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第十九話「紫白の甲斐性」


 家を出る直前、手拭いを引っ掴んで頭に乗せれば、忍に不思議そうな目で見られた。

 説明も面倒なので、何も聞かないでくれたことにかこつけて、私も何も言わない。


 町が平和なのは分かってるけど、村人に見つかるかどうかは、また別問題なのだ。

 保険はあるに越したことがない。


 見慣れた町をたわいない話をしながら、ぶらぶらと歩いて行く。


「茶屋とかどうっすか? あの三毛猫がいるとこ」

「ありだね。そうしよう」


 そう話して、目的の茶屋に着いた。

 相変わらずの繁盛具合である。


「おばちゃーん! 団子、これで買えるだけくださいっす!」

「はいはい、只今! って、あら。なんだ、福兵衛さんのとこの子達じゃないか。久しぶりだね。すぐ持っていくから、好きな席に座って待ってておくれよ」


 女将さんは人好きのする笑顔で私達へ笑いかけ、お金を受け取ると団子を取りに店の奥へと入って行った。

 言われたままに空いてる席を見つけ、二人で腰掛ける。


「髪飾り、付けてくれたんすね。すごい似合ってるっすよ」

「そうかな? ありがとう」

「へへっ、白い花が椿ちゃんの髪に映えると思ったんす。予想通りで良かった」


 忍はそうにこにこと笑顔を浮かべた後、思い出したかのように言葉を続けた。


「そういや、椿ちゃんも外に用事があったんだっけ? なんの用事っすか? 団子食べ終わったら、付き合うっすよ」

「あー……、それがね」


 理由を話そうとした時、ちょうど団子が届けられた。

 女将さんに礼を告げて、お互いに食べ始める。

 団子をごくんと呑み込んでから、私は話を続けた。


「へんげのじゅつのために、わたしよりちょっととしうえくらいのこをみにいきたかったの。うまく、そうぞうできなくて……」

「ふーん、なるほどね。そういえば、椿ちゃんって何歳なんすか? 見た目の割にしっかりしてるっすよね」

「5さいよりはうえ、だとおもう。でも、れいりょくもちってあんまりみためかわらないらしいから。むかしのこと、あんまりおぼえてなくて、わからないんだ」


 ついでにいえば、中身は二十歳だからな。

 しっかりしてなきゃ、まずいわ。


「そういうしのぶくんは、なんさいなの?」

「オイラっすか? 今年で八歳っすね」


 八歳!? 紫白とは別の意味で驚きだ。

 忍くんも霊力持ちなのだから、見た目より年上だと思っていた。見た目通りなのか。

 そっくりそのまま返したい。君、歳の割にしっかりし過ぎだよ。

 私が八歳の頃なんてとくに何の悩みもなく、毎日遊びほうけてたぞ。


 しかし、これではっきりした。

 ゲーム開始までのタイムリミットについてだ。

 公式サイトによれば、確か、ゲーム開始時の忍の年齢は十五歳である。

 ということは、期限まで後七年。

 それまでに、残りの攻略対象と主人公に接触し、生き残れるように頑張らないと!


「しかし、大変っすね。オイラ、見た目は殆ど実年齢と変わらないから、変化の術とは無縁そうっす〜。頑張れ、椿ちゃん!」


 気の抜けた声で応援された。

 忍の視線は、もう団子に釘付けだ。


「うん、がんばるよ!」


 私は手に持った団子をもうひと齧りし、気合いを入れ直した。



******



 家まで帰り、忍と別れ、再び自室に籠る。


 とりあえず、目標年齢は十歳ぐらいだ。

 最終的には十六歳ぐらいまで持っていきたいけど、あまり今の自分とかけ離れ過ぎた姿は難しいだろう。

 段階を踏んで、徐々に年齢を上げていこう。


 理由は、次に接触するつもりの攻略対象にある。

 次に狙うのは、歌舞伎役者の音次郎。


 本当は癖の少なそうな右京、伊吹から関わりたかったのだが、生憎と居場所が分からない。

 彼らは、主人公と同じ村出身とのことだったが、村についての情報が少なすぎた。

 その点、音次郎はゲーム内で、過去に暮らしていた場所が明かされている。


 島原、花街。

 そこは、大人達が夜ごと楽しむ、夢の楽園。


 つまるところ、今の私の姿では、どうあがいても立ち入ることができない。

 せめて十代の見た目になれば、芸者見習いとかどこかの店の関係者として紛れこめる気がする。

 期限までは少し余裕があるが、ぼんやりしていれば、七年なんてあっというまだ。

 頑張らないと。


 鏡の中の自分と見つめ合いながら、茶屋の中や帰り道に見かけた、十歳ぐらいの子供達の姿を思い出す。


 頬は少し細っそり、手足の丸みも少し抑えて、弾力性よりしなやかさを。

 身長は……、分かりにくいな。

 ちょっと、福さんの部屋から拝借した鉛筆で、そこの柱に印をつけてみよう。


 今の自分の高さに、だいたいの印をつける。

 それより、頭一つ分くらい高くなるイメージだ。

 ついでに、紫白を真似てパチンと指を鳴らしてみた。

 すると、少量の白い煙が出てくる。


 やった! 成功した!?


