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閑話「忍者が憧れたもの」

忍視点のお話です。


 日課の訓練後、庭先で無邪気に遊ぶ子供達を眺める。

 彼らはいつ見ても楽しそうで、キラキラと輝いて見えた。


 物心ついた時から訓練と任務漬けだったオレは、同年代の子供達が何もせずに遊んでいることが不思議で、ある日、母に『なぜ同じ忍者なのに、彼らはただ遊んでいるのか』と尋ねた。

 すると、『彼らはまだ役割りを持たない、ただの子供達だからだ』と教えられる。


 ーーオレだって、ただの子供だよ。


 そう口から出かけた言葉は、『オマエはあの子達とは違うからね』と笑う母の言葉にかき消された。


 それからずっと、同じ筈なのに違う子供達が気になって仕方がない。


 だからオレは、訓練の合間に、彼らへ話しかけて見ることにした。


 麗らかな日差しのさす庭で、楽しそうに笑う子供達に近づいていく。

 子供達の中心人物であろう子の側まで行くと、出来る限り親しみやすく取り繕って口を開いた。


「あの、()()()、忍っていうっす。オイラも一緒に遊んでも良いっすか?」


 大柄な彼は訝しげにオレを見ると、何かに気づいたように眉を顰めて言う。


「忍? じゃあ、おまえが次の頭領か。いやだね、仲間になんていれてやんない」

「な、なんでっすか?」

「だって、大人はおまえばっかりかまってずりぃもん。おれの父ちゃんと母ちゃんも、いつもおまえのこと褒めてる。それに、おまえ、妖怪の子なんだって? 気味が悪りぃよ」


 言葉通り不快そうな顔をした少年は、周りの子供達に同意を求める。


「なあ、みんなもそう思うだろ?」


 彼が一声そう問いかければ、他の子供達も賛同して、「そうだ、ずるいやつ」「気持ち悪い」「怖い」と口々に声を上げ、オレを罵った。


 明らかな一線と拒絶。

 そこに、キラキラしたものは何もなかった。


 暫く立ち尽くしていると、保護者らしき大人達がやって来て、彼らを叱りつける。

 そして、慌てたようにぺこぺことオレへ頭を下げた。


「忍様、大変申し訳ございません。何分、まだ何も知らぬ子供ですので。どうかお赦しを」


 謝られても困る。

 だって、彼らが言ったのはただの事実であって、別に怒るほどのものではない。

 ただちょっとだけ、ほんの少しだけ、胸が痛んだ。



******



「痛ぇ……」


 今日の分の訓練を終え、傷口を手拭いでぬぐいながら長い廊下を歩く。

 渡り廊下に差し掛かると、外から楽しそうな笑い声が聞こえてきた。

 視線を向ければ、同年代の子供達がはしゃぎながら庭を駆け回っている。


 キラキラと輝くそれは、自分には手が届かなかったものだ。

 羨ましい。

 そう、眩しく眺めていると背後から足音がした。

 反射的に振り向けば、老年の男がこちらを見下ろしている。


「これはこれは、忍様ではありませんか。そんなに傷をつくって、おいたわしい。大事な御身は大切になさいませ」


 男は白々しく、大袈裟な口調で言った。

 こいつはとんだ嘘つきだ。

 心配しているといったその口で、陰ではオレを嘲笑していたくせに。


『半妖だというのに、成長速度がまるで人の子と変わらない。きっと、霊力は微々たるものだ。あまり期待してやるのも、可哀想ではないか?』

『この歳になっても、まだ術一つ扱えぬ出来損ないよ。体術は優れていると頭領は言うが、毎日傷だらけの様子をみるに、誠かどうか……。親の贔屓目(ひいきめ)というのも、存外有り得る話よな』


