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第十三話「忍の事情」


「……貴方は、何かに追われる、と言ってましたよね? 一体何から逃げていたんですか?」


 食事を食べ終わり、各々が小休憩をとっていると、紫白が忍に硬い声で問いかけた。

 それを聞き、満腹で幸せそうに寛いでいた忍が、座りなおして、目を泳がせながら口を開く。


「……あー、それ、訊いちゃうんすか?……言いたくないっす」

「言いたく無いって、貴方ねえ……。かくまっているんですから、それくらいの事情は教えて頂かないと。此方も、相応の覚悟をしておきたいんですよ」

「そっちが、勝手に連れてきたんでしょ? とにかく、しゃべりたくないっす。嫌なら、オイラ、すぐ出て行くっす。もとから、だれかに頼るつもりはなかったんで」

「そうですか、それは結構。始めから、僕は反対でしたし、面倒事は御免です。じゃあ、さっさと出て行って下さい」


 ぷいとそっぽを向く忍と、玄関の方を指差す紫白。

 売り言葉に買い言葉。

 喧嘩を始めた彼らを、どうどうと宥めにかかった。

 今、帰られると困るのだ。

 まだ、忍を味方に引き入れられていないのだから。


「まあまあ、しはく。しのぶくんにも、なにかわけがあるんだよ。しのぶくんも、むりしてはなすことないし、きにせずここにいていいからね」

「そうさなあ、確かに気にはなるが、話したく無いと言うものを、無闇に詮索はせぬよ。紫白は、少し落ち着きなさい。童の言うことだ、大人げないぞ」


 私の言葉に、水を飲んでいた福兵衛も賛同する。

 紫白は、大人げないと言われたのが堪えたのか、黙りこんでしまった。


「へへっ! さっすが、二人は話がわかる! じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうっす! あ、今晩の部屋は、さっきの所を使えば良いんすか?」


 私達の言葉に、現金にも機嫌を直した忍は、もう寝る準備のことを考えている。

 「福じいちゃん」と、福兵衛を呼び寄せ、話しこみ始めた。


 異様に切り替えが早いな。

 さて、とりあえず、引き止めには成功したものの、ここからどうするか……。


 考えこんでいると、忍との話を終えた福兵衛が、こちらに声をかけてきた。


「椿ちゃんも、もう休んだらどうだ? 少し早いが、病み上がりだ。ゆっくり休むと良い。……それから、紫白のことだが、儂らを心配していただけで、きっと悪気はなかったのだよ。すまぬが、慰めてやってくれ」


 どうにかって言われてもなあ。

 私は隣で、黙ってじめじめしている紫白をチラリと見た。


「しはく、ちょっといい?」

「はい……? 大人げない狐で良ければ、良いですよ」

「……あのね、きょうはねむるまで、きつねがたでそばにいてほしいの。だめかな?」

「えっ。それはぜひ、喜んで! 貴方から添い寝を頼まれるなんて、光栄です」

「え、まあ、うん。もふもふ、いやされるからね」


 目に見えて機嫌を直した紫白に、安心する。

 単純な狐さんで良かった。


 添い寝の約束を取り付け、自分の部屋にさあ戻ろうとして、呼び止められる。

 何事かとそちらを見れば、忍が面白いことを聞いたとばかりに顔を輝かせて、私達を見ていた。


「狐型って、どういうことっすか? 紫白って変化の術が使えるんすか!? すごいっす! 見たいっす!」


 凄い喜び様だ。

 紫白の周りをぐるぐると回り、全身で好奇心を表現している。

 一方で、紫白は困惑しているようだった。


 それはそうだよね。

 たった今、喧嘩した相手に、こんなキラキラした目を向けられれば、誰だってそんな反応になるわ。

 というか、忍くん、ちゃっかり紫白のこと呼び捨てにしてるし。

 ……さっきの出来事を根に持っていそうだ。


 戸惑う紫白へ、助け船を出したのは福兵衛だった。


「これこれ忍くん、あまり紫白を困らせてはならぬぞ。お前が話したくないのと同様に、儂らにも話せないことはあるのだよ。……まあ、本人達次第ではあるが」


 チラリと、私と紫白へ視線が向けられる。

 教えるかどうかは、私達で判断しろということらしい。

 紫白は、嫌そうにしていた。

 いや、むしろ、怖がっているようにも見えた。

 黙り込んだ私達に、忍は分かりやすく溜め息をつく。


「はーあ、残念っす。でも、そうっすね。人の情報が欲しいなら、まずは自分の手の内を明かすべし。追われてる理由は言いたくないっすけど、これなら。……オイラ、実は父が天狗なんっす! だから、術に興味があって……って言ったら、信じてくれます?」


 私は絶句した。

 は? 天狗が両親?