 煙が消えた後、期待に胸を膨らませながら鏡を覗き込んだ。


「……どこか、かわった?」


 なんとなく、身体つきが細くなった気はするが、違いが分からない。

 慌ててさっき付けた印の側へ行き、もう一度今の身長を測る。

 見れば、五センチ程度だけ、微妙に身長が伸びていた。


 ……うん。なんというか、地味だな。

 でも、一応変化の術は成功したようだ。

 じんわりと喜びを噛み締めていると、障子の向こうから紫白の声がした。


「椿、晩御飯が出来ましたよ。今日は僕、頑張ったんです! 冷めないうちに、食べましょう」

「うん。いまいく!」


 私は元気よく返事をして、障子の向こうへと足を踏み出した。



******



「で、紫白。甲斐性があるとこ見せるってのは、どうなったんっすか?」


 忍がにししとからかうように笑えば、紫白は胸を張って応えた。


「だから、これがそうです!」


 目の前には、三つ葉のすまし汁に鳥や茄子(なす)蓮根(れんこん)などの天ぷらの盛り合わせ、鳥大根、枝豆、稲荷寿司……などなど。いつもより多くのおかずが、所狭しと並んでいる。

 紫白は自信満々に言葉を続けた。


「ちゃんと稼いできましたよ。今日の晩御飯はそのお金でいつもより豪華にしてみました!」

「ちなみに、どうやってかせいできたの?」

「狩です」

「かり」


 なんという、野生的な。

 いや、でも狐は狩をする生き物だし、間違ってはいないのかも。


「獲ってきた鳥を売ったんです。残った肉は、今日のおかずに追加しました」

「いや、おかずが増えるのは嬉しいっすけど、オイラが言いたかったのはそういうことじゃないっていうか……」

「何か問題が?」

「オイラが思う甲斐性ってのは……、そう、福じいちゃんみたいな感じっす!」


 忍が悩みながら、福兵衛の方を見た。

 渦中の福兵衛は、マイペースに「今日は食べる物が沢山あるな。どれも美味そうだ!」とほけほけ笑っている。


「大人なら職に就いて、家を持ち、家族を養う! この、継続的な経済力が必要だと思うんすよ。ウチの両親もそうだったし」

「え? そういうものなんですか……?」



 忍くんのいうことは、間違ってはいないと思う。

 思うが……、紫白を一般人男性に当てはめていいものか。

 悩んでいると、紫白が何か言って欲しそうな目でこちらを見てきた。


 えぇ……、この場合の正答って何? 肯定するべきか、否定するべきか。わからん。


 返答に困って、沈黙の時間が続けば、紫白は何かを納得したように頷いた。


「……なるほど、分かりました。人間社会はそういうものなんですね。なら僕、頑張ります! 今すぐには難しいですけど、いつか職と立派な家を持ってみせます。……なので、その時は、椿も一緒に住んでくれますか?」


 そして、窺うようにこちらを見つめた。

 耳と尻尾は自信無さげにシュンと垂れている。

 私はそういう仕草に弱い。


「いや、まあ……うん。わかった、そのときはいっしょにすませてもらうね。さそってくれて、ありがとう」


 言葉を濁しつつそう言えば、紫白はパァッと顔を輝かせる。


「はい! 約束です。僕、頑張りますね!」


 そして、満面の笑みを浮かべた。

 尻尾は左右に揺れ動き、全力で嬉しいと表現している。

 こんな一言で、そんなに喜んでくれるのか。

 なんだか、こっちまで嬉しくなった。

 けれど、彼は私のことになると色々全力すぎるきらいがあるからな……。

 そう考えて、やんわりと釘を刺しておく。


「あ、でもね。わたしは、しはくはいまのままでもじゅうぶんたよりになるとおもってるから、むりはしないでね」


 そう告げれば、紫白はきょとんとした後、嬉しそうに頷き返した。

 その光景を見ていた忍は、一瞬面白くなさそうな顔を浮かべ、再び紫白へ軽口を叩く。


「紫白の稼ぎでいつ家が建てられるか、見ものっすね〜?」

「なっ! 直ぐに建ちますから、見てなさい!」


 二人の会話の応酬が続く中、困り顔の福兵衛がぽつりと呟いた。


「いつになったら、食べるんだ? せっかくの料理が冷めてしまうぞ」


 私はそれに同意して、福兵衛と共に手を合わせる。


「ふたりとも、たべるよ? いただきまーす」


 私の掛け声に忍と紫白が慌てて続き、皆で一緒に食べ始めた。


 さあ、栄養をつけて、私も術の練習頑張るぞ!

 私はそう意気込んで、意気揚々と料理を口へ運んだ。


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