 口さがない連中は何処にでもいて、権力が欲しい(やから)は頭領の座を虎視眈々(こしたんたん)と狙っている。


 母が頭領になった時も散々揉めたらしいが、彼女は武力で持って反対する者をねじ伏せた。

 また、彼女が力を求め、天狗の加護を得たことも周囲を黙らせる要因になったらしい。


 戦乱の時代が過ぎ、忍者は各地へと散った。 

 平和な世が続く昨今、忍者は衰退の一途を辿り、一族もまたそれと同じ道を進みつつある。


 天狗の子、それは弱体化する一族にとって、上方(かみがた)へ力を誇示するにはうってつけの存在。

 だが、期待されて生まれたのはただの子供。

 天狗の父から術を習えど、全く発動する気配もない。


 そうなれば、もちろん跡継ぎ問題が勃発した。


 だから、母は自分とオレを守るため、焦っていたのだろう。

 「強くなれ」と口癖の様に繰り返す母の訓練は、日増しに苛烈を極めていった。


 母は厳しい上に忙しくて訓練や任務中以外は会えないし、父は人間社会にあまり干渉したくないらしく、ほとんど家にいないけれど、両親のことは嫌いになれない。

 なんだかんだ、血の繋がりがある家族なのだ。


 オレは狸じじいを一瞥すると、もう一度庭の子供達を眺める。

 ご老体はそれが気に障ったらしく、嫌味たっぷりにこちらを(なじ)った。


「全く、此方が心を砕いてやっているのに、何か答えたらどうかね? 親の(しつけ)がなってないんじゃないのか」

「躾なら毎日ビシバシうけてるっすよ。ただ、頭領の躾けは狂犬を育てるためのものなんで……、アンタも噛まれないように気をつけて下さいね?」


 にこりと笑い返せば、奴は眉間のしわをより深くする。


「出る杭は打たれる。忍様も背後には充分気をつけてお過ごしくださいませ」


 フンッと鼻息荒く捨て台詞を吐いて、逃げるように去って行った。

 老害め、そう母の悪態を真似て、子供らしくなく内心で毒を吐く。


 狸じじいと入れ違いざまに、母が束ねた黒髪をなびかせながらこちらへやって来た。

 どうやら、もう時間らしい。


「忍、次は人体と薬草の勉強だよ。ちゃんと復習してきたかい?」

「えーっと……オイラ、座学はちょっと苦手だから」


 目を泳がせたオレを見て、母は盛大に溜息をつく。


「忍、いつも言っているが、座学はより任務を遂行しやすくするためのものだ。人体を知れば、狙うべき敵の急所が分かる。薬草の知識があれば、体術で敵わない相手でも倒す事ができる。母ちゃんも座学は好きじゃないが、やっておけばいつか必ず役に立つさ」

「でも、それって全部暗殺の手段でしょ? オイラにはまだ早いと思うけど」


 そういえば、無言で殴られた。

 有無を言わさず屋敷の中へ連行される。

 母は絶対にやらせるという意気込みに満ち溢れ、座学を開始したのだった。



******



 暗殺依頼を受ける忍びは限られている。

 諜報活動よりも足がつきやすく、危険を伴う暗殺任務は、少数精鋭の選ばれた者にしか与えられない。

 だから、いくら体術が優れているといわれようが、子供の自分にはまだ必要無いと思っていた。

 そう、(たか)(くく)っていたのに……。


 まかされた簡単な任務を終えて、自室へと向かっていた時のことだ。

 何人かの親族とすれ違い、形式的な挨拶をすると、彼らはこちらを見て何事かひそひそと囁き合い去っていく。

 陰口を叩かれたり、嫌味を言われることはあっても、こんなことは初めてで困惑する。

 何を言われているのか気になって、彼らの跡をつけ、話し声に耳を澄ませた。


「聞いた? 明日、忍様が暗殺依頼をお受けになるそうよ」

「ええ、嘘!? いくらなんでも早すぎじゃない? 私達だって、まだしたことないのに。あの歳で、もう人殺しなんて……。なんでまた、そんな突然?」

「しーっ! お前ら、声が大きいぞ。あくまで噂だ。聞かれたらどうする。ほら、忍様は天狗の子でありながら術が使えないだろう? 前から、忍様を次期頭領にするべきか疑問の声を上げるやつはいたが、最近それが更に活発になっているらしい。頭領はきっと、早いうちに箔をつけて、周囲を黙らせたいんだろう」


