いはするし、お姉さん達は綺麗だし、良いとこっすね。今頃、紫白と福じいちゃんは美味しいご飯を食べてるのかと思うと、悔しいっす。お腹空いてきた……」


 切なげに腹を押さえる忍に苦笑しながら、同意する。

 そして、表情を引き締めた。


 こういう場所は初めてで、少し雰囲気に呑まれてしまったけれど、目的を忘れてはいけない。

 幸いにも、門番や岡っ引に捕まらずここまで来ることができたが、問題はここからだ。

 音次郎を見つけなければならない。


 改めて、彼について思い出してみよう。


 音次郎(おとじろう)

 お色気担当の歌舞伎役者。

 色香を駆使した戦術を扱う、ナンパ系イケメン。

 大の男嫌いで、都一の女好きとは世間様の談。


 幼少期に島原へ連れて来られ、たまたま店の女将に歌舞伎を見せてもらったことで、歌舞伎役者に憧れを抱く。

 そして、仕事に励む傍、稽古に打ち込む日々を過ごす。

 見目麗しかった彼は、青年になる頃にパトロンを手に入れ、店を辞めると歌舞伎座へ弟子入りした。

 その後、実力を発揮し、次々と女性客の心を射抜いた彼は、都で一躍有名な歌舞伎役者となる。


 音次郎ルートは、都の繁華街を歩いていた主人公が、音次郎に軟派されるところから始まる。


 自分の身の上を明かし、「神聖な旅の途中だから」と断るが、「旅に同行したい。一目惚れなんだ、きっと君の役に立てる」と真摯に繰り返す彼に折れ、行動を共にすることとなるのだ。

 当初は警戒していた主人公だが、ちゃらんぽらんで女性にだらしない彼が、主人公にだけ見せる真剣な表情や役者業への強い想いに、次第に惹かれていく……というのが大まかな内容である。


 忍ルートに比べれば、割と王道なストーリー。

 ギャップ萌え、ってやつだね。


 ちなみに彼は、赤髪に金色の瞳という目立つ容姿をしている。

 ゲーム世界でも金の瞳は珍しい物として扱われていた。

 近くに居れば目立ちそうなものだが……。


 キョロキョロと辺りを見渡すが、それらしい人影は見つからない。

 やはり、そう簡単には行かないかと溜息を吐きかけた時、視界の端に見覚えのある黒い影が映った。


「……え、クロ?」


 でも、以前見かけた時は見間違えだったんだよね……。

 今回もそうだろう。

 黒い犬なんて世の中たくさんいるだろうし。


 そう思いながらも、気になってもう一度そちらを見る。

 黒い柴犬と目が合った。

 柴犬は嬉しげに口元をゆるめ、ワンッと一鳴きすると裏路地の方へ消えていく。


 ーーあれはクロだ。見間違えなんかじゃない!


「クロ!」


 私は衝動のままに走り出していた。

 背後から「ちょっと、椿ちゃん!?」と驚いたように叫ぶ忍の声がしたが、構っていられない。


 もう会えないと思っていた子に会えたのが、ただただ嬉しかった。

 もう一度、久しぶりって言って暖かな体を抱きしめ、もふもふの頭をたくさん撫でてあげたい。


 人混みを掻き分けながら、懸命にクロを追う。

 クロが向かった裏路地に差し掛かり、曲がり角を勢いよく曲がれば、誰かにぶつかった。


「きゃっ!」

「わっ!」


 ドン、と重い衝撃が走る。

 踏ん張りきれずに尻餅をついた。


「いたた……。すみません。あの、大丈夫ですか?」


 お尻をさすりながら立ち上がり、ぶつかった相手に謝罪をする。


「いえ……。こちらこそ、ごめんなさい。急いでいた、から……」


 相手は震える声でそう告げると、伏し目がちに顔を上げた。


「えっ……?」


 驚いて、思わず声が漏れる。


 ーーそこに居たのは、赤い長髪に金色の瞳を持つ、天使のように愛らしい美少女だった。


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