 そんな設定ゲームになかったぞ。

 出てなかっただけかもしれないが……。


 福兵衛は「ほう……」と顎に手を当て、紫白は怪訝そうに眉をひそめた。


 妖怪だらけのゲームの世界だ。

 否定するには、判断材料にかける。

 私は、ことの成り行きを見守った。


「ふむ。聞いたことがある。数年程前、彼の有名な鞍馬山(くらまやま)の天狗が、くノ一の女子を(めと)ったのだと言う。もしや、忍くんはその子、という訳かな?」

「僕は、初耳ですね。まあ、山籠りして久しいので何とも言えませんが」


 二人の発言を聞いて、忍は目を見開く。

 そして、にやりと笑った。


「へえ……! 驚いた。福じいちゃんってなんでも知ってるんすね! なら、話が早いや。紫白は知らないみたいっすけど、その天狗とくノ一がオイラの両親なんす。で、天狗の父がよく術とか使ってたんで、他の人が使う術にも興味があって!」


 なるほど、つまり忍くんは半分妖怪の血が混じっているのか。

 確か、そういう人のことを半妖と呼ぶって、某有名アニメで見たな。

 でも、それなら、なんで彼はゲーム中、全く術を操れなかったのだろう?


「……福兵衛、その情報は信憑性のあるものですか?」

「嗚呼、ちゃんとした情報筋からのものだ。信憑性は高いぞ」

「……なら、良いでしょう。このまま纏わりつかれるのも嫌ですし……。忍、今から見る事は他言無用でお願いします。約束できますか?」

「勿論、約束するっす!」


 紫白は、一息つくと、どろんと白い煙を出しながら九尾の狐姿に戻った。

 そして、私の側にすり寄って来る。

 相変わらず、豊かな毛並みだ。

 茶屋のみけちゃんも可愛かったが、質量という点で九尾の尻尾には負ける。


 ああ、やっぱり、もふもふはたまらない。

 今日は、尻尾を枕にして寝させてもらおう。


 そんなことを考えながら、紫白の毛を撫でていると、忍がそろそろと近づいて来た。

 彼も紫白を触りたいらしく、わきわきと手を動かしている。

 後数センチで紫白に触れるという時、再び白い煙を上げて、紫白は人型に戻った。


「……戻るの早くないっすか?」


 忍は、行き場のない手を空中に彷徨わせた。


「変化は見せると言いましたが、触らせるとまでは言っていません。さあ、行きましょう、椿」


 紫白はそう告げると、私を颯爽と抱き上げ、その場を後にする。

 私は慌てて、挨拶をした。


「ふたりとも、おやすみなさい! また、あした」

「嗚呼、お休み」

「……おやすみなさいっす」


 居間には、苦笑する福兵衛と、残念そうに紫白を見つめる忍が残された。



******



 自室までの道のりを紫白に抱えられながら歩く。


「ちょっとくらい、さわらせてあげればよかったのに」


 ぽそりと呟いた気持ちに、紫白は忌々しげに返した。


「……小さい子供は嫌いではないですが、彼は例外です。あの手見ましたか? 絶対、遠慮のない力で触って来ましたよ」

「あー……、いつもえんりょなくさわって、ごめんね、しはく」


 私も結構、遠慮なく触っている自覚があった。

 謝ると、紫白は慌てて否定する。


「えっ! や、やだなあ、違いますよ。貴方に触れられるのは気持ちいいので、良いんです」

「そう?」

「ええ。そうなんです」


 そんなことを話すうち、自室に着いた。

 狐型になった紫白に促されて布団に入る。

 お願いして、尻尾の上に頭を置かせてもらった。

 私が眠ったら、頭を退かせていいからねと告げ、瞼を閉じる。


 眠りの淵に落ちる前、ふと、明日のことを考えて閃いた。


 忍は術に興味を持っていた。

 一方で、私は術を習得したい。

 これは、忍も一緒に術の修行をすれば良いのでは?

 そうすれば、同じ苦労を分け合って、仲良くなれそうだ。

 術を習いながら、味方に引き入れる作戦も実行出来て一石二鳥。

 我ながらナイスアイデア!

 さっそく、明日の朝に約束を取り付けようと思う。

 これで、目下の悩みは解消された。

 今日はもふもふパワーも相まって、良い夢が見れそうだ。


ーー深夜、眠りこける椿の隣で、狐と狐の毛並みを触りに来た忍者が激しい攻防戦を繰り広げたのだが、それは椿の知るところでは無い。


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