 呆然としたまま、彼らの背を見送る。

 そんなの、聞いていない。


 人殺し、そうさっきの彼女が言った言葉が脳裏をよぎる。

 いつかは自分もやるのだろうと分かってはいたが、それはどこか他人事で、実感を伴わない話だった。

 しかし、まだ先だと思っていたことは、ずっと近くに差し迫っていたのだ。


 母を困らせたい訳ではない。

 自分が母のお荷物になっていることは、重々理解していた。

 仕方がないこと、そう自分に言い聞かせる。


 けれど、それをしてしまったら、きっと二度とあのキラキラしたものには手が届かない。

 漠然とそう思って、気がつけばオレは、屋敷を飛び出していた。


 背後から誰かが追いかけてくる気配がする。

 家の者に違いない。

 止まればきっと、連れ戻されてしまう。


 あてもなく、着の身着のままひた走る。

 走って、走って、走り続けて。

 力尽き、倒れた先で出会ったのは、どう見ても厄介者のオレに関わろうとする変わった三人組。

 一人、やたらと突っかかってくる紫白には、つい噛み付いてしまったけれど、警戒心を顕にする姿は同類に思え、少しだけ親近感も湧いた。


 彼らは他人を警戒していたオレを気にすることなく、食事と寝床を分け与えた。

 誰かと一緒に食べる食事は久しぶりで、何故かいつもよりもご飯が美味しい。

 その上、彼らが妖怪で術を扱えるというのは嬉しい誤算で、師事を仰げば術ができるようになるかもしれない、そんな希望を再び抱く。


 福兵衛が教えてくれたやり方は、父の教え方よりも具体的でわかりやすかった。

 オレより年下に見える椿も、それで術を習得できている。

 なのに、オレはまだ、できないまま。


 母に黙って出てきたから、きっと、今も家の者が必死になってオレを探していることだろう。

 いつ連れ戻されてもおかしくない。

 迫る期限に、日ごと焦りが増していく。


 一週間が経って、オレは見切りをつけることにした。

 彼らとの生活は暖かくて、楽しくて、どうしようもなく名残惜しかったけれど。

 このままここに居れば、優しい彼らに迷惑をかけるとわかっていたから。

 明日には帰ると告げて、夕食の席を立つ。


 けれど、イライラとモヤモヤが酷くて、このままでは帰っても暴れてしまいそうだ。

 だから、その晩オレは一人で、椿の作った的目掛け手裏剣と共に感情を放つことにした。

 精神統一によくしていた方法だ。


 トン、トンと一定の間隔で、一刀一刀気持ちをこめながら投げていく。

 感情が高ぶって、声を荒げたりもした。

 他人が見れば、少し怖い光景かもしれない。


 ガタリ、と物置がして、誰かが迎えに来たのかと緊張が走る。

 音がした方角をふり向けば、椿の顔が見えた。

 ホッと力をぬいて話しかければ、怯えた顔でごめんなさいと謝られ、面食らう。


 聞けば、自分の接し方が悪いせいで、オレを怒らせたと勘違いしたらしい。

 彼女はとことん良い人で、自分の行いが許せなかったようだ。


 敵意のない相手も、対等に話してくれる人も、ましてやオレに心を砕く人間なんて両親以外に知らない。

 ここの人達は皆、優しすぎる。

 とりわけ、彼女は何故か異様にオレを構った。

 なんだか、警戒していたのが馬鹿らしくなって、オレは少しだけ自分の話を彼女に聞かせる。


 すると、彼女は、オレが絶対に術を使えるように手伝うと言いだす。

 何の得にもならないだろうに、彼女のお人好しぶりには呆れたものだ。

 できるものならやってみろと、オレは投げやりに彼女の指示通り動くことにした。


 今までの様にごちゃごちゃ考えず、ただ言われたままに風を受け止める。

 悩みを何もかも吹き飛ばすような、爽やかで、心地の良い風だった。

 このまま、嫌なことが全て吹き飛んでしまえばいいのに、そんなことを考えながら、風を返す想像をする。


 すると、何ということか。

 ザアッと風がオレを中心に巻き上がり、地面の落ち葉が煽られて空中に舞う。

 あれだけ出来なかった術を発動できたのが信じられなくて、同じことを何度も繰り返した。


 三度目の確認を終える頃には、じわじわと実感が伴い、喜びが湧き上がる。

 オレは感情のままに走り出し、同じように目を輝かせて喜ぶ彼女へ抱きついた。


 胸のつかえが取れると同時、長年積もったものが堰を切ったようにこみ上げ、涙となって溢れだす。

 気づかれたくなくて彼女の肩口に顔を伏せた。

 椿はなにも言わなかったけれど、結果的に彼女の着物を濡らしてしまったことは申し訳なく思う。


 その後は、本当に色々あった。

 なぜか一緒に連れて来られた椿を家に送り届けようと必死になったり、逆に彼女が母相手に応戦したり、怒れる母と久しぶりに会った父に自分の思いを伝えたり。


 自分の意見を言うのは怖かったけど、今言わなければ、きっと、何も変わらないと思ったのだ。

 心配したと話す両親と、「子供は大人に迷惑をかけてなんぼ」と言った、あの日の福兵衛の言葉を思い出し、頑張った。

 おかげで、自分がやりたいことを好きにできる自由を得られた。


 ーーそれから、あの日、ひとつ分かったことがある。


 オレが憧れ続けたものの正体。

 父が告げた言葉と、彼らがオレに向けた笑顔。

 それは、ずっと欲しくて、けれど、手が届かなかったもの。

 "友達"

 キラキラと輝くそれを、オレはようやく手に入れた。



******



 何度目かの定期連絡を終え、母の機嫌が良さそうだと見越して、ずっと気になっていたことを訊ねた。


「母ちゃん、オイラ宛の暗殺依頼ってどうなったの?」

「はあ? そんなこと、どこで聞いたんだい」


 母は驚いた顔をした後、訝しげな表情を浮かべる。


「前に、廊下で話してるのを聞いた……」


 そう答えると、母は深々とため息をつき、少し考える素振りをみせた。


「まあ、考えたことはあるよ。だが、断った。なにより、オマエは術を扱えるようになったのだから、必要ないだろう?」


 やはり、噂は本当だったのか。

 ホッと胸をなでおろしていると、母が言いにくそうに言葉を紡ぐ。


「……いや、語弊があるね。術が出来なくても、今回は断るつもりだったんだ。だって、オマエはまだ子供だろう? あんなこと、出来るならやらせたくないからさ。まあ、アタシも腐っても人の親だったってことかねぇ……」


 そう、感慨深げな母に、きょとんと目を瞬かせる。


 ってことはつまり、オレが勝手に勘違いして、勝手に焦っていただけということか。

 でも、そのおかげで今がある。

 途端、笑いがこみ上げてきて、堪らず声が漏れた。


「なんだい、急に。変な子だね。それよりオマエ、あの子とは上手くいってるのかい?」

「あの子?」


 急な話題に笑いを止めれば、母はにやにやと意味深な笑みを浮かべる。


「なんだい、オマエの好い人だろう? 初めてアタシに楯突いて、必死になって守ってさ。逆に、あの子がオマエを庇う姿もかっこよかったねえ。あれは強い女だ。きっと上玉になるよ。霊力も豊富そうだし、まだなら早めに唾つけときな」

「は!? 違う、そんなんじゃないから!」


 見当違いな冷やかしに、顔が火照った。

 母は単純に、次世代も霊力持ちの子供が欲しいだけ。

 きっと、そうに決まってる。


 だから、今彼女のためにこっそり用意している贈り物も、ただ、この前のお礼と感謝を伝えたいだけで、深い意味なんてない。


 恋だの愛だのは、まだわからないし……。

 そう結論づけるが、顔の熱は未だ引いてくれず、ぱたぱたと頬を扇いだ。


ーー忍が引かない熱の意味を理解するのは、そう遠くない未来の話である。


忍くんは一人称を、素だと"オレ"、他者と話す際は"オイラ"で使い分けています。

また、「〜っす」口調は仲良くなりたい場合や警戒しているなど、何かしら取り繕っている状態で、素は標準語。今のところ、両親相手にしか使いません